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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「太閤の猿」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/06/30


落語声劇「太閤(たいこう)の猿」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約30分


必要演者数:最低4人

      (0:0:4)

      (4:0:0)【性別準拠人数比率】

      (3:1:0)

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって、性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


●登場人物


豊臣秀吉(とよとみひでよし):ご存知(ぞんじ)、猿に似ていると言われた男で、一度は天下を統一し、

     朝廷から関白太政大臣(かんぱくだじょうだいじん)の位を授(さず)かった、天下人(てんかびと)。

     百姓あがりから登り詰めた、出世話の引き合いによく出される

     人物。


曾呂利新左衛門(そろりしんざえもん):実在の人物かは怪しまれているが、堺(さかい)の会合衆(えごうしゅう)の一人で

        一度は綺麗(きれい)に家財(かざい)を使い果たしてのち、鞘師(さやし)(刀の鞘(さや)を

        作る職人)となった男。

        刀の刀身が鞘(さや)を出入りする際にそろり、そろりと音がし

        ない事を自慢の種として曽呂利新左衛門(そろりしんざえもん)と名乗るように

        なる。信長の死後、堺衆(さかいしゅう)が街を上げて秀吉(ひでよし)の後ろ盾(だて)と

        なった時、千利休(せんのりきゅう)らと共に仕えて御伽衆(おとぎしゅう)となった、

        頭脳の冴(さ)え鋭い人物。


福島正則(ふくしままさのり):秀吉(ひでよし)子飼(こが)いの武将で、非常に気性の荒い人物。

     賤ケ岳七本槍(しずがたけしちほんやり)の筆頭(ひっとう)に挙げられる男。

     実母(じつぼ)が秀吉(ひでよし)の母の妹にあたる。


加藤清正(かとうきよまさ):秀吉子飼(ひでよしこが)いの武将で、福島正則(ふくしままさのり)と並ぶ武勇の持ち主。

     賤ケ岳七本槍(しずがたけしちほんやり)の一人。熊本城を築城し、内政面にも優れた才覚

     を発揮したことで領土の民から後に清正公(せいしょうこう)、神として崇(あが)められ

     る。


伊達政宗(だてまさむね):二十年早く生まれていれば天下を取っていたかもしれない、と

     評される人物。幼い頃に病の為片目を失っている。この為、

     奥州(おうしゅう)の独眼竜(どくがんりゅう)とあだ名される。秀吉(ひでよし)の小田原征伐(おだわらせいばつ)を期に帰順し

     ている。


武村三左衛門(たけむらさんざえもん):詳細は不明。この落語の創作の人物と思われる。


百姓:丹波(たんば)の国(現在の兵庫県篠山市(多紀郡)、氷上郡と京都府の三市

   三郡の総称で、一般的には兵庫丹波、京都丹波と呼ばれている)で

   白い毛の猿と共に生活している百姓。


猿:丹波(たんば)の百姓と共に日々暮らしていたのだが、曽呂利新左衛門(そろりしんざえもん)が訪れた

  のを契機(けいき)に身上(しんじょう)が恐ろしいほど変わってしまう。


※名前だけ登場

加藤嘉明(かとうよしあき):豊臣秀吉(とよとみひでよし)の臣。賤ヶ岳七本槍(しずがたけしちほんやり)の一人。

     のちに変転し、徳川政権に仕える事となる。


片桐且元(かたぎりかつもと):豊臣秀吉(とよとみひでよし)に仕え、賤ヶ岳七本槍(しずがたけしちほんやり)の一人。

     後に秀吉の子・秀頼(ひでより)の後見役(こうけんやく)となる。


●配役例

秀吉・百姓:

曽呂利・政宗:

清正・大名1・武村・猿:

正則・大名2・語り(枕含む):


