第二章 恋の誤爆と効かないフェロモン8
「恋だろうがなんだろうが、フェロモンで学校を壊すな」
佐伯が冷たい口調で言い放ったことで、榎本のセリフをうまくおさめたと思ったのに、目の前で唇を尖らせた。
「え~、いいアイデアだと思ったのに、ダメなのかよ?」
「フェロモンの爆散はもちろん、喧嘩もダメに決まってる」
胸の前で腕を組み、冷たく言い放つ佐伯を見ているのに、榎本はデカい体をくねくねさせて揺らした。
「涼ってば超冷たい。もしかしてヤキモチ妬いてるとか?」
「俺は正論を言ったまでだ。ヤキモチなんて妬かない」
「そんなこと言っちゃって。あとで文句を言いながら、イチャイチャするクセに!」
(――俺はなにを見せられているんだろう)
顔を引きつらせてふたりの行方を見守っていたら、苛立った様子の佐伯が俺に話を振る。
「西野、昨年はこんな失態をしなかった優秀なおまえが、どうして立て続けにやらかしたんだ?」
俺に問いかけつつ、榎本の後頭部を思いっきり叩いた勢いを使って、頭を机の上にねじ伏せた佐伯の行動が謎すぎた。
「悠真がフェロモンを感じない体質だって聞いて、バチバチに当ててやれば気づくかもしれないと考えたんだ」
燃え盛る俺の恋心を冷ますように、窓から吹き込む風がカーテンをふわりと揺らす。
「そんな荒療治なことをやらかした結果が、あんな騒動に発展したとは。頭がいいのに、発想がめちゃくちゃだな」
「荒療治とか、そんなんじゃない……」
上目遣いで佐伯を見ると、仕方なさそうな顔で大きなため息を吐いた。榎本を押さえていない手で眉間に触れ、しばし考えてから口を開く。
「西野は、誰かを好きになったことがないのか?」
「ああ、悠真がはじめて」
「なるほど。だから突飛な行動に出たというわけか」
至極冷静な佐伯の隣で、机に顔を押しつけられている榎本は、両腕をジタバタ動かして「俺も喋りたい」と連呼した。
「勝手にくっついて来たおまえに、発言権なんて最初からない。大人しくじっとしてないと、あとから後悔することになるが、それでいいのか?」
聞いたことのない、冷ややかさを感じさせる口調で佐伯が言い放ったら、榎本は項垂れたまま固まる。
「好きな相手に認めてもらおうと考えるのなら、アルファのフェロモンでどうにかしようなんて思わずに、バスケの努力を見せるなり、自分のいいところをたくさん知ってもらうことから、はじめたらどうだ」
「俺のいいところ?」
「月岡がフェロモンを感じない体質なら、尚のことだろう?」
「……じゃあ佐伯に聞きたいんだけど、おまえたちはフェロモンを使わずに恋人になれたのか?」
俺にこういうアドバイスをしたというのは、佐伯はアルファのフェロモンを使っていないということだ。コイツはいったい、どうやって榎本と恋人になったんだろう?
「俺はそうしたが、榎本がおまえと同じようなことをして、周囲に多大な影響を与えた」
「へっ?」
周囲に多大な影響って、榎本はオメガだ―― ヒートを抑える抑制剤を服用するのは、義務付けられている。
「もしかして榎本はオメガのフェロモンを使って、佐伯を落とそうとしたのかよ!?」
オメガのフェロモンを浴びたら、アルファはもちろんのことベタだって反応して、抗えない性欲を刺激される。マジで危ない!




