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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 夏休み篇 長期休暇は己と向き合う時間
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11. 厄介な身内

「すみません。今の話の流れで、リリーナ嬢の代わりにあなた方を雇用する理由が理解できなかったので、もう一度ちゃんと説明していただけますか?」


 にこにこと笑いながら問いかければ、叔母は目を瞬かせて呆気にとられた。

 まさかとは思うが、断られると思っていなかったのだろうか。アルスの感覚がおかしいのだろうか、とほんの1、2秒ほど悩んだが、自分の考えは間違っていないという結論にしか至らなかった。


「ご、ご存知ないかもしれませんが、リリーナは孤児なんです。男爵家の血を引いていないのですよ?」

「……それが、今回の件と何か関係がありますか? 私は一度でも、貴族の令嬢にモデルを頼みたいという話をしましたか?」

「き、貴族の娘の方が人が集まるでしょう?」


 何となく話が噛み合わない気がして、アルスは首を傾げた。

 保守派の考え方を持つ貴族――すなわち、身分に絶対的な信頼を置き、血統こそが貴族の証と考える彼女らにとっては、男爵家の血が流れているかどうか、ということは非常に重要なことだろう。

 しかしながら、下位貴族の中には、家の維持のために、身分のない裕福な家の婿・嫁を迎えたり、子どもができなかった場合は孤児から養子を迎えるなどということはよくあることだ。

 男爵の考えは、まさしく後者にあたる。貴族は血筋ではなく知性と誇りだ、という考えである。


「人が集まるかどうかは、社交界での立ち位置次第かと思いますが……リリーナ嬢は国王陛下から直々に表彰を受けておりますよね。貴族の間で、彼女は非常に有名人です。ご存じないんですか?」

「し、知ってます! それくらいは……」

「では、何故彼女たちの方が人が集まる、という話になるのでしょうか?」


 冷静に質問を投げかけて、やっと冷静になったのか、自分が言っていることがよく分からない様子で、叔母は視線を宙へと投げた。

 叔母が言葉を返せなくなったのを見て、従姉たちは少しだけ苛立ったように、アルスの方へと体を伸ばしてきた。


「もうっ! 私たちの方がリリーナよりかわいいんだから、かわいいドレスを着るなら私たちの方が相応しいでしょう!? 何を難しいことを言ってるのよ!」

「失礼ながら、あなた方ではドレスを着るのは難しいかと」

「何でよ!?」

「そちらのあなたはリリーナ嬢よりも背が高く、しかし腰の位置は同じくらいですよね。そちらのあなたは、身長こそ同じくらいですが、胸回り、腹回りの体型に大きな違いが見られます。今回は、急に辞退となったモデルと同じ体型だったということでリリーナ嬢に依頼をしたという話は、最初にしたはずですが」


 従姉たちのうち、上の姉は身長が高いが座高がやや低い――つまり、足が少し短く胴が長めの体型をしていて、下の姉は胸も腹もややふくよかである。

 これでは、どう考えてもドレスが入るとは考えられない。それを説明すると、彼女らはかっと顔を赤くして、怒鳴るように告げた。


「そんなの、直せばいいじゃないのよ!」

「ですから、今回は一週間後というかなり短い期間での調整になるので、そもそも体型が大幅に変更になるような手直しは難しいんです。これらの前提は全て事前に申し上げましたが」


 世の中には、自分の都合のいいことだけ耳に入り、自分の都合のいいことだけが思考の中に入ってくるタイプの人間がいる、というのは事実だ。

 高給な仕事が目の前にぶら下がって、思わず飛びついたが、何も考えが至っていなかったのだろう。


「私の方では、リリーナ嬢以外の人員を雇用するつもりはありません。ただでさえ緊急の仕事なんです。これ以上スケジュールを狂わされたら困ります」

「ですが……!」

「ティア、止めんか。お前、私の客人に向かってさっきから無礼が過ぎるぞ。あまりにもやかましいので同席は認めたが、口を出すことを許した覚えはない」


 ようやく諫められるほどに思考力が回復した男爵が、叔母をやんわりと告げるが、しかしまるで癇癪を起こしたかのように、腕を上から下に振り下ろして、興奮したように声を荒げる。