※:猿は台本的に違和感のない部分であれば、

  台詞の無い所でも鳴いてOKです。



枕:明治の昔にこんな流行歌がございました。

  「♪何をくよくよ川端柳(かわばたやなぎ)、焦がるる何としょ

  水の流れを見て暮らす、東雲(しののめ)のストライキ

  さりとは辛いね、てなこと、おっしゃいましたかね~ 」

  これは東雲節(しののめぶし)と言いまして、当時、名古屋の旭新地(あさひしんち)と言う所に遊郭(ゆうかく)が

  あったんですが、そこで働いている女性の方々がストライキをやった

  、その際にできた歌でございます。

  しかし、その源流はさらに昔の安土桃山(あづちももやま)の時代、豊臣秀吉(とよとみひでよし)が天下人(てんかびと)と

  して権勢(けんせい)を誇り、周囲を睥睨(へいげい)していた頃にあるのだそうです。

  ここはひとつ、歴史探訪(れきしたんぽう)という形でルーツを探ってみましょう。

  てなわけで早速(さっそく)やってまいりました、五層八階(ごそうはちかい)の豪華絢爛(ごうかけんらん)たる大阪城

  、太閤秀吉(たいこうひでよし)の居間にて。


秀吉:これ、新左衛門(しんざえもん)。


曽呂利:はっ。


秀吉:世間にはへつらう、ということがあるが、

   それは良き事か、悪(あ)しき事か、どうじゃな?


曽呂利:恐れながら申し上げます。

    へつらうというのは下世話(げせわ)で申しますと、喉元(のどもと)に入るという事、

    いわゆるおべんちゃらにてございます。

    へつらうのは悪(あ)しき事ゆえ、武士(ぶし)におきましては忌(い)むべきことと

    存(ぞん)じます。


秀吉:ふむ。

   ならばそちは、へつらわぬな?


曽呂利:申すまでも無き事、いかで殿下(でんか)の前でへつらいましょうや。


秀吉:では新左(しんざ)、そちに問うが、世間では余(よ)が猿に似ていると申しておる

   そうじゃな。

   それは誠か?


曽呂利:!!


語り:いくらへつらうな、おべんちゃら言うな、と忖度禁止(そんたくきんし)されてるとは

   いえ、目の前に猿面冠者(さるめんかじゃ)とあだ名された、猿そっくりな顔があるわ

   けです。

   けれど正直に「いかにも左様(さよう)でございます。」などと言ったが最期(さいご)

   、即刻(そっこく)打ち首は免(まぬが)れない。

   実際に聚楽第(じゅらくだい)の壁に批判の落書きをされた時、秀吉(ひでよし)は当日警備して

   いた者十七人と、下手人(げしゅにん)探しの際に直接は関わりのなかった六十名

   以上を、六条河原(ろくじょうがわら)で処刑(しょけい)したくらいです。

   しかしそこは堺衆(さかいしゅう)の中でも一、二を争う頭のキレを持つ曽呂利新左(そろりしんざ)

   衛門(えもん)、澄(す)まして答えます。


曽呂利:恐れながら申し上げます。

    殿下(でんか)が猿に似ている、という事ではございませぬ。

    猿が幸いにも、殿下(でんか)に似たものかと存じまする。


秀吉:ほう、なるほどの。

   余(よ)が猿に似ているのではなく、猿の方が余(よ)に似ていると申すか。

   面白い。ならば新左(しんざ)、そちに命ずる。

   余(よ)にそっくりな猿を探して参れ!


曽呂利:はっ、ははぁーッ!


語り:さぁ難儀(なんぎ)なのは新左衛門(しんざえもん)です。

   あちこち捜(さが)しまわってどんな猿を連れて来てみても、

   顔はぴったり似ている。

   しかしその他にもう一つ、同じでなければならないというのがあり

   ました。


曽呂利:むむむ…顔はどれも同じだが、背丈(せたけ)が合わぬ…!

    とはいえあまり殿下(でんか)をお待たせすると、今度はこっちの首が飛ん

    で背丈(せたけ)が合わぬ、などという事にもなりかねぬ…。


武村:おお、ここにおったか!


曽呂利:これは武村(たけむら)様、いかがなされました?


武村:見つかったぞ新左(しんざ)!


曽呂利:えっ! 見つかったとは!?


武村:丹波(たんば)じゃ!

   丹波(たんば)の国に住む百姓が、殿下(でんか)によく似た背丈格好(せたけかっこう)の猿と暮らしてお

   るそうだ!


曽呂利:なんと、これは吉報(きっぽう)でございますぞ!

    武村(たけむら)様、よくぞ捜し出して下さりました!

    曽呂利新三(そろりしんざ)、これこの通り、感謝申し上げまする!


武村:ははは、もっとありがたがっても良いぞ!

