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届かぬ調べに、心が響き合い  作者: 相沢蒼依


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第六章 恋のはじまりと揺れる未来18

***


 次の日、駅前で陽太の姿を見つけた瞬間――胸が強く跳ねた。昨日の夢を思い出してしまったせい。


(やば……意識しすぎだろ俺――)


 夢の中で抱きしめた感触、耳元で聞いた声、重なった唇――全部、まだ鮮やかに残っている。そのせいで、いつもの「おはよう」さえ口から出にくい。


「悠真!」


 陽太が笑顔で駆け寄ってくる。その顔を見た途端に夢と現実が重なって、胸の奥が甘く切なく揺さぶられた。


「陽太。今日も部活、おつかれ……」


 ようやく声を絞り出すと、陽太は嬉しそうに「全然大丈夫! 悠真に会えたから」と笑ってくれる。


 その言葉にまた心臓がぎゅっとなった。夢の中で聞いた言葉にあまりにも似ていたから。


(……夢なのに、こんなにも重なるなんて)


 少しの沈黙。並んで歩きながら、俺は陽太の横顔を盗み見る。触れたい。手を繋ぎたい。昨夜の夢みたいに、もっと――。


 けれど陽太がお父さんに叱られたあの日の顔も、脳裏に浮かんでくる。俺が求めたら、また陽太が苦しむかもしれない。


「……悠真?」


 立ち止まった俺に、陽太が不安そうに覗き込む。すごく顔が近い。呼吸をすれば、きっと触れてしまう距離。


 その瞬間、夢の続きを見ているみたいに――俺は一歩だけ近づきかけた。でもすぐに足を止め、ぎゅっと手を握りしめる。


「なんでもない」


 かろうじてそれだけ言って、陽太から視線を逸らす。陽太はまだ怪訝そうにしていたけど、少し照れくさそうに笑った。


「そっか。……でも、なんか今日の悠真、ちょっと変」


 図星すぎて、返す言葉が見つからなかった。胸の奥に、夢の残滓と現実の甘さが絡み合って、どうしようもなく切なかった。


 駅から少し歩いたところで、陽太が不意に足を止めた。


「なぁ、悠真……本当は、なんかあったんだろ?」


 まっすぐ見つめられて、胸がきゅっとなる。昨日の夢が鮮やかに甦り、どうしても視線を外せなかった。言いたくないのに、言葉が喉から零れ落ちる。


「実は陽太の夢……見ちゃって」


 陽太が一瞬きょとんとする。その顔を見て、慌てて取り繕おうとしたけど、もう遅かった。


「俺の夢?」

「うん。陽太と一緒に……」


 最後まで言えなかった。けれど、言わなくてもわかる。頬の熱さが、全部を物語っていた。陽太の目が僅かに大きく開いて、それから少し赤くなる。


「なんだ……そっか」


 小さく笑ったその表情が、どこか嬉しそうで、切なくて――胸がぎゅうっと締めつけられる。


(やばい、俺……なにを言ってんだよ)


 本当は隠しておくつもりだったのに。距離を置こうと、理性で押さえ込もうとしていたのに。


 でも陽太が「夢」って言葉だけでこんなふうに笑うから、余計に止まらなくなる。


「……悠真」


 名前を呼ばれた瞬間、心臓が大きく跳ねた。触れたい。手を伸ばしたら、夢と同じぬくもりに届きそうで――。けれどその一歩が、どうしても踏み出せない。


 昨日までの夢みたいに素直になれたらいいのに。現実は、どうしてこんなに苦しいんだろう。それでも夢の続きを――いつか本当に現実で叶えたいと思ってしまう自分がいる。



***


 夢の話をした悠真の横顔が、頭から離れなかった。


「うん。陽太と一緒に……」


 ほんの少し照れながら打ち明けた言葉が、心臓に深く刺さっている。俺といる夢を見た――それだけで、胸の奥から熱が込み上げてきた。


 さっきまで「よそよそしい態度」に不安で押しつぶされそうになっていたのに、悠真の本音が零れた瞬間、逆に確信してしまった。悠真だって、俺と同じ気持ちを抱えてるんだってことを。


(……だったら、もう遠慮なんてしてられない)


 父さんに叱られたことは、頭の片隅に残ってる。だけどそれ以上に今は、悠真の曇った瞳を笑顔に変えたい。距離を置こうとして苦しんでるなら、俺がその距離なんて壊してやる。


 夕暮れの駅前。人混みの中で足を止めると、隣の悠真が不思議そうに俺を見上げた。


「陽太?」


 悠真に呼ばれた声に、胸の奥が強く震える。俺は決意を込めて、華奢な手を取った。指先が触れた瞬間、心臓が跳ねる。


「悠真……このままじゃ嫌だ。もっと、ちゃんとふたりになれる場所に行こう」


 悠真の目が大きく揺れる。驚きと戸惑い、そしてどこか期待を含んだ光。その反応を見た瞬間、俺の中の迷いは消えていた。


「大丈夫。俺がちゃんと、悠真を守るから」


 そう言って、俺は人通りを外れる道へと歩き出した。握った手は離さない。背後のざわめきが遠ざかるにつれて、ふたりだけの世界が近づいてくる――。



***


 雑踏を抜けて、川沿いの遊歩道に出た。夕方だというのに、人影はほとんどない。水面に映る街の灯りがゆらゆら揺れて、まるでふたりだけの世界みたいに静かだった。


 握ったままの悠真の手が、じんわりと汗ばんでいるのがわかる。


「……陽太、本当にここでいいの?」


 不安そうに問いかける声が、小さく震えていた。


「ここなら、もう誰にも見られない」


 俺は足を止めて、正面から悠真を見つめた。夕暮れの光に照らされた横顔が、少し赤く見える。胸がいっぱいになって、抑えられなかった。


「悠真……ごめんな。昨日からずっと、俺、怖がってた。悠真が離れていくんじゃないかって」

「俺が?」


 驚いたように目を丸くする。その反応が愛しくて、俺は息を呑んだ。


「でも本当は、悠真だって……俺と同じ気持ちで、悩んでくれてたんだろ?」


 言葉を重ねると、悠真は唇を噛んで、俯いてしまった。繋いだ手だけが強く握り返される。胸が熱くなって、自然に顔を近づけていた。


「……陽太」


 名前を呼ばれた瞬間、距離なんて一気に消えた。そっと触れた唇は、昨日までよりもずっと甘くて、長くて――離れがたくて。


「俺も悠真の夢を見たんだ。今みたいに抱き合ってキスをして、笑い合ってた」


 悠真が小さく息を呑んで、俺のシャツの裾を掴む。俺も堪えきれず、腕を回して強く抱き寄せた。鼓動が重なって、熱が絡み合う。川の水音すら遠ざかるほど、世界はふたりのものになっていた。


「……陽太、もう離れたくない」


 囁く声が、胸に焼き付く。


「俺も。絶対に悠真を離さない」


 唇を重ねるたび、昨日までの不安が溶けていった。ただひとつ確かなのは、悠真がここにいる。それだけで、俺は何度でも立ち上がれる。

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