就職先へ
お引越しです。
大した荷物も無いので、荷造りして迎えを待つ。
軽トラにがっしりとした男性がやってくる。熊みたいな人だな。
「渡良瀬さんですか。会長から引っ越しの手伝いに来ました。熊森と言います」
名前もクマさんだった。
「渡良瀬です。今日はよろしくお願いします」
挨拶を済ませるとさっさと荷物を積み込んでくれる。
大家さんの退去立合の間ものんびりと待ってくれている。
「お待たせしました」
「いえいえ、では行きましょう。移動は、バイクですか」
私の愛車を見てちょっと驚いている。普通の中型だけどまあ、女性が乗るのは珍しいか。
スクーター型ではなく、ちょっと若い男の子がカッコつけて乗るタイプだしな。
だが、私は若い女の子だから問題は無いのだ。誰に言ってるんだか。
「中古ですけど、移動には便利なので。ちょっと外れたところの景色を見たりするのが好きなので」
「そうなのですか。じゃあ勤務先は気に入るかもしれませんね」
熊森さんはそう言うと笑いながら軽トラの運転席に大きな体をねじ込んで車を走らせた。
私はその後を追いかける。
追いかける・・・。
まさか、街から1時間以上離れた、街と街の間の海沿いの場所だとは思わなかった。
「うわー、本当の閑静な海岸沿いの旅館だ」
私の声が遠くまで聞こえるくらいに静かな場所だった。
海岸沿いの道路のちょっと海側に膨らんだ広めの雑木林の手前にちょこんと立っている建物が旅館のようだ。
これから横に何か建物でも建てれるような土地と駐車場がある。
だけど、この道路あんまり車通らないけど集客的に大丈夫なのかなあ。
「坊、コウメ、ルリ。新しい料理人の渡良瀬さんを連れてきたぞ」
熊森さんは軽トラを止めてすぐに建物の裏口に回る。
そう言えば正面玄関開いてないね。
営業していないけど、休業日だろうか。
裏口に回ると従業員用の戸がある。
熊森さんの後に続いて中に入ると小さな事務所のようなリビングの様な部屋になっている。
「いやー、働かないー」
「しろさまー」
「しろさまー」
熊森さんが洋服を着た猫っぽい子供の首根っこを掴んでいて、
その周りを子犬っぽい服を着た子供と狐っぽい服を着た子供が飛び跳ねている。
あれ、私はなにをみているんだろうか。ドラマとか小説とかそういうのは無い。
私は現実に生きてるんだ。でもあの子供たちはコスプレでもしているんだろう。うん。
やっと、ふぁんたじー。
ふぁんたじー。
大事な事なのでもう一度、ふぁんたじー。