表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/32

第5章-6 SIDE A-③:行った場合

 拓雄以外に、あの夜の出来事を目撃していた人がいる。そう阿川から告げられ驚いた。

 その可能性はあるかもしれないと覚悟はしていた。しかしあの状況なら顔は覚えられていないと思ったからこそ、逃げた人物は拓雄と同じ男のようだったと警察に証言したのだ。

 どこまで目撃していたのかが気になる。突き落とす前の揉めていた時点からか。その際中だけ、または突き落とした瞬間なのか。

 いや、それはあり得ない。だったら拓雄か、または和可菜が犯人との疑いを持った質問などしないはずだ。となれば、その後証拠隠滅の為に現場を離れた行動まで見られていた可能性は低い。そう考えが至り、やや安堵した。

 それにしてもあの時周囲を見渡したが、それらしき人影は目にしなかった。しかし実際警察が目撃者を探し当てたのなら、いたに違いない。

 内心では戦々恐々としていたが、懸命に平静を装い阿川に尋ねた。

「そうですか。その人はどこで見ていたのですか。あの時、周りに誰かいないかと思って見渡しましたけど、気付きませんでした」

「そうでしょうね。あの現場からやや離れたマンションです。その住民は偶然あの夜、窓から川の辺りを何気なく覗いていたと聞いています。周辺の聞き込みを担当した刑事のお手柄ですよ。夜遅くの、繁華街からは離れた場所ですからね。今の所、その人以外の目撃者は見つかっていません」

「マンションの窓から、ということは部屋の中ですね。それなら気付かないはずだ」

「そうでしょうね。外からだと、黒い影にしか見えなかったかもしれません」

「その方は何と言っているのですか。通報していたかもというのなら、突き落とされた瞬間を見ていたのでしょう。もしかして、私が証言した内容と食い違っている点があるとか」

「いえ、そこまでは」

 それ以上言葉を続けなかった彼に苛立ち、先を促した。

「その人は私と同じように証言したのですか。食い違いがないなら、犯人が女性だったとは言わなかったはずですよね。それなら和可菜を疑うのは間違いだと分かるでしょう」

「いえ。暗かったこともあり、また距離もあったので男性か女性かの区別はつかなかったようです。その人も綿貫さんと同じく被害者が女性だと聞いて、驚いていましたから。つまり犯人も女性だった可能性は否定できないということです」

「なるほど。じゃあ現場に駆け付けた私の様子は見ていたはずですよね。その人が通報しなかったのは、そういうことなんじゃないですか」

「詳細は伏せますが、話によると直ぐに通報しようとは思っていなかったようですね。窓から離れ外を見ていなかった時間帯があり、どうしようかと同居者に相談していたとも聞いています。電話をしている人がいるのを見て、した方が良かったのかと気付いたそうですし。少し経って救急車だけでなく、パトカーまで集まった様子に驚いたと証言されています」

「そうだったんですね」

 心の中で舌打ちをした。その目撃者からは、揉めていて突き落とされたかのように見えたのだろう。実際は相手が勝手にバランスを崩しただけなのに。これは歩が目を覚まして突き落とされたと嘘の証言をした際、拓雄が不利になる証言だ。

 しかし窓から離れ現場を見ていなかった時間帯があるなら、拓雄の奇妙な動きに気付いていないと思われた。そうでなければ、阿川が最初から拓雄だけに疑いをかけなかった点に矛盾が生じる。やや安心したが油断できない。彼が何を隠しているか分からないからだ。

 すると、やはり阿川は爆弾を落としてきた。

「被害者が何者かと揉め、階段から落ちた時の目撃者はその一人だけですが、現場の聞き込みから後田さんらしき人物をみたという目撃者は、複数名いらっしゃいました」

 拓雄は目を見開いた。まさかそんな。だから彼女を疑っていたというのか。もしそれが本当に彼女だったなら、拓雄の犯行を見ていたかもしれない。その可能性に気付き慄いた。

「本当ですか。和可菜は何と言っているのですか」

「本人は証言を拒否しています。ただし犯行は否認されました。要するに、現場に行ったかどうかは教えてくれなかったのです」

「それで疑っていたのですね。分かりました。しかし何度も説明しましたが和可菜の姿は見ていませんし、揉めていた相手は知らない男性のはずです」

「そうですか。分かりました。それではこれで退散します。失礼なことを言って、申し訳御座いませんでした」

 彼らはそう言って頭を下げ、部屋を出て行った。拓雄はその後ろ姿を玄関先で見送った後も、しばらくその場を動けなかった。

 だがやはり確認しない訳にはいかない。そこでリビングに戻り、手元のスマホで番号を呼び出し和可菜に電話をかけた。会う約束を明日の日曜日にしたのは、今日は用があり忙しいからと彼女が言っていたからだが、居ても経ってもいられなかったのだからしょうがない。

