第六章 恋のはじまりと揺れる未来2
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はじめて訪れた悠真の部屋は、不思議となんか落ち着く。夏の日差しが窓からやわらかく入り、カーテンがふわっと揺れた。勉強の邪魔にならないように窓辺に置かれたグラスからは、麦茶の氷が小さくカランと鳴っていた。
俺は悠真の隣に座って、広げた宿題のプリントとにらめっこしていたけど……正直、集中できる気がしない。
「うわ、この英語のリスニング。家でもやんなきゃダメだったんだな……」
「そうだよ。スマホで音声が聞けるんだ。ほら、これ」
悠真が俺にスマホを渡してくれたので、再生ボタンを押すと教科書の会話が流れはじめる。
「……なあ悠真、これさ、俺たちの会話のほうがよっぽど自然じゃね?」
「え、急になにを言ってるの?」
「だってさ、“Hi, how are you today?”とか悠真だったら、“おはよう、調子どう?”って普通に言うだろ。なんかもう、悠真がいれば英語も喋れそうな気がしてきた」
ちょっとだけ言いすぎたかと思ったけど、悠真が笑ってくれるとホッとする。
「ふふっ……だったら明日から、英語で挨拶する?」
「いいね。そしたら俺、“I like you, Yuuma”って毎日言う」
「ちょっ!」
悠真が顔を真っ赤にして、ノートで俺の腕をぺしっと叩いてくる。いやいや、そんな反応、めちゃくちゃかわいいんですけど……。
(というか、本当は“I love you, Yuuma”って言いたかったけど、さすがにそれは照れるしな)
「……I’m sorry」
小声で謝ると、悠真は苦笑いしながらもノートに目を戻す。その仕草すら愛しくて、またペンを握る手が震えそうになった。
気づけば肩がふわりと触れていた。扇風機の風に乗って、ふたりの距離だけがじわじわ縮んでいく。でも、どっちもその距離を戻さなかった。たぶん、それが“今の関係”なんだ。
「……ねぇ陽太」
「ん?」
「こうやって宿題やるの、はじめてじゃないのに……今はなんか全然違う」
その言葉に思わず手を止めて、悠真の顔を見た。
「だよな。俺もそれ思ってた。前は“友達”って感じだったけど、今はもう……そうじゃない」
言いながら、胸がじわって熱くなる。隠すつもりもない。ちゃんと伝わってほしい。
悠真は恥ずかしそうにペンを弄びながら、ぽつりと呟いた。
「じゃあ“恋人っぽく”しながら、宿題がんばれるといいね」
「……ちょ、なにそれ。かわいすぎんだろ、悠真マジやばいって!」
もう耐えきれずに笑ってしまった。悠真も、困ったように笑ってる。こんな時間、夢みたいだなと思った。
「よし、じゃあ次のページいくか」
「うん。どこかわかんなくなったら言って」
俺の指が、そっと悠真の手の甲に触れる。一瞬だけ、そのままそっと重ねた。悠真は驚いたみたいに目を瞬かせたけど……すぐに、ふっと笑ってくれた。
扇風機の風がふたりの髪を揺らす中、ノートの文字が静かに埋まっていく。この静かな夏が、ずっと終わらなければいいのに――そんなふうに本気で願った。




