08. パーティは続くよ
訪れる人たちに挨拶する中、アルスは一息を吐いた。
プレオープンパーティ三日目、最終日。前の二日の成果は上々だ。かなり感触が良く、明日からでもすぐに遊びたいと熱く語ってくれる客も多かった。
そういった人物は、各所のクラブへと誘導する。クラブのVIPルームには、すでに雀卓が導入されているからだ。
からんからん、と高く心地よい鈴の音が鳴り、次の客人が入店してくる。その姿を見ると、アルスはぱっと顔を上げて、にこやかに彼に歩み寄る。
「フラウ! いらっしゃい」
「アルス。今日は招いてくれてありがとう」
フラウは仮面の奥で温和に瞳を細めた。以前から裏カジノにたびたび遊びにやってくるフラウにも、招待状を渡した。ギリギリまで行けるかどうかは分からないが調整してみると言っていた彼が今日この場所にやって来たということは、予定の折り合いがうまくついたということだろう。
フラウは、アルスの姿を上から下までじっと見て、顎に手をそっと当てた。アルスは、そんな彼の様子を不思議に思って首を傾げる。
「何か?」
「いや……ビジネススーツだと随分と印象が変わるなと思ったんだ。ついこの間まで、私は君の表の顔が実業家だと知らなかったからな」
「ふふん、似合うでしょう。僕だっていつもカジノに入り浸ってるただの悪ガキじゃないんだよ」
「ああ、何だか新鮮だ。……実のところ、君のことをもっと知りたいと思っていたのだが、何となく口にするのは憚られてな」
裏カジノは、飽くまでも遊ぶ場所だ。世俗から切り離されたあの場所では、テーブルを囲む相手の身分を確かめる必要はない。
アルスは顔を隠しているフラウの素性を詮索しないし、フラウもまた、子どものような見た目のアルスの素性を詮索しない。二人はただ、テーブルを挟んでゲームを楽しく遊んでいるだけの仲だ。
けれど今回、初めて外のパーティに招待して、二人はカジノの外で顔を合わせた。アルスは長い三つ編みをさっと後ろに払いながら、ニコニコと微笑んで告げる。
「まぁ、カジノじゃそういう話ってなかなかする気にならないからね。興味あるなら、また酒盛りにでも付き合ってよ」
「ああ、君がいいなら。……すまない、話し込んだら後ろがつっかえるな。今日はよろしく頼む」
「うん。じゃあフラウは……四番テーブルだね。あそこに座って待ってて」
従業員にフラウの案内を託すと、次に入って来たのは、少しだけ挙動不審にあたりをきょろきょろと見渡しているリリーナだ。白いワンピース姿はいいとこのお嬢さんという風で、少しばかり街の景色からは浮くかもしれない。
フラウを見た後だと、その違和感も吹き飛ぶが。
「やあ、リリーナ。来てくれたんだね」
「こ、こんにちは……お邪魔します」
「……深くは聞かないけど、このパーティに参加してる間は楽しんでいってね」
「は、はい。あの、アルス様、マシロは……?」
「ん」
アルスは親指でそっとカウンターの上を指示した。ピンク色のふかふかのクッションに身を埋めるマシロは、肢体を十分に伸ばしてごろりと転がり寛いでいた。二、三人の貴婦人たちが和やかにマシロを眺めながら、時折指先で突っついている。
マシロはそれに対して抵抗はしないが、ぶすっとした顔をしていた。眉間に「いやだ」という表情が刻まれ、じーっと貴婦人たちを睨みつけている。
あの猫は、基本的には誰に対しても触られると抵抗はしないのに不服そうにする。ところがアルスが近くに寄ると、急に猫なで声を出して額を擦り付けて来るので、一体何があの猫に気に入られたのか、未だによく分からない。
「良かった、元気そうで……」
「猫のお世話手当を出したお陰で、皆嬉々として面倒を見てくれてるよ。あまり活発な方ではないのか、お散歩も店の中で済むみたいだし。猫ってすごいよね。クッションの上で寝そべってるだけで人に安らぎを与えるんだから」
結論から言えば、マシロの看板猫大作戦は成功した。初日からやってくる貴婦人たちは、この毛玉のようなもふもふに夢中だ。ゲームの最中にも、白いもふもふが視界の端で揺れると、思わず微笑んでしまう婦人も多数いた。
従業員に至っては、このまま引き取れませんかと言ってくる者もいたほどだ。流石に、預かっているだけなので、それは無理だと首を横に振っておいた。
