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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ワタクシは人形である

作者: 湯川翔子
掲載日:2025/12/10

 ワタクシは人形である。名前はまだ無い……嘘、ルジュエである。


 だけど本当の名前ではない。

 魔法ぜんまいの内臓、シリコンのような身体、滑らかな布の肌から出来た意思を持つ人形である。動けるし話すこともできる。けど、物は食べられないし瞬きもしない。

 生きているようで生きてはいない。

 ただの人形。





 こんななりの私だけど、昔は人間で、花の女子高生だった。

 記憶があやふやで定かではないけれど、希望していた専門学校への進学が決まってうきうきワクワクしながら独り暮らしの部屋を決めようとしていたのは覚えてる。


 それがいつの間にか御主人様を持つ不思議な小間使い人形。どうしてこうなった。





 未来ある若者をこんな身体にしたのは当の御主人様。

 御主人様は魔術研究者らしい。魔術を研修する職業とのことだった。

 最近はもっぱら異世界に興味があって、独自の魔方陣を組み上げて異世界から物を取り寄せて研究していた。

 でも、あるとき使用した術式に何らかのイレギュラーが加わり本来取り寄せるものとは違うものが取り寄せられた。

 それが私だ。


 御主人様が組み上げた魔法陣は物を取り寄せる専用で、人間には対応不可。

 おかげさまで召喚されたときの私の身体は空間を移動する際の魔力圧でズタズタ。現われた時には目も当てられない程の惨状だったらしい。なにそれこわい。

 本人は魔術式の整合性に問題はなかったとか何とか言って絶対に認めようとしないけど、要するに失敗だ。

 さすがにこれは良くないからどうにかしようと思った御主人様は閃いた。このままだったらどうせ死んでしまう。それなら今まで出来なかった実験をやってしまおうとした。聞いたときマジで理解できんかった。

 まだ辛うじて息をしていた私の身体から魂を抜き取り、手頃な人形の身体にその魂を定着させた。そうして出来たのが、私ことルジュエというわけだ。治療してくれるんじゃないのか。



 何も知らない私が目を覚ましたときには何もかも終わった後だった。

 残っていたのは魔方陣の上の大量の黒ずんだ血痕。いやいやいや、確実に事件現場じゃんか。

 結構時間が経っていたらしく私の体はもうその場所にはなかった。


 考えたくないけど、おそらく。


 そして、起きてから急な事態に色々と混乱する私に対して、眉ひとつ動かさず淡々と過程を説明した御主人様はまさに人間の屑だと思ったね。鬼畜生の所業だよ。モラルも何もない。

 こんな人から早く逃げだしたいと切実に思ったけど、よくよく考えてみて? ここは異世界で私の常識なんて通用しない。

 御主人様の話を聞いているとこの世界でも喋って動く人形なんていないようだし、もしバレたときに私がどういう扱いをされるのか想像できない。

 結果、今の私には御主人様以外に頼る人などいるはずもなく。御主人様の身の回りのお世話をしたら置いてもらえると言われたので、仕方なく御主人様の使用人として働いてる。

 もちろん無給である。ほんと鬼。

 名前も思い出せなかったから、ルジュエという名前は御主人様につけてもらった。まともそうな名前だったけど、意味を聞いても不気味な笑みを浮かべるだけで教えてくれなかった。その名前、人に名乗ってもいいの?


 この身体になって初めて鏡を見たとき、人間かと錯覚するくらいリアルな顔で、正直気味が悪かった。あと、恐ろしいほど馴染んでいた。手繰り寄せられないくらい遠い記憶の彼方にある自分の顔に似ているのだろうか。


 魂を移したあと、人形を私に似せて作り替えてくれたらしい。元の顔は辛うじて原型を留めていたらしいよ!

 人形の髪は栗色で瞳は亜麻色。実際の色は違うらしいけど、この世界では私の髪の色は珍しく手に入らなかったみたい。肌の質感も柔らかく、頭のてっぺんから足のさきまで精巧に作られていて、余程近くで見ないと人形だと気付かれないかもしれない。

 指も第二関節まであって、ちゃんと動かせる。ていうかここまで拘る御主人様キモチワルイ。




 

 そんなこんなで、ここで働いている私の仕事は、ご主人様の衣食住のお世話。

 ご飯を適当に作って、部屋を適当に掃除して、服を適当に用意する。

 食材の買い出しもいかなきゃいけないかなと思っていたけど、保冷庫の中の食材が減ったらいつの間にか増えているから心配は無意味だ。

 まあ、正直外に出なくていいからほっとしている。だって家の外を見ても森が広がっているだけなんだもん。人工的な一本道が。

 なんか怖いじゃん。魔界にでも繋がってるんじゃないの?実は御主人様も人間じゃないとか。



 怖くなって聞けば、御主人様の家は貴族が治める広大な領地の中の端っこの森に囲まれた場所にあるらしい。

 この家には御主人様が独り暮らしだし、誰も訪ねてはこない。御主人様は何も言わないけど、きっと変人ということは知れ渡っていて訪れるひとなんていないんだろうなという想像は容易い。


 御主人様は大半を自分の研究室に籠って怪しげな実験をしてるから、私は使用人とは名ばかりで好きなことをして過ごしている。ぶっちゃけ結構暇だ。





 

