飢えた狼たち
異変に気づいたのは、やはりタケルだった。 ある日の夕暮れ、森へ罠の見回りに行っていたタケルが、血相を変えて戻ってきた。
「澤北! 村長! 集まってくれ!」
ただならぬ気配に、作業の手が止まる。 集会所に幹部が集まると、タケルは息を整えながら告げた。
「……囲まれてる」 「何?」 「森の南側、獣道に新しい足跡があった。人間のものだ。それも一人や二人じゃねえ。二十……いや、三十人はいる」
緊張が走った。 三十人の集団。この辺りの寒村においては、小規模な軍隊に匹敵する数だ。
「野盗か?」 「分からねえ。だが、装備はボロボロだ。武器も鍬や鎌、棍棒みたいなものばかりだった。……だが、殺気立ってる。あれは、獲物を狙う目だ」
タケルの言葉に、ガンテツが拳を鳴らした。
「舐められたもんだな。俺たちの食い扶持を奪おうってのか。返り討ちにしてやる!」 「待て、ガンテツ」
澤北が制した。
「相手の正体も分からずに戦うのは危険です。もし相手が、ただの野盗ではなく、もっと大きな組織の先兵だとしたら? あるいは……」
澤北の脳裏に浮かんだのは、隣村の存在だった。 飢饉はこの村だけではない。周辺地域すべてが飢えているのだ。 自分たちの村だけが生き延び、煙を上げている。それがどう映るか。
「村長、近隣の村との関係は?」 「……山向こうに『赤狼村』という集落がある。昔から気性が荒く、交流はほとんどない。去年の冷夏で壊滅したという噂だが……」
そこまで話した時、村の見張り台から鐘が鳴らされた。 敵襲だ。
澤北たちが外に飛び出すと、村の入り口付近に、松明を持った集団が押し寄せていた。 夕闇の中に浮かび上がるその姿は、確かに異様だった。 服はつぎはぎだらけ、頬はこけ、目は落ち窪んでいる。まるで亡者の行進だ。だが、その手には錆びた剣や農具が握られ、目はギラギラと血走っている。
「飯を出せぇ……!」
先頭に立つ男が叫んだ。声は枯れているが、狂気が混じっていた。
「ここには飯があるんだろう! 煙が見えたぞ! 隠しても無駄だ! よこさないなら、皆殺しにして奪うぞ!」
ガンテツたち村の男衆も、鍬や槍を持って応戦の構えを取る。 一触即発。 誰かが石を投げれば、その瞬間に殺し合いが始まる。
(まずい……)
澤北は冷や汗をかいた。 戦えば勝てるかもしれない。こちらの村人は栄養状態が改善し、体力も戻っている。相手は飢餓状態だ。 だが、無傷では済まない。何より、同じ飢えに苦しむ者同士で殺し合うことほど、虚しいことはない。 それに、一度血を見れば、報復の連鎖が始まる。
「タケルさん、俺の声、向こうに届きますか?」 「あ? ああ、大声出せばな」 「じゃあ、俺を守ってください。……交渉します」
澤北は丸腰のまま、村の柵の前へと歩み出た。 タケルが慌てて弓を構え、澤北の横に立つ。
「おい待て! 死ぬ気か!」 「死にません。……商談です」
澤北はかつて営業職時代に培った、作り笑いではない「交渉の顔」を作った。 相手が何を欲しているか。こちらの切り札は何か。 計算しろ。情に流されるな。利益で誘導しろ。




