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届かぬ調べに、心が響き合い  作者: 相沢蒼依


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第六章 恋のはじまりと揺れる未来5

***


 部屋の天井をぼんやり見つめながら、俺はベッドの上でごろんと仰向けになった。


 扇風機の風が弱く回ってて、外の蝉の声も少し遠くなってきた。夕方に帰ってきて、シャワーを浴びたあとは――もう、なんかずっとふわふわしてる。


(……今日、めっちゃしあわせだったな)


 宿題のはずだったのに、いつの間にか手をつないでベッドに並んで、肩がちょっと触れて、しかも悠真から「好きだよ」って……。


 考えるたびに、胸の奥がじんわり熱くなる。これ、恋人同士ってやつだよな。俺、今、ちゃんと悠真と“そういう関係”なんだよな。なのに、実感がまだ追いつかない。でも夢じゃない。だってあのときの手のぬくもりが、まだちゃんと残ってるから。


「……にしても、悠真かわいすぎんだろ。うわぁあぁ……」


 ぽつりと呟いて、枕に顔を埋めながら呻いた。


 あの、ちょっとだけ拗ねた声とか、笑った顔とか、くすぐったそうに指を重ねてきた仕草とか――ひとつひとつが胸の奥で、ぽわんと膨らんでいく。


(明日も会えるかな――)


 そう思った瞬間、ふっとまぶたが重くなる。朝からずっと頭を回転させて宿題してたんだから、そりゃ眠くもなるよな。


 でも寝る前のこのふわふわした気持ちだけは、ちゃんと残しておきたい。そう思いながら、指先でスマホの画面をそっとなぞる。


 最後に悠真から届いたメッセージ――「今日はありがとう」ってやつを、もう一度だけ読み返す。


『こっちこそ。またすぐ会いたい』


 そう返信した俺の言葉が、なんだかほんの少し甘ったるくて、でもすごく“らしくて”。


「……おやすみ、悠真」


 その一言を呟いたあと、ゆるやかに意識が遠のいていった。


 ぬるい夏の夜の風に包まれながら、俺はそっと目を閉じる。夢の中でも、どうか悠真に会えますように――そう願いながら。



***


 まぶたの裏に、淡い光が差し込む。それは夏の陽射しとも違う、やわらかくて透明な、どこか懐かしい光だった。


 足元はさらさらとした白い砂。見上げれば、真っ青な空にふわふわ浮かぶ雲。


(――なんだここ。海か?)


「……陽太」


 不意に背後から呼ばれた声に振り返ると、そこには白いシャツを着た悠真が立っていた。風に髪を揺らして、かわいらしく笑ってる。


「やっと来たね」


 そう言って、当たり前みたいに手を伸ばしてくる。その指先に触れた瞬間、全身にふわっと温かさが広がって――なんだろう、夢だってわかってるのに、心が本当に安心する。


「ねえ陽太、こっちに来て」


 悠真に導かれるまま、砂浜を並んで歩く。足元には小さな波がさらさらと寄せてきて、ふたりの影が少しずつ重なっていく。


「ここ、なんか不思議だな。静かで、きれいで……」

「ふふ。だって夢だから」

「夢だって、わかってるのか?」

「うん。たぶん陽太の夢だと思う。……でもね、俺もすごーくしあわせ」

「なんで?」

「だって、陽太と手をつないでるから」


 ぎゅっと繋がれた手が、まるで現実みたいにリアルで。でもきっと、これは夢。けど――それでいい。


 悠真は少し照れたように俯いて、それからまた顔を上げる。


「……夢でも、本気で言っていい?」

「うん」

「好き。陽太が好きだよ」

「俺も」


 迷わずに、同じ言葉が出てくる。まるで呼吸するみたいに自然に。


 そのまま、ふたりで静かに並んで座る。目の前に広がる水平線。風の匂いが心地よくて、悠真の肩がそっと触れていて。


 ――このままずっと、こうしていられたらいいのに。


 そう思った瞬間、悠真が俺の手の甲に唇を落とした。くすぐったくて、あたたかくて、胸がいっぱいになる。言葉にならない想いが、波音に紛れて空へと溶けていく。


 まどろみの中、最後に聞こえたのは、悠真の優しい声だった。


「夢が覚めても、きっとまた会えるよ……だって、陽太が好きだから」


 光がだんだんと淡くなり――意識がゆっくりと現実へ戻っていく。


***


 ――陽太が好きだから。


 その声が耳の奥に残っている気がして、ゆっくりと目を開けた。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、部屋をうっすらと染めている。扇風機の風が首を振り、頬にふわっと触れた。


「……ぁ……」


 微かに喉が乾いてる。でも、それ以上に胸の奥が、ぽわんと温かかった。


(……夢、だったよな)


 手を伸ばしてみる。隣に悠真はいない。けれどさっきまで、その指を確かに握っていた感覚が残ってる。


 波の音。白いシャツ。繋いだ手に、悠真の唇の感触――。


「なんだよ、悠真……夢の中でもかわいすぎか……」


 照れくさくて、でも嬉しくて。思わず枕に顔を押しつける。どうにも、ニヤけるのが抑えられなかった。


 あれは夢。だけど、夢の中の悠真も、きっと俺が好きな悠真だった。現実の悠真と、ちゃんと気持ちを重ねてるからこそ見られた夢――そんな気がしてならない。


 スマホを手に取る。画面をつけたら、まだ通知は来てなかった。でも、きっと今日はまたメッセージが届く。昨日と同じように「おはよう」とか「また会おうね」とか。


(俺も、ちゃんと伝えよう――)


 夢の中でも現実でも。何度だって「好きだよ」って言えるように。


 ベッドの上で伸びをひとつして、深呼吸をした。この胸の中のあたたかさごと、今日をはじめられる気がする。


「おはよう、悠真」


 小さく呟いたその声が、朝の光にふわりと溶けていった。

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