冬の教室、未来への種まき
深い雪に閉ざされた村は、静寂に包まれていた。 だが、村の中央にある集会所――断熱改修が施され、薪ストーブ代わりの大きな囲炉裏がある建物――からは、子供たちの賑やかな声が漏れていた。
「いち、たす、いちは、に!」 「これは『木』っていう字だ! 森にあるやつだろ!」
そこは、即席の「教室」だった。 外での作業ができない冬の間、澤北は手持ち無沙汰な子供たちを集めて勉強を教えることにしたのだ。 黒板はない。煤を混ぜて黒く塗った木の板と、白っぽい粘土を乾燥させたチョーク代わりの石ころが教材だ。
「正解。ケンタ、飲み込みが早いな」
澤北が褒めると、最前列に座っていたケンタが得意げに胸を張った。 最初は「勉強なんて何の役に立つんだ」と不満げだった子供たちも、澤北が教える計算が「食料の配分」や「弓矢の飛距離」に役立つと知ると、目の色を変えて食いついてきた。 彼らは知ることに飢えていたのだ。
「いいか、みんな。この世界には、誰にも奪えない宝物が一つだけある」
澤北は子供たちを見渡して言った。
「金や食料は、盗賊に奪われるかもしれない。家は燃えるかもしれない。でも、『頭の中に入れた知識』だけは、誰にも奪えない。一度身につければ、それは一生君たちを助けてくれる武器になる」
それは、澤北自身への言い聞かせでもあった。 かつて社会から否定された自分の知識が、今ここで子供たちの未来を照らす灯火になっている。 教室の隅では、大人たちも聞き耳を立てていた。 特に、ガンテツは壁にもたれかかりながら、澤北の説明にいちいち頷いている。
「……なるほどな。三角の形を使えば、高い木の高さも測れるってのか」
彼は建築に必要な幾何学に興味津々だった。 澤北は苦笑しながら、大人用の「夜間部」も作る必要があるかもしれないと思った。
授業の後、ケンタが残って澤北に質問してきた。
「ねえ先生。もっとすごいこと教えてよ。空がなんで青いかとか、雨はどうやって降るのかとか」 「……それはね」
澤北は科学の知識を、できるだけ噛み砕いて話した。 ケンタの目はキラキラと輝いていた。 この子たちの世代が大人になる頃、この村はもっと発展しているだろう。その時、この知識が文明の礎になる。 澤北は、種を蒔いているのだと実感した。春に芽吹く麦よりも、もっと強く、逞しい種を。




