焚き火の前の告白
病の流行が収束に向かったある夜。 澤北とタケルは、村外れの見張り小屋で火の番をしていた。 雪明かりに照らされた森は静かで、時折、枝から雪が落ちる音が響くのみだ。
タケルは焚き火に薪をくべながら、ぼんやりと炎を見つめていた。 その横顔には、いつもの快活さはなく、深い影が落ちていた。
「……怖かったか?」
タケルが唐突に尋ねてきた。
「病気のことか?」 「いや、人が死ぬことだ。……俺は、怖かったよ」
タケルは膝を抱え、ポツリポツリと語り始めた。
「俺が前の村を追い出された理由、話してなかったな」
澤北は無言で頷き、続きを促した。
「前の村でも、流行り病があったんだ。俺の妹もかかった。……俺は、何とかして助けたくて、薬草を探しに森に入った。でも、知識がなかった。俺が持ち帰った草は、薬じゃなくて毒草だったんだ」
タケルの声が震えた。
「飲ませる前に村のババアが止めてくれたから、妹は死なずに済んだ。でも、村中から責められたよ。『役立たず』『疫病神』ってな。……妹は結局、病気で死んだ。俺がもっと賢ければ、正しい薬草を見つけられていれば、助かったかもしれないのに」
タケルは拳を握りしめ、悔しさに顔を歪めた。
「だから俺は、お前を見てるとすげえと思うのと同時に、自分が情けなくなるんだ。お前みたいに知識があれば、俺は……」
そこまで言って、タケルは言葉を詰まらせた。 澤北は静かに、自分の過去を重ねていた。 「もっと賢ければ」「もっと上手くやれていれば」。その後悔は、澤北自身が何十年も抱え続けてきたものだ。
「タケルさん。俺も同じですよ」
澤北は火を見つめたまま言った。
「俺は知識があっても、それを活かす勇気がなかった。誰かのために動くのが怖くて、部屋に閉じこもっていた。……俺の知識は、誰かを救うためじゃなく、自分を守るための殻だったんです」
澤北はタケルの方を向き、真っ直ぐにその目を見た。
「でも、あんたは違った。知識がなくても、妹さんのために森へ飛び込んだ。その『誰かを助けたい』という思いは、どんな知識よりも尊いものです」
タケルが顔を上げる。
「あんたが森で俺を見つけてくれたから、俺の知識は初めて役に立った。あんたが村人たちを説得してくれたから、俺はここにいられる。……俺一人じゃ、誰も救えませんでした。あんたがいたから、今回の病気も乗り越えられたんです」
焚き火がパチリと爆ぜた。 タケルの目から、涙が一筋こぼれ落ちた。彼は荒っぽく袖で顔を拭い、鼻をすすった。
「……慰めるのが上手いな、お前は」 「事実を言っただけです」
タケルはしばらく無言だったが、やがてニカっと笑った。いつもの、少し悪戯っぽい笑顔が戻っていた。
「ありがとな、澤北。……よし、決めたぞ。俺はお前の『手足』になる。お前の知識を、俺が実行する。そうすりゃ最強だろ?」 「ええ。最強のコンビですね」
二人は拳を合わせた。 その夜、澤北とタケルの間には、単なる協力者以上の、魂の絆が結ばれた。 過去の傷を舐め合うのではなく、背負ったまま共に歩む覚悟。 それは、来るべき春の試練に立ち向かうための、何よりの武器となるはずだった。