 そんな中での楽しみは。

「ルジュ!」

 名前を呼ばれるのと同時に家の呼び鈴が鳴った。

 ドアを開けると、キンキラキンの髪にニッコニコの笑顔。語彙力も吹っ飛ぶような破壊力だ。


 年下の友達リュカの訪問だ。


 家を出てそのまま、外のテーブルにリュカを座らせた。


 「いらっシャい、リュカ。チョっと待ってテね」

 再び家の中に入るとお皿とポット、ティーカップを載せたトレーを持ってリュカの元に向かう。


 

 「今日はパウンドケーキヨ」

 切り分けたケーキを乗せた皿を見せるとリュカは目をキラキラさせる。


 いそいそと椅子に座るリュカに紅茶を入れた。ルビー色の液体がトポトポ注がれる様子をそわそわしながら見てるリュカが可愛い。

 ドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキとミルクとお砂糖たっぷりの紅茶をリュカに差し出すとすぐにフォークで口に淹れた。

 「おいしい!」

 思わず零れてしまったというような笑顔。

 リュカが食べる用にドライフルーツはラム酒ではなくシロップ漬けにしてある。

 リュカの笑顔を見るとそんな小さな気遣いが報われた気がして私も嬉しくなる。表情には出せないけど。

 かたや満面の笑みを見せるリュカ、かたや心の中は笑顔だけど実際は能面のような私。客観的に見るとなかなかシュールな光景じゃない?

 幸せそうにほっぺたを膨らますリュカを見てただただ癒されてる。食い入るような視線に気付いたリュカが不思議そうに首を傾げた。

 「ルジュは飲まないの?」

 「飲めないノ。飲んだら壊れちゃうカモ」

 話す用途でしか作られていない口に何かを入れても身体に負担がかかるだけ。消化器官なんてないからあたりまえだけと。

 「ふーん」

 理解したのかしてないのか、気のない返事をそこそこに、リュカはまたケーキを食べることに没頭する。丸いほっぺたがへこんだりふくらんだりするのをつぶさに見つめる。服装とか仕草を見る限り、良い家柄の子供だと思うんだけど。あまり家ではケーキとかは食べないのかな。

 陰鬱とした引きこもり御主人様との生活の中での唯一癒し。







 リュカとは草むしりをしてるときに出会った。見つけたとも言っていいか。

 御主人様は住まいに頓着しないから、家も汚かったし、もちろん家の外だって背高に雑草が生い茂っていた。

 さすがにこの見た目は良くないと思って、できる範囲で雑草を刈っていた。

 あるとき、鎌のようなもので背の高い雑草の生い茂ったところをすばっと切ったところに金色の頭が見えたからおったまげた。

 屈んでみると草むらの中で目をきゅるきゅるさせたリュカが出てきたのだ。

 鎌を片手にほっかむりをした変質者といたいけな美少年。

 ここに警察がいなくてよかったー。

 人との会話に飢えていた私は、今にも逃げ出しそうな少年をひっ捕まえて家にあった焼き立てのクッキーを(無理矢理)振る舞ったら、たまに来てくれるようになったのだ。

 タンタタタタタタタ・タンタタタタタタタ(以下略)、餌付け成功かな。






 人形になって記憶や体とかほとんどのものを失ってしまったけど、私には唯一残っていたものがあった。

 考える前に手が動く。体温のないその手からは生きているお菓子を作りだす。

 そして作ったときに出てくる自然と出てくるお菓子の名前。

 生前(?)お菓子作りはかなり得意だったのだろう。あのお菓子なんかに興味ありませんという顔をしている御主人様にもお菓子を頻繁にリクエストされるほどだ。

 材料なんかは具体的に伝えたら御主人様がノリノリで取り寄せてくれるから事欠かない。取り寄せた材料に対して、お金を支払っているのか否か、私は知らない聞かない。


 でも、作ることはできても、私自身はお菓子を食べることはできないし、ご主人様も少食だから、たくさん作っても余ってしまう。


 私のお菓子をこの世界で二番目に食べてくれたリュカ。

 私はお菓子をふるまえて、人と会話出来て、リュカはお菓子を食べれてウィンウィンかなって思ってる。





 リュカが来るのは大体午後と決まっているが、日にちは不定期なので、いつ来てもいいように日持ちのするお菓子を常に用意している。

 ここのところ暑いらしいのでバニラアイスクリームを作った。

 驚くことに御主人様の家には冷蔵庫のような箱があるのだ。だから食材もその中にいれて保存している。ちなみに、冷凍庫もほしいといったら、いつの間にか置いてあった。


 今日は雑草を刈った後の庭の土づくりをしていた。目指すは日本庭園。私は立派な枯山水を再現して見せる。

 モチベーションを高く保ちながらほっかむり姿で土をならしていると、リュカらしき姿が遠目に見えた。


 あれ?


