第8章-3 SIDE A-②:行った場合
判田が警察に身柄を拘束されたと聞いたのは、密告電話を入れた翌二十九日の月曜日だった。
職場の自分の席で午前中に済ませておきたい仕事を終わらせた後、昼食を取る為に後輩の一人と外へ出た際、スマホにかかって来た警視庁の阿川からその件を知らされた。
「綿貫さんですか。突然恩電話をして申し訳ありません。今お時間、大丈夫ですか」
拓雄としては、あれから警察がどのように動いたかが気になっていた為に言った。
「大丈夫です。ちょっと待って下さい」
そう伝え、スマホの送話口を手で押さえてから後輩に声をかけた。
「すまん。ちょっと急ぎの電話で時間がかかりそうだから、一人で行ってくれるか」
「分かりました」
突然取引先から相談の電話が入ることなどそう珍しくない為、彼は頷き食事が出来る店へと足を進めた。その背中を見送り、人気のない店の脇道に入ってから話し始めた。
「お待たせしました。何かありましたか」
「実はですね。綿貫さんに協力を頂きたくてご連絡しました。今日、城東署にご足労願えませんかね。なるべく早い時間に来て頂けると助かるのですが」
「今日、ですか。また任意の事情聴取をするのならお断りします。勤務時間内ですので」
「いえ、そうではありません。実は例の件で、ある人物が容疑者として浮上した為に、顔を見て頂きたいのです。いわゆる面通しってやつです」
心の中では、来た来た、と思わずこぶしを握ったが、はやる気持ちを押さえて言った。
「面通し、ですか。あの日私が目撃した、逃げて行く人物と似ているかどうかの確認でしょうか。でもしっかり顔を見た訳ではないので、分かるかどうか」
「はっきり分からなくても結構です。最初にそうおっしゃっていましたから、あくまで参考としてお伺いするだけなので。背格好や雰囲気などを見て全く違うか、多少似ているかどうかだけでも、確認して頂けると助かります」
「はあ。でも容疑者って誰ですか。私に確認するって事は、和可菜じゃないですよね。男の人ならあれですか。揉めていた出版関係の人でしょうか」
「電話では教えられません。こちらで確認して頂けるのなら、その時ご説明します」
「でも事前に面識があったりすると先入観が邪魔をするので、まずいとかいいますよね」
「待って下さい。もしかして和可菜さん以外の、今回の関係者とお会いになったのですか」
下手に出て柔らかい口調で話していた阿川の声が、急に低くなった。そこで少し間を置いてから、躊躇するように口を開いた。
「あ、あの、すいません。実はですね。一人だけ会いました」
「どうしてそんなことを。誰に会ったのですか」
責める口調に、拓雄は開き直って反論した。
「阿川さん達が悪い。私だけでなく和可菜までも疑っていたからですよ。だったら早く真犯人が捕まれば、厄介事から解放されると思っただけです。それで揉めていた編集者と会えば、目撃した人かどうかが分かると考えました。警察が余計な真似をせず、さっさと掴まえていればこんな真似をしなくて済んだのに」
抗議に言い返せなかったのか一瞬口籠った彼は、穏やかな口調に戻して言った。
「それは大変、申し訳なかったと思います。ところで誰に会ったのですか。どうやって連絡を取ったのですか」
「和可菜が、歩さんから揉めていた人達との話を多少聞いていました。それを頼りに出版社に連絡して、この人らしいと思う編集者を見つました。中東さんという人は女性編集者だったので除外しました。それで判田さんという編集者に当社の染岡に協力して貰い、連絡してアポを取り、昨日会って貰いました。その様子を少し離れた場所からこっそり見ていました。もう一人の辻脇さんとは会えませんでしたが」
「判田の顔や姿を見たのですね」
「はい。勝手なことをしてすみません。ただどうしても真相を知りたかったものですから」
「そう、ですか。それなら見た印象はどうでしたか。目撃した人物だと思いましたか」