「さて、と。リリーナのテーブルは……四番だね。ほら、あそこの。仮面付けてるお兄さんが座ってるとこね」
「は、はい。ありがとうございます」
「じゃあ、楽しんで」
アルスはそっとリリーナの背を押してテーブルへと送り出すと、またやって来た人の出迎えに回った。
やがて十数分後、招待状を渡していた客人が全て到着すると、アルスは前に立って、パーティの開催を宣言する。
「皆さま、お集まりいただき誠にありがとうございます。本日は、来週の頭に正式オープン予定の雀荘エル・オーラムにて、本店の目玉とする遊戯、エルデシアン麻雀を遊んでいただくためにお集まりいただきました」
ぱちぱち、と大きな拍手が巻き起こる。色々楽しんで貰いたいと願い、駆け回ったときに、楽しんでくれる人たちの顔が見られることは、この上ない原動力になる。それを実感しながら、アルスはにこにこと微笑みながら、続いて告げる。
「この場にお集まりいただいたのは、僕の知る限り、皆さまゲーム好きの紳士淑女の皆さま。堅苦しい挨拶は抜きにして、早速遊ぶ準備を整えて参りたいと思います」
そう告げてさっと手を挙げれば、訓練された従業員たちが、遊び方を簡単に記した、5ページほどの小さな冊子を配っていく。彼らはそれを開いて、一様に感心したように声をあげた。
アルスが促し、従業員の一人が丁寧にエルデシアン麻雀の遊び方について説明していく。少しルールが複雑というか、覚えるまでは大変なところがあるのだが、覚えてしまえば毎回変わる盤面を楽しめる、非常に多様性のあるゲームである。
ルール説明の間に、各テーブルに二人ずつついているディーラーたちが、丁寧に牌を山のように積んでいく。4人の正面に、17枚2列、34枚の牌が丁寧に積まれる。つるつるの高級な白石を、高名な彫刻家に掘って貰い、表面を丁寧にコーティングしたとても軽い牌は、いつも彼らが使っているトランプよりも高級感があって気に入られているらしい。彼らは、牌についての説明を受けながら、興味深くそれを触っていた。
麻雀は、ポーカーのように、手札――手牌を使って役を作る遊びだ。13の手牌と、山から引いた1枚の牌を使うのだが、同じ種類・同じ数字の牌を3枚もしくは階段状に3枚の牌を揃える、それを4つ作る。これを面子と言い、そしてそれに加えて、まったく同じ牌を2枚集めて頭を作る。この5ブロックの組み合わせで、役を作っていくゲームだ。
牌にはそれぞれ1から9までの数字が書かれている数牌と、東西南北の書かれている牌、そしてデザイナーによって華美に作られた役牌と呼ばれる三種の字牌がある。数牌には赤・青・緑の3種類があり、これらは同じ色でなければ同じ数字や階段状に牌を集めても意味がない。これらの牌がすべて種類ごとに4枚ずつ、合計で136枚。
ゲームの開始時点で13枚の手牌をそれぞれが持ち、親と呼ばれる東家から順番に、山から1枚の牌を引いて、14枚になった手牌から、1枚を捨てて、時計回りに次の人がそれを繰り返していく。そうやって、最も早く役を作って和了った人の勝ち。トランプゲームと同じようにチップ――点棒を使って遊ぶが、いつも裏カジノでやっているゲームとの一番大きな違いは、自分で賭けるチップを選べないこと。作った役の強さ、そして和了時の状況によって、同じテーブルに参加している人が和了った人に点棒を支払う。
思った通り、カジノでのゲームを好いていた彼らの食いつきは大変に良い。高い役を作ることで一気に逆転したり、虎視眈々と和了を狙っている相手に対して、アガリ牌を捨てない――振り込まないように立ち回ったりと、無限に変化する盤面と、同じ卓を囲む相手との駆け引きが楽しめるこのゲームは、何度やっても同じような盤面はほとんど訪れないというポーカーと同じように、ただこれだけの道具で何度でもゲームを楽しめるのだ。
そうして、ルールを説明し終えた後は実践である。ディーラーのサポートを受けながら、彼らはさっそく楽しげにプレイをし始めてくれた。細かいルールや点数計算等が少し複雑なので、そこは牌を混ぜたり積んだりしてくれるディーラーを立てることで解決する。