   して、すぐに向かうのか?


曽呂利:無論(むろん)にございます。

    他の者の耳に入る前にソロリとひと発(た)ち、

    新左(しんざ)めがその猿を譲(ゆず)ってもらって参りましょう。


武村:うむ、それがしは他に務(つと)めがあるゆえ、大阪を離れられぬ。

   そなたがやらねばなるまい。


曽呂利:万事(ばんじ)お任せあれ。

    では、支度(したく)にかかりますゆえ、これにて…。


語り:条件を満たした猿をついに探し当て、曽呂利(そろり)ははやる気持ちを抑(おさ)え

   丹波(たんば)の国へと乗り込みました。


曽呂利:この家だな。

    猿は…おお、あれか!

    確かに背丈(せたけ)も同じだ!


百姓:どなたかね?

   見慣れねえお方だが、どちらから来られただか?


曽呂利:おお、こちらの家主(やぬし)か。

    わしは堺(さかい)の曾呂利新左衛門(そろりしんざえもん)と申して、太閤殿下(たいこうでんか)の御伽衆(おとぎしゅう)を務めて

    おる者じゃ。

    実は今日は、家主(やぬし)殿に頼みの儀(ぎ)があってまかり越した次第で。


百姓:えっ、た、太閤殿下(たいこうでんか)の!?

   天下様(てんかさま)がい、いったい、何のご用で?


曽呂利:実は殿下(でんか)がその猿をご所望(しょもう)ゆえ、譲(ゆず)ってもらいたいのじゃ。

    ただでとは申さぬ。

    三百両ならばどうであろうか?


百姓:さ、さ、さ、三百両で!?

   そ、それでしたらえぇ、そりゃあもう、喜んでお譲(ゆず)りしますだ。


曽呂利:おお、これでわしの首もつながった!


百姓:? 首がつながった…てのは、どういうわけで?


曽呂利:ああいや、お気になされるな。

    では、確かにこの猿は引き取りますぞ。


語り:かくして曽呂利(そろり)は猿を連れて大阪に戻ると、さっそく目通(めどお)りします

   。秀吉(ひでよし)も一目(ひとめ)見ていたく気に入った様子。

   

秀吉:おおぉ、愛(う)い奴じゃの!

   その猿めが余(よ)にそっくりだと申すか。

   よし、ではその猿を余(よ)と同じ風体(ふうてい)にし、同じ扱いを致せ。

   良いな!


曽呂利:ははぁーっ。

    では猿殿はこちらへ。


    【二拍】


    まず、お召し替えから参りまする。

    武村(たけむら)様、ご用意は整(ととの)うてござりますか?


武村:うむ、殿下(でんか)と全く同じ御召(おめ)し物をこれへ用意いたした。

   白羽二重(しろはぶたえ)の衣類、紫の踏込袴(ふんごみばかま)、角襟(かくえり)の羽織じゃ。

   これ、女中(じょちゅう)たちはお召し替えを致せ。


   【二拍】


曽呂利:ふーむ…いやあ…武村(たけむら)様、これは…。


武村:うむ…、我らは最初の姿から見ておるゆえ良いものの、

   他の者には殿下(でんか)と見分けがつかぬぞ…まるで影武者じゃ。

   おお、どうやら終わったようだな。

   では、最後に中啓(ちゅうけい)を持たせて…。


曽呂利:いざ、殿下(でんか)に再び拝謁(はいえつ)致(いた)させましょう。

    【二拍】

    殿下(でんか)、用意が整いましてございまする。


秀吉:おお、入って参れ!

   【二拍】

   ん? んんん?

   おおぉ! これは面白い!

   よしッ、それでは武村三左(たけむらさんざ)、そちの家へ預けるゆえ、

   余(よ)と思うて粗略(そりゃく)の無いように致せよ!


武村:はっ、ははぁぁーーッッ!!


