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飲み会文化

作者: 雉白書屋

「あ、ソレ! ソレ! ソレソレソレソレ! かぁんっぷぁぁぁーい!」


 この夜。名も知らぬ一軒の居酒屋の座敷席にて

新入社員歓迎会を兼ねた飲み会が行われていた。

 

 と、まあ、店の名を知らないのは暖簾をくぐったくせに覚えていない自分のせいだが

そんなことはどうでもいい。いちいち覚える意味もない。


「ウオッホイ! きたきたきたきたーん!」


「あ、どうも部長」


「ヘイヨー! 俺はブチョー! 新人を引き連れて来た君はまるでタイチョー!

体調不良とか関係ねー! 今夜はチョー飲んで飲んで飲んで飲んでフォオオオオオウ!」

 

 と、会社の新入社員たちを連れて、後から合流した俺は

すでに大変お出来上がりになられた面々に絡まれる運びとなった。

 場に溶け込むために急いでテーブルの上のグラスを手に取り、飲み干す。

 飲めや騒げやの大はしゃぎ。結構な人数がいるので

他の客は少々居心地が悪い様子。チラチラとこちらを見ては軽蔑や嘲笑の眼差し。

だが上司たちはまったく気にしちゃいない。


「ほら、お前たちもまずは飲むんだ」


 と、俺は縮こまっている新人たちに向かってそう言った。

 そして方々に挨拶しに行くよう促す。 

 直属の上司である部長以外にも偉そうな風体

(尤も酔っ払い、見る影もないが)がちらほら。

新人どもはとりあえずと見知った顔に酌をしに行くも、逆に飲まされる始末。

 これもまた風物詩。あの新人どもの困りようといったら何度見ても楽しいものだ。

と、ん……?


「そーいうの時代錯誤なんすよねぇ!」


 と、新人の一人が立ち上がり、そう声を上げた。

どうやらもうかなり酔いが回った様子……でもない。真面目な顔をしている。


「いいですか、そういうのはねぇ! 今の時代――」


 ああ、そうだ。前から思っていたが、あいつ、田畑はどうもお堅い性格のようだ。

 田畑はネットで拾い集めたような意見を

時々、頭の中で思い出すように斜め上に視線をやりつつ語り続けた。

が、上役連中には響いていない。手を叩き「いいぞー!」などと笑っている。

 打っても響かないその様子に田畑はさらに熱を上げたようで止まらない。

 無意味だというのに。刃の無い刀で雑草を撫でているようなものだ。


「がはははははっ!」「しょーいうのはぁねぇ! ネェネェネェ!」

「あ、それ、田畑踊りでございやすぅ!」「はははははははっ!」

 

