第五章 恋の鼓動と開く心49
***
花火の音が遠ざかっていく。街のざわめきも、屋台の喧騒も、だんだんと夜の静けさに飲み込まれていった。
駅へと続く道を、俺と陽太は並んで歩いていた。右手には陽太の手。ゆっくりと、でもしっかりと指を絡めたまま、俺たちは一歩ずつ歩いている。
浴衣の裾が風に揺れて、足元にふわりと影が差す。さっきまであれだけ賑やかだった神社のあたりも、今は嘘みたいに静かだった。
「悠真、暑くなかった?」
陽太が何気なく言った。声のトーンはいつもより少し低くて、夏の夜の空気に優しく溶け込む。
「ううん。すごく楽しかったし、陽太とずっと一緒にいたから……あんまり気にならなかったよ」
素直にそう言えたのは、きっと今日、ちゃんと自分の気持ちを伝えられたからだと思う。
「……そっか」
陽太がふっと笑った気配がして、つないだ手の指先に少しだけ力を込める。それだけで、鼓動がまたひとつ跳ねた。でももう、それを怖いとは思わない。ほんの数ヶ月前の俺だったら、こんなふうに手をつないで歩くことも、きっとできなかった。誰かの気持ちに応えることも、向き合うことも、全部遠い話だと思っていた。
だけど今は――こうして陽太の横にいて、あたたかい手のひらを確かに感じながら歩いてる。
(……俺、変わったのかな)
「悠真」
陽太が、静かに名前を呼ぶ。顔を上げると、まっすぐにこちらを見ていた。
「さっきのこと……ちゃんと、聞いたからな」
「うん」
「“好きだ”って言ってくれて、めちゃくちゃ嬉しかった」
「こっちこそ、ちゃんと伝えられてよかった」
頬がまた少しだけ熱を帯びる。でも、それを隠そうとは思わなかった。むしろ、陽太に伝わればいい――そんなふうに思っている自分がいた。
「なあ」
「ん?」
「俺、この夏で、悠真ともっといろんなことがしたい」
「いろんなことって?」
「そうだな……昼間の遊園地とか、夜の花火大会は今やったから……ふたりで大きなかき氷を食べたり、映画館にも行ってみたいし。……なんなら、夏休みの宿題も一緒にやってさ」
次々に言葉を重ねていく陽太の横顔が、ちょっとだけ照れてるようで、それでいてすごく楽しそうで――思わず、俺は笑ってしまった。
「……うん。いいよ」
「マジで? じゃあスケジュール帳買ってこないと」
「陽太ってば、そんなに詰めなくてもいいのに……」
ふたりで笑い合いながら、駅の灯りが見えてきた。少し前を、数人の帰り道の人たちが歩いている。だけど俺たちは、もう少しこの時間を延ばしたくて、ゆっくりと歩を進める。
(陽太に“好き”って言って、本当によかった。今そう思えるのが、なによりの答えかもしれない)
夏の始まり。この夜から、俺たちの“ふたりの夏”が静かにはじまろうとしていた。