 私は目がいいから、多分常人よりも遠くを見ることが出来る。

 リュカの足はこっちには向かっていない。

 いつもの快活な足取りはなりを潜めて、俯きながらとぼとぼと歩いている。

 「リュカ!」

 思わず駆け出した。でも焦ると思うように関節が曲がらないから速く走れない。気持ちとは裏腹に身体はなかなかリュカのところに辿り着けなくてすごいもどかしい。

 目一杯の涙を溜めた瞳と目が合う。リュカは私に気付くと慌てて袖で涙を拭った。

 「どうしたノ? ドコか痛い?」

 駆け寄ってリュカに目線を合わせる。肩に手を添え、そのまま腕を掴もうとするとリュカに手を振り払われた。

 自分のしたことが信じられないというようにリュカが目を見開いた。

 触覚なんてないから痛みなんてない。

 だから、そんなに痛そうな顔をしなくていいよ。

 さらに涙が盛り上がる。

「ご、ごめんなさい」

 謝られたけど私が気になったのは手を振り払われたことじゃない。

「……リュカ、ゴメン」

 少し強引に引き寄せ、袖を捲りあげようとする。リュカは少し抵抗したけど、結局されるがまま力なく左腕を差し出した。

 目に入ってきたのは、左腕にまだらに広がる赤黒い痣。

 ないはずの心臓が音をたててきしむ。

 純粋無垢な少年には不釣り合いなシロモノに言葉を失う。

 「コレ……」

 拒絶するように目をぎゅっと瞑りながら首を振る。その拍子に涙がぽろんぽろんと溢れるのを見て胸が締め付けられた。

 もう見られたくないのだろう、リュカは必死でまくられた袖を元に戻す。

 咄嗟に言葉が見付からず、私はただ立ち尽した。

 なんて言っていいのかわからない。でも見なかったことにするなんてできない。

 「ネエ、リュカ……」


 「何をしている!」


 二人の間を切り裂くように怒号が響いた。



 声のした方を見るとそこには三十歳前後の男が凄い剣幕でこちらを見ていた。

 男は大股で近寄ってきてリュカを隠すように私の前に立つ。急な出来事にあっけに取られていると、恐ろしい形相で睨まれる。

 いやいや、めちゃくちゃ怖いし。

 普通の女の子だったら萎縮してしまう眼差しだけど、今の私は人形。

 私も男を睨み付ける。その喧嘩、買ったし。眉毛を釣り上げるなんて細かいギミックはついてないので実際は見つめているだけ。

 端正な顔立ちの男性だ。稲穂を彷彿とさせる金色の髪に真空の瞳を持つその容姿は物語に出てくる王子様のよう。不動明王みたいな顔で台無しだけど。

 「貴様何者だ」

 唸るように問いかけられ、少しカチンときた。話しかけ方がとても傲慢で不遜だ。

 「あなタこそ誰デスか?」

 いきり立っているから好戦的に問い返す。大体正体は予想できるけど。

 向けられる眼差しが更にきつくなったけど、礼儀を欠いた態度を取っているのは男の方だから、私は先に答えるつもりはない。


 大人ふたりの間に流れる一触即発の空気気付いて慌ててリュカが間に入ってきた。そして男の方を見て必死に訴える。

 「父様! ルジュは友達なんだ」

 やっぱりね。リュカが大人になったらまんま男のようになるんじゃないかってくらいそっくりだったからね。

 リュカのフォローが入ったが、父親の顔が険しいままだった。

 「友達……それなら何故お前は泣いてるんだ」

 そりゃそうだよね。リュカは泣いてるし、ここには私とリュカしかいなかったから、私が泣かせたように見えるだろう。

 「……それは……でも、ルジュは関係ない!……友達なんだよ」

 知られたくないのだろう。言葉をぐっと飲み込んだあと、リュカは必死で父親に訴えてくれる。

 リュカの父親は眉根を寄せて納得いっていないような、でもリュカの言葉を信じたいような難しい表情をする。

 一体どこで知り合うんだと、こんな年の離れた友達を不審に思っても仕方がない。

 仕方ないな。溜息を吐いて、エプロンの裾を軽く上げて淑女の礼をする。ほっかむり姿だけど。

 「私はルジュエと申しマス。ギヨーム・バルビゼ博士の使用人デす」

 挨拶が功を奏し、私の正体が分かって安心したのかリュカの父親は少しだけ表情を緩めた。

 「バルビゼ博士の……それは失礼した。私はラウル、リュカの父親だ」

 意外と名が知られているんだなご主人様は。初めて見直したぞ。


 「いつも出かけている友達は彼女か?」

 リュカが頷く。

 「急にいなくなったらしいな。私に連絡が来た」

 「あ……」

 リュカは気まずそうに父親を見た。

 「リュカ、屋敷から出るときは使用人に一言声をかけてから出なさい。見ていた者が半狂乱になって探している」

 「ごめんなさい……」

 そう父親が言うとリュカはしゅんと肩を落とした。

 「でもね、ルジュの作るお菓子はとてもおいしいんだ。僕、ルジュと一緒にいるの楽しい」

 「そうか」

 大きな手がくしゃくしゃと金色の柔らかそうな髪を撫でた。リュカを見る父親の目は優しさに満ちている。

 「だが、今日のところは戻ろう。皆心配している」

 「はい」

 「では、失礼する」


 二人が去ったあと、重いため息を吐いた。





 すでに黄色く治りかけた痣の横に真新しい赤黒いが複数。

 あれはぶつけたとかじゃない。

 何度も何度も。

 思うと胸が苦しくなり、拳を握りしめた。

 いったい誰がやったのかと。本当は父親の前で問い詰めたかった。

 でも、リュカは極力隠したがっていた。

 その理由は多分、父親に話せない人物なのかも知れない。


 

