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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「太閤の猿」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/06/30


落語声劇「太閤たいこうの猿」


台本化:霧夜きりやシオン@吟囁亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約30分


必要演者数:最低4人

      (0:0:4)

      (4:0:0)【性別準拠人数比率】

      (3:1:0)

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって、性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


●登場人物


豊臣秀吉とよとみひでよし:ご存知ぞんじ、猿に似ていると言われた男で、一度は天下を統一し、

     朝廷から関白太政大臣かんぱくだじょうだいじんの位をさずかった、天下人てんかびと

     百姓あがりから登り詰めた、出世話の引き合いによく出される

     人物。


曾呂利新左衛門そろりしんざえもん:実在の人物かは怪しまれているが、さかい会合衆えごうしゅうの一人で

        一度は綺麗きれい家財かざいを使い果たしてのち、鞘師さやし(刀のさや

        作る職人)となった男。

        刀の刀身がさやを出入りする際にそろり、そろりと音がし

        ない事を自慢の種として曽呂利新左衛門そろりしんざえもんと名乗るように

        なる。信長の死後、堺衆さかいしゅうが街を上げて秀吉ひでよしの後ろだて

        なった時、千利休せんのりきゅうらと共に仕えて御伽衆おとぎしゅうとなった、

        頭脳のえ鋭い人物。


福島正則ふくしままさのり秀吉ひでよし子飼こがいの武将で、非常に気性の荒い人物。

     賤ケ岳七本槍しずがたけしちほんやり筆頭ひっとうに挙げられる男。

     実母じつぼ秀吉ひでよしの母の妹にあたる。


加藤清正かとうきよまさ秀吉子飼ひでよしこがいの武将で、福島正則ふくしままさのりと並ぶ武勇の持ち主。

     賤ケ岳七本槍しずがたけしちほんやりの一人。熊本城を築城し、内政面にも優れた才覚

     を発揮したことで領土の民から後に清正公せいしょうこう、神としてあがめられ

     る。


伊達政宗だてまさむね:二十年早く生まれていれば天下を取っていたかもしれない、と

     評される人物。幼い頃に病の為片目を失っている。この為、

     奥州おうしゅう独眼竜どくがんりゅうとあだ名される。秀吉ひでよし小田原征伐おだわらせいばつを期に帰順し

     ている。


武村三左衛門たけむらさんざえもん:詳細は不明。この落語の創作の人物と思われる。


百姓:丹波たんばの国(現在の兵庫県篠山市(多紀郡)、氷上郡と京都府の三市

   三郡の総称で、一般的には兵庫丹波、京都丹波と呼ばれている)で

   白い毛の猿と共に生活している百姓。


猿:丹波たんばの百姓と共に日々暮らしていたのだが、曽呂利新左衛門そろりしんざえもんが訪れた

  のを契機けいき身上しんじょうが恐ろしいほど変わってしまう。


※名前だけ登場

加藤嘉明かとうよしあき豊臣秀吉とよとみひでよしの臣。賤ヶ岳七本槍しずがたけしちほんやりの一人。

     のちに変転し、徳川政権に仕える事となる。


片桐且元かたぎりかつもと豊臣秀吉とよとみひでよしに仕え、賤ヶ岳七本槍しずがたけしちほんやりの一人。

     後に秀吉の子・秀頼ひでより後見役こうけんやくとなる。


●配役例

秀吉・百姓:

曽呂利・政宗:

清正・大名1・武村・猿:

正則・大名2・語り(枕含む):