 上司連中は田畑を笑い、その主張に合わせて踊り、モノマネし……と

その中に冷静な視線。我が部長が俺に目で申されている。


『やれ』

『承知しました』


「いいですか! これはアルハラですよアルハ――」


「まあまあまあまあ」


 と俺は笑みを浮かべながら田畑の肩を叩き、ぐっと力を入れ座らせる。

 田畑は俺がこの場をうまく取り成してくれるのだろうと思ったのか

その仏頂面の中に一瞬、フッと安心したような表情を見せた。

彼も彼で振り上げた拳の下ろしどころを見失っていたのだろう。


 ここだよ。


「ひぐぅ!?」


 俺は拳を振り上げ、田畑の顔に叩きこんだ。ワッと沸く店内。

 俺はグラディエーターの如く、歓声に応えるべく拳を振るい続ける。

馬乗りになり、ひぃぃと声を上げる田畑の顔面を容赦なく何度も何度も殴りつけるのだ。


「こんにゃの! パ、うひぃ! ぐふっ! パワハァ! パワヒャラ!」


「おらおらなんだって!? ちゃんと伝えろや新人! 食らえやホウ! レン! ソウ!」


 悪い口は殴って矯正させるに限る。喉を殴りつけると田畑は咳しかしなくなった。

その後もしばらく殴り続け、抵抗しようと顔の前に掲げていた田畑の腕が

パタッと両脇に下りたところで、漏斗で酒を田畑の喉の奥へ流し込んでやり

歯が何本かグラついていたのでついでに抜いてやった。

しかし、もう痛がる素振りも見せない。

 よしよし。これで目を覚ました後、自分の身に何が起きたかわかるまい。

酔って転んだか肩がぶつかった通行人と殴り合いをしたとでも後日、囁いてやれば完璧だ。


 部長のほうを見るとナイスとでも言うように俺に向かって親指を立てた。

 貴方の教えです先輩様。

 俺も新人の頃、今みたいなことをのたまいその後、口を利けなくされた。

今となってはいい思い出だ。

 と、思い出に更けるよりも今は酒だ。再び腰を下ろし、じゃんじゃん飲んだ。

 女性社員の胸を揉みしだき、尻を掴んでも浴びるほど酒を飲ませればモーマンタイ。

 さんざん騒ぎ、笑ったあと、一群は次の店に移動だ。

 田畑は歯抜けのままヘラヘラ笑っている。

股間の部分が湿っているのは酒を飲ませた後か前か、まあ、どちらでもいい。

髪をひっつかんでやると犬みたいに喜んだ。

 他の新人が「もうそろそろ……」「明日も仕事なので……」

と抜かしやがったので横一列に並ばせ平手打ちしてやった。

 これも仕事だ馬鹿野郎。ぶち殺すぞ。

 俺がそう言うと連中は震え上がり下を向いた。

 部長はその様子を見てほっほっほと手を叩いて喜んだ。

 俺は明日明後日と有休をとっておいた。血反吐を吐く覚悟である。


「じゃあ次の店だけ……」とぬかしやがった新人の胃に目掛けて渾身の右ストレート。

新人は、くの字に曲がり嘔吐し、ピカピカの革靴をゲロ塗れにした。

「じゃあ、いつ帰れるんですか……?」

と質問した女新人の耳を掴んで引っ張り

「こうなったらなぁ!」

と、大の字になってゲロを吐いたまま寝ている俺の同期である飯野の前へ突き出す。

そして、耳を掴んでいた手を頭に持ち替え

ゲロ塗れの飯野の口に唇を押し付けてやった。

 女新人が虫みたいに手足をバタつかせ

くぐもった悲鳴を上げたので大笑いしてやった。

 飯野のやつもいい夢見ているようで笑みを浮かべた。

ま、功労者にはこれくらいのご褒美はくれてやらないとな。

聞けば、奴は一昨日かららしい。


 そう、この飲み会は老舗鰻屋のタレのように

継ぎ足し継ぎ足しで連日連夜行われている。

盛り下げないよう、途絶えさせないように抜けては加わりを繰り返しているのだ。

 これが我が社の伝統。

いや、今では噂が噂を呼び、他の会社の社員まで参加するようになった。

そのおかげで商談が決まる決まる。

 尤も、酒のせいで記憶を失くすからここで約束しても無意味だが

楽しかったという想いだけは残るので、次、素面の状態で会った時

異国で、同郷の者に会ったような親近感を抱くのだ。

 そう、これは我が社だけでなくこの国のサラリーマンの伝統。

その伝統の前にはパワーハラスメントなんぞ地面にこびり付き、黒ずんだガムに等しい。

 店から店へ。閉店すれば朝までやってる店へ。

そこが閉店すれば朝から酒を出す店へ。

どうしてもなければ公園で蕾もない桜の木の下で酒盛りだ。

見かけたら是非加わるといい。誰でも大歓迎だ。

 

 歌えや踊れ。大合唱で夜の街を練り歩く。

我々サラリーマンが経済を回し、国を支えているのだ。

 これが伝統。伝統は守らねばならぬ。伝統は無敵。

噂では江戸時代から続いているとかいないとか。


 ……唯一、問題があるとすればそう、今が何次会なのか分からないことだ。

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