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第八話【逃亡、交戦】

 ◆


 逃亡は必ずしも 交戦より安全であるとは限らない── これもまた探索者たちの共通認識である。


 単純に危険な相手に対して背を向けて逃げるのは非常によろしくないということもあるし、何よりダンジョン特有の現象だが、逃げ出すものに対してダンジョンはある種の干渉をするのだ。


 例えば新たな罠を逃亡先に生成させたり、逃亡するものが奇妙な脱力感に襲われたり。


 ゆえにダンジョンでモンスターに出会ったならば、特別な理由がない限り戦った方が良い──というのが常識なのだが、そういう逃亡のリスクを交戦のリスクが上回った場合は話が別である。


 4人は背を向けて脱兎のごとく逃げ出した。


 各々表情は険しい。


ただ一人、二階堂 沙耶のみが口元にわずかに笑みを向けていた。


 嬉しいような悲しいような、奇妙な笑みだった。


 ──何も今ここで、って全然嬉しくないわね。嘘、ちょっとだけ嬉しいかも


 ・

 ・

 ・


 走りながら片倉は舌打ちした。


 長い回廊の往路にはなかった罠が、こうして戻る段になって新たに生成されていたからだ。


  側壁からら石くれが落ち、空いた穴から矢が発射されたり、地面がぶるりと震えたかと思うと、がらがらと音を立てて落とし穴が口を開けたり、さらには──


「虹!」


 小堺が叫ぶと、彼も含めて皆顔を俯けて目を瞑った。


 次の瞬間、四人の進行方向の空気がゆがみ、渦状に収束して虹色の光を放って弾ける。


 4人はこの光を視界に入れないために目を瞑ったのだ。


 これは『虹の光』と呼ばれる悪辣な罠である。


 回避方法は先ほど4人がやったように難しいことは何もないが、仮にこの光を視界に入れてしまうと様々な 状態異常を被ることになる。


 いきなりバカみたいに笑い出したり、急に体のあちこちが痒くなったり。


 その程度ならまだいいが、瞳が石化してしまったり、突然仲間に対しての憎悪が湧き出し、殺したくなってしまったり。


 なぜそうなるのか原理は全く分かっていないが、そうなってしまう以上仕方がない。


 ダンジョンの中では理屈に合うことよりも、合わないことの方がはるかに多い。


 ・

 ・

 ・


 片倉の目が僅かに蕩ける。


 突然湧いてくる快楽混じりの興奮。


 しんがりを走る片倉は小首をかしげて後背から迫る大蛙の舌槍を躱し、そのままでは片倉の前を走る沙耶を貫いてしまうため、舌槍の下方からショートアッパーを放って軌道を逸らした。


 無造作になされたように見えるこの一連の動作は、誰にでもできる芸当ではない


 少なくとも小堺、沙耶、海鈴の3人にはできないことだ。


 片倉も無傷でとは かなかった。


 音速に迫る勢いのそれに 手で対応したことで拳の皮はずると剥け、骨も砕けている。


 しかし今の片倉に負傷の痛みはない。


 これは彼が一種のゾーンに入っているからだ。


 やっと楽になれるという 安堵から齎される快楽


 死に瀕した事で、肉体はより大きな力を絞り出そうとする──その覚醒感


 それらが合わさった事で入域するゾーンこそが片倉の戦闘能力の根幹である。


 ◆


 先頭を走る小堺の動きが不意に鈍った。


 続いて海鈴、沙耶、片倉と続く。


 ──粘、力場……!


 小堺はぎりっと歯噛みする。


『粘力場』とは大気が粘りを帯びて動きを鈍化させるという罠である。


 直接的に命に別状はない。


 動きが鈍るといっても数秒の話で、少しもがけばたやすく抜け出ることができる。


 たった数秒だ──力を振り絞れば1秒か、もしくは2秒で抜け出す事ができるだろう。


 しかし時間の価値は文字通り時価だ。


 こういう状況での1秒あたりの価値は酷く高騰してしまう。


 ・

 ・

 ・


 片倉は何を拾い、何を捨てるかを瞬時に計算した。


 正直な所、自分ひとりなら逃げる事が出来るのだ。


 小堺達を肉の盾とすれば簡単な事だった。


 ──どのみち誰かしらは死ぬな。俺はまだここでは死ねない。贖罪が済んでいないからだ。でも仕方ない


 片倉は足を止め、後ろを振り返った。


 大蛙は思ったより距離を詰めてきている。


「足止めします。巻き込まれたら死にますよ、上手く逃げてください」


 片倉は背を向けたまま小堺たちに向けてそう言った。


 その声には「逃げられないだろうな」という哀しい割り切りがこめられている。


 後先──つまり、仲間たちの安全を考えていては大蛙は斃せない。それどころか、下手に余裕をかませば片倉自身も危うい。しかし全力戦闘をしたとて、戦闘余波で誰かしらは犠牲になるかもしれない。それでも全滅するよりマシだと片倉は考えた。


 つまるところ、片倉が拾ったモノはせめてもの不幸中の幸いといった結末──要するに仲間たちの一人でも生き残れば儲けものといった結末で、


 そして捨てたモノは最良の結末──つまり全員が無事でこの場を切り抜けるという結末だった。


 ──俺が殺すような物だな、畜生が


 仲間を守り切れない事を認めるのは、片倉にとって酷く腹立たしい。


 そして勿論、片倉が敗れて全員大蛙の餌となるという最悪の結末も残されている。


 ──行くぞ、蛙野郎


 がちんと片倉の両奥歯が噛みあわされ、片倉は足元を踏み砕きながら大蛙へ吶喊した。

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