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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 夏休み篇 長期休暇は己と向き合う時間
92/178

22. カ チ コ ミ

 ファッションショー当日。

 アルスは雀荘で、リリーナの訪れを待っていた。時刻は、午前8時。ファッションショーは昼の15時からなので、まだ時間に余裕はある。

 リリーナの家の状況を見て、1時間早めた集合時刻も、どうやら意味をなさなくなったらしい。アルスがすっと目を伏せて立ち上がると、その周囲へ二人の男が寄ってくる。


「刻限っすか」


 サングラスにアロハシャツ。明らかにカタギではない様相のフェルナンドは、時計をちらりと見て舌打ちをする。


「マジで娘でもない子にそこまでの嫌がらせできるって根性ひん曲がってますね。うちの奴らほどじゃないけど」


 最近仕立てたビジネススーツを身にまとったスレンは、やれやれと言った様子で肩を竦める。どうやら、彼もあの強烈な叔母や従姉たちの洗礼を受けて帰って来たらしい。最初にリリーナを送らせたときは「女って怖ェ」と呟いていた。


「うん。まぁでも、予想通りかな。予想通りであって欲しくなかったけどね。でも、こういうときのために保険はかけた」


 アルスは腕を組んで、目を開けて据わらせた。アルスの不機嫌が伝わると、スレンは「あちゃー」という顔をする。フェルナンドは傍で指をこきこきと鳴らし始めた。


「向こうがその気なら仕方ない。契約違反は咎めなきゃいけない。そういう相手に対して、僕らがとる手段と言えば――つまり話し合い(カチコミ)だよね」

「待ってました。任せといてくださいよ。いざというときは締め上げてでもリリーナの居場所を吐かせるんで」

「俺も、なんかやれそうなことあったら言ってください。社長の命令なら何でもします!」

「適当に泳がせとけばいいよ。考えなしの策謀は自滅するのが常だから。フェーさんは僕の後ろで腕組んで威圧してて。スレンも睨んでくれればそれでいいから。手出しは無用だよ」


 アルスはくすりと微笑むと、オープンの準備をしている雀荘の店長に見送られて、店を出た。

 馬車に乗り込み、向かうはシルファス男爵邸。中央商店街の店からは、リリーナが徒歩で来られるくらいには近い場所だ。

 すぐに馬車を横づけすると、アルスは呼び鈴を鳴らした。すると、顔見知りになった老齢の執事が、アルスの顔を見て少しだけほっとしたような顔をした。


「アルス様……お待ちしておりました。どうか、どうかお助けを……」


 執事がそこまで言ったところで、耳障りな甲高い声が響いて来た。


「リリーナは今日は外に出さないわよ」


 見れば、意地悪な顔をした叔母と、従姉たちがエントランスのドアを開けてこちらを嘲笑っている。アルスはそちらを睨みつけると、執事を手で制して、ゆっくりと彼女らに近づいていく。


「ほう? 彼女はどちらに?」

「言うわけないでしょ。本当に不躾な人たちね。ここはシルファス男爵邸よ。帰って頂戴」

「重ねて言いますが、私は男爵の客人です。居候に過ぎないあなた方と違ってね」

「な! なんですって!」


 もちろん、こちらだって数日、何もせずにいたわけではない。すでに調査は済んでいる。

 彼女たちは男爵籍に入ってすらない。24年前、家を出て平民に嫁いでいる。そのときに男爵籍から抜け、平民籍へと移っている。

 最近になって、嫁入り先と揉め、離縁された。どうやら要因は、夫人と娘たちの散財にあるようだ。平民の稼ぎであんな豪奢な生活を望めば当たり前だがこうなる。嫁入り先が裕福だったのか、この歳になるまで離縁されなかったのが不思議なくらいだ。

 そんな彼女たちは、男爵籍に戻ることを希望して、シルファス男爵家の元を訪れている。しかしながら、出戻りの割にはもう家を出て時間が立ちすぎているし、シルファス男爵家には経済的余裕がない。