「なんとなく、背格好など雰囲気は似ている気はしました。でもあの時は夜遅く真っ暗でしたし、今回見たのは昼間ですからね。正直、あの人が犯人だと言い切る自信はありません。当社の染岡と話している様子も近くにいて聞きましたが、乱暴な口振りからこの人なら歩さんと揉めたのも分かる気がしましたし、カッとなり突き落としたと言われたら納得できる感じでした。でも犯人と断言できる言葉は聞けませんでしたし証拠もないので、迂闊な事は私達からは言えません」
「私達、というのはもしかしてその場に後田さんも同席していたのですか」
「はい。私一人では見破れない点に気付くかも、と言ってくれたので。女性なりの勘、ってやつですか。それに友人である歩さんの仇ですからね」
「あなた達が近くで見て会話も聞いたけれど、判田が犯人だと断定できなかったのですね」
「あくまで断定できなかっただけで、違うとも言い切れません。雰囲気は似ていた気がしましたから。ただ会話の中でぼろを出すようなことはありませんでした」
警察の聴取を受けており、また犯人でもないから当然だ。けれどそう匂わす証言を得ただけで、阿川は満足したらしい。
「分かりました。それなら結構です」
「え、結構ですというのはどういう意味ですか。面通しの必要が無くなった、ということですか。もしかして今警察で身柄を押さえた容疑者というのは、判田さんですか」
「まあ、そうです。今更誤魔化してもしょうがないのでお伝えしておきます。一度会っているのなら、これから面通しをして頂いても無駄ですからね。ただ今の証言は十分参考になりました。ご協力感謝致します。ただ今後、一般人の立場で警察の真似事なんてしないで下さい。今回は殺人未遂の可能性がある事件ですから、もし犯人だった場合はとても危険です。分かりますよね。しかも女性を同席させるなんて、余りにリスクがありすぎます」
「確かにおっしゃる通りです。昼間の、人目がある場所で待ち合わせをすれば大丈夫かと思ったのですが、考えるとそうですね。今後は気を付けます。でもこのまま判田さんが犯
人として捕まったら、もう一件落着ですよね。これで余計な真似をしなくて済みます」
「まだ逮捕状が出た訳ではありませんが、そうなればいいと個人的には思います」
彼はそう言って通話を終えた。スマホから耳を離した拓雄は、大きな溜息をついた。
これでいい。当初の計画では、面通しされた際に似ていると告げる予定だった。しかし改めて和可菜と話し合った結果、後で警察に判田との接触を知られたら、余計な疑念を産む恐れがあると考えたのだ。
そこで面通しの依頼を受け時は、正直に告げた方が効果的だと思い、口頭で疑わしいが断言できないと告げたのである。
それに彼の身柄の拘束は、恐らく拓雄による密告電話の影響に違いない。その情報を元に彼の所持品検査か家宅捜査を行った結果、歩のスマホが発見されたからだと思われる。
当然判田は身に覚えのないスマホだと主張するだろう。そこで拓雄達が彼に会った件を隠していたと分かれば、リュックに入れたと疑われる恐れがあった。先に言っておけば、後に疑惑の目がこちらを向いたとしても証拠は残していない為、知らないと言い通せばいい。そこまで考慮しての言動だった。
このまま彼が逮捕されれば一番いいが、そうならなかった場合にも備えておかなければならない。それでもしばらくは安心していいだろう。
そうした予想は当たった。判田が正式に逮捕されたとのニュースは聞かなかったけれど、阿川からその後の連絡はピタリと途絶えたのだ。それは和可菜も同様だったらしい。
そうして時が過ぎ週末を迎えた。六月二日の夕方、七月一日付けの異動発表の時間が迫る中、内心穏やかでは無かった。
想定ではこのままの状態が続くと思っている。歩が意識不明に陥ってから丁度三週間経つが、あれ以降も保険代理店であるリュミエールとの関係改善の為、拓雄は週二、三回のペースで担当の染岡に同行し訪問を続けていたからだ。
