表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
届かぬ調べに、心が響き合い  作者: 相沢蒼依


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/89

第四章 運命の番と一歩の距離19

***


 悠真をソファに座らせようとしたら、みずから母さんの傍に行き、手にしたものを渡す。


「陽太のお母さん、これ、お口に合えばいいんですけど」


 気恥ずかしそうな笑顔で悠真が小さな紙袋を手渡すと、母さんは「お気遣いありがとうね」と言って受け取った。


「俺の母の手作りなんです。友達の家に行くと言ったら、姉ちゃんと一緒にクッキーを作ったみたいで」

「そうなの。月岡くんの家は、皆が仲良しなのね」

「母と姉ちゃんがいろいろ強くて、父と俺はいつも小さくなってます」


 肩を竦めてくすくす笑う悠真につられて、母さんもおかしそうに笑う。


「あらあら。ウチとは反対かしら? 我が家は女性がひとりですから」

「なに言ってんだよ。アルファの母さんが強すぎて、父さんと俺は小さくなってる」


 父さんがなにか言う前に、俺が口火を切った。


「陽太のお母さんはアルファなんですか?」

「そうよ。ウチは皆アルファなの」

「それで陽太のフェロモンがすごいんだ。納得……」


 まじまじと俺を見つめる悠真の視線がなんだか照れくさくて、俯きながら悠真に近づき、両腕で背中を押して、無理やりソファに座らせた。ソファにゆっくり沈む小柄な悠真の隣に、俺も腰かける。


「そのフェロモンを感じない悠真のほうが、実際すごいと思うけど」

「月岡くん、フェロモンを感じないの?」


 母さんが淹れたての紅茶を目の前に差し出しながら訊ねたら、悠真は顎を引いてまぶたを伏せる。


「昔はほんの少しだけ感じていたんですけど、気づいたら全然わからなくなりました」

「えっ? 悠真、フェロモンを感じたことがあったんだ?」


 生まれつき感じない体質だと思っていただけに、どうにも驚きを隠せない。


「姉ちゃんよりも感度は低かったけど、本当にほんの少しだけ。感じなくてもいいかって思っていたら、いつの間にか感覚がなくなってた」


 首の根元に触れながら目を瞬かせて説明する姿に、俺は言葉を失った。普段見ることのできない悠真のリアクションを間近で見て、言いようのない不安が胸を駆け巡る。


「月岡くん、感じなくてもいいって思ったということは、なにかあったんじゃないの?」


 母さんが目の前にあるソファに座り、心配そうなまなざしを悠真に注ぐ。窓の日差しが悠真の着ている水色のシャツを明るく照らしているのに、なぜか曇った色に見えてしまった。


「悠真、俺の母さん内科医なんだ。だから気になって、詳しく聞いてるんだと思う」

「陽太のお母さん、お医者さん……」

「月岡くんのプライベートに入り込みすぎだ。ごめんね、なんかずけずけ聞いてしまって」


 母さんが訊ねる理由を明確にしたのに、なぜか萎縮していく悠真。それを見た父さんが母さんの隣に座り、悠真と母さんそれぞれに声をかけた。


「あ、いえ。たいしたことないんです。中学のとき親しいアルファに……バース性のことで傷つけられた過去があって」


 一瞬だけ言葉に詰まった悠真だったが、無理やり笑顔を作りほほ笑む。


「悠真、おまえ――」

「本当にすみません。心配してくださったのに、濁した言い方しかできなくて」


 済まなそうに頭をペコペコ下げる悠真の肩を抱き、強引に動きを止めてから、無言で首を横に振った。


「陽太?」

「俺はおまえを傷つけたりしない。絶対にしないからな!」


 きっぱりと言い放ったセリフを聞いた途端に、首の根元に触れていた悠真の手がするっと外された。シャツで隠されているその部分に、なにかあるのかもしれないが、今はそれを明らかにするつもりはない。


 アルファに傷つけられた過去を口にしながら、つらそうな顔で頭を下げ続けた悠真の心は、未だに深いキズが覆っていると確信した。だからこそ、そのキズが癒えて俺に話をしてくれるまで待たなきゃって思うことができる。


「陽太も……陽太のお父さんとお母さんもすっごくあったかくて、胸がポカポカします」


 うるっと瞳を潤ませる悠真に、俺よりも父さんが慌てふためいた。


「月岡くん、母さんが淹れた紅茶を飲むといい! アルファ級のうまさで、もっと体がポカポカするぞ!」

「父さん、アルファ級のうまさって……もっと誉め言葉があるだろうに」

「ホントよ。いつもデリカシーがないんだから」


 俺と母さんが呆れる中、悠真は素直にティカップを手にして、琥珀色の紅茶を一口飲む。


「すごーく美味しいです。爽やかで繊細な渋みが口の中に広がっていきますし、茶葉の風味も鼻の奥にすっと通り抜けていくので、最後まで楽しむことができます。つまり、アルファ級の美味しさを感じることができるってことです!」


 読書家の悠真らしい誉め言葉に、母さんは満足して嬉しそうに口角を上げ、父さんも自分が告げたセリフを悠真が使ったことが、すげぇ嬉しかったのだろう。さっきからだらしない表情を晒している。


「悠真悪いな、気を遣わせて」

「そんなことないよ。美味しい紅茶をいただくことができて、心と体がポカポカしたんだ。俺、すごーくしあわせ」


 いつも家族で過ごすリビングは、アルファ同士の対立でどこか殺伐とした雰囲気が漂うことが多いのに、悠真の(なごみ)発言のおかげで、このときはまったり過ごせたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