 シルファス男爵はそれを渋り、何とか自立して貰おうと四苦八苦しているところだそうだ。


「もとは男爵家の者だろうが、今のあなたはただの平民で居候に過ぎません。私に向かって平民風情が、なんて言葉を吐いてくれましたが、自己紹介だったんですね。それはどうも、ご丁寧にありがとうございました~」

「な、何ですって! 今は平民でも私は男爵家の者なのよ! 身の程を知りなさいよ!」

「あは。籍にも入っていないのに家の者を名乗る。それって、貴族籍詐称って言うんですよ。騎士団に引っ立てられたら10年間の懲役労働刑です。平民が貴族を名乗るのって重罪ですからね」

「はぁ~!?」


 いい感じに煽れている。リリーナの叔母が手をあげようとしたところで、フェルナンドがぎろりと睨みつける。あの巨体と人相の悪さから繰り出される威圧感は、貴族家育ちの娘に耐えきれるものではない。

 叔母がびくりと肩を揺らして手を止めたのを見て、同じように威圧されていた従姉たちが頷き合い、そそくさとどこかへと逃げた。アルスはそちらをちらりと見て、背後の指先で影魔術を発動させると、影の目を彼女らに仕込んだ。


「本当に失礼な人たちね! 人の家の問題に口を出さないで頂戴!」

「でしたら、さっさとリリーナ嬢を出してください。私は男爵令嬢である彼女に用があって来たんですよ。居候のあなたたちに相手をして貰いたいわけでも、ここで時間を無駄に浪費させられたいわけでもないんです」

「だからリリーナは今日は外に出ないって言っているでしょう! しつこいわね、本当に!」

「でしたら、私はあなたを営業妨害で訴えさせて貰わなければ。本日のイベント、リリーナ嬢の出演がなければ、その原因を作ったあなた方に賠償責任を問わなければなりません」

「ば、賠償責任ですって!?」

「当然でしょう。多くの金が動いているビジネスを、あなた方は故意に邪魔をしたんです。さて、あなたに払いきれるでしょうか。この家をまるまる売っても、足りないかもしれませんねぇ」

「お、脅しのつもり!? 平民のくせに、貴族家に吹っ掛けようっての!?」


 話が通じないが、それで十分だ。十分に彼女を怒らせて思考能力を鈍らせた。

 と、そこへこちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえる。ズボンの裾に、草を付けた男爵である。


「アルス殿! 愚妹が、本当に申し訳ない……!」

「お兄様!」

「本当にですよ。いい加減にしてくれません? 子どものおままごとじゃないんですよ」


 アルスは、敢えて男爵に厳しい言葉を選んだ。こうなるまで、彼女たちを放置していた男爵を咎めるつもりで。

 男爵は本当に申し訳ない、と告げて頭を深く深く下げた。すると、叔母はさすがに旗色が悪いと悟ったのか、顔を青くして口を閉ざした。


「まぁ、いいです。今は時間が惜しいので。リリーナ嬢はどちらに?」

「……どこだ。リリーナをどこに閉じ込めた!」

「――っ! 言わないわ! 絶対に言わない! お兄様が私たちを男爵家に置いてくれるって言うなら考えてもいいけどね!」

「お前……ッ! まだそんな戯言を言っているのか! もういい。ことが済んだらお前たちは騎士団に突き出す」

「なっ……じょ、冗談よね、お兄様!? 妹にそんなことしないわよね!?」


 なるほど、とアルスは思う。執拗にリリーナに嫌がらせを繰り返すのは、それを盾にして男爵を脅すつもりだったのだ。

 けれど、リリーナは屈しなかったのだろう。だからこそ、男爵は未だに彼女らを受け入れず、返事を保留している。彼が、実の家族に適切な罰を下す覚悟を持てるまでの、砂上の楼閣。