新しいゲームを遊ぶ時は導入が肝要だ。結局のところ、ルールを理解できないゲームは「つまらなく」なってしまう。
今回はディーラーを多く立てるのに加え、手元に全員が閲覧できるように、簡易的なルールや、役の解説をイラスト付きで閲覧できるペーパー・スクリーンが広げて置いてある。
今日、初めて遊ぶ人たち同士だと、軽く議論を交わしながら進行していくので、ゲームがゆったりとした速度になっている。
それくらいでちょうどいい。そして、ゲームに慣れている紳士淑女たちはルールの理解が早く、だいたい一時間ほど打っていると、ディーラーの仕事は牌を積みなおすことや、アガリの時の点数計算の補助程度で済むようになる。
そんな中。一つのテーブルが、異様な盛り上がりをしていることに、アルスは気づく。
「ロン。立直平和断么九ドラ裏裏。12000です」
「おお! また綺麗な手を作って……お嬢ちゃん、うまいねぇ」
「すごい! 裏ドラが二枚も乗ったよ!」
「これは見事な……」
それは四番テーブルだ。楽しそうな話をしているな、と思ってアルスがそちらに歩み寄ると、なんとテーブルの中心でゲームを牽引していたのはリリーナだった。
「オーナー、このお嬢さん凄いですよ。一時間でもう符計算まで完璧で」
「ぶっちゃけ勝てる気がしないくらいお強い。いやー、すごいな」
「へぇ。リリーナが」
遠巻きにドリンクを配り歩いていた従業員たちが、興奮したように早口で告げる。彼らはアルスが知る限り、この王都の中で一番麻雀が強い者らだ。なぜなら、プレオープンパーティ前から打ちまくっているからだ。そんな彼らが、賞賛するリリーナの腕は本物なのだろう。
意外な姿ではあったが、自分も外から見れば大差ないだろう。令嬢の姿でポーカーをしている自分を想像しても、何だか変な感じがする。
「君は立直が早いな。どうやって手を作ってるんだ?」
「えっ? えっと、牌効率……というか、えっと……」
「牌効率とは?」
「……す、すみません、ちゃんと説明できるように言語化してきます!」
フラウはやや興奮気味にリリーナの話を聞こうとしている。彼にとってもカジノの外に出てきて、遊ぶ友人ができたのは非常に喜ばしいことだ。
アルスはくすりと口元で微笑むと、そのままほかのテーブルも回り始めた。
プレオープンパーティは、三日目も大盛況で終了した。パーティ参加の記念品を配り、麻雀を遊べる場所の情報を記した地図を手渡して、一人、また一人と満足げに帰っていく客を見送っていく。やがて、店の中に残った客は、未だに余韻に浸っているフラウとリリーナの二人となった。
アルスは、二人は自分が送り出しておくから、と従業員たちを後片付けへと向かわせると、四番テーブルへと歩み寄る。
「お二人さん。もう店じまいだよ」
「ああ、すまない。あまりにも楽しくて、帰りたくなくなってしまった」
「私もです……」
「ふふ。二人ともエルデシアン麻雀を気に入ってくれたみたいだね。良かった」
四番テーブルは、今日一番の盛り上がりだった。三日間の中でも一番かもしれない。
従業員たちは、口をそろえてリリーナとフラウは別格だと話していた。どうやら、呑み込みが早く、早々に強い定跡を見極めていたリリーナの技術を、フラウがどんどん吸収していった形だったようだ。
リリーナは目の前の雀卓を愛しそうに触る。まるで、会うことを心待ちにしている恋人のように。
「エルデシアンデザインの雀卓……良すぎる……一家に一台欲しい……っ!」
「気持ちは分かるけど。それ、結構値が張るよ」
「ですよね……」
「ふむ。インテリアとしての価値もあるのかな……面白い」
少なくとも、平民の収入で気軽に購入できるようなものではない。今、安価で製造できる手段を検討中だが、いつになるかは分からないので、しばらくは雀卓を購入できるのは富裕層のみになりそうだった。
「でも、今日来て本当に良かったです。フラウ様や皆さんともたくさん遊べて楽しかったし」
「それは何より。息抜きになったなら良かったよ」
「本当にありがとうございます、アルス様。また来てもいいですか?」
「もちろん。ここは、平民でも気軽に入れる、をコンセプトにした店舗だからね。プレイ料金もかなり抑える予定だし、気軽に食事をしながら遊べるプランも用意する予定だし……友達がいなくても、お客さん同士で打てるし?」