 私は後悔の念に苛まれてた。リュカと初めて出会ったときも、もしかして逃げてきてたんじゃないかと。

 隠れるようにしてひとり座っていたリュカの姿を見て苦しくなった。

 それはただの憶測だけど、多分間違ってはいないんじゃないか。


 会った時に理由を聞いておけばよかった。











 リュカが住む場所は大きな屋敷だった。領主様のお屋敷だがら当然か。


 身元はすんなりわかった。御主人様に聞いたら一発だった。かなり有名らしいな親子らしい。

 御主人様は人間に一切の興味のないからね。

 御主人様の敷地に来る金色の髪を持つ子供といったら領主様のご子息様だけ。

 というわけで、リュカは領主様のご子息で、私が歯向かった人は領主様ご本人だったということで。ちーん。

 領主様の敷地と御主人様の敷地は林で繋がっているらしい。だからリュカの足でも来れたんだろう。

 貴族の息子がひとりで出歩くなんて、絶対ダメよね。今度からは連絡を取って迎えに行こうと決めた。

 心の中でお邪魔しますと言って、そろりと気配を消しながら庭の方から侵入する。これは立派な不法侵入なので、見付かったらただじゃすまないと思う。

 痛みは感じないけど、身体が壊れたあとに魂がどうなるかなんてあまり考えたくない。

 けど危険を冒してでも特定したかった。






 屋敷の庭には見事な薔薇園が広がっている。とりどりの色彩が生き生きと庭を飾っている。ちょっと刺さるけど背の高い薔薇のおかげで、姿も隠しやすい。

 その中で、リュカが庭のテーブルで書き物をしているのが見えた。必死で何かを書いてる姿が微笑ましく、思わず笑みが零れそうになる。





 しかしその後、その様子は一変した。





 どろりと濁ったぐちゃぐちゃな感情が溢れそうになる。

 私はその時の光景と感情を生涯忘れないだろう。自分が傷つくよりも苦しいことがあるということを知った。



 わかったよ、リュカ。

 





 屋敷に帰ってきたけれど、お菓子を作る気にもならずただキッチンに突っ立っていた。

 腹の中が不快なくらいの怒りが渦巻いていた。











 あれから数日経ってしまったけど、解決策が一向に見つかっていない。

 うーん、うーんとうなりながらメレンゲを泡立てる。

 あれからリュカも来ない。

 リュカがどんな感じて過ごしているのか心配でじっとしていられない。

 眠ることもないので、一日一日がとても長い。

 だからいつもより作るお菓子の量が増えてしまった。




 絞り出したメレンゲをのせた天板をオーブンに入れたところで呼び鈴がなった。

 御主人様は滅多に実験室から出てこないので、必然的に私が来客の対応をする。といっても来客なんて来たことなかったけどね。


 リュカは呼び鈴を使わずに外から私を呼ぶので、リュカではないことは確かだ。

 少しドキドキしながら扉を開けると長身の男性が立っていた。

 「突然失礼する」

 一度見たら忘れられないその美貌を持つ男性はリュカのお父上だ。

 言葉は丁寧だけど、その眼差しは鋭く私を射抜いている。

 正直、私はこの人に警戒されているのだろう。敵愾心がピシピシと伝わってくる。

 「ドウぞ」

 「いや、結構。少し話をしにきただけだ」

 一応室内に誘ったが、断られてしまった。仕方なく私が玄関の外に出る。


 「君について聞きたい」

 単刀直入に来た。


 「バルビゼ博士は長らくひとり暮らしだったはずだが」

 「身寄りのナい私ヲ拾っていただいタんでス」

 「博士は外出することはめったにない。そして、直近で博士がこの森を出たという報告はない」

 その言葉でピンときた。

 なるほど、博士は領主の管理下にあるわけだ。まあ、あんな危険人物は野放しにできないもんね。

 「そして何者もこの森に入ったという報告もない。したがって、君はどこで博士に拾われたかということになる」

 どうやら、御主人様は行動を監視されているほど、わりと重要人物らしい。

 「一体どこから来たんだ」

 「……」

 思わず言葉に詰まった。正直に答えて信じてもらえるとは思っていない。でもそれを誤魔化すようなうまい嘘が思いつかなかったのが真実だ。

 そんな、私の様子をどう受け取ったのかは推して知るべし。

 「答えないな……私は正直君を信用できない」

 そうだろうなとは思っている。領主様にとっては突然現れた身元不明の人間(人形)だもんなー。

 「全く動揺しないな」

 尋問みたいなことをされたら多少は顔に出てしまうから、こういう時に人形の身体は楽だなと思った。

 「表情すら変わらない……まるで人形のようだ」

 まんま人形だからね。


 「この前、うちの屋敷に侵入しただろう」

 ドキッとした。

 まさか領主様に気付かれていたとは思っていなかった。

 でも気付いた。博士の行動を監視してるということは、私も監視対象に入ってるのかもしれないということを。

 「すぐ帰ったので、大ごとにはしないつもりだが、目的は何だ?」

 そんなこと言えやしない。

 内心ではめちゃめちゃ焦りながらどうやって言い訳しようか考えてた。

 でも、表面上では無表情を貫く私の様子に何を聞いても無駄だと判断したのか、領主様はさらに言い募る。

 「別に君が何者だろうが構わない。別に博士の使用人という言葉を信じていない訳じゃない……だだ」

 領主様は切れ長の目をさらに鋭く細めた。

 「リュカには近寄らないでくれないか。リュカはいずれこの領地を治める大事な身なんだ」

 なるほどね。私が近くにいたら次期領主様に悪影響を及ぼすだって?

