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届かぬ調べに、心が響き合い  作者: 相沢蒼依


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第六章 恋のはじまりと揺れる未来4

***


 夕焼けに染まったアスファルトを、一歩ずつ踏みしめながら歩く。悠真の家からの帰り道。背中にはまだあの家の空気がまとわりついている気がして、なんとなくスマホに触れる気にもなれなかった。


 宿題のはずだったのに、いつのまにか隣に寄りかかる距離が近くなってて――指先が触れるたび、悠真の体温がこっちまで伝わってきて、すげぇドキドキした。


(……悠真のあんな顔、はじめて見たな)


 ちょっと拗ねたような、でも甘えるみたいな目で「もうちょっとだけ、一緒にいたい」なんて言われたら。そりゃ、動けなくなるって。


 お昼の休憩中、リビングにふたりでひとつのクッションに寄りかかって、適当に音だけ流れてたテレビは、まるで記憶にない。


 部屋に入ったときよりも帰る頃には、ふたりの距離が目に見えて近くなってた。なにが変わったのかは、うまく言葉にできない。それがちゃんと“恋人らしいこと”なのかどうかなんて、まだわからない。


 でも少なくとも、嬉しかった。俺だけじゃなく、悠真も同じように思ってくれてるんだなって。


 手を伸ばせば届く距離。言葉をかければ返ってくる声。そういう“確かさ”が、こんなにもあたたかくて、心地いいなんて知らなかった。


(――俺、今すごく幸せなんだな)


 胸の奥がじんわり熱くなる。こんなふうに思える誰かに出逢えたこと、傍にいてくれることが、それだけで充分すぎるくらいだ。


 駅が近づく頃、ポケットの中のスマホが小さく震えた。画面をのぞくと「今日はありがとう」という短いメッセージ。差出人はもちろん悠真。思わず、顔が緩んでしまう。俺はすぐに返信を打つ。


『こっちこそ。またすぐ会いたい。できれば明日も!』


 送信ボタンを押したあとに、胸の真ん中がほんの少しきゅっとなる。言葉にするのって、やっぱり少し照れるけど――。


(でも、ちゃんと伝えたいんだ……)


 好きだってこと。一緒にいられることが、すごく嬉しいってこと。 悠真に何度でも伝えていこう。何度でも伝えたい。


  ――それが俺の、今の“一番の願い”だから。


***


「……悠真、最近さ」


 冷房の効いたリビング。テレビをぼーっと見ていた俺に、姉ちゃんが突然声をかけてきた。膝を立ててソファに座る姉の横顔は、なんだか妙に探るような笑みを浮かべている。ゆえに俺は、ものすごーく警戒せざるを得なかった。


「姉ちゃん、いきなりなに?」

「“手をつなぐタイミング”って、意外と難しいよね」

「ぶっ、ちょっ急にっ!」


 口にしていた麦茶を吹きかけそうになる。姉ちゃんはクスクス笑って、グラスをテーブルに置いた。


「なにって……悠真的には、そういう時期じゃないの?」

「なにが?」

「その“なにも知らないフリ”が、既に怪しいんだけど!」


 目を細めてニヤリと笑う姉ちゃんからの視線がどうにも照れくさくて、俺は思わずソファに顔を埋めた。


(姉ちゃんわかって言ってる。たぶん、もうほとんどバレてる。今朝だって駅まで迎えに行った陽太との手つなぎも、どこからか見ていたに違いない)


「……見た?」

「見てない。でも、わかる」

「な、なんで?」

「姉の勘。あとね、悠真って動揺したときに、すごく顔に出るんだよ」


 痛いところを指摘されて、なにも言い返せなかった。


「それでね、手をつなぐときに悩むくらいなら……思いきって“手を貸して”って言っちゃえばいいのよ」

「……は?」

「たとえばさ、“段差が怖いから手、貸して”とか、“人が多くて迷いそうだから手をつないで”とか。正直に“つなぎたい”って言えなきゃ、理由をつけちゃえばいいんだってば」


 姉ちゃんは涼しい顔で言うけど、それができたら苦労しない。


「それ、バレバレじゃない?」

「バレてもいいの。だって相手も、つなぎたいって思ってるんだから」


 言い切るように笑う姉ちゃんの声が、なんだか眩しく思えた。昔から姉ちゃんはこういうときだけ、本当に“お姉ちゃん”っぽい。


「悠真、あんた昔から、クソ真面目で真っ直ぐだからさ。いろいろ考えすぎて遠回りしてもいいけど、逃げちゃダメよ?」

「……わかってる」


 顔を上げずに答えると、姉ちゃんは少しだけ優しい声になった。


「好きって気持ちはさ、怖かったり不安になったりして当たり前なの。でもね、逃げずにちゃんと伝え続けた想いって、ちゃんと残るものなのよ」


 その言葉が、妙に胸に響いた。


(――そっか。好きって、続けていくものなんだ)


 俺は深呼吸して、顔をしっかり上げた。


「ありがと、姉ちゃん」

「ふふん、たまには役に立つでしょ」


 どこか得意げな笑みを浮かべた姉ちゃんが、俺の頭をくしゃっと撫でてくることがうっとおしかった。でもちょっとだけ嬉しかったのは、あえて口にしない。

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