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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 夏休み篇 長期休暇は己と向き合う時間
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21. 氷菓と予想外の出来事

「リリーナは甘えん坊だねぇ」

「あ、甘えん坊なわけではありません!」

「どうだろう」


 アルスは今、炎天下を歩いている。隣にはワンピースに着替えたリリーナの姿がある。

 今日は格別に暑く、プリズムホール内も冷風機が効き切らなかった。アルスも魔力を絞りながら冷気を放出するようにしているが、それでもなお暑い。

 休憩時間になり、リリーナがぐったりとしているのを見て、表の通りで氷菓でも買って来たらどうかと提案したところ、どうしてか不安そうなリリーナに乞われ、結局アルスはそれに付き合うことになったのである。


「……初めて来る場所だから、迷わないかが不安なんです」

「こんなに開けた場所なのに?」

「だってアルスの説明があまりにも適当なので」


 通りに出て右にしばらく行って、細い道に入ってすぐ左。

 だいたい伝わると思ったのだが、不親切だっただろうか。アルスは頭を掻いた。

 氷魔術のお陰でアルスはスーツのジャケットを羽織っていても炎天下を歩けるとはいえ、暑いことに変わりはない。自領に比べればましだが、王都は今が夏真っ盛りという様子である。


「はいはい、かわいいかわいい。かわいいリリーナのためなら、少しくらい働きますよー」

「すっごい棒読み……アルスはアイスクリームは好きではないんですか?」

「大好物~。甘い物全般好きだよ」

「それなら、もうちょっと明るい気持ちで付き合ってくれたって……」

「だって暑いんだもん。僕だって休憩時間は小さい部屋でぐったりしてたいよ。まぁ、アイスは悪くないけどね」


 暑さというのは人を怠惰にする。冷風機から生み出される涼しい風に当てられて、許されることなら一日中ぐったりとしていたい。

 アルスとて、仕事がなければ今頃はそういった過ごし方をしているに違いない。


 リリーナを連れて、若い女の子に人気のアイス屋に辿り着くと、銀貨を払って三段積みのアイスクリームを購入した。

 青、赤、白――鮮やかな氷菓はあまりにも夏空に映える。少しでも油断すれば上のものから滑り落ちてしまうので、時間勝負だ。表通りからかすかに見える、路地のベンチに腰を下ろして、リリーナと二人で氷菓を口にする。

 冷たい食感が、ゆっくりと暑さと疲れを癒していく。やはり、夏はこれがなければやっていられない。


「MIYABIなドレス……」

「ん?」

「やっぱり、私ではダメだったみたいです」


 アイスをスプーンで掬いながら、リリーナはぼそりと呟いた。結局、リリーナでもお眼鏡に適わなかったか、とアルスはぼやく。

 デザイナーの理想が高すぎると言ってもいいかもしれない。彼女の望みは、どうやら所作の良さ・教養の高さといったところにあるのだが、モデルはほとんどが平民で、その所作や教養を身に着けている者は一人もいなかった。