 と、そこへ、アルスが見ていた影の目に、一つの建物が映る。そこの頑丈な鉄扉の前で、従姉たちは嘲笑うようにくすくすと口元を歪めて何かを叫んでいる。


「話は後です、男爵。この邸宅内に、小さな倉庫くらいの、頑丈な鉄扉の建物はありますか?」

「それは……裏庭の、農園倉庫ですね」

「な……なんで……」

「案内いただけますか? どうやら、囚われの姫君はそちらにいらっしゃるようなので」

「分かりました! どうぞこちらへ」


 アルスは茫然としている叔母を放置し、男爵に導かれて、リリーナの囚われている倉庫へ向かった。裏庭へ行けば、そこには従姉たちが喚いている。


「リリーナ。今からでも仕事を私たちに譲りなさいよ。そうしたら、そこから出してあげる」

「そうよそうよ。あなたには相応しくないわ。スレンくん、超かっこいいし。私、スレンくんにエスコートされたいわ」

「――して! ここ……出し……ッ!」


 頑丈な鉄扉の奥から、微かにリリーナの声が聞こえて、男爵は鬼のごとき形相で倉庫に詰め寄っていった。それに気づいた従姉たちはぎょっとした顔をする。


「お、伯父様……」

「鍵は! 鍵を寄越せ!」

「い、嫌よう。私がファッションショーに出るんだから、リリーナは邪魔なの!」

「まだそんな世迷言を!」

「絶対に渡さないんだから!」


 あの親ありてこの子あり。従姉たちは、どうあっても鍵を渡すつもりはないらしい。アルスは白けた瞳で、醜く言い争う男爵家の面々を見やる。

 フェルナンドがこそっと耳打ちをする。


「どうします。ぶっ壊しますか」

「それが手っ取り早いね」

「うぃっす。じゃあ俺、なんかそれっぽい道具でも探してきます」

「ああ、その必要はないよ」


 アルスはゆっくりと倉庫へと歩み寄っていくと、男爵に語りかける。


「失礼、男爵。後で修理費は補償しますので、どうか無礼をお許しください」

「アルス殿……本当に申し訳ない。もはや私の心は決まりました。一思いに、どうぞ」

「リリーナ、聞こえる? ちょっと扉から離れててね」


 アルスの声に、リリーナは精いっぱいの声で返事をした。アルスはそれを確かめると、指をぱちんと鳴らした。

 アルスの指先に、どす黒い炎のような不定形が揺らめいた。魔力というエネルギーを最大限まで凝縮し、力の塊と化したそれは、闇の力だ。

 混沌とした美しさを湛えたその力に向かい、息を吹きかけると、それは極めて緩慢なスピードで宙を舞う。そして、それが鉄扉に当たったその瞬間――。

 爆弾でも一撃は耐えられそうだというほどの頑丈な鉄扉は、文字通り粉々に吹き飛んだ。


 これが、最強の力を持つ魔術――闇属性の特質である。それ即ち、「破壊」の力。

 光が時間遡行レベルの「再生」だとすれば、闇は理を捻じ曲げる程の「破壊」の力なのだ。


 粉々に吹き飛んだ鉄扉に、従姉たちは体を抱き合ってぶるぶると震えている。あとから追いかけて来た叔母も、芝に崩れ落ちてがくがくと膝を笑わせている。

 アルスは粉塵舞う倉庫に踏み込むと、その奥で手足を縄で縛られているリリーナに歩み寄り、傍に膝を付いて、スーツの内側に隠したナイフを手に取り、縄を切る。

 リリーナはアルスに支えられて、倉庫から出てくると、男爵に向かいへらりと微笑んだ。


「それでは、男爵。本日一日、リリーナ嬢をお借りしますよ」

「はい。本当に申し訳ない、アルス殿。今日中には、全て片付けておきますので」

「ええ、そうしてください。また、ショーが終わったら彼女を送って、話をしましょう」


 アルスはそう告げると、優雅にリリーナをエスコートし、裏庭を脱出した。後ろからまだ何かを言おうとしていた叔母は、フェルナンドとスレンに強く睨みつけられ、そのまま腰を抜かして、口をはくはくと動かすことしかできなかった。

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