 身元を証明できない人間は自分の子供に近付いてほしくない、子供を思う親なら正しいことを言っているんだろう。


 でも、その時マグマが噴火するように急激に怒りがわいてきた。


 リュカの異変に気付かないこの男のどの口がのたまっているんだ。


 虐待する母親、鈍感な父親、見て見ぬふりする使用人--あんたら大人がリュカにとって悪影響なんだよ。

 「自分の子供の変化ニも気付かない人が何言ってルんでショウか?」

 そう思ったらするりと言葉が出てきた。

 表情に出なくてもたっぷりと馬鹿にするような響きを言葉に込める。

 「なにっ……」

 案の定領主様は息巻いた。

 でも私は容赦しない。

 「リュカの腕、見たことアリますカ?」

 「腕?」

 「凄い痣ですヨ」

 不審そうだった領主様が大きく目を見開いた。 

 可愛いリュカをこんなになるまで放っておいたこの男も同罪だ。

 「そもソモなんで気付かないンですカ? リュカの様子はドウですカ? 辛ソウじゃないですカ? 痛ソウじゃないですカ?」

 「なに……を」

 「痣モ、あんなに酷いのニ……」

 何か言おうとする領主様の言葉を遮るように言葉をかぶせた。

 ついに領主様は無言で俯いてしまった。

 「よーくリュカを見てくだサイよ。父親なんだかラ。リュカは知られタクないようですケドネ」

 この身体の私が出来ることは多くない。気付かなかったこの男に任せるのは癪だけど、リュカを大事にしてくれる父親なら何とかしてくれるだろう。

 ただ今の現状が良い方向へ向かうことを。


 私の言葉がよほど堪えたのか、領主様は黙り込んでしまったあと、しばらくしてそのまま踵を返した。

 様々な葛藤を背負いながら去りゆく背中に祈りを込める。
















 次はリュカと領主様は揃って訪れた。

 リュカの声に呼ばれてドアを開けたらいきなり目の前に金髪男性のどアップがあって、かなりビビった。

 私の戸惑いなんて気付かないまま、父親は深々と頭を下げた。

 「すまなかった」

 「エト、取りあえずコチラへ」

 リュカといつもお茶をするテーブルへ案内する。


 先に席に着席してもらった。

 リュカも領主様も何も言わず素直に座った。そして話を切り出す。

 「それで、解決したんですか?」

 私の言葉に領主様は重々しく頷いた。

 「……リュカの母親だった」

 うん、知ってる。




 今でもあの時の光景は忘れられない。

 母親が突然現れて、リュカに浴びせた暴言の数々。

 耐えきれなくなったリュカが離れそうと席を立った時、ドレスから足を出して足を引っかけたのだ。そのままリュカは地面に倒れ込んだ。

 痛みでリュカの顔が歪んだ。

 そのリュカの顔を見て嗜虐的な笑みを浮かべる母親。


 飛び出せば良かったと今でも後悔している。

 

 静かに涙を流す子供をみて見ぬふりをする周囲の使用人たち。


 そこに登場する大人はみんなクズだった。



 女の異常なまでの領主様への執着と不出来と見なした自分の息子への強烈な厭忌の感情。

 怒りを通り越しておぞましさすら感じた。




 「……彼女とは離縁した。実家に戻ってもらい、彼女を家の領地から出さないように依頼してある……自分の子を虐待する人間に母親の資格などない」

 最後は苛立ちを隠せず吐き捨てるように言い放った。

 「そしてリュカの側仕えの使用人たちも……見張りも一新した。主人のために動かない人間など必要ないからな」

 リュカを守ることもなくただ無を貫いていたクズたちを思い出して、ざまぁと気分が良くなった。

 今思ったら見張り役だって気付いていないはずがなかったんだろう。

 だって、見張り役は色々なところに目を向けてないといけないのだから。

 「これで、解決したと思う」

 「ソれは、ヨカった」

 「教えてくれて、ありがとう」

 「イイえ、リュカのためナので」

 「そして、あなたに謝りたい」

 「え?」

 「……初対面でひどい態度を取ってしまって申し訳なかった」

 領主様は立ち上がると深々と頭を下げた。

 こっちに向けられたキラキラの頭部を見ながらこの人は良い領主様なんだろうと思った。こんな小娘にもしっかりと頭を下げられるのは良識のある大人でも難しいことだ。


 「私のことハいいんデスよ」

 リュカに向き直り、そしてリュカの前に膝を付く。

 「リュカは、モウ怖くなイ?」

 「うんっ。僕ね、もっと早く父様に言ったら良かったんだ」

 「そうだね。リュカはもっと周りに助けを求めたほうがいいよ」

 キラキラとした目は何の曇りもなく、嘘を吐いているようには見えない。


 どうかリュカが日々を安らかに過ごせるように。

 「あなたを大事に思ってくれている人が絶対助けてくれるから」

 「ルジュ、ありがと」

 リュカに頷いて領主様の方に向く。

 「じゃァ、もうなんにも気にしないデ下サイ」

 すっきりとした気分だった。


 「マ、解決したということで、リュカ食べテく?」

 リュカの目が分かりやすく輝いた。

 そうそう、これこれ。この笑顔が見たかったんよ。

 意味のわかってない領主さまにも視線を向けて笑みを向けた。微笑めてないけど。

 「領主様も良かったら食ベテ下さイ」

 一度家に入って、保冷庫からミルクレープを出してくる。

 「これは?」

 領主様はちょっと不審そう。

 ホールの姿を見てもいまいち分からないだろう。ミルクレープは切ったときにその真価を発揮するのだ!