 これが親世代の人間なのか――と、思わず凪いでしまった心を、申し訳なさそうなリリーナの愛らしい顔を見ることで、何とか正常に動かす。


「お前は何を勘違いしているのか分からんが、依頼人から報酬を渡されて雇用関係になるのは立派な仕事だ。仕事には守るべき契約が存在する。娘たちのために遊び場を用意するのとはわけが違うんだ」

「そんなこと、私だって分かってるわ!」

「ならば、これ以上騒いでアルス殿を困らせるようなことをするな。……申し訳ない、アルス殿。身内の恥を晒しました」

「私としては、これ以上仕事の邪魔をされなければ結構ですよ。ただ、今度から客人を迎えるときは、部外者は入れない方がよろしいかと思いますよ」


 その部外者、という物言いに、叔母は何かが癇に障ったらしい。突如として憤怒の表情を浮かべると、大きな音を立てて机を叩いて立ち上がり、アルスを見下ろして、かすれた声で怒鳴る。


「さっきから下手に出ていれば、無礼でしょう! 私はリリーナの母代わりなのよ! 他人の家庭の事情に関わらないでくださる!?」

「人の家の事情に関わるつもりはありませんが、私は客ですよ? それも、男爵に正式に迎え入れられた。母代わりならば、男爵の客人にどんな無礼をしてもいいんですか?」

「黙りなさい、平民が! 兄さん、こんな無礼な平民の仕事なんて受ける必要はないわ! とっととお帰りになって!」

「はいはーい。帰りますよー。でも、もう契約はしちゃったので、リリーナ嬢はお預かりします。もしも契約を違える場合は違約金を請求するので、そのおつもりで」

「誰かこいつを摘まみだしてちょうだい!」


 男爵の心労は察するが、父親として、リリーナを守れるかどうかというのは確かめておきたい。アルスはそう思いながら、気だるげに鞄を片付け始め、立ち上がると、ぐったりと項垂れている男爵を見やって、つぶやいた。


「シルファス男爵。お節介かもしれませんが、何とかしないとリリーナ嬢の枷になりますよ」

「……本当に申し訳ない……」

「いいえ~。僕はもう慣れてるので。()()()()()のにこういう態度を取られるのは。僕は優しいので一度目は見逃します。でも、二度目はないので、貴族としての責任を果たしてください」


 ぎゃあぎゃあと使用人に掴みかかって暴れ回っている叔母を横目に、アルスは肩を竦めると、今にも泣きだしそうなリリーナに歩み寄って、視線を合わせて、微笑みを向けた。


「じゃあ、リリーナ。明日からよろしくね。早速で悪いんだけど、早めに採寸と手直し作業を始めたいから、明日の10時に雀荘まで来てくれるかな」

「アルス……本当にごめんなさい……必ず行きます」

「あは。大丈夫だよ。あんなの、いつも捌いてる厄介客に比べたらかわいいもんだから」


 じゃあね、と手をひらりと振ると、アルスは鞄を肩から担いで、そのまま言い争っている使用人と叔母の横を颯爽(さっそう)とすり抜けて、屋敷の外へと出た。

 あれほど追い出せと叫んでいたのに、アルスが帰ったことにも気づかないのか、入り口付近に着いても怒号が響き渡っていた。申し訳なさそうな顔をする使用人たちに礼を言って馬車に乗り込むと、窓際で頬杖をついて月を見上げた。


「思ったよりも面倒なのに絡まれてんな、リリーナ。さて、貴族社会から遠いところに住んでいた男爵にとっては、難しい経験かもしれないけど……社交界で足を引っ張る身内は、ちゃんと切らないと痛い目に遭うよ~」


 去り際に少し揺さぶった結果、彼がリリーナを守るためにどんな行動に出るのか。

 他家に干渉しすぎるのは良くないと、おばから学んだ前例を活かして、アルスはひとまず静観を決め込むことにしたのだ。

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