「うっ」
遊ぶ友人がいないと嘆いていたリリーナ。けれど、雀荘でなら、客同士、あるいは人数が足りなければ店員を入れて打つことができる。
リリーナやフラウレベルの理解度がある常連がいれば、新しく店にやって来て麻雀に触れる者にも、適切な導入ができる確率が増えるかもしれない。
この店にリリーナが定期的に遊びに来てくれるなら、それはいずれ、この国に麻雀という遊びを広めるうえで、利益となるかもしれない。
「家から近い最高の場所なので……また、絶対に来ます。あの、アルス様。マシロのことなんですけど、明日、もう一度お話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「明日明日……えーっと、夕方なら空いてるかな。オープン準備もあるし、明日はここに顔を出すよ。それでいい?」
「はい! ありがとうございます」
リリーナはそう告げると、楽しげに浮ついたスキップで店を出て行った。その後ろ姿は、見ているこちらまで幸福になりそうなほどに、満足げだった。
アルスはその背中に手をひらひらと振った後、未だに椅子の上から動けずにいるフラウへと視線をやった。珍しい、と思った。フラウはいつもきっちりとしている印象があったので、余韻に飲まれてだらだらとしている姿が新鮮だった。
「フラウは帰らなくていいの?」
「帰るさ。ただ、名残惜しくて」
「……あまり気軽に遊びに来れなさそうだもんね?」
「そうだな。さっきの彼女が羨ましいよ」
フラウは高貴な身分を持っている。こうして、特定数の人間だけを招待するパーティというお膳立てをして初めて、顔を隠して参加することを許されるレベルの。
そんな彼が、このゲームを遊びたいからと気軽に足を運んで、その日に出会った人間と遊ぶというのはあまりにも難しい。
この店以外で遊ぶとなると、人数を自分で揃えてこなければならない。社交の一環として麻雀を利用する貴族は増えるだろうが、それは大変な行程だ。
何とか、彼が気軽に遊べる環境があればいいのだが――そう思いながら、彼へと歩み寄ろうとしたところで、アルスの膝が笑った。
「危ない!」
フラウは素早く立ち上がり、アルスの左腕を掴んだ。転ぶことはなかったが、左腕に激痛が走って、思わず顔を歪めてしまう。
「いっ……」
「すまない、大丈夫か?」
「平気……ごめん、フラウ。あはは、三日間働きづめだったから、足が悲鳴を上げたみたいだ」
ここ数日、休む暇もなく駆け回り、パーティ中はずっと立ちっぱなしで動いていた。
貧弱な貴族令嬢の体では、悲鳴を上げたとしてもおかしくはない。悲しいかな、アルスの体力は飽くまでも一般貴族女性よりも少しある程度である。
フラウは、じっとアルスの左腕を見つめていた。アルスはフラウに掴まれた左腕とフラウを交互に見比べて困惑する。
「フラウ?」
「左腕……怪我をしているのか?」
「ああ、うん。まぁね。表面はほとんど治ってるんだけど、中身がまだちょっと痛いっていうか……動かすくらいなら平気だよ。ちょっと衝撃を与えたり、重いものを持つと痛いくらいで」
「……そうか」
フラウはそれを確認すると、優しく腕を離した。意識をしてしまえば足ががくがく震えてくる。まったくもってままならない。
今日は帰ってしっかりと眠れる日だ。マッサージをして寝れば、多少はましになるだろう。そう思って、アルスはフラウを見上げて微笑んだ。
「ほら。夢心地はここでおしまい。そろそろ帰らないと、護衛の人がやきもきしちゃうよ」
「……ああ。すまない。今日は本当にありがとう、アルス」
「うん。また遊ぼうね、フラウ。ああ、これあげるよ。僕からフラウに連絡することはないと思うけど、フラウから僕への連絡手段は必要かもしれないから」
アルスは名刺を一枚取り出して、フラウへと渡した。フラウはその名刺を一瞥すると頷き、それを大切に仕舞い込んだ。
フラウはアルスに送り出されて、護衛の者に後ろを付かれながら、馬車の駐車場へと歩いていく。その最中、顎に手を当てて思案に耽っていた。
「――アルス。まさか、君は」
ぼそりと呟いた言葉が、月の光へとじわりと溶けて、夜は更けていった。