※:猿は台本的に違和感のない部分であれば、

  台詞の無い所でも鳴いてOKです。



枕:明治の昔にこんな流行歌がございました。

  「♪何をくよくよ川端柳かわばたやなぎ、焦がるる何としょ

  水の流れを見て暮らす、東雲しののめのストライキ

  さりとは辛いね、てなこと、おっしゃいましたかね~ 」

  これは東雲節しののめぶしと言いまして、当時、名古屋の旭新地あさひしんちと言う所に遊郭ゆうかく

  あったんですが、そこで働いている女性の方々がストライキをやった

  、その際にできた歌でございます。

  しかし、その源流はさらに昔の安土桃山あづちももやまの時代、豊臣秀吉とよとみひでよし天下人てんかびと

  して権勢けんせいを誇り、周囲を睥睨へいげいしていた頃にあるのだそうです。

  ここはひとつ、歴史探訪れきしたんぽうという形でルーツを探ってみましょう。

  てなわけで早速さっそくやってまいりました、五層八階ごそうはちかい豪華絢爛ごうかけんらんたる大阪城

  、太閤秀吉たいこうひでよしの居間にて。


秀吉:これ、新左衛門しんざえもん


曽呂利:はっ。


秀吉:世間にはへつらう、ということがあるが、

   それは良き事か、しき事か、どうじゃな?


曽呂利:恐れながら申し上げます。

    へつらうというのは下世話げせわで申しますと、喉元のどもとに入るという事、

    いわゆるおべんちゃらにてございます。

    へつらうのはしき事ゆえ、武士ぶしにおきましてはむべきことと

    ぞんじます。


秀吉:ふむ。

   ならばそちは、へつらわぬな?


曽呂利:申すまでも無き事、いかで殿下でんかの前でへつらいましょうや。


秀吉:では新左しんざ、そちに問うが、世間ではが猿に似ていると申しておる

   そうじゃな。

   それは誠か?


曽呂利:!!


語り:いくらへつらうな、おべんちゃら言うな、と忖度禁止そんたくきんしされてるとは

   いえ、目の前に猿面冠者さるめんかじゃとあだ名された、猿そっくりな顔があるわ

   けです。

   けれど正直に「いかにも左様さようでございます。」などと言ったが最期さいご

   、即刻そっこく打ち首はまぬがれない。

   実際に聚楽第じゅらくだいの壁に批判の落書きをされた時、秀吉ひでよしは当日警備して

   いた者十七人と、下手人げしゅにん探しの際に直接は関わりのなかった六十名

   以上を、六条河原ろくじょうがわら処刑しょけいしたくらいです。

   しかしそこは堺衆さかいしゅうの中でも一、二を争う頭のキレを持つ曽呂利新左そろりしんざ

   衛門えもんまして答えます。


曽呂利:恐れながら申し上げます。

    殿下でんかが猿に似ている、という事ではございませぬ。

    猿が幸いにも、殿下でんかに似たものかと存じまする。


秀吉:ほう、なるほどの。

   が猿に似ているのではなく、猿の方がに似ていると申すか。

   面白い。ならば新左しんざ、そちに命ずる。

   にそっくりな猿を探して参れ!


曽呂利:はっ、ははぁーッ!


語り:さぁ難儀なんぎなのは新左衛門しんざえもんです。

   あちこちさがしまわってどんな猿を連れて来てみても、

   顔はぴったり似ている。

   しかしその他にもう一つ、同じでなければならないというのがあり

   ました。


曽呂利:むむむ…顔はどれも同じだが、背丈せたけが合わぬ…!

    とはいえあまり殿下でんかをお待たせすると、今度はこっちの首が飛ん

    で背丈せたけが合わぬ、などという事にもなりかねぬ…。


武村:おお、ここにおったか!


曽呂利:これは武村たけむら様、いかがなされました?


武村:見つかったぞ新左しんざ


曽呂利:えっ! 見つかったとは!?


武村:丹波たんばじゃ!

   丹波たんばの国に住む百姓が、殿下でんかによく似た背丈格好せたけかっこうの猿と暮らしてお

   るそうだ!


曽呂利:なんと、これは吉報きっぽうでございますぞ!

    武村たけむら様、よくぞ捜し出して下さりました!

    曽呂利新三そろりしんざ、これこの通り、感謝申し上げまする!