語り:こうして太閤豊臣秀吉(たいこうとよとみひでよし)そっくりの猿が誕生したわけです。

   曽呂利(そろり)は災難のお役御免(やくごめん)、次は武村三左衛門(たけむらさんざえもん)が引き受ける羽目(はめ)にな

   ってしまいました。

   同じ人間を預かるのと違って相手は猿、しかも太閤秀吉(たいこうひでよし)ご寵愛(ちょうあい)とき

   ている上に、余(よ)と同じ扱いをせよとのおまけつき。

   猿に万一のことあれば自分の切腹(せっぷく)のみならず、一族に禍(わざわい)が及ぶやも

   しれません。


武村:むむむ、参ったのう…。

   よし、まずは鳥屋(とや)を作って四方に見張りを立たせねばなる

   まい。

   それから三度の食事は殿下(でんか)と同じものを用意するよう、お台所に

   伝えねばならん。


曾呂利:武村(たけむら)様、殿下(でんか)の仰(おお)せにて、本日より毎日猿を連れて余(よ)の元へ参る

    ように、とのことです。


武村:そうか…相分(あいわ)かった。


   【二拍】


   殿下(でんか)、猿めを連れてまいりましてございます。


秀吉:おお、来たか!

   今日はの、城の百閒廊下(ひゃっけんろうか)を歩かせてみようと思うての。


武村:は、はぁ…。


秀吉:よし、付いて参れ!


   【二拍】


   よいか、そちは余(よ)の少し後を余と同じように歩くのじゃ。


武村:で、殿下(でんか)、これはいったい…。


秀吉:まぁ見ておれ。

   

大名1:おお、向こうから来られるのは殿下(でんか)ではないか。

    ははぁーっ。


秀吉:んっ、よぉ来たの!

   後から来るのは余(よ)の猿じゃ。


大名1:おお、これが殿下(でんか)ご寵愛(ちょうあい)の猿めにござりまするか!

    ははぁーっ。

    いやあ、殿下(でんか)によく似ておりまするなぁ。


秀吉:そうであろう、そうであろう。

   んっ、大儀(たいぎ)である!


大名1:ははぁーっ。


秀吉:余(よ)と猿に二度頭を下げおった。

   …! そうじゃ! 面白いことを思いついたぞよ。


武村:(またよからぬことではあるまいか…。)


語り:それから4、5日同じことを繰り返したあと、何を思ったか、

   今度は猿を先頭に立て、自分はその後ろを歩いたのである。


秀吉:ふふふ、よもや順番が入れ替わっているとは思うまい。


大名2:おっ、これはいかん、殿下(でんか)がお越しになられた。

    ははぁーっ。


秀吉:こりゃこりゃ、それは余(よ)の猿じゃ。

   余(よ)はここじゃぞ。


大名2:うっ、こ、これはとんだご無礼(ぶれい)を!!

    なにとぞお許しくださいませ!!


秀吉:ははは、よいよい。

   試(こころ)みは大成功じゃ、ははは!


大名2:は、はぁ…。


武村:(やっぱりよからぬことだった…)


語り:とまぁ、しょうもない事で喜んでいましたが、偉い人という者は

   えてしてそんな面があるものです。

   やがてそれにも飽きた秀吉(ひでよし)は、今度は袋竹刀(ふくろしない)を猿に持たせ、

   人の首筋を打ち据(す)えるという、物騒(ぶっそう)な芸を仕込(しこ)んだのでございま

   す。


武村:ここ数日、殿下(でんか)が何やらまた猿に仕込(しこ)んでいたようだが…。

   またよからぬことでは…。


   お召(め)しにより、参上いたしました。

   殿下(でんか)、武村三左衛門(たけむらさんざえもん)、罷(まか)り越してございます。


秀吉:おお武村(たけむら)、参ったか!

   【猿に向けて】

   よし、行けッ。


武村:?

   っづぅっっ!?!


秀吉:うきゃきゃきゃ、どうじゃ武村(たけむら)!

   余(よ)の合図で、こやつに袋竹刀(ふくろしない)で人の首筋を打つことを仕込(しこ)んだのじ

   ゃ!


武村:(ああ、またしても…。)

   さ、さようでございましたか。

   さすがは殿下(でんか)ご寵愛(ちょうあい)の猿、物覚(ものおぼ)えが良うござりまするなぁ。


秀吉:うむ、余(よ)に似ておるのは風体(ふうてい)だけでなく、湧(わ)き上がる知恵の泉もで

   あったようじゃのぉ!

   よし三左(さんざ)、そちは脇(わき)に控(ひか)えておれ。

   今から清正(きよまさ)が目通(めどお)りに参るゆえな。


清正:殿下(でんか)、加藤主計頭清正(かとうかずえのかみきよまさ)にござりまする!


