第五章 恋の鼓動と開く心10
「五十嵐は悠真と、両想いだって言ってたんだけどさ」
「俺の好きと智くんの好きは、きっと種類が違うよ」
「俺もそう思って、五十嵐にそれを理解させようとした。だけど、なかなか伝えきれなかった」
(陽太は俺のことを考えて、智くんに話をしてくれたんだね――)
「陽太はこのことについては、全然関係ないのに……」
つらかった昔のことを考えるだけで、首筋の古傷がじくりと痛む。触れてもそこには傷はないのに、あのとき与えられた恐怖を思い出すだけで、気分がどんどん沈んでいった。
「俺は大好きな悠真を守りたい。好きになってほしいからじゃなく、いつでも悠真の笑顔を見ていたいから」
「陽太……」
そんなふうに言われたら、陽太を無下にできないじゃないか――。
「学校の送り迎え、俺がしちゃダメか?」
「ダメだよ。君の家よりも遠くにあるんだし、わざわざ送り迎えしなくてもいい。今回のことを伝えたら、きっと親が送り迎えすることになるだろうし」
俺の親がするであろう予測される行動を告げた途端に、やる気に満ち溢れた陽太の表情が見る間に曇っていく。
「あのね陽太――」
「悪いっ、俺ってば鬱陶しいよな、実際……」
「君の気持ちを知った以上、もう無理しなくていいよ。テストの件もなしで」
言いながら、掴まれている手を振り解く。それなのに、ふたたび俺の手を掴んだ陽太。
「やると決めたことは最後までやる! 俺は悠真に恋する気持ちを教えたいから」
「そんなの、無理だって」
「無理じゃない! 悠真の心に、俺の気持ちを伝えたいんだ」
保健室に響く陽太の告白は、漂う空気と一緒に儚く消える。
「……陽太、手を離して」
拒否ったのに、さらに力を込めて握られた。いつものポカポカが、じわっとした熱になって伝わってくる。きっと彼が抱えている熱は、もっと熱いのだろう。鈍感な俺は、それを感じることができない。
「悠真、おまえが好き」
気づいたら陽太の顔が傍まで迫っていて、重ねられた柔らかい唇を感じたことで、キスされたのがわかった。迷うことなく空いてる手を思いっきり振りかぶり、陽太の頬を叩いた。パンっと皮膚を叩く音がした瞬間に、手のひらに鈍い痛みが走る。
叩かれて真横を向いた陽太は、頬を赤く腫らしたまま立ち上がり、「ごめん」と一言呟いて保健室を去った。
俺は陽太を平手打ちした手を握りしめたまま、ザワつく心の内を見つめる。
智くんに襲われたときは、ただただ恐怖心しかなくて、もう無理だと思ったのに、陽太にされたことについては、不思議とそんな感情がわかなかった。
まずは驚きが最初で、その次は恥ずかしさが出てきた結果、平手打ちをしてしまった。不快とかそんなマイナスな感情がなかったのは、いったいどういうことだろう。
二人三脚のときのドキドキの意味と同じで、自分の心がさっぱりわからず、暫くの間、堂々巡りをしたのだった。