事件の目撃者の拓雄が、早期に通報したおかげでなんとか一命を取り留めたと谷内田社長に感謝されている間は、確実に営業数字を取り戻せるまで本支店長達は拓雄を利用する為に異動させないだろう。そう踏んでいた。
だからこそ九月九日に式を挙げる予約を入れ、その準備に向け取り組んでいるのだ。
今月の二十日、三十三歳を迎える和可菜の誕生日に籍を入れる。妊娠が判明し、結婚準備や体を労わる必要から、今度こそ彼女は今月末で退職する予定でもあった。このまま何事も無ければ、幸せな生活に向けて進めばいい。
けれどその一方で、異動を望む気持ちも僅かながらあった。
もしここから離れた土地へ赴任するとなれば、警察に追われる可能性も低くなる。阿川が突然目の前に現れ、拓雄を連行するかもしれないと怯える日々から解放されたい。そんな思いが拭えなかったからでもあった。
また歩が目を覚ませば、いやでも新たな騒動に巻き込まれるだろう。それなら今の部署にいるより、新天地に着任していた方が気は楽だ。
そうした複雑な想いを抱えている間に、刻一刻と発表の時間が近づいてきた。異動の圧縮データは、午後五時に人事部から全国の社員が確認できる共通ファイルに掲載される。それを開き課の共通ファイルにダウンロードすれば、課内で簡単に閲覧が可能となる。その役目は基本的に次席の役目とされていた。
外出している等、どうしても離籍している場合は管理職または三席などが行うが、拓雄は三時間前から社内に戻り、席に座って時間が来るまでデスクワークを行っていた。
そんなところに、隣の課にいた染岡が寄ってきて声をかけて来た。
「いよいよだな。普通なら法人課に配属されて丸四年と約三カ月になる綿貫は、今回で異動対象になっていただろうな。だがもう一年はいて貰わないと困る」
「何を言っているんです。それはそっちの都合でしょう。うちの課の数字が増える訳じゃありませんから」
「リュミエールの減少する数字が増収へ反転すれば、それはちゃんとした仕事の実績として上から評価されるだろう。そうしたら次の異動は期待できるじゃないか。課長代理になったばかりだからいきなり課長とはいかないまでも、それなりの部署には行けるだろう。本部長案件だぞ。自分でもそう思っているんじゃないのか」
「上手く増収すれば、の話ですよね」
「おいおい。少なくともこの三週間、減収は完全に止まったし、まだ少ないけれど新規契約だって貰ったじゃないか。これは凄い事だぞ。俺が担当して三年経つが、新規なんて輝海上が引き受けを嫌がった訳ありの契約しかなかったのに、だ」
「それ位はないと、他部署の私が訪問している意味がありませんからね」
皮肉った物言いに、彼は笑いながらおどけた。
「それはそうだ。ご足労頂き有難う御座います。綿貫さんに足を向けては寝られません」
確かに効果はようやく表れてきた。当初は喜んでくれたものの、担当者でもないのに何
度も顔を出す拓雄を見て、徐々に態度は硬化していた。けれどさすがに恩を仇では返せないと思ってくれたらしい。ここ最近、新規契約の申込書を頂けるようになったのだ。
この傾向に拍車がかかり増収する状況になれば、染岡の言うようにそれなりの評価はされるだろうし、して貰わなくては困る。通常であれば、これまで減らされた契約の残り三千万円も、今年中には限りなくゼロとなるはずだったのだから。
その苦境を打開し、さらにこれまで減らされた分を取り戻すべく新規契約が恒常的に回収できるようになれば、営業数字的には相当な業績と呼べるだろう。担当店の営業一課だけでなく本部長や支店長も懸案事項が解消された上、今後リカバリーどころか大増収が望めるのだから喜ばしいことこの上ない。
