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届かぬ調べに、心が響き合い  作者: 相沢蒼依


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第六章 恋のはじまりと揺れる未来17

***

 駅まで戻る道は、さっきまでとは違って心が軽かった。指先はずっと繋がったままで、ほんの少しの汗ばみさえ愛おしい。だけど改札前に差しかかると、自然と手がほどけてしまった。


「悠真……じゃあ、またな」


 明るく言ったはずなのに、声が少し掠れているのが自分でもわかる。


 悠真は小さく頷いてから、俺をじっと見つめる。その瞳がまるで名残惜しそうで。胸の奥がじんわり熱くなった。


「うん。陽太も気をつけて」


 そのまま行きかけた悠真の袖を、思わず掴んでいた。


「……悠真」


 呼び止めて、ほんの一瞬の沈黙のあと。俺は人目を気にしながら、さっと顔を近づけた。触れるだけの短いキス。けれど、体の芯まで熱が広がる。


「――んっ」


 離れると、悠真の頬が真っ赤に染まっていた。俺も同じだと思う。


「ごめん……でも、もう少しだけ欲しかった」


 正直に吐き出すと、悠真は視線を伏せて、けど嬉しそうに小さく笑った。


「俺も。ほんとは、もっと陽太と一緒にいたい」


 その一言で胸が締めつけられる。


「じゃあ、またすぐ会おうな」

「……うん」


 改札を通る悠真の背中を見送る。手を伸ばしたくて、でも伸ばせなくて、じっと拳を握りしめた。


 電車のドアが閉まる瞬間まで、視線は絡み合ったまま。扉越しに最後に見えた悠真の笑顔が、胸の奥にじんわり残って離れなかった。


***


 電車のドアが閉まった瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。ホームに残る陽太の姿が、扉越しに少しずつ遠ざかっていく。


 最後に交わしたキスが、唇にまだ残っている。ほんの一瞬、触れただけなのに――体の芯まで熱くて、思い出すたびに胸が高鳴った。


「……ずるいよ、陽太」


 誰にも聞こえない声で呟く。窓ガラスに映った自分の頬は赤く、笑っているようにも見えた。嬉しいのに、切なくてたまらない。


(もっと一緒にいたい。手も、キスも……全部足りない)


 欲張りな気持ちが、胸の奥で暴れる。昨日までなら「距離を置こう」なんて考えも浮かんだけど、もう無理だと思った。だってあの一瞬で、全部吹き飛ばされてしまったから。


 陽太に触れられたら、それだけで「また会いたい」って欲張りになる。アルファとして叱られる陽太のことを思えば、抑えなきゃいけないのに。


 でも、もう止められなかった。


 握りしめたスマホが震える。慌てて開くと、さっきまで見ていたはずの画面に、陽太からの新しいメッセージが光っていた。


『次はもっと長く一緒にいたいな』


 胸が一気に熱くなる。堪えきれず、スマホを抱きしめるように胸に押し当てた。


「……バカ。そんなこと言われたら、会いたくならないわけないのに」


 電車の揺れに身を任せながら、唇に残る熱を何度も確かめる。もう会えないなんて選択肢は消えてしまった。



***


 布団に入っても、全然眠れなかった。時計の秒針の音まで、胸のざわつきを煽るみたいに響いてくる。目を閉じれば、さっきのキスが鮮明によみがえる。陽太の顔、吐息、触れた温度――思い出すたび、胸がきゅっと締めつけられる。


 ベッドサイドのスマホを手に取ると、画面に浮かんでいるのはさっきのメッセージ。


『次はもっと長く一緒にいたいな』


 何度も読み返しているのに、胸の奥がじんわり熱くなる。


(俺も、もっと陽太と一緒にいたいよ)


 でも指先は迷う。送信画面を開いては閉じて、また開いて。ぐるぐる考えているうちに、短いバイブの震えが手に伝わった。


 唐突な陽太からのメッセージ。


『悠真、起きてる?』


 それを読み終えて、すぐさま返信する。


『起きてる。眠れなくて』


 すぐに返事が届いた。


『俺も。悠真のこと考えてたら、全然寝られねぇ』


 心臓が大きく跳ねる。布団の中で思わず顔を覆った。


(……陽太も同じなんだ)


 胸があたたかくなるのに、同時に切なくもなる。スマホを抱え込んで、小さく打ち込む。


『俺も。ずっと陽太のことを考えてた』


 打ち込んだ瞬間に恥ずかしくなって、送信を躊躇ったけど――結局、送った。既読がついた瞬間、心臓が早鐘みたいに鳴る。


『俺もだよ。悠真の笑顔ばっか浮かんでくる』


 返ってきた言葉に、胸がいっぱいになる。 


「もっと会いたい」「声が聞きたい」「触れたい」と打っては消す。俺の願望を書いてしまうと、陽太を困らせてしまう気がして――。


『おやすみ、陽太。いい夢を見てね』


 短い言葉を送ると、すぐに返事が着た。


『おやすみ、悠真。夢でも会えたらいいな』


 画面を見つめたまま、息が詰まる。


(夢でも会いたい、なんて……ずるいよ)


 枕に顔を埋めて、胸にスマホを抱きしめる。眠れそうにないのに、不思議と心は満たされていた。


***


 眠れないまま目を閉じていたら、いつの間にか夢に落ちていた。そこにいたのは、陽太だった。夏の夕暮れみたいな柔らかい光の中で、いつもの笑顔を浮かべている。


「悠真」


 名前を呼ばれただけで、胸の奥がじんわり熱くなる。


 夢の中の陽太は、部活帰りみたいに少し汗ばんでいて、それなのに近づくたびに心地よい匂いがする。フェロモンなんて感じないはずなのに、まるで包み込まれるみたいに温かい。


「……陽太」


 気づけば、俺の方から腕を伸ばしていた。抱き寄せると陽太は抵抗なんてせず、当たり前みたいに俺の体をぎゅっと抱きしめ返してくれる。


 それだけで、涙が滲みそうになった。現実では「もっと触れたい」なんて言えなくて、抑えてばかりなのに。夢の中では、なにも気にせずに抱きしめられる。


 唇が近づく。触れ合った瞬間、胸の奥が溶けてしまいそうで――「もう離れたくない」って、心の中で必死に願った。


 けれど、その甘さの中でふっと胸が痛む。


(……これは夢だ。現実じゃ、俺から求めたら陽太を苦しめちゃう)


 夢だと知っているからこそ、触れずにいられない。夢の中の俺は、陽太を抱きしめる腕の力を緩めなかった。陽太を求めるように何度も唇を重ね、頬や首筋に触れて、ただただ「好きだ」という気持ちをぶつけた。


「……悠真」


 耳元で、陽太が小さく囁く。


「俺も、悠真が欲しい」


 その一言で、胸が張り裂けそうになる。本当はリアルで聞きたい言葉。けれど、夢だからこそ聞けてしまう。


 嬉しさに涙が滲んだ瞬間、目が覚めた。見慣れた天井。薄暗い部屋。胸の奥がまだ熱い。夢だったと改めて気づいて、枕に顔を埋める。


「ずるいよ、陽太……」


 現実では言えないことを、夢で全部さらけ出してしまった。それでも、ほんの少しだけ救われた気がして、胸のざわつきが少し和らいでいた。

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