武村:ははは、もっとありがたがっても良いぞ!

   して、すぐに向かうのか?


曽呂利:無論むろんにございます。

    他の者の耳に入る前にソロリとひとち、

    新左しんざめがその猿をゆずってもらって参りましょう。


武村:うむ、それがしは他につとめがあるゆえ、大阪を離れられぬ。

   そなたがやらねばなるまい。


曽呂利:万事ばんじお任せあれ。

    では、支度したくにかかりますゆえ、これにて…。


語り:条件を満たした猿をついに探し当て、曽呂利そろりははやる気持ちをおさ

   丹波たんばの国へと乗り込みました。


曽呂利:この家だな。

    猿は…おお、あれか!

    確かに背丈せたけも同じだ!


百姓:どなたかね?

   見慣れねえお方だが、どちらから来られただか?


曽呂利:おお、こちらの家主やぬしか。

    わしはさかい曾呂利新左衛門そろりしんざえもんと申して、太閤殿下たいこうでんか御伽衆おとぎしゅうを務めて

    おる者じゃ。

    実は今日は、家主やぬし殿に頼みのがあってまかり越した次第で。


百姓:えっ、た、太閤殿下たいこうでんかの!?

   天下様てんかさまがい、いったい、何のご用で?


曽呂利:実は殿下でんかがその猿をご所望しょもうゆえ、ゆずってもらいたいのじゃ。

    ただでとは申さぬ。

    三百両ならばどうであろうか?


百姓:さ、さ、さ、三百両で!?

   そ、それでしたらえぇ、そりゃあもう、喜んでおゆずりしますだ。


曽呂利:おお、これでわしの首もつながった!


百姓:? 首がつながった…てのは、どういうわけで?


曽呂利:ああいや、お気になされるな。

    では、確かにこの猿は引き取りますぞ。


語り:かくして曽呂利そろりは猿を連れて大阪に戻ると、さっそく目通めどおりします

   。秀吉ひでよし一目ひとめ見ていたく気に入った様子。

   

秀吉:おおぉ、い奴じゃの!

   その猿めがにそっくりだと申すか。

   よし、ではその猿をと同じ風体ふうていにし、同じ扱いを致せ。

   良いな!


曽呂利:ははぁーっ。

    では猿殿はこちらへ。


    【二拍】


    まず、お召し替えから参りまする。

    武村たけむら様、ご用意はととのうてござりますか?


武村:うむ、殿下でんかと全く同じ御召おめし物をこれへ用意いたした。

   白羽二重(しろはぶたえの衣類、紫の踏込袴ふんごみばかま角襟かくえりの羽織じゃ。

   これ、女中じょちゅうたちはお召し替えを致せ。


   【二拍】


曽呂利:ふーむ…いやあ…武村たけむら様、これは…。


武村:うむ…、我らは最初の姿から見ておるゆえ良いものの、

   他の者には殿下でんかと見分けがつかぬぞ…まるで影武者じゃ。

   おお、どうやら終わったようだな。

   では、最後に中啓ちゅうけいを持たせて…。


曽呂利:いざ、殿下でんかに再び拝謁はいえついたさせましょう。

    【二拍】

    殿下でんか、用意が整いましてございまする。


秀吉:おお、入って参れ!

   【二拍】

   ん? んんん?

   おおぉ! これは面白い!

   よしッ、それでは武村三左たけむらさんざ、そちの家へ預けるゆえ、

   と思うて粗略そりゃくの無いように致せよ!


武村:はっ、ははぁぁーーッッ!!


