05. ファッションショーとその目的について
アザレア工房は、中央商店街の北側、住宅地との境にある小さな工房だ。
創立から三年と少し、まだ歴史が浅いながらも、棟梁が手ずから招待した職人たちは、いずれも手練れである。
アルスが経営している数々の店で採用されている、個性あふれる制服の数々は、全てこのアザレア工房に所属するデザイナーの作品である。
「ヴィンスさんどしたの? なんかめっちゃそわそわしてません?」
「えっ!? い、いえ、そんなことは……」
二人の会話に気が付いて、アルスは窓の外に持って行っていた視線をふっと戻す。すると、確かにヴィンスの様子がいつもとは異なっていた。
挙動不審という言葉はこういった様子を表すためにあるのだろう。視線は忙しなく動き、頬は微かに紅潮し、まるで到着を今か今かと待つ、課外学習前の子どものようだ。
「そういえばヴィンスは、打ち合わせの時にアザレア工房の話をしたときにも食いつきが良かったよね。服飾に興味があるの?」
「え? えーっと……その。興味があるかないかで言われれば……あります」
「あー、ヴィンスさんって結構お洒落さんっすよねぇ。時々すっごい女の子みたいなにおいする」
「ちょ、っと。や、やめてくださいよスレンくん……」
すいっと、視線が泳いで、アルスは首を傾げた。服飾が好きで、おしゃれが好きで何が悪いというのだろうか。何となくヴィンスの態度に疑問を覚えながらも、アルスはアザレア工房へと馬車を付けた。
工房の裏口から顔を出して、事情を説明する。何人かの従業員たちは、当初スレンを見たときに「えっ」というようなあからさまな嫌悪を示す顔をしたのだが、スレンが髪をかき上げるとすぐに目の色を変えて、あれよあれよといううちに、風呂場へと連れて行かれてしまった。
「アルス社長~!」
工房の中へと足を踏み入れた途端、アルスは多数の女性従業員に囲まれた。その勢いの強さに、ヴィンスは思わず一歩後ろへと足を引いた。
けれどアルスはすぐに業務モードへと切り替えると、麗しい笑顔を浮かべて、彼女らの相手をし始めた。
「やぁ。こんにちは、皆。久しぶりだね。元気だったかな」
「お久しぶりです、アルス社長! お会いしたかったです!」
「もう全然顔を出してくださらないんだもの! 寂しかったわ!」
「ごめんごめん。最近ちょっと忙しくってさ。僕も皆に会いたかったんだけどね」
きゃぁきゃぁ、と黄色い声が溢れる室内で、アルスは一人一人の手を取って、丁寧に挨拶を交わしていく。
「ユーリ、そのイヤリング綺麗だね。彼氏さんからのプレゼントかな?」
「分かりますか!? この間のデートの時に買って貰ったんです。すっごくお気に入りで」
「君の愛らしい雰囲気によく似合ってる。綺麗だよ」
「ユーリばっかりずるい! アルス社長、わたしともお話してください!」
「チュチュ。君は相変わらず元気がいいね。あれ? 髪切った?」
「えっ!? 実は少しだけ……夏なので、首が見えるように切ったんですけど……似合ってますか?」
「うん。とってもかわいいよ。君の笑顔には癒されるね」
次々に女性を褒める舌が回っている様子を見ていて、ヴィンスは部屋の隅で一人立ち尽くしていた。第一学年の頃、あんなふうにアルシェスタが平