 入刀して持ち上げると何層にもなった断面が姿を現した。

 

 

 「ああ、ありがたくいただく。これは……何と?」

 「ミルクレープでスよ」

 「美しい……初めて見る菓子だ」

 「ルジュのお菓子はとーっても美味しいんだよ!」

 領主様は皿を持ち上げ、興味津々な様子で色々な角度からミルクレープを見つめる。

 やっと置いてミルクレープをフォークで切り、それをゆっくりと口に入れた。そして、目をカッと見開いた。

 「こっこれは……!」













 それからお客様がひとり増えた。リュカだけ(使用人付)でくる時もあれば領主様……おっと、ラウル様と一緒に来る時もある。

 どうやら、リュカと一緒でお父様も甘党だったようだ。


 リュカとラウル様はお茶の時間(大体3時くらい)に来るようになった。

 三人で行うお茶会は楽しいものだった。

 今日はチョコレートフィナンシェを二人に出した。紅茶は桃のフレーバーティーだ。

 「これは……美味しいな。焼き立てだからか、まだ周りがサクサクしている」

 「ありがトウございまス」

 私も椅子に座らせて貰っている。人形だから別に疲れることはないんだけど、立ちっぱなしはラウル様が良しとしてくれなかった。いいのか?領主様と未来の領主様と一緒のテーブルについてて。

 「いつも思うが君は食べないのか?」

 私の前には何も置かれていない。

 ラウル様はいつも不思議に思っていたそうだ。

 「ルジュは人形だから食べられないんだよ!」

 ラウル様の疑問にリュカが元気よく返事をした。

 「なに?」

 ラウル様はどんな表情をしていいかわからなかったようで、変な顔になった。普通はそんな反応だろう。

 「御主人様に拾っテもらったト言うのはウソで、実ハ私は御主人様に作らレた人形なんデス」



 どうして私が御主人様の元へ来たかと言うことをかいつまんで説明すると、ラウル様は衝撃を受けたように息を呑んだ。 

 「博士はそこまでの研究を……まさか、意思をもつ人形を作ることができるとは」

 ラウル様が難しい顔をした。間違ってはない。私は御主人様に作られた人形だ。ただそれに至る過程を説明してないだけで。

 「しかし、普通の人間と変わりない。人形が自らの意思を持ち行動するのか……信じられない」

 まあ魂は人間のものだから。

 「私は特別ナようでス。御主人様モ私と同じ意思を持つ人形ナンテもう作れナイと思いマす」

 作ってもらったら困るんだけね。作ったりしたらそれこそモラルを疑うわ。

 「そう……なのか」

 「人間と変わりナイように精巧ニ作られてイますけど、スベテ紛い物ですヨ」

 「そう……か」

 そのあとラウル様は黙って俯いてしまった。気分を害してしまったのだろうか。

 「作られたばかりナノで、私ハこの世界のコトをあまり知りまセン。ヨかったらラウル様にモ教えテもらえたらありガタイです」

 「そ、そうだな」

 あ、ちょっと浮き上がった?




 「それでは失礼する」

 「ルジュエ、じゃあね」

 「じゃあネ、リュカ。ラウル様モ」

 送っていこうと立ち上がった私をラウル様は手で制した。

 「どうしたんですか?」

 「君は来なくていい。帰る時にひとりになるから」


 どうしてこんなに心配してくれるかはわからないけど、私は人形だから。

 「私は人形なので大丈夫ですよ?」

 「それでも、だ。気をつけなさい」

 ラウル様は人形と知った後も私を女性扱いしてくれるので、ちょっとこそばゆい。

 でも悪い気分じゃないのは確かだ。

 まあ、リュカも含めて一介の使用人が関われる立場の人じゃないのはよーく理解してるけど。









 ラウル様が来ない日は私がリュカを迎えに行っている。使用人がついてきているけど、それでもリュカを迎えに行きたかった。

 ラウル様とリュカがセットで来るようになってから、使われていなかったポストに手紙が入るようになった。

 なので毎日の日課にポストを確認するという項目が加わった。

 『リュカがさきにいく』

 ラウル様も後から来るようだけど、リュカが先に来るようだ。リュカひとりの時は使用人がついてくるけど、一応お迎えに行っている。



 家のある程度のことは済ませたし、もうそろそろリュカが来る時間なので森に向かって歩き始めようとした。



 そのとき。






 乱れた髪の女性がゆらりと現れる。

 その顔には見覚えがあった。

 こっちにくるリュカが危ない、と思ったそのとき。


 どんと衝撃を感じた。

 乱れた髪の合間から見えたのは光を失った対の瞳。

 「私のラウル様を……返せ」

 標的は私だと理解したと同時に私の意識は闇に飲まれた。








 