語り:こうして太閤豊臣秀吉たいこうとよとみひでよしそっくりの猿が誕生したわけです。

   曽呂利そろりは災難のお役御免やくごめん、次は武村三左衛門たけむらさんざえもんが引き受ける羽目はめにな

   ってしまいました。

   同じ人間を預かるのと違って相手は猿、しかも太閤秀吉たいこうひでよし寵愛ちょうあいとき

   ている上に、と同じ扱いをせよとのおまけつき。

   猿に万一のことあれば自分の切腹せっぷくのみならず、一族にわざわいが及ぶやも

   しれません。


武村:むむむ、参ったのう…。

   よし、まずは鳥屋とやを作って四方に見張りを立たせねばなる

   まい。

   それから三度の食事は殿下でんかと同じものを用意するよう、お台所に

   伝えねばならん。


曾呂利:武村たけむら様、殿下でんかおおせにて、本日より毎日猿を連れての元へ参る

    ように、とのことです。


武村:そうか…相分あいわかった。


   【二拍】


   殿下でんか、猿めを連れてまいりましてございます。


秀吉:おお、来たか!

   今日はの、城の百閒廊下ひゃっけんろうかを歩かせてみようと思うての。


武村:は、はぁ…。


秀吉:よし、付いて参れ!


   【二拍】


   よいか、そちはの少し後を余と同じように歩くのじゃ。


武村:で、殿下でんか、これはいったい…。


秀吉:まぁ見ておれ。

   

大名1:おお、向こうから来られるのは殿下でんかではないか。

    ははぁーっ。


秀吉:んっ、よぉ来たの!

   後から来るのはの猿じゃ。


大名1:おお、これが殿下でんか寵愛ちょうあいの猿めにござりまするか!

    ははぁーっ。

    いやあ、殿下でんかによく似ておりまするなぁ。


秀吉:そうであろう、そうであろう。

   んっ、大儀たいぎである!


大名1:ははぁーっ。


秀吉:と猿に二度頭を下げおった。

   …! そうじゃ! 面白いことを思いついたぞよ。


武村:(またよからぬことではあるまいか…。)


語り:それから4、5日同じことを繰り返したあと、何を思ったか、

   今度は猿を先頭に立て、自分はその後ろを歩いたのである。


秀吉:ふふふ、よもや順番が入れ替わっているとは思うまい。


大名2:おっ、これはいかん、殿下でんかがお越しになられた。

    ははぁーっ。


秀吉:こりゃこりゃ、それはの猿じゃ。

   はここじゃぞ。


大名2:うっ、こ、これはとんだご無礼ぶれいを!!

    なにとぞお許しくださいませ!!


秀吉:ははは、よいよい。

   こころみは大成功じゃ、ははは!


大名2:は、はぁ…。


武村:(やっぱりよからぬことだった…)


語り:とまぁ、しょうもない事で喜んでいましたが、偉い人という者は

   えてしてそんな面があるものです。

   やがてそれにも飽きた秀吉ひでよしは、今度は袋竹刀ふくろしないを猿に持たせ、

   人の首筋を打ちえるという、物騒ぶっそうな芸を仕込しこんだのでございま

   す。


武村:ここ数日、殿下でんかが何やらまた猿に仕込しこんでいたようだが…。

   またよからぬことでは…。


   おしにより、参上いたしました。

   殿下でんか武村三左衛門たけむらさんざえもんまかり越してございます。


秀吉:おお武村たけむら、参ったか!

   【猿に向けて】

   よし、行けッ。


武村:?

   っづぅっっ!?!


秀吉:うきゃきゃきゃ、どうじゃ武村たけむら

   の合図で、こやつに袋竹刀ふくろしないで人の首筋を打つことを仕込しこんだのじ

   ゃ!


武村:(ああ、またしても…。)

   さ、さようでございましたか。

   さすがは殿下でんか寵愛ちょうあいの猿、物覚ものおぼえが良うござりまするなぁ。


秀吉:うむ、に似ておるのは風体ふうていだけでなく、き上がる知恵の泉もで

   あったようじゃのぉ!

   よし三左さんざ、そちはわきひかえておれ。

   今から清正きよまさ目通めどおりに参るゆえな。


清正:殿下でんか加藤主計頭清正かとうかずえのかみきよまさにござりまする!