秀吉:おお~清正(きよまさ)! よぉ来たのぉ!

   さ、ずっと近(ちこ)う!


清正:ははっ。


   【一拍】


   うるわしきご尊顔(そんがん)を拝(はい)し、恐悦至極(きょうえつしごく)に存じ上げ奉(たてまつ)りまする。


秀吉:うむ!

   【猿に向けて】

   よし、行けッ。


清正:?

   !!?ッッッ!!

   こ、これは殿下(でんか)ご寵愛(ちょうあい)の!

   ははぁ~ッ。


秀吉:うきゃきゃきゃ、清正(きよまさ)もこ奴(やつ)の前では形無(かたな)しじゃの!

   どれ、次は確か、正則(まさのり)が来るはずじゃな!


正則:殿下(でんか)! 福島左衛門尉正則(ふくしまさえもんのじょうまさのり)、罷(まか)り越してございます!!


秀吉:おおっ、正則(まさのり)もよぉ来たのぉ!

   これへこれへ!


正則:はっ!


   【一泊】


   殿下(でんか)にはうるわしきご尊顔(そんがん)の態(てい)を拝(はい)し、誠に恐悦至極(きょうえつしごく)!!


秀吉:うむ!

   【猿に向けて】

   よし、行けッ。


正則:??

   !!?ゥっヌッ!!

   な、何ごとじゃ!?


清正:【声を抑えて】

   左衛門尉(さえもんのじょう)殿、ご辛抱(しんぼう)でござる!

   殿下(でんか)ご寵愛(ちょうあい)の猿めにござるぞ!


正則:う、うぐぬぬ…!

   【声を抑えて】

   済まぬ主計頭(かずえのかみ)、よくぞ止めてくれた。

   感謝いたす。


   これはこれは殿下(でんか)御寵愛(ごちょうあい)の猿めにござりましたか!

   ははぁ~ッ!


秀吉:うきゃきゃきゃきゃ、これは面白いわい!!

   どぉれ、他の者にも試してみるかのう!


語り:いやはや、配下の大名達にしてみればさんざんな有様(ありさま)で。

   猿がいかなる事をしたとて、殿下(でんか)の顔色をうかがって怒るにも怒れ

   んわけでございます。

   このあと登城(とじょう)した同じ賤ケ岳七本槍(しずがたけしちほんやり)の加藤嘉明(かとうよしあき)、片桐市正且元(かたぎりいちのかみかつもと)らも

   同様に首筋を猿に叩かれたのは申すまでも無き事ながら、ここでは

   割愛(かつあい)と相成(あいな)ります。

   さて、一連の噂(うわさ)はついに奥州(おうしゅう)の独眼竜(どくがんりゅう)とあだ名された、この人物の

   耳にも入りました。ご存知(ぞんじ)、伊達政宗(だてまさむね)公であります。


政宗:【独り言】

   太閤(たいこう)が猿に袋竹刀(ふくろしない)を持たせ、大名(だいみょう)を打ち据(す)えて悦(えつ)に入(い)っているだと?

   フン、あの狒狒親父(ひひおやじ)め、猿が猿に芸を仕込むとは沙汰(さた)の限りよ…。


   【周囲に向かって】

   いかに殿下(でんか)の御寵愛(ごちょうあい)なされている猿と言えど、我ら大名(だいみょう)を打つとは

   誠にもってけしからぬ仕儀(しぎ)だ。

   このままでは捨て置けぬゆえ、それがしが諫(いさ)めて参ろう。


大名1:だ、伊達(だて)殿、そのような事をしては…!


大名2:そうですぞ! 殿下(でんか)のご逆鱗(げきりん)に触れるようなことがあれば、

    首がいくつあっても足りませぬぞ!


政宗:はっははは、お歴歴(れきれき)のご心配はもっともな事ながら、それがしに

   いささか考えもござるゆえ。

   確か、その猿の世話をしているのは武村三左衛門(たけむらさんざえもん)殿でござったな?