 

 少し遅くなってしまった。

 ちらりと時計を見る。文字盤の太陽は大分西へ傾いている。

 先に行かせたリュカに追いつこうとラウルは早足で一本道を歩く。

 きっとリュカと一緒にルジュエもいるはずた。

 不穏な報告を聞いたせいで、見張りの数を増やしたものの心配が尽きない。

 手紙を入れておいたし、たとえ安全でも使用人がいてもリュカを必ず迎えていくような人だから。

 表情なんてなくても温かさを感じるとても不思議な女性。

 いつしかラウルはルジュエの作るお菓子ではなく、ルジュエに会いたいと思って足を運ぶようになっていた。

 初めての感情に戸惑いながらもラウルは確信する。


 それが人形相手というのは皮肉だが。

 話し方も動作も考え方すら全て人間のようなのだ。

 彼女のような人形が量産されてしまったら恐ろしいことが起きるだろう。










 あと少しというところで、ラウルの足はピタリと止まった。












 その場は異様な空気に包まれていた。


 リュカは涙で濡れた眼差しで力なく座り込んでいる。

 信用できると思いリュカの側仕えにした使用人は震えながらも子を守る親鳥のようにリュカをしっかりと抱きしめて丸まっている。




 「お前さえいなければラウル様も見てくれたのに!」

 柔らかいであろう体に吸い込まれていくナイフ。

 何度も何度も何度も。

 刃が沈むたびに衝撃で跳ねる軽い体。

 






 ザァと音を立てて体中の血の気が引いていく。




 すでに動かない彼女の体に狂ったように何度もナイフを突き刺す女に怖気が走る。

 この女は一体誰だ。


 女がもう一度刺そうとナイフを大きく振り上げたとき、ラウルはナイフを持つ手を全力で蹴り上げる。

 はずみでナイフが飛ぶとそのまま女の腹に拳をめり込ませた。

 相手が女性などとは構ってられなかった。

 吹き飛ばされて意識を失った女の両手をベルトで後ろにまとめて拘束する。



 ラウルはもつれそうになる足で仰向けで倒れている彼女に駆け寄る。


 彼女は動かない。

 瞬きのない彼女の目はずっと虚空を見ている。

 ぞっとして彼女を抱きかかえると、驚くほど軽かった。

 恐る恐る傷口を確認すると総毛だった。


 ―――空っぽだ。


 比喩ではない。彼女が以前話していたとおり彼女の体の中には何も入っていない。

 彼女は人形なのだ。


 どうしていいかわからなくなった。こんな感覚初めてだ。

 じわりと目の前が滲んで行く。


 それでも。

 「……ルジュエさん……ルジュエさん!」

 祈りを込めて力の限り彼女の名前を呼ぶ。

 「っルジュエ!!」

 どうか返事を。













 「人の家の前で騒がしいな」

 コツ、と音を立てて現れた丸眼鏡の登場人物。

 その声色の中には若干の苛立ちが含まれているが、騒然とした場には不釣り合いなほど温度のない無機質な様子だった。

 長身ではあるが、常に背をまるめて猫背でいるので卑屈そうに見える。しかし、態度はどこか不遜である。

 その人物をラウルは知っている。


 「バルビゼ博士!」

 ラウルに気付いた博士は神経質そうな眉をくいっと上げる。

 「おや、領主殿ではないか。それに私の不出来な使用人も」

 ラウルがルジュエの体を抱きかかえているこの状況を見ているはずだが。

 「それで、私の使用人が何か?」

 「刺されたんだ!」

 動かない自分の使用人を見ても博士は顔色ひとつ変えず、感情をうかがわせないまま答える。

 「ふむ、抜けかかっているな」

 「なに?」

 ラウルの疑問など無視して博士は頷きながら話し始める。

 「魂が肉体から離れれば、もう戻すすべはない。このままでは実質の死を迎えますな」

 「そんな!」

 「もともとこの体は仮の肉体で、魂の定着率が悪い。衝撃を加えると簡単に剥がれてしまう」

 博士の言っている意味の少しも理解できない。ただラウルはルジェエを助けて欲しいだけだ。

 「いったいどうしたらいいんだ」

 「簡単なことだ」

 ラウルのすがるような眼差しを無感情で受け止めて、博士は踵を返した。

 「その人形を運んでもらおうか」
























 私は一体だれなんだろう。



 私は召喚されたときになにもかも奪われた。

 名前も、記憶も、未来も、そして体すらも。残ったのは剥き出しの魂だけ。


 博士は魂を人形の体に定着させたと言っていたけど、いつだって不安定だった。

 思うように体が動かないとき、ふいに意識がぶれるとき、震えるほどの恐怖に襲われた。

 いつか魂が人形の体から離れてしまうんじゃないかと。

 そのとき自分に待っているのは本当の死なんだろう。




 今、波間を揺蕩っているように心地が良い。どこにいるのかはわからないけど、このまま安らかな眠りに心を委ねたくなる。

 リュカもラウル様もいないのが、少しさみしいけれど。

 

