伯爵家の長男の優美な宝箱の思い出
伯爵家の長男――
アレクシス・セラフィエル・フォン・アーデルハイト。
黄金の髪、深い翠玉の瞳。背は高く、振るう剣は舞のごとし。
その優雅さと整った容貌は、王都の女性たちの憧れを一身に集め、
結婚したい男性ランキング堂々一位。
……にもかかわらず。
ある日、両親の執務室で彼はこう言い放った。
「私は……誰とも結婚いたしません。家督はユリウスに譲ってください」
「な、なんですってぇ!?」
「アレクシス、正気か!?」
「理由は……言えません」
頑なな息子に両親は困惑。
その夜、母親に弟のユリウスがぽつりと口を開いた。
「……兄上、女性が苦手なのでは?」
母親が目を輝かせる。
「まあ!それなら可愛い娘さんたちを呼んで、お茶会を開きましょう。観察あるのみよ!」
お茶会の話にアレクシスは青ざめた顔で抗議したが、母の命令は絶対。
渋々「顔だけ出す」と約束し、茶会に連行された。
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広間には、色鮮やかなドレスを纏った三人の若い令嬢。
花が咲くように笑顔を見せ、緊張気味のアレクシスを迎える。
「お近づきの印に……これを」
と、一人の令嬢が小箱を差し出した瞬間――
アレクシスの顔が青ざめる。
目が泳ぎ、次の瞬間、椅子をひっくり返し、逃げ出した。
「…………」
「…………」
「に、兄上ぇぇぇええ!?」
ユリウスの悲鳴だけが虚しく響いた。
その夜。
酒をあおる兄を問い詰めたユリウス。
「兄上、あれは酷いですよ。相手は何も悪くないのに」
アレクシスは真っ赤な顔でグラスを揺らしながら呻く。
「……お前は知らんだろう。あのリボンのついた箱……笑顔の令嬢……全部、全部……!」
「……何があったんです?」
アレクシスは苦々しく昔を語り出した。
「幼い頃、母に可愛いから、とドレスを着せられた。そして一緒に連れられて、とある子爵家の娘とよく会った。天真爛漫で……笑顔が眩しくて……いつも小箱を抱えていたんだ」
「小箱?」
「ああ。『宝物なの!』って言って渡してきた。リボンが結ばれてて、いかにも可愛いプレゼント……でも、開けると……!」
ユリウス、ごくり。
「中には……コオロギがぎゅうぎゅうに!次は巨大カエルがミチミチ!その次は真っ白な芋虫がわらわら……」
「…………(ホラーじゃないか)」
「泣きそうでも堪えた。だけど会うたびに『今日もあるの!』って箱を開けさせられて……笑顔も、ドレスも、リボンも、箱も……全部が恐怖と結びついたんだ……!」
ユリウスは頭を抱えた。
「兄上、それはトラウマです……」
翌日、弟は母親に相談すると「……心当たりがありますわ」と妙にあっさりした反応。
そして数日後、アレクシスは強制的に再びお茶会へ。
そこに現れたのは――小柄で、落ち着いた微笑みを浮かべる女性。
「…………っ!」
アレクシスは震えた。
「お久しぶりです、アレクシス様」
間違いない。あの“虫箱”少女だ。
「……っ、なぜ……!」
彼女は深く頭を下げた。
「昔は私、アレクシスをとても綺麗な女の子と思っていて……。友達になりたくて。……それに泣きそうになるお顔はとても可愛らしくて……つい」
「つい、で済ませるな……!」
「領地では当時、食用のコオロギ、繁殖用のカエル、絹を生む蚕……それらに力を入れていて。子ども心に誇らしくて、見せたくなったのです。本当に、怖がらせてしまってごめんなさい」
言葉は素直で、彼女自身は思っていたより普通で――いや、それ以上に、柔らかく可愛らしい人だった。
アレクシスの胸にざわめきが広がる。
(……怖くない?いや、むしろ……)
彼女はおずおずと笑った。
「でも、今のアレクシス様は……あの時よりずっと立派で。もう、私の変な箱に怯えることもないでしょう?」
「……っ」
(心臓がうるさい。なぜだ……?)
その後。
二人は親密に語らい、笑い合う姿を見せるようになった。
アレクシスは女性に対する恐怖を少しずつ克服し、そして気付く。
(僕は……この人となら、結婚してもいい)
――その頃、弟ユリウスは廊下でガッツポーズ。
「兄上が家督を継ぐ気になった……!これで俺は安泰だ!」
めでたしめでたし。