大名1:いかにも、かの仁(じん)が昼夜(ちゅうや)世話(せわ)をしておるとか。


大名2:武村(たけむら)殿も災難じゃ。

    いきなり猿の世話をする羽目(はめ)になるとはのう。


政宗:ふむ…ではお歴歴(れきれき)、それがしはこれより所用がござるゆえ、御免(ごめん)

   。


   【二拍】


   天下を我が物にしてそれで終わりとは…所詮(しょせん)は猿よ。

   わしならば、世界を目指すものを…、おお、ここだな。


   武村(たけむら)殿はおられるか!

   伊達政宗(だてまさむね)にござる!!


武村:こ、これはこれは伊達(だて)様!

   それがしなどの屋敷にいったい、どのような用向きで…?


政宗:なに、近ごろ貴殿は殿下(でんか)より猿の世話を命じられておるとか。


武村:はい、殿下御寵愛(でんかごちょうあい)の猿にございます。


政宗:わしは明日登城(あすとじょう)するのだが、その前に件(くだん)の猿にひと目(め)会(お)うておきた

   くてのう。


武村:せっかくのお申し条(じょう)ではございますが、万一の事あらばそれがしめ

   が腹(はら)掻(か)っ捌(さば)かねばなりませぬゆえ、平(ひら)にご容赦(ようしゃ)を…——


政宗:【↑の語尾をさえぎるように】

   いやいや、分かっておる分かっておる。

   明日、城中でお会いすることになっておるが、前もってお顔だけで

   も拝見したいのじゃ。

   無論、ただでとは言わぬ。


   【背後に控える家来に向かって】

   おいッ、菓子折りをお渡ししろ!


   いや、手土産(てみやげ)代わりと言っては何だが、山吹色(やまぶきいろ)の菓子を持参いたし

   た。

   これじゃ、【若干強調して】快(こころよ)く納めてくれい。


武村:は…菓子でございますか……ッッッ!!?

   【つぶやく】

   こ、これは、小判ではないか!!?

   しかもこんな大枚(たいまい)を…!


政宗:二百ほど持参いたしたゆえ、家中一党(かちゅういっとう)に振舞(ふるま)ってやるとよろしかろ

   う。

   そういうわけで…よろしいかな?


武村:は、ははっ。

   では、こちらへ…。   


語り:いつの世にも袖(そで)の下というものはございまして。

   地獄の沙汰(さた)も金次第、政宗(まさむね)公から二百両という大金を受け取った

   武村(たけむら)は、いそいそと猿のいる鳥屋(とや)の前まで案内したのであります。


武村:伊達(だて)様、こちらでございます。


政宗:ほう、鳥屋(とや)があるな。

   この中におるのか?


武村:はい。

   賢いと申してもなにぶん猿でございますれば、何かの拍子(ひょうし)に逃げ出

   さぬとも限らぬゆえ、こうしておる次第でございます。


政宗:なるほどのぉ。

   いや、お役目ご苦労にござる。


武村:ではそれがしは下がっておりますゆえ、ご用が済み次第(しだい)お呼びくだ

   され。


政宗:おう、承知した。


   【二拍】


   さて…。


   【扉を勢いよく開け放ち】

   ッッ!!

   これッ、その方(ほう)か!!

   殿下(でんか)の命(めい)とはいえ、大名(だいみょう)どもを袋竹刀(ふくろしない)で打ち据(す)えておるのは!!

   ぬんッ!!


猿:ウギャッ、ギャギャギャッ!!?


政宗:わしが他の大名(だいみょう)どもに代わって懲(こ)らしめてくれるわ!!

   でええええいッッ!!


猿:ウギャャャァァーーーー!!


語り:政宗(まさむね)公、鳥屋(とや)の扉を勢いよく開け放つや否(いな)や、中にいた猿の首筋を

   むんずと引っ掴(つか)み、畳(たたみ)の目にまるで大根でもすりおろすかのように

   ゴシゴシゴシゴシと鼻の頭が尻と同じくらい赤くなるまで擦(こす)り付け

   たのです。

   猿が大人(おとな)しくなったのを見て、政宗(まさむね)公はぐいっと己の顔を猿の目の

   前へ持って行きます。


政宗:よいか。

   明日登城(あすとじょう)の折、もし万一わしを打てば決して捨て置かぬぞ。

   その場において八(や)つ裂(ざ)きに引ッ裂いてくれる!!

   この顔をよぉく覚えておけ! よいかッッ!!


猿:ギッ、ギギィッ!


