宇宙からの帰還
気持ちの良い午後だった。空を見上げれば雲一つない……はずだった。
「あれは何だ」と誰もが目を細め、次に我が目を疑った。
銀色の円盤としか言いようがない。
それがゆっくりと降りてくるではないか。
宇宙人の侵略? 宣戦布告? 交流? 平和の使者?
地上の者はあたふた、てんやわんや……でもない。
数十年前から宇宙事業に力を入れてきた。
いつかこんな日が来るんじゃないかと朧気ながらに対策、マニュアルを作り
それなりの動きができるようにしてあるのだ。
宇宙船の着地予想地点であるマンション建設予定の空き地に
政治家、研究者たちは速やかに向かった。
攻撃することもされることもなく宇宙船は無事着陸。
ドアが開き、中から現れたのは小学生ほどの背丈の者だった。
左右に従者だろうか、その三倍の大きさであろう水色の肌の宇宙人が
一歩分後ろに引いて続く。
なるほど身分の高いものは肌を隠すのだろう。
真ん中の小柄の宇宙人は手はおろか顔まで布で隠している。
しかし、わからないことだらけだ。
いきなり握手を求めることも無作法にあたるかもしれない。
緊張感が高まる中、先に言葉を発したのは宇宙人側だった。
「お出迎え、ありがとうございます。そう緊張なさらなくてもいいですよ。
我々の来訪理由は交流のためですから。友好的なね」
翻訳機か何かだろう。スラスラとその小柄の宇宙人は言った。
これに安堵した応対チームはここでは何だからと一流ホテルを貸し切り
宇宙人たちをもてなした。
食べ物の好みが心配だったが
果物がお気に召したようで終始和やかな雰囲気で会話が進んだ。
が、腹の内は分かったものじゃないのが政治家というもの。
油断させて何か企んでいるんじゃないかとやはり、緊張の糸はピンと張ったままだ。
そのせいかはわからぬが、ホテルのウェイターの足運びに影響が出た。
なんと、自分の足に躓いたのだ。
反射的に伸ばした手は小柄の宇宙人の顔の布に。
そして、ここまで隠されていた顔が露になった。
「チ、チンパンジー?」
ふいに口をついて出た言葉。
無理もない。間違いなくそこに座っているのは地球産。チンパンジー。
これは何かのジョークか? 宇宙のテレビ番組?
黙る一同に向かってチンパンジーはニッと歯を剥き出しにして笑顔を作り、言った。
「さぞ、驚かれたでしょう。そう、私は地球生まれ、地球育ち。そして……
数十年前、宇宙に飛ばされた動物たちの一人ですよ」
地球人類は宇宙事業に力を入れるにあたり、様々な実験。
安全性を確かめるために主に猿をロケットに乗せ、飛ばしてきた。
彼はその内の一匹というわけだ。
そして、一同の頭によぎるは復讐の二文字。
何を言ったものか、唾を飲み込むのが精一杯の一同に向かって
チンパンジーは話を続けた。
「狭いロケットに乗せられ、食料も無く私は宇宙を彷徨いました。
もうお察しでしょう。偶然彼らの宇宙船に拾われ
彼らに面白がられた私は様々な改造手術を施され、こうして高い知能を得たのです。
知名度と少しの人気。それがあれば政治家になることが容易いのは
どこの星も同じようで私はこうして大使まで昇り詰め
地球にやってきたというわけです。私の故郷にね……」
「そ、それで……あの……その……」
「ふふっ。ご安心ください。私は星を代表してここまで来たのです。
彼らはあなた方地球人が打ち解けやすいようにと私に任せてくれたのです。
身勝手な復讐なんて考えてませんよ」
その言葉を聞いた一同は胸を撫で下ろした。
だが、心のどこかで一抹の不安がフッと湧いたのも事実だった。
恨んでいないとは言っていない。
しかし、それを表に出さないその自制心、知性の高さ。
これから色々と交渉が始まる。
いっそのこと復讐心を表に出してくれていた方が
媚びへつらい、上手くやり込めるかもしれないと言うのに
これは相当厄介になって帰ってきたものだ……。
そう考えていた一同の顔を眺め、チンパンジーは紅茶を飲み、フッと息を吐いた。
「……まあ、他の星に回収された者たちはどうか知りませんがね」
「え、他の……?」
「ええ、犬に猫にリクガメにネズミにそれから……」