 やはり手が離せないのか、すぐには出なかった。それでも数コール後に彼女が出た。

「拓雄さん、どうしたの。こんな時間に電話なんて珍しい。明日のことで何かあった?」

 訝し気な声で尋ねられたが、拓雄は畳みかけるように言った。

「いや、そうじゃない。さっきまでまた刑事が来ていたんだ。先週金曜日の夜に、俺が偶然目撃して通報した件だよ。それでいくつか気になることを言われてさ」

 一瞬間があってから彼女が言った。

「何、気になる事って」

「まず先週被害に遭った谷内田歩と和可菜は、友達だったって聞いたけど本当なのか」

 長い静寂が続いた後、彼女はポツリと呟いた。

「ごめんなさい。隠すつもりはなかったの」

「彼女に、俺との結婚を反対されていたって言うのもそうなのか」

「刑事さんから聞いたのね。うん。確かに彼女には猛反対された」

「どうしてなんだ」

「ごめん。その話をすると長くなるから、明日じゃ駄目かな」

「俺のアカウントにDMを送りつけた奴がいて、それが彼女だった事も知っていたのか」

 スマホから複数の人の声が漏れ聞こえる。一体どこにいるのか。

「それも会った時に話す。今、ちょっと手が離せないから」

 すぐにも切られそうだった為、慌てて尋ねた。

「もう一つだけある。俺は全く気付かなかったけど、和可菜が現場にいたらしいという目撃証言もあるって聞いたけど、いたのか」

「もういいかな」

「いたかどうかだけでも教えてくれ。警察にはそれすら言わなかったようじゃないか」

「だから明日だって。ちょっと今、本当に忙しいから切るね」

 看護師が患者を呼んでいるような声が聞こえた。もしかして和可菜は病院にいるのか。

「おい、ちょっと、」

「ごめんなさい」

 そう言って本当に通話が途絶えた。茫然とスマホを眺めていた拓雄の頭の中は混乱した。いまの誤魔化すような態度は何だ。一体どこにいるのか。病院ならどこか悪いのだろうか。 

 それも気になったが、当初の目的について考えた。本当に彼女は現場にいたのか。もしそうならあの翌日の朝に電話した時は、事態を把握していたことになる。

 しかし彼女は知らない素振りで、大変だったねと言っていたはずだ。あれは演技だったのか。もし拓雄が歩とあの現場で揉めた様子を彼女が見ていたなら、隠蔽工作を行った様子も把握している可能性は高い。

 そもそも、何故あの現場にいたのか。DMの内容について拓雄は伝えていないので、彼女は知らなかったはずなのに。あの夜あの時間のあの場所にDMで呼び出したと、歩から聞いていたのだろうか。

 確かにあの文面には、心配ならば婚約者を同行させても構わないと書かれていた。それなのに拓雄が何も相談しなかった為、歩から知らされていた彼女は心配になり、あの場に来ていたとすれば辻褄が合う。

 だったらどうする。明日は式の打ち合わせの予定があり、彼女と顔を合わさなければならない。しかも電話で聞けなかった件はその時話す、と言っていた。

 彼女は拓雄が犯人だと知っていたから、事件当日のアリバイを隠したのだろうか。現場にいたとなれば疑われるだけでなく、その場にいた理由や目撃証言を話さなければならない。百戦錬磨の刑事による聴取に対し、誤魔化し続けるのは困難だ。一つの嘘をつけば、それを隠す為にいくつもの嘘を重ねなければならなくなる。よって供述を拒否し、最悪の事態を回避しようとしたのではないか。

 だとすれば、彼女は拓雄を庇ってくれたことになる。それは歩と揉めたものの、階段から落ちたのは事故だと知っているからなのか。それとも意図的に突き落としたと勘違いしているのか。その上で警察から守ろうとしているのか。その答え如何によっては、拓雄と彼女の関係が大きく変わる。ヒビが入るか、結束が固くなるか。

 いずれにしても明日には答えが出るだろう。それまでは今日一日、落ち着かない時間を過ごさなければならない。拓雄はそう覚悟をした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