タタラ場の建設(失敗と挫折)
村に戻った澤北は、早速ガンテツを巻き込んで製鉄炉の建設に着手した。 場所は、川の近くの平地を選んだ。 「ここに、粘土で箱型の炉を作るんだ。高さは俺の胸くらい。下には湿気を防ぐための地下構造が必要だ」
澤北が描いた図面を見て、ガンテツは腕を組み、唸った。
「……地下に薪を敷き詰めて、排水路まで掘るのか? 大掛かりだな」 「鉄作りは湿気が大敵なんです。炉の底が冷えると、鉄が固まって取り出せなくなる」
ガンテツは不承不承ながらも、職人魂に火がついたようだった。 村人総出で穴を掘り、石を敷き詰め、その上に粘土を積み上げていく。 数日後、長方形の祭壇のような炉――製鉄炉が完成した。
同時に、大量の木炭も準備させた。 木炭は火力が強い。不純物も少ない。これなら鉄が溶ける温度(千数百度)まで上げられるはずだ。
そして、運命の日。 炉に火が入れられた。 ゴーッという音と共に、木炭が燃え上がる。 澤北の指示で、タケルたちが上から砂鉄と木炭を交互に投入していく。
「もっと風を送れ! 温度を上げるんだ!」
炉の両脇に開けた穴から、竹筒を使って息を吹き込む。 熱気が凄い。顔が焼けそうだ。 (いけるか……?)
澤北は祈るような気持ちで炉を見つめていた。 理論通りなら、中で砂鉄が還元され、底に鉄の塊ができるはずだ。
しかし、半日が過ぎた頃。 異変が起きた。
「おい、なんか漏れてるぞ!」
ガンテツが叫んだ。 炉の壁面に亀裂が入り、そこからドロドロとした赤い液体――いや、まだ溶けきっていない半端な鉱滓が流れ出してきたのだ。
「粘土が耐えきれないのか!?」 「それに、温度が上がらねえ! 中の炭が燃え尽きるのが早すぎる!」
投入のタイミングが早すぎたのか、風の送りが足りないのか。 澤北が判断に迷っている間に、亀裂は広がり、ついにはバキン! という音と共に炉の一部が崩落した。
「退避!!」
タケルが澤北を抱えて飛び退く。 崩れた炉から真っ赤な炭と、黒く焦げただけの砂鉄がぶちまけられた。 失敗だ。 完全な失敗だった。
煙が燻る廃墟の前で、全員が立ち尽くしていた。 村人たちの視線が痛い。 「やっぱり無理だったんだ」「ただの砂が鉄になるわけがない」という失望の声が聞こえてくるようだった。
「……くそっ」
澤北は地面を叩いた。 甘かった。 本で読んだだけの知識で、職人たちが何百年もかけて磨き上げてきた技術を再現できると思っていた傲慢さ。 温度管理も、風の量も、粘土の配合も、すべてが手探りだ。
「……もうやめるか?」
ガンテツが静かに尋ねてきた。責める口調ではない。ただ、現実を問う声だった。
澤北は顔を上げた。煤で汚れた顔。だが、その目は死んでいなかった。 ここで諦めれば、ただの「奇妙な知識を持った男」で終わる。 村の未来も、インフレに対抗する術も、すべて消える。
「やめません」
澤北は立ち上がった。
「原因は分かっています。風です。人の息で吹く程度じゃ、酸欠になって温度が上がらない。……もっと強力に、大量の風を送り続ける装置が必要です」 「装置だと? そんなもん、どうやって作る」 「作れます。……俺と、ガンテツさんの技術があれば」
澤北は落ちていた木の枝を拾い、地面に新しい図を描き始めた。 それは、箱の中に板を仕込み、ピストンのように動かして風を送る装置。 日本独自の送風機、**「踏み鞴」**の設計図だった。
「箱の中の板を行ったり来たりさせるだけで、連続して風が出る……?」
ガンテツが図を覗き込み、目を細める。
「弁を使うんです。押しても引いても風が出るように。これなら、足で踏むだけで今の十倍の風が送れます」 「……へっ、面白え仕掛けだ」
ガンテツの顔に、再び職人の笑みが戻った。
「失敗したままじゃ、俺のプライドが許さねえ。澤北、一番いい木材を持ってこさせる。今度こそ、完璧な炉と、その『ふいご』を作ってやるよ」 「俺も手伝うぞ!」
タケルが叫んだ。 ガロウも、黙ったまま頷いた。
失敗は、終わりではない。データの蓄積だ。 現代社会で何度もプロジェクトの頓挫を経験し、それでも這い上がってきた(あるいは這い上がれずに苦しんだ)澤北の粘り強さが、ここでは最大の武器となる。
二度目の挑戦に向けて、村は再び動き出した。 今度は、希望ではなく「執念」を燃やして。