ただ真の事情を知らない彼らだからそんな能天気でいられるのだ。歩がいつ目を覚ますか分からず、またその時何を口走るかで今後の運命を大きく左右されてしまう拓雄の身になれば、悠長になど構えていられない。
しかしそんな実情を染岡に言える訳もなかった為、苛つきを抑えつつ言った。
「そろそろ発表の時間ですよ。席に戻らなくていいんですか」
時計を見て五時二分前だと気付いた彼だが、まだのんびりしていた。
「そう慌てなくていいだろう。一分や二分遅れても結果は変わらない。それにダウンロードしてファイルを開いたって、全国の異動が載っているから名前を探すだけで相当かかる」
「一課にも、異動対象になりそうな奴がいるでしょう。そいつは早く見たいと思いますよ」
「法人課が先にダウンロードして、うちの課の奴の名前を誰かが発見すれば教えてくれるだろう。同じフロアの他の課の奴だってそうだ」
そう言っている内に一分を切った。
「本当にそろそろですよ」
「はいはい、分かりました」
これ以上ここにいたら機嫌を損ねると思ったらしく、彼はゆっくり離れていった。
その背中を一睨みし、拓雄はパソコン画面に視線を戻し共通ファイルにカーソルを置く。そして五時丁度に開くと、待望のデータが添付されていた。それをクリックし課の共通ファイルにダウンロードする。こうすれば、課の全員が同じタイミングで中身を確認できるのだ。
処理を終え、拓雄はファイルの頭から名前を辿った。何故か面倒な事にエクセルファイルのような検索機能はない。また異動は横書きで一番左に北の部署名から順番に並んでおり、その右横に役職と氏名があって、さらにその右横の端が現在の部署名が記載されていた。
つまり北から順番に辿り、そこで自分の名前を発見して新しい赴任地が分かるリストになっているのだ。全国に渡る異動が掲載されている為、相当な数にのぼる。よって見逃してしまうこともあった。
けれど視線の端で、一旦業務から離れ同じくファイルを目で追う職員が何人かいると確認はしていた。だから例え拓雄が見逃しても、他の誰かが見つけ教えてくれるに違いない。
他に見知った名前を先に見つければ、そうした声が挙がるだろう。これは異動発表時におけるいつもの光景だ。
もちろん自分は関係ないと思う引っ越しを伴う転勤のない事務員や、処理しなければならない目の前の仕事をこなすことで精一杯な職員もいる。だが法人課の多くは拓雄が出る可能性が高いと思っている為、興味深く探しているようだった。
北海道から東北地域を過ぎ、名前がない事にホッとする。札幌や仙台など大きな都市で人気な赴任地はあるものの、やはり雪が多く降る場所は大変だ。できれば関東や関西の太平洋側で大きな都市がいい。
異動しない可能性が高いと思いながらも、目は先に進んだ。北陸、関東を過ぎ、まだ名前は見つからない。その間、ところどころで声が挙がった。別部署の職員の名があったようだ。
「東京本社か。頑張れよ」
課長か次席と思われる人物が、対象者にそう励ましている声が聞こえた。それを耳にしつつ、リストの先を追う。中部、関西が終わり、中国地方から四国、九州と続く。隣の一課でわっ、と声が挙がった。どうやら異動者が出たらしい。
「福岡か。いいな。住みたい場所ランキングは政令都市で一番だし、食べ物もおいしいぞ」
染岡の声が聞こえた。そう聞いたことがある為、拓雄も九州だったら福岡が良いと思っていた。今年は二位が札幌で三位が名古屋だ。ただ福岡は日本海側なので、意外と冬には雪が降る。その点滅多に降らないらしい名古屋の方が、どちらかと言えば望ましい。
先を進み沖縄を過ぎ、海外の拠点まで目を通した。だが拓雄の名前は無かった。やはり、という想いと、そうか、という微妙な心情が入り混じる。
「法人課は誰も出ませんでしたね。またしばらく同じメンバーで仕事が出来るので、正直ほっとしています。綿貫さんには悪いですが、もう少しいて頂いた方が助かりますから」
三席の後輩が背後からそう声をかけて来た為、座ったまま振り返って応えた。