 リリーナならばもしやと思っていたのだが、それでもダメとなると、今回のモデルに頼める仕事ではない。彼女には申し訳ないが、諦めて貰うしかないだろうか。

 後でフォローを入れておこう、とアルスは決めて、スプーンに残ったアイスクリームを舐めとった。


「あのドレス、黒い髪が似合うと思うんです」

「黒い髪?」

「瞳も、もっと暗い色の方が。ドレスがとても色鮮やかだから、髪や瞳まで鮮やかだと主張が強くて」

「なるほど。確かに、そういうイメージはあるかもしれないね。でも、リリーナにも似合うと思うよ?」

「ありがとうございます。でも、選ばれなかった。私は未熟、そういうことだと思います」


 それについては、アルスは何とも言えない。彼女の所作は整っては来ているが、未だに下位貴族レベルなのは変わらない。

 生まれた頃から淑女教育を受けている貴族の娘たち――それこそ、リリーナのクラスメイトとは比べるべくもない。

 事実を捻じ曲げてフォローを入れても、誰も幸せにならない。何よりも、リリーナがそれを認めているのだから。


「じゃあリリーナは、このファッションショーで何をしたい?」

「え?」

「着ることを認められなかったドレスがあった。でも、ファッションショーは開催されて、リリーナが着るべきドレスはあるよ」

「そうですね……私は、任せて貰えた仕事を、全力で全うしたいと思っています」


 たまたま、モデルがいなくなってしまった報告を受けた場にいたリリーナは、たまたまアルスに借りがあった。

 そうやって始まったこの雇用関係だったが、リリーナがこの仕事に前向きに取り組んでくれるなら、それはとても嬉しいことだ。

 眼鏡に適わなかった服はあったが、それでも、リリーナは前向きに仕事に向かおうとしている。

 それを確認出来て、アルスはにこりと微笑むと、溶けかけたアイスを喉に流し込んだ。リリーナはそれを見て慌てて、手元で溶けかかっていたアイスを掻き込んだ。


 無事にアイスを食べ終わって、じゃあ帰ろうとリリーナと共に広場に向かう途中、その出来事は起きた。


 道の傍に、一台の馬車が付けられる。黒と金色の馬車が示すのは、高貴な人間が乗っているということ。

 家格に応じて、馬車の豪奢さも変わってくる。黒と金色の馬車は、侯爵家以上の人間が使う馬車だ。そして、そのドアを開けて出て来た人物に、アルスは思わず目を逸らした。


「リリーナ!」

「……ユーウェル殿下」


 第二王子のユーウェルが、馬車から降りてきて、リリーナに歩み寄って来たのだ。リリーナは目を瞬かせている。

 ユーウェルは相も変わらず貴族然とした装いをしていて、非常によく目立つ。後ろに三人の護衛騎士、侍女と侍従が一名ずつ控えているので、すでに足を止めた平民たちがひそひそと話をしているようだ。

 往来ではあまりに目立つ御仁がリリーナを呼び止めたことで、アルスはあまりにも居たたまれなくなった。


「ちょうどよかった。今、リリーナの家に向かっていたのだ」

「わ、私の家に……? 呼んでくだされば、登城いたしましたのに」

「いや……この情報をどう扱うか、まだ王家も決めあぐねていてな。先に伝えておこうということになったのだ」

「それで、殿下が使者に……? わざわざ、私の家まで……?」

「ああ。お前の顔も見たかった」


 全力で惚気をかます第二王子に、リリーナは微かに頬を赤く染める。随分と仲良くなったようだ。

 しかしリリーナははっと気が付いたように小さく首を横に振って、ユーウェルを見上げる。


「殿下……申し訳ありません。私、今は仕事の休憩中で」

「仕事? 働いているのか?」

「はい。明日、そこのプリズムホールで行われるファッションショーで」

「ファッションショー……ああ、確か義姉上が……」

「せっかくご足労頂いたのに、申し訳ありません……」


 アルスは小さく息を吐いた。さすがに、王族からの用事を後回しにさせれば、王家から睨まれそうだ。後ろ盾に王弟がいるとはいえ、職場の事情に融通も付けられないようでは、商会の代表が聞いて呆れる。


「リリーナ。用事は先に済ませた方がいい。少し遅れるくらいなら問題ないよ。今日は確認だけだし」

「アルス……ありがとうございます」

「じゃあ、僕は先に行って皆に伝えて来るから、話が済んだらおいでよ」

「あっ……ま、待っ」


 アルスはこれ幸いとこの場を離れる口実にしようとしたのだが、しかしリリーナに咄嗟にスーツの裾を掴まれてしまう。一刻も早くこの場を離れたいアルスと、どうしてか離れてほしくなさそうなリリーナ。

 今日に限って、どうにも甘えたがりなリリーナに首を傾げつつも、アルスは困った顔で足を止めた。

 その様子を見ていたユーウェルが、やや訝し気に唱えた。


「お前は?」

「――。……」

「直答を許す。答えよ」

「ACE代表、アルスです。リリーナの雇用主で、ファッションショーの主催者です」

「ほう……」


 ユーウェルの顔が、ますます警戒を覚えて歪む。彼は少しばかり正直すぎる。王族にしては、考えていることが全て顔に出てしまうのだ。

 リリーナの近くに自然にいて、リリーナを働かせているアルスに不信感がある。それを、彼は全身で訴えてくる。

 そして、今のやり取りで、アルスが身分ある者だとユーウェルに伝わってしまった。貴族が身分を隠してリリーナに近づいている時点で、ユーウェルから危険人物予備軍に入れられてもおかしくはない。

