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届かぬ調べに、心が響き合い  作者: 相沢蒼依


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第五章 恋の鼓動と開く心7

***


 クラスの優勝祝いや、頼みたかった事情を佐伯にぶん投げて、体育祭で疲れた足に鞭を打ちながら保健室に急ぐ。


(――クソっ、あのとき待機所の椅子じゃなく、保健室に直行すれば良かった!)


 悠真が無理をしていたのが笑顔でわかっていたのに、あのとき自分に余裕がなくて、大好きな彼をぞんざいに扱ってしてしまった。


 昇降口で上履きに履き替えるのもダルくて、踵を踏んだまま保健室の前まで急ぐ。逸る心を抑えつつ軽快なノックを数回してから、中の返事を聞かずに扉を開け放った。保健室は誰もいなくて、しんと静まり返った室内に足を踏み入れる。


 ベッドを仕切っているパーテーションからこっそり覗き見ると、顔色の悪い悠真が横たわっているのが目に留まった。


「悠真……」


 パーテーションをズラしてベッドの脇に(たたず)んだら、悠真がまぶたをゆっくり開けて俺を見る。


「陽太、終わったの?」

「ああ。B組優勝したぞ。悠真のがんばりのおかげだ」

「でも俺……あのとき――」

「俺の動きに、悠真が必死に合わせてくれたじゃん。あれがあったから、両隣のクラスに差をつけることができたんだ。堂々と胸を張っていい!」


 俺が歯を見せて笑いかけると、布団から腕を伸ばす悠真。


「陽太、ちょっとの間だけでいいから、手を握ってくれないかな」

「うえっ! お、俺の手!?」


 体育祭が終わってから手を洗っただろうかと記憶を辿(たど)る俺に、悠真が力なく告げる。


「陽太のポカポカが欲しくて。君が傍にいるだけで、落ち着くことができるんだ」

「わかった。ちょっと待ってろ」


 慌ててTシャツの裾で何度も手をも拭い、悠真の手を握った。ひんやりした冷たさを感じて、反対の手もしっかり拭ってから、悠真の手を包み込んでやる。


「ふふっ、やっぱり陽太の手はあったかいね」

「俺は二人三脚中の、悠真の発言にビックリしたんだけどさ」


 まじまじと見つめられるとなんだか照れくさくなり、視線を逸らして告げてみた。


「あー、あれね。俺もなんでドキドキしたのか、理由がわからないんだ。陽太がフェロモンを出したんじゃないよね?」

「あの後は濃いのを出したけど、その前は悠真の体を支えるのに夢中で、出す余裕はなかった」


 ほのかに、悠真の血色が良くなっていく。こんなことでも、体が温まるんだなって思っていたら、保健室の扉がノックされた。


「陽太、誰か来たみたいだよ」

「悪い。ちょっと出てくるな」


 ノックと同時に感じた、アルファのフェロモン。それは俺が感じたことのない香りで、濃度もかなり高かった。


(――意図的に流すなんて、挑発するにも程があるだろ)


 そう思いながら扉を素早く開け放ち、保健室から出てすぐに閉めた。ノックの相手を知れば、悠真の具合がさらに悪くなる。


「……なにか御用ですか?」


 佐伯に高槻の制服を着た男子学生を見かけたら、悠真は具合が悪くて帰ったことを伝えてくれと言伝を頼んだのに、彼の目をかいくぐって保健室に現れるとは。


「顔色の悪い悠くんが、校舎に入って行くのを見かけていたものですから。会わせていただけませんか?」


 身長は俺と同じくらいだけど、ゴツい体つきのせいで妙な圧がある。短めの前髪の下にある一重まぶたは表現しがたい鋭さがあり、口調が柔らかくても断りにくい雰囲気を(かも)していた。それに気圧されないように、語気を強めて言い放ってやる。


「無理です。お引き取りください」


 言いながら、アルファのフェロモンを垂れ流す。相手のフェロモンを消す勢いで垂れ流しているのに、最初に感じたコイツのフェロモンの濃さのせいで、俺のフェロモンとムダに混じるだけになってしまった。


「へぇ、やるね君。初めてだよ、俺のフェロモンに屈しないヤツ」

「お褒めにあずかり光栄です、五十嵐さん」


 彼の名字を口にした瞬間だけ大きく瞳を開いたものの、すぐに真顔になる。


「なんで俺の名字、君が知っているのかな?」

「俺たちの父さんが、会社の同僚だからですよ」


 父さんから聞いた話と悠真から聞いた話――これまでの経緯を総合的に考えたら、彼が悠真の幼馴染で、中学時代に悠真を襲ったアルファになる。

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