「そう言って貰えるのは嬉しいけど、最近は隣の課の仕事までやらされているからな。その分、うちの課への目配りが行き届かないところがあるだろう。異動しなかったから、まだしばらく今の状態が続くと思う。できるだけ迷惑をかけないようにしたいけど、三席のお前にはどうしても負担がかかる。申し訳ないが勘弁してくれ」
「リュミエールの件なら、課長はもちろん支店長からも説明を受けていますし、気にしないで下さい。確かにうちの課の数字には直接関係ないですけど、部全体で考えたら大きな仕事じゃないですか。しかも本部長案件ですし、綿貫さんにしかできない役目ですから」
「そう言ってくれると助かる」
「それに一課の数字が増えて支店全体の数字も好調だったら、法人課の数字が悪い月があっても、多少は目を瞑ってくれるでしょう」
「おい、おい。それはないし、駄目だろう」
拓雄が苦笑すると、彼は破顔した。
「冗談です。ただ正直、増えた分位はいくらか補正で数字を貰いたいですけどね。減少を食い止めただけでもすごいのに。だからそれ位あっても罰は当たらないと思いませんか」
補正と言うのは、本来申込書を計上した部署に百パーセントの数字が入る所を、何らかの理由があった場合に何パーセントかを他の部署に分担することを指す。部署をまたがって協力し、契約を成立させた時などによく使われる社内の事務処理だ。
「心配するな。その件は課長が、支店長や本部長に打診済だ」
「そうなんですか」
ここから拓雄は声を落として言った。
「ああ。ただ一課長が渋っているから、まだ決まっていない。新規が出始めたけどまだ少ないし、もう少し様子を見てからと先延ばしになったようだ」
「なんですか、それ。次席の染岡さんもそんなことを言っているんですか」
そこに当の本人が現れた。
「俺が何だって」
突然背後から声をかけられた彼は、慌てて首を振った。
「いえ、何でもありません。ああ、綿貫さん、これからも宜しくお願いします」
そう言って逃げるように席から離れていった。その姿を一瞥した染岡が続けた。
「そうそう。やっぱり出なかったな。ということで今後とも宜しく」
拓雄は苦笑いしながら、折角だと思い尋ねた。
「それはいいですけど、例の補正数字の件はどうなっているんですか。今、丁度その話を
していたんですよ。私が忙しくなった分、どうしても三席の負担が増えますからね」
「ああ、なるほど。それで俺の名前が出たのか。いや前も言ったけど、継続分は出せないとしても、新規分だったら五十%程度出すべきだと俺は課長に言っているよ」
「でも課長が首を縦に振らない訳ですか」
「申し訳ないと思っているさ。でもそっちだって悪いんだぞ。出さないなら今後一切同行しないと脅せば、さすがに折れると思うけどな。何も言わないから、調子に乗っているんだよ」
彼の言う通りだった。だがそこまで強気に出られないのは、いつ歩が目を覚ますか分からない、という恐怖感があったからだ。
意識を取り戻せば、少なくとも揉めていた相手が実は拓雄だったと明らかになり、証言も嘘だとばれる。さらには突き落とされたと主張されれば、感謝されていた立場は一気に逆転する。
そうなれば、数字はもちろん増えるどころか一気になくなるに違いない。そうなったら補正どころか、拓雄の責任問題になりかねないのだ。
本音を言えば、そんな問題が無くても昨年までの流れを考えたら、数字は減少の一途を辿っていただろうし、一時的に食い止めただけで御の字だろうと反論したいところである。
だが刑事問題にまで発展すれば、そう強気には出られない。それどころか会社での立場さえ危うくなるだろう。そう考えると、今の時点で数字を寄こせとはなかなか言えなかった。この複雑な心情と事情は、和可菜以外に話せる内容ではない。
よって拓雄は染岡に対し、曖昧な笑みを浮かべるしかできなかった。