秀吉:おお~清正きよまさ! よぉ来たのぉ!

   さ、ずっとちこう!


清正:ははっ。


   【一拍】


   うるわしきご尊顔そんがんはいし、恐悦至極きょうえつしごくに存じ上げたてまつりまする。


秀吉:うむ!

   【猿に向けて】

   よし、行けッ。


清正:?

   !!?ッッッ!!

   こ、これは殿下でんか寵愛ちょうあいの!

   ははぁ~ッ。


秀吉:うきゃきゃきゃ、清正きよまさもこやつの前では形無かたなしじゃの!

   どれ、次は確か、正則まさのりが来るはずじゃな!


正則:殿下でんか! 福島左衛門尉正則ふくしまさえもんのじょうまさのりまかり越してございます!!


秀吉:おおっ、正則まさのりもよぉ来たのぉ!

   これへこれへ!


正則:はっ!


   【一泊】


   殿下でんかにはうるわしきご尊顔そんがんていはいし、誠に恐悦至極きょうえつしごく!!


秀吉:うむ!

   【猿に向けて】

   よし、行けッ。


正則:??

   !!?ゥっヌッ!!

   な、何ごとじゃ!?


清正:【声を抑えて】

   左衛門尉さえもんのじょう殿、ご辛抱しんぼうでござる!

   殿下でんか寵愛ちょうあいの猿めにござるぞ!


正則:う、うぐぬぬ…!

   【声を抑えて】

   済まぬ主計頭かずえのかみ、よくぞ止めてくれた。

   感謝いたす。


   これはこれは殿下でんか御寵愛ごちょうあいの猿めにござりましたか!

   ははぁ~ッ!


秀吉:うきゃきゃきゃきゃ、これは面白いわい!!

   どぉれ、他の者にも試してみるかのう!


語り:いやはや、配下の大名達にしてみればさんざんな有様ありさまで。

   猿がいかなる事をしたとて、殿下でんかの顔色をうかがって怒るにも怒れ

   んわけでございます。

   このあと登城とじょうした同じ賤ケ岳七本槍しずがたけしちほんやり加藤嘉明(かとうよしあき)片桐市正且元(かたぎりいちのかみかつもと)らも

   同様に首筋を猿に叩かれたのは申すまでも無き事ながら、ここでは

   割愛かつあい相成あいなります。

   さて、一連のうわさはついに奥州おうしゅう独眼竜どくがんりゅうとあだ名された、この人物の

   耳にも入りました。ご存知ぞんじ伊達政宗だてまさむね公であります。


政宗:【独り言】

   太閤たいこうが猿に袋竹刀ふくろしないを持たせ、大名だいみょうを打ちえてえつっているだと?

   フン、あの狒狒親父ひひおやじめ、猿が猿に芸を仕込むとは沙汰さたの限りよ…。


   【周囲に向かって】

   いかに殿下でんか御寵愛ごちょうあいなされている猿と言えど、我ら大名だいみょうを打つとは

   誠にもってけしからぬ仕儀しぎだ。

   このままでは捨て置けぬゆえ、それがしがいさめて参ろう。


大名1:だ、伊達だて殿、そのような事をしては…!


大名2:そうですぞ! 殿下でんかのご逆鱗げきりんに触れるようなことがあれば、

    首がいくつあっても足りませぬぞ!


政宗:はっははは、お歴歴れきれきのご心配はもっともな事ながら、それがしに

   いささか考えもござるゆえ。

   確か、その猿の世話をしているのは武村三左衛門たけむらさんざえもん殿でござったな?


大名1:いかにも、かのじん昼夜ちゅうや世話せわをしておるとか。


大名2:武村たけむら殿も災難じゃ。

    いきなり猿の世話をする羽目はめになるとはのう。


政宗:ふむ…ではお歴歴れきれき、それがしはこれより所用がござるゆえ、御免ごめん

   。


   【二拍】


   天下を我が物にしてそれで終わりとは…所詮しょせんは猿よ。

   わしならば、世界を目指すものを…、おお、ここだな。


   武村たけむら殿はおられるか!