 この件は、ウルズ大公の耳に入れておこうとアルスは決めたのである。


「……ひとまず、お話をするのであれば、場所を移した方がよろしいのではありませんか? 周囲の人間の注目を引いておりますが」


 もうすでに、平民たちの注目の的となってしまったことに、ユーウェルは気づくと、使用人たちに命じて馬車を移動させ、先ほどの通りよりも広場側にある路地に移動した。

 アルスは離脱のタイミングを図っていたのだが、どうしてかリリーナが放してくれなかった。一体何が不安なのか――ユーウェルとは、懇意にしているだろうに。

 ユーウェルはアルスの存在を気にする素振りを見せる。アルスは小さくため息を吐いて、軽く耳を押さえた。


「耳に入れないようにするので、お話をどうぞ」

「……ふん。リリーナ。実はな、先日、魔術競技会でアイアンアルマジロの魔物化があっただろう」

「はい……」

「魔術師局の見解によれば、どうやら原因はリリーナの光魔術であるようだった。光魔術が、アイアンアルマジロの殻内に溜まった魔力を増幅した形跡があったと」


 リリーナは目を見開いて、俯いた。アルスは、指の隙間から漏れ聞こえてくるその言葉を、顔に出さないようにしながら思案した。

 何となく引っ掛かるが、しかしリリーナの光魔術は未知数の魔術だ。強力ゆえに、アイアンアルマジロに予期しない作用を引き起こした可能性はあり得るのだろう。

 ユーウェルはリリーナを慮って、優しく声を掛ける。


「リリーナのせいではない。それは、勘違いしないでくれ」

「ですが……」

「光魔術の知識は、誰もが不足している。誰にも分からないことだったし、誰にも予測ができないことだった。そなたを学院に通わせたのは王家の判断だ。責任も王家にある」

「……」

「だが、これを公開すれば、そなたに無用な嫌疑を掛けて来る者もいるだろう。であるからこそ、今、対応を王家で協議中だ。そなたには伝えておくべきだと思った」


 正義感の塊、悪意などなく、腹芸もなく、ただリリーナを心配して配慮された出来事。

 しかし、ユーウェルはやはりどこか迂闊だ。危うさがある。正義感や使命感が、彼の美しい宝石の瞳を曇らせてしまうかもしれない。

 リリーナが俯き、それを慮るようにユーウェルが寄り添う。自分のせいで、多くの人を危険にさらしたとあれば、心優しいリリーナは気にしてしまうだろう。それでも、伝えるべきだと思ったのは、彼のまっすぐな心根が、彼女に偽りの安寧を与えることを許さなかったからだ。

 やさしい嘘をよしとするアルスの在り方とは違うが、それもまた一つの真実なのだろう。


 ふと、アルスは視界の端でそれを捉えた。ユーウェルが背を向け、リリーナに視線をやっている間に、誰かが懐から何かを取り出した。

 侍女が、ハンカチを取り出したのだ。リリーナに使わせるために、ユーウェルへと近づいていく。

 しかし、その下に見えたものを認識した瞬間、アルスはスーツの内側に隠していた投げナイフを抜いた。

 そのまま構える暇もなく、投擲(とうてき)する。投げナイフはユーウェルの背後を通って、侍女のハンカチへと吸い込まれていった。

 死角外からの、予期せぬ一撃。侍女は対応できずに、甲高い金属音を立てて、ハンカチの下に隠していたものを石畳に取り落とした。

 暗い路地に差し込む太陽の光を浴びたそれは、薄黒い刃を微かに青く染めていた。


「コカトリスの唾液か」


 アルスが呟いたのと同時に、ユーウェルは素早くリリーナを背に庇い、護衛騎士は逃げ果せようとした侍女を素早く確保する。侍女は顔を歪めて、忌々しげにアルスを睨む。


「太陽の光に当たると、青く輝く液体……北方の山脈に住む、コカトリスという敵対Mobの唾液の特徴だね。その体液には毒性があり、体内に入ると、その部位がまるで石と化したように動かなくなる。微量の摂取ならばしばらく動かなくなるくらいだが、内臓の近くに取り込ませれば、そのまま心臓を止めてしまうくらいの威力はある。体内に入ってしまえば特定がしづらいので、暗殺に向いた毒だね」