政宗:分かったか? 分かったなら、大人(おとな)しゅう入っておれッッ!


   【二拍】


   これでよし…。


語り:さて明(あ)くる日、政宗(まさむね)公は威儀(いぎ)を正して大阪城へ登城(とじょう)。

   いよいよ太閤殿下(たいこうでんか)へのお目通(めどお)りです。


政宗:伊達越前守政宗(だてえちぜんのかみまさむね)にござりまする。

   殿下(でんか)にはうるわしきご尊顔(そんがん)の態(てい)を拝し、恐悦至極(きょうえつしごく)に存じ奉(たてまつ)ります。


秀吉:おぉおぉ、伊達(だて)殿か! よぉ来られた!

   ささ、ずっと近(ちこ)う!


政宗:ははっ。


秀吉:よし…行けッ。


政宗:【つぶやく】

   来たな…!

   ぬぅぅぅッッ…!!


猿:う、ウキャッ!!?


秀吉:む? なぜ打たん?

   しかも政宗(まさむね)めの睨(にら)み返しに怯(おび)えて逃げ戻ってくるとは…?

   行けッ。


猿:キ、キキッ…!


政宗:ぬぅぅぅぅ…!


猿:キキッ…キキャッ…!


秀吉:むむぅ?

   なぜじゃ、なぜ行かん?

   ——えぇい行けッ。


政宗:ぬぅぅぅぅッ…!


秀吉:行けッ。


政宗:ぬぅぅぅぅッッ…!


秀吉:行けッ。


語り:猿行けッ、行きゃ睨(にら)まれて戻りゃ猿行け、

   行きゃ睨(にら)まれて戻りゃ猿行け……。

   秀吉(ひでよし)と政宗(まさむね)、意地(いじ)の張り合いの板挟(いたばさ)み、

   その間を行ったり来たりの猿が一番辛かった。

   そこで歌が出来たとさ。

  

   「猿とは、辛いね」

   ♪てなことおっしゃいましたかね~。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


桐のーうだん

森乃福郎(初代)


落語散歩 http://sakamitisanpo.g.dgdg.jp/

落語ばなし https://rakugonobutai.web.fc2.com/index.html

世紀末亭 http://kamigata.fan.coocan.jp/index.htm


※用語解説


・東雲(しののめ)節

1900年(明治33)頃から流行したはやり唄。

源流は演歌師の鉄石・不知山人の「ストライキ節」。

名古屋の娼妓東雲が米人宣教師の助力で退楼した事件によるという。また、

熊本県二本木遊郭の「東雲楼」でのストライキから、ともいうが、どちらも

信憑性はない。


・べんちゃら

おべっか。追従(ついしょう)。世辞。おもねりへつらうこと。

口先ばかりのお世辞を言って相手にへつらうこと。弁巧をもってチャラチャ

ラ言う意から出た言葉か。東京ではおもに上役におべっかを使う嫌な奴の意

に用いているが、大阪ではその意味がずっと軽くなって、単なる世辞の意に

使う。


・羽二重(はぶたえ)

経(たて)・緯(よこ)糸に撚りをかけない生糸を用いて平織りにした、

あと練りの絹織物。柔らかく上品な光沢がある。着尺・羽尺・胴裏地などに

用いる。


・踏込袴(ふんごみばかま)

踏込袴は裾を次第に細く仕立てたもので裾細袴ともいう。

信長、秀吉の頃から直垂(ひたたれ)の下に用いていたともいわれ、

野袴の一種であり徳川時代には半袴の代わりに武士の用いるものとなった。


・角襟(かくえり)

和服で方形の襟。道行などの襟。


・中啓(ちゅうけい)

儀式の際に用いる扇。親骨の先を外側に曲げ、閉じた扇の先が中びらきに

なっているもの。


・袋竹刀(ふくろしない)

竹刀の一種。

竹を割って束ね、革袋をかぶせて刀に模したもの。

新陰流・柳生流で多く用いられた。


・恐悦(きょうえつ)

かしこまり喜ぶこと。感謝を述べるときに多く用いる。

「恐悦至極に存じます」


・言い条(じょう)

言うべきことがら。言い分。

「とは言い条」の形で、とはいうものの。とはいっても。言う条。


・捨て置く

捨てておく。ほうっておく。取り上げない。




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