   伊達政宗だてまさむねにござる!!


武村:こ、これはこれは伊達だて様!

   それがしなどの屋敷にいったい、どのような用向きで…?


政宗:なに、近ごろ貴殿は殿下でんかより猿の世話を命じられておるとか。


武村:はい、殿下御寵愛でんかごちょうあいの猿にございます。


政宗:わしは明日登城あすとじょうするのだが、その前にくだんの猿にひとうておきた

   くてのう。


武村:せっかくのお申しじょうではございますが、万一の事あらばそれがしめ

   がはらさばかねばなりませぬゆえ、ひらにご容赦ようしゃを…——


政宗:【↑の語尾をさえぎるように】

   いやいや、分かっておる分かっておる。

   明日、城中でお会いすることになっておるが、前もってお顔だけで

   も拝見したいのじゃ。

   無論、ただでとは言わぬ。


   【背後に控える家来に向かって】

   おいッ、菓子折りをお渡ししろ!


   いや、手土産てみやげ代わりと言っては何だが、山吹色やまぶきいろの菓子を持参いたし

   た。

   これじゃ、【若干強調して】こころよく納めてくれい。


武村:は…菓子でございますか……ッッッ!!?

   【つぶやく】

   こ、これは、小判ではないか!!?

   しかもこんな大枚たいまいを…!


政宗:二百ほど持参いたしたゆえ、家中一党かちゅういっとう振舞ふるまってやるとよろしかろ

   う。

   そういうわけで…よろしいかな?


武村:は、ははっ。

   では、こちらへ…。   


語り:いつの世にもそでの下というものはございまして。

   地獄の沙汰さたも金次第、政宗まさむね公から二百両という大金を受け取った

   武村たけむらは、いそいそと猿のいる鳥屋とやの前まで案内したのであります。


武村:伊達だて様、こちらでございます。


政宗:ほう、鳥屋とやがあるな。

   この中におるのか?


武村:はい。

   賢いと申してもなにぶん猿でございますれば、何かの拍子ひょうしに逃げ出

   さぬとも限らぬゆえ、こうしておる次第でございます。


政宗:なるほどのぉ。

   いや、お役目ご苦労にござる。


武村:ではそれがしは下がっておりますゆえ、ご用が済み次第しだいお呼びくだ

   され。


政宗:おう、承知した。


   【二拍】


   さて…。


   【扉を勢いよく開け放ち】

   ッッ!!

   これッ、そのほうか!!

   殿下でんかめいとはいえ、大名だいみょうどもを袋竹刀ふくろしないで打ちえておるのは!!

   ぬんッ!!


猿:ウギャッ、ギャギャギャッ!!?


政宗:わしが他の大名だいみょうどもに代わってらしめてくれるわ!!

   でええええいッッ!!


猿:ウギャャャァァーーーー!!


語り:政宗まさむね公、鳥屋とやの扉を勢いよく開け放つやいなや、中にいた猿の首筋を

   むんずと引っつかみ、たたみの目にまるで大根でもすりおろすかのように

   ゴシゴシゴシゴシと鼻の頭が尻と同じくらい赤くなるまでこすり付け

   たのです。

   猿が大人おとなしくなったのを見て、政宗まさむね公はぐいっと己の顔を猿の目の

   前へ持って行きます。


政宗:よいか。

   明日登城あすとじょうの折、もし万一わしを打てば決して捨て置かぬぞ。

   その場においてきに引ッ裂いてくれる!!

   この顔をよぉく覚えておけ! よいかッッ!!


猿:ギッ、ギギィッ!


政宗:分かったか? 分かったなら、大人おとなしゅう入っておれッッ!