「く……くそっ!」

「私を狙ったのか、リリーナを狙ったのか知らんが、やってくれたな。引っ立てろ」

「はっ!」


 護衛騎士たちによって、侍女は連行された。あのまま、城の地下牢に行くのだろう。アルスは小さく息を吐き出して、投げたナイフに歩み寄ると、つま先で蹴り上げて掴み、スーツの内側に隠した。


「アルス!」


 リリーナがアルスに駆け寄って来て、心配そうに瞳を揺らした。アルスは軽く両手を挙げて、ひらりと肩を竦めた。


「あはは~。なんか不穏な気配を感じたから、王子様の御前なのにナイフを抜いちゃったね。これは首が飛ぶかな」

「そんなこと……アルスが気づいていなかったら、今頃、ユーウェル殿下は……」

「……この件に関しては、不問にする。見事な腕だ。褒めて遣わす」

「おや。ありがとうございます、殿下」

「だが!」


 ユーウェルはアルスからリリーナを引き離すと、アルスの前に立ちふさがった。今の一連の行動で、アルスはますますユーウェルから不審人物として認定されてしまったのだろう。


「あまりリリーナに馴れ馴れしくするなよ。彼女は特別な人間なんだ。下町の若者風情が、触れていい女性ではない」

「ユーウェル殿下!」

「そなたが()()()()()()なのは察した。だがそのように振舞うなら弁えよ」


 アルスは小さく息を吐き出した。リリーナに近づくならば、ちゃんと身分を明かせと言っているのである。

 つくづく面倒なことになった。この調子だと、今からリリーナをプリズムホールに連れ帰るのも面倒だろうか。そう思って、ユーウェルを煙に巻く方法に頭を回し始めたその時だった。

 ぬっと、目の前に何かが躍り出た。巨大な影だ。


 青いオーバーオール、ふさふさの白毛。キュートな耳が二つ、真ん中で垂れている。

 アルスとユーウェルの間に立ちふさがったのは、エースくんだった。アルスは、ぱちぱちと目を瞬かせる。対してユーウェルも、同じように、目の前に突然現れたゆるい存在に動揺を隠せなかった。


「な、なんだこいつは」


 エースくんは、何も言葉を発さずに、じりじりとユーウェルとの距離を詰める。巨体から発される圧と、かわいらしいゆるいキャラクター像が歪にまじりあい、何とも言えない迫力を生み出している。

 エースくんはユーウェルが怯んだすきに、リリーナの手を掴んでひょいっと背中の方へ隠した。アルスが、そのリリーナをそっと受け止める。

 護衛騎士が、並々ならぬその様子に、剣に手を掛けた。しかし、エースくんはその顔をユーウェルにずずず、と寄せる。ユーウェルは、完全に思考が止まっていた。


 アルスは頭を回して、その状況を利用することにする。


「ああ……休憩時間がとっくに終わって、サボってるって思われてエースくんに怒られちゃった。申し訳ありませんが、殿下。リリーナをお借りしますよ。雇用契約は、男爵を通して正式に行なっておりますので」

「おい待て、まだ話は」

「殿下。すみません、私、この仕事を最後までやり遂げたいんです。また後日、ゆっくりとお話させていただければと思います」


 リリーナが頭を下げてそう告げたのを最後に、ユーウェルは言葉を失っていた。そんなユーウェルに、エースくんは風船を一つ押し付けると、アルスとリリーナの背を押して、のっしのっしと路地を後にした。

 プリズムホールの前まで一緒に戻って来て、アルスはエースくんを見上げる。


「いやー。ありがとう、助かったよ」


 エースくんはこくりと頷いた。言葉を口にしないというアルスとの約束を守ってくれていた。リリーナは、その愛らしいエースくんを見上げて、目をきらきらと輝かせていた。

 その後、リリーナはエースくんと握手をした後、うきうきで仕事に戻っていった。リハーサルが終わった後、リリーナはアルスに巻き込んだ謝罪を告げて、家に帰っていった。

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