第7章-4 SIDE A-②:行った場合
「揉めていた出版社の誰かに疑いを向ける為、俺が目撃したのはこの人かもしれないと証言するのなら、男の人じゃないと駄目だよな」
拓雄の言葉に和可菜は頷いた。
「そうね。私が歩から聞いた話だと、確か判田とかいう担当編集者ともう一人の編集長が男の人だったはず。多分二人は警察も目を付けていると思うから、そのどちらか怪しい方を選べばいいんじゃないかな」
「でもその人が犯人じゃないとすぐばれた場合はどうする」
あの場にいたのは拓雄なのだから、他に犯人など実在しない。そう分かっていた為投げやりに聞くと、彼女はニンマリ笑った。
「別に問題ないよ。そうかもしれないって言うだけじゃない。逆にしっかり見ていた方がおかしく思われるでしょう。それに犯人かどうかを調べて最終的に判断するのは警察の仕事だし、そこは任せるしかないと思う」
拓雄と共に疑われている現状を打破し幸福を手にする為であれば、他人が多少の犠牲になっても構わない。彼女の言葉からはそうした強い意思が伝わって来た。
やや危うさを感じたが、お腹に二人の子が宿った今となっては当然の想いだとも思える。第一、こうした苦境に陥ったのは、歩の呼び出しに応じてしまったからだ。よって拓雄自身がどうこう言える立場ではない。
「分かった。それじゃあ疑われている三人について、もう少し調べてみよう」
「だったら歩が使っているSNSの書き込みを探れば、もっと詳しく分かると思うけど」
そうして和可菜の協力を得ながら、警察が疑っているという出版関係者の名と会社名を調べ上げた。一人は中東由香里という女性だと分かり除くことにした。名前から歩と付き合っていた編集者のようだ。その女性の上司で編集長が辻脇で、別の出版社の男性担当編集者が判田だった。
そこでどちらにするか話し合ったところ、和可菜は判田がいいと口にした。
どうやら歩の部屋に寄った際、偶然打ち合わせで来ていた彼と一度だけ会って挨拶をしたらしい。その時に見た背格好や横柄な態度、またトラブルの内容やその関係性から、そう思ったようだ。
アリバイがなく、警察の疑いを深められればどちらだっていい。だが問題はその先だった。
「判田にするのは理解できたけど、証言するだけでいいのかな」
拓雄の疑問に和可菜は頷いた。
「そうね。曖昧な目撃証言だけだと弱いかな。もう少し犯人であるかのように思わせる手があればいいんだけど。例えば現場から無くなったスマホを持っていたとか」
「え、そ、それは」
狼狽えていると彼女が言った。
「DMの件があったからスマホを持ち去ったのよね。でもそっちは警察がとっくに調べていたようだし、拓雄さんから刑事さんに打ち明けたのなら、持っていてもしょうがないでしょう。逆に早く手放さないとまずいよ。それに拓雄さんが心配するような、おかしな映像や動画なんてないから。せいぜい二人がやり取りをしたメールだけだと思う。彼女は虚勢を張っていただけよ」
「いや、それが本当だったら、手放すのはいつでもできるけど」
「もし歩が目を覚まし拓雄さんに突き落とされたと嘘を言ったら、虚偽の目撃証言をした事やスマホを持ち去った点は責められるでしょ。証言については今更どうしようもないけど、スマホは知らないと言い切れば済むじゃない。警察も証拠隠滅したかどうかなんて証明できないはず。だったら同じ手放すのならただ捨てるだけじゃなく、有効活用しないと」
和可菜の発想には驚かされたが、よく考えれば理に適っていた。スマホが現場から紛失していた矛盾を突き詰められれば、いずれ持ち去ったと証言せざるを得ない。
捨てれば器物破損の罪に問われてしまう恐れがある為、手元に置いておいた方が安全ではある。
だが同じ証拠隠滅について責められるなら、判田にスマホを渡しても同じだ。虚偽の証言については、そう思うと曖昧にしておけば罪に問われる危険は低い。スマホだって罪に陥れる意図が証明されなければ、虚偽の罪に問われない可能性がある。その点を上手くやらなければ不必要な罪を背負う羽目になってしまう為、注意は必要だ。
和可菜にその点を説明すると理解したようだ。何度か首を縦に振りながら、閃いたとばかり口を開いた。
「つまり私達が、判田にスマホを渡したとバレなければいい訳ね。だったらスマホに彼の指紋を付けて、その後発見されるようにすればいいかも。それなら私達の知らないところで警察が勝手に疑ってくれると思う。拓雄さんもずっと手元に隠しておくのは危険でしょ」
「そうか。スマホは何かの弾みで、現場から離れた場所に落ちていたことにすればいいのか。それを見つけた警察が指紋の採取をして判田のものが見つかれば、現場から持ち去ったと疑うだろうな。もし歩が目を覚まして俺のことを口にした場合でも、嘘の目撃証言は咄嗟に口から出てしまったと言うしかないけど、スマホの件は知らないと言い張れば済む」
「でも拓雄さんが直接判田と会えば、後で裏工作したと疑われるから駄目か。直接会わず、かつスマホに触れさせないといけない訳ね。だったら私が彼に近づいた方が成功するかも」
「おい。そんなことをしたら、和可菜まで余計な罪を被ることになる。それは駄目だ」
「そうか。私にも会ったなんて気付かれたらまずいよね。だったらこういうのはどうかな」
彼女に耳打ちされた内容を聞き、思わず唸なった。成功すれば確かに警察から疑われても証明は困難かもしれない。しかし和可菜だけでなく、第三者にも犯罪の片棒を担がせてしまうと気が引けたため、素直に同意できなかった。
拓雄のそうした想いが伝わったのか、彼女は力強く言った。
「大丈夫。私達ならできる。それにこれは二人の、いや三人の将来がかかっているのよ。歩の身勝手な行動のせいで台無しにされるのは絶対に嫌だから」
拓雄は頷かざるを得なくなった。そして彼女の案に乗り、翌日の月曜日に判田が勤める会社に電話をかけてみることとなったのだ。