   【二拍】


   これでよし…。


語り:さてくる日、政宗まさむね公は威儀いぎを正して大阪城へ登城とじょう

   いよいよ太閤殿下たいこうでんかへのお目通めどおりです。


政宗:伊達越前守政宗だてえちぜんのかみまさむねにござりまする。

   殿下でんかにはうるわしきご尊顔そんがんていを拝し、恐悦至極きょうえつしごくに存じたてまつります。


秀吉:おぉおぉ、伊達だて殿か! よぉ来られた!

   ささ、ずっとちこう!


政宗:ははっ。


秀吉:よし…行けッ。


政宗:【つぶやく】

   来たな…!

   ぬぅぅぅッッ…!!


猿:う、ウキャッ!!?


秀吉:む? なぜ打たん?

   しかも政宗まさむねめのにらみ返しにおびえて逃げ戻ってくるとは…?

   行けッ。


猿:キ、キキッ…!


政宗:ぬぅぅぅぅ…!


猿:キキッ…キキャッ…!


秀吉:むむぅ?

   なぜじゃ、なぜ行かん?

   ——えぇい行けッ。


政宗:ぬぅぅぅぅッ…!


秀吉:行けッ。


政宗:ぬぅぅぅぅッッ…!


秀吉:行けッ。


語り:猿行けッ、行きゃにらまれて戻りゃ猿行け、

   行きゃにらまれて戻りゃ猿行け……。

   秀吉ひでよし政宗まさむね意地いじの張り合いの板挟いたばさみ、

   その間を行ったり来たりの猿が一番辛かった。

   そこで歌が出来たとさ。

  

   「猿とは、辛いね」

   ♪てなことおっしゃいましたかね~。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


桐のーうだん

森乃福郎(初代)


落語散歩 http://sakamitisanpo.g.dgdg.jp/

落語ばなし https://rakugonobutai.web.fc2.com/index.html

世紀末亭 http://kamigata.fan.coocan.jp/index.htm


※用語解説


東雲(しののめ)

1900年(明治33)頃から流行したはやり唄。

源流は演歌師の鉄石・不知山人の「ストライキ節」。

名古屋の娼妓東雲が米人宣教師の助力で退楼した事件によるという。また、

熊本県二本木遊郭の「東雲楼」でのストライキから、ともいうが、どちらも

信憑性はない。


・べんちゃら

おべっか。追従(ついしょう)。世辞。おもねりへつらうこと。

口先ばかりのお世辞を言って相手にへつらうこと。弁巧をもってチャラチャ

ラ言う意から出た言葉か。東京ではおもに上役におべっかを使う嫌な奴の意

に用いているが、大阪ではその意味がずっと軽くなって、単なる世辞の意に

使う。


羽二重はぶたえ

(たて)(よこ)糸に撚りをかけない生糸を用いて平織りにした、

あと練りの絹織物。柔らかく上品な光沢がある。着尺・羽尺・胴裏地などに

用いる。


踏込袴(ふんごみばかま)

踏込袴は裾を次第に細く仕立てたもので裾細袴ともいう。

信長、秀吉の頃から直垂(ひたたれ)の下に用いていたともいわれ、

野袴の一種であり徳川時代には半袴の代わりに武士の用いるものとなった。


角襟(かくえり)

和服で方形の襟。道行などの襟。


中啓(ちゅうけい)

儀式の際に用いる扇。親骨の先を外側に曲げ、閉じた扇の先が中びらきに

なっているもの。


袋竹刀ふくろしない

竹刀の一種。

竹を割って束ね、革袋をかぶせて刀に模したもの。

新陰流・柳生流で多く用いられた。


恐悦きょうえつ

かしこまり喜ぶこと。感謝を述べるときに多く用いる。

「恐悦至極に存じます」


・言いじょう

言うべきことがら。言い分。

「とは言い条」の形で、とはいうものの。とはいっても。言う条。


・捨て置く

捨てておく。ほうっておく。取り上げない。




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