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届かぬ調べに、心が響き合い  作者: 相沢蒼依


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第五章 恋の鼓動と開く心48

***


「悠真、そろそろ行こうか。神社、こっちで合ってる?」

「うん。近道あるから、そっちを通ろう」


 悠真が指したのは、駅前の商店街の裏にある夕暮れの細い抜け道。いつもなら見過ごしてしまいそうな静かな通りも、今日だけは特別に見える。


 浴衣姿の悠真と並んで歩く。それだけで世界の彩度が少し変わった気がした。商店街のざわめきが背中で遠ざかり、ふたりの足音だけがアスファルトに柔らかく響く。触れそうで触れない距離。手の甲がほんの一瞬掠っただけで、心臓が大きく跳ねた。


 なにげない沈黙すら、くすぐったくて愛おしく感じる。


「……悠真、なんかさ」

「ん?」

「今日、やけに大人っぽい」


 そう言うと悠真は一瞬だけ俺を見て、すぐに前を向いた。その横顔は夕焼けの光を受けて、ほんのり赤く染まっていて、言葉を足すなら“綺麗”だった。


「あのね……今日、ちょっとがんばってみたんだ」

「がんばって?」

「うん。どうしても、陽太と一緒に行きたかった。今日だけは、どうしても」


 その声は小さくて、でも真っすぐだった。胸の奥を、そっと優しく叩かれる。甘くて、少しだけ苦しい――なぜだか不思議な感覚。


 手がまた、不意に掠った。だけど今度は、悠真の小指がそっと寄り添うように伸びてきた。それだけで、肌がじんわり熱を持つ。


 祭りのざわめきが、だんだんと近づいてくる。焼きそばの匂い、綿あめの甘い香り、どこかで鳴る笛の音。でも俺の耳にいちばん残っていたのは――さっきの悠真の声だった。


「どうしても、陽太と一緒に行きたかった」


 まるで願いごとみたいなその言葉を、胸の奥にそっとしまい込む。そのとき、悠真が顔を上げた。


「もうすぐ神社だよ」


 その表情にはほんの少しの緊張と、確かな決意が滲んでいるように見えた。俺もそれに応えるように頷く。


 今夜はきっと、なにかが変わる。夏休みのはじまりにふたりで踏み出す、小さな一歩。


 蝉の声と夕風に背中を押されながら、俺たちは神社に向かって歩き続けた。



***


 陽太と一緒に提灯が揺れる参道を抜けると、境内にはすでにたくさんの人が集まっていた。浴衣姿の親子連れや、同じ学校の子たちもちらほら見えて、いつもの神社がすっかり“お祭りの顔”になっている様子に、自然と口角があがる。


「陽太、すごい人だね」


 思わずこぼれた言葉に、陽太が少し前に出てくれた。無言のまま、さりげなく体を庇うように歩いてくれる――そんな彼のさりげなさが、前から好きだった。


(……やっぱり、今日言おう)


 一條くんに言われた言葉が、ふと蘇る。


『好きって言ってないんですね』


 あの静かな声の鋭さが、今でも胸の奥に残ってる。自分の気持ちに気づいてるのに、未だに言えてない――でも今日の陽太と並んで歩く、この空気の中なら。


 祭りのざわめきに背中を押されるようにして、やっと気持ちが固まりかけた。


「ねぇ陽太、おみくじ引いてみない?」

「お、いいね。どうせなら大吉出すぞ〜」


 ふたりで並んで引いた小さな紙片。俺は中吉で、陽太は末吉だった。結果を見た陽太が「びみょー」と口を尖らせて笑ってるのを見て、つい吹き出してしまう。


「でもね、ここ……『恋愛:焦らず誠実に向き合えば実を結ぶ』って書いてあるよ」

「お、マジか。それってさ、なんか俺たちにぴったりじゃね?」


 陽太は軽く言ったつもりなんだろうけど、その「俺たちに」って言葉だけで、胸が跳ねる。


 くじの結果に盛り上がっている最中に、花火の第一発目が夜空をぱあっと照らした。紫と橙が混ざるような色に染まった空が、見上げる俺たちの顔をほんのり浮かびあがらせる。


「あのね、陽太……」


 名前を呼んだ瞬間、陽太がこっちを見た。暗がりの中で俺たちの視線が絡まる。胸の奥でずっとくるくる回っていた言葉が、ついに唇からこぼれた。


「俺……今日、どうしても言いたいことがあって……」


 浴衣の袖の中で、手のひらがじっとり汗ばんでいるのがわかった。でも、言葉は止まらない。


「たぶん、じゃなくて……ちゃんと“好き”だと思ってる。陽太のこと」


 陽太の目が、一瞬だけ大きく見開かれた。その瞳に、夜空の花火が映ってるのが目に留まる。それはどこか幻想的な光景で、少し夢のようだった。


「陽太がいつも俺の隣にいてくれるのが当たり前みたいで、すごく安心してた。でも……俺だけ安心してることは、きっとダメだなって思って。ちゃんと、この気持ちを伝えたかったんだ」


 胸がドクンドクン鳴ってる。顔の全部が熱いのは、もう花火のせいじゃない。


「陽太……言うのが遅くなって、ごめんね」


 胸の奥に溜まっていた想いをすべて吐き出すと、手の震えがほんの少しだけ落ち着く。陽太は胸に手を当てて、俺が何度も救われたあの笑顔を浮かべながら――そっと頷いた。


「ありがと。悠真の“好き”、ちゃんともらったよ」


 そう言って、優しく俺の手を取る。指先が触れて静かに、柔らかく絡まっていく。それだけで、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。


 まるで今、花火の音と一緒にこの気持ちが広がっていくみたいだった。


「なあ、これからも……俺とこういうの、いっぱいしてくれる?」

「……うん。たくさんしたい」


 夜空にふたたび、大きな花火が咲いた。その光の中で、陽太の横顔がふわりと浮かびあがる。


 ああ今――ようやく俺は、本当に陽太の“隣”に立てたんだ。

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