 意識は温かな闇に飲まれそうになった。


 そのとき。

 突然、釣り針でも使ったかのように無遠慮に意識が引っ張られた。


 びゅーんと引っ張られている間に今まで暗くて見えなかった光景が目の前を過っていく。

 目まぐるしく流れていくのは、壊れる前の記憶とここに来てからの新しい記憶。

 走馬灯のように次々とよみがえっていき、全てが私の元に戻ってくる。


 ああ、私は。





 最初に目に入ったのは、見慣れない天井。暗くて薬品の匂いが充満している。

 勢いよく体を起こそうと思っても体が鉛のように重くて、のろのろとしか動けなかった。

 やっとのこと重い体を起こすと最初に目に入ったのは、最近はとんとご無沙汰してた御主人様。次に御主人様よりもずっと親しくなったリュカとラウル様だ。


 リュカは涙で濡れた目を向けてくるだけだけど、ラウル様は私の方を見て目をこれでもかと大きく開いている。

 どうしてそんなに驚いているのか。


 「ラウル様、どうし……」

 「成功だっ!」

 私の問いかけは、御主人様の歓喜の声にかき消された。






 御主人様から服を着せてもらって、私は何故か気持ち悪いくらい喜んでる御主人様、困惑しているラウル様、不思議そうに目をパチパチしているリュカと向き合って座っている。

 今の状況をさっぱり理解できん。






 真実はこうだ。かろうじで息のあった身体から魂を移動させたあとダメ元で回復液の中に私の元の身体を突っ込んだらしい。そのパワーワードで、私の体の雑な扱いが手に取るようにわかるわ。

 驚くことに、一応御主人様にも多少の罪悪感はあったということだ。

 このまま見捨てるのはよろしくないし、また元の身体戻すことが出来たら、新しい医療方法として使えるかも知れないと考えた。本当に悪いと思ってるの?

 結果、実験は成功して私は無事元の身体に戻れたということだ。←イマココ



 「つまり、異世界の物を取り寄せようとしてしまったら、誤って人間を召喚してしまい、更にその人間は魔法陣によって瀕死状態。かろうじて生きていたから、意識を切り離して体を回復させていたということか」

 「ふむ、流石は領主殿だ。理解が早い」

 御主人様の適当な説明と私の疑問をうまいこと汲み取って、状況を理解したラウル様は疲れたように目頭を押さえた。

 なんだかラウル様かわいそう。

 「博士……貴方の研究には誰しもが一目を置いているし、国民の助けにもなっている。しかし、今回貴方の行ったことは、生命を……しかも関係のない異世界の生命を弄ぶ赦されざる実験だ。到底許容出来るものではない」

 責めるような口調でラウル様は言ったのだけど、御主人様は動じず、むしろどこか面白そうにふむと腕を組んだ。

 「確かに、今回は流石にやりすぎだったかと思う」

 おお、御主人様が反省してる。

 「が、今回のことで私は新しい医療用法を発明した! それは魂剥離療法だ! 通常人間の体が著しく損傷を受けたとき、その衝撃で死亡する。しかし、患者が自分の体の状態に気づく前に魂を剥離してしまえば、その体は仮死状態となる。剥離した魂を他の器で保存している間に体を治療してしまい、あとは魂を戻せば患者は元通り。これで瀕死の傷を受けても治療できると謳うことができる!」

 少しでも見直した私が馬鹿だったよ。後悔は皆無だよ、この人は。

 「いや、何を」

 「領主殿は良かったではないか。滅多刺しにされたのが人形の体で」

 何かを言おうと口を開いたラウル様は何故かご主人様の言葉に黙ってしまった。




 「あの、ラウル様のせいじゃないですから。それに助けてもらいましたし」

 ラウル様を見てお礼を言ったら、ラウル様は私を見たあと顔を背けてしまった。

 心なしか顔がほんのり赤い。




 「それに卿は大切なものを見つけたではないか」

 ラウル様は微かに頬を染めながら咳払いをした。一瞬私を見たのは何故かな。

 「っ……それは結果論でしかない」

 「しかし、どうする? 異世界人として王都研究室に差し出すか? これの色彩を持つものは滅多にいない。どうせ実験素材として扱われるだけだぞ」

 この黒髪はそんなに珍しいかね。元いた国ではほとんどの人が黒髪だったけど。

 いや、ていうかどの口が言ってるんだよ。真っ先に私で実験した御主人様は。



 「私は帰れないんですか?」

 滑らかに出てくる言葉にひとりで感動する。

 「帰りたかったから帰す魔法陣をしている組む。が、今度こそ魔力圧で体がひしゃげるかもしれないし、帰した後のことは俺は知らん」

 やっぱりな!出会ったときから今の今まで変わらず鬼畜生だよ。

 それまで、空気を読んで黙っていたリュカが口を開いた。

 「ルジュ、人間になったんだねえ。ねえ、人間のルジュは僕の母様になってくれる?」

 「リュカ! 何を言ってるんだ」

 ラウル様は声を荒らげる。慌てなくても一般庶民と領主様は結婚できないことは知ってますよと。

 リュカに向かって御主人様は空気を読まず言う。

 「少年、これはもはやルジュエではないぞ。私が適当に着けた名だからな」

 「え?じゃあ、ルジュの本当の名前はなんていうの?」

 ラウル様とリュカ、ふたりの視線が向けられる。ご主人様は興味なさそうだ。









 「私、私は……」

 私は取り戻した名前を口にした。



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