第五章 恋の鼓動と開く心46
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陽太の手は、熱を残したまま優しかった。つないだ指が、まるでジグソーパズルのピースみたいにぴたりと合っていて。そのぬくもりだけで、胸の奥がじんわりと満たされていく気がした。
(……ああ本当に、陽太はカッコよかったな)
バスケなんて詳しくなかったのに、あのときだけは自然に声が出てしまった。名前を呼んだ自分の言動に驚いたし、そのあと陽太が反応して決めたシュートには、ぶわっと鳥肌が立った。
(――陽太ってあんなふうに走って、華麗に跳んで、空気さえ切り裂くみたいに真っ直ぐで)
「好き」って言葉が、喉の奥で何度も回っては消えていく。怖いわけじゃない。ただ、ちゃんと向き合って伝えたい。そう思えば思うほど、今はまだ言えなかった。
「じゃあ、また連絡するな!」
駅前の信号で元気よく手を振る陽太は、さっきまでと同じ笑顔だった。激しい練習試合のあとなのに、全然疲れた顔なんてしてない。むしろ、少し名残惜しそうにしていた気もする。
バイバイするために手を上げかけたのに、胸の奥でなにかが引っかかったまま動けなかった。ふと、一條くんの言葉が思い出される。
『まだ“好き”とも言ってないのに、陽太先輩にあんな顔をさせるんですから』
――あの子は、ちゃんと言ったんだ。
(……俺は、言ってない)
自分でも言葉にする勇気が足りなかったのは、嫌でもわかってる。でも、それでいいと思っていた。しっかり考えるために時間をかけて、ゆっくり進んでいけばいいって。
だけど、今日の陽太の笑顔を見ていて思った。このままだと、きっとまた誰かに追いつかれるかもしれない。手をつないだあの瞬間だって、ちゃんと“好き”って言葉を添えてあげたら、陽太はもっと嬉しかったのかもしれないのに。
それを考えるだけで胸がきゅうっと締めつけられて、苦しくなってしまった。
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陽太と別れて、寄り道せずに帰宅。自分の部屋で制服を脱ぎ、ふとスマホを手に取る。カレンダーを開いて、週末に予定がないことを確認すると、思わず指が動いた。
──夏休み8月最初の週末。地元の小さな神社で、夏祭りと花火大会がある。小学生のころ、家族と行ったきりのお祭り。高校生になってからは、足を向けようとも思わなかった場所だったけれど。
(――陽太を誘ってみようかな。お祭りとか好きそうだよね)
そう思った瞬間、心臓がドクンと跳ねた。もしふたりきりで行けたら、きっと告白ができるかもしれない。
スマホのメッセージアプリを開く。緊張してしまい、手が少しだけ震えた。陽太に送る文章を何度も書き直して、ようやくこんな文ができた。
『今週末、地元の神社で夏祭りと花火大会があるんだけど、一緒に行かない?』
最後まで迷った末に、もうひとこと加えた。
『……陽太と行きたいなって思ったから』
短い文面を打つだけで、指先が熱くなる。送信ボタンを押したあとの沈黙が、やけに長く感じられた。
だけどすぐに、陽太からの返信が届いた。
「いいね、それ! その日バスケの県大会予選があるけど、夕方からフリーだ。花火大会、悠真と一緒なら絶対楽しいだろうな!」
スマホの画面を見た瞬間、体の奥にほわっとあたたかいものが広がった。胸の奥の“好き”が、やっと動き出した気がした。
(――陽太にちゃんと伝えよう。俺の気持ち)
この気持ちに名前をつけるとしたら、それはもう恋以外じゃない。花火の音が重なるその夜に、陽太の隣でちゃんと伝えるつもり。
“好きだよ”って、今度こそちゃんと自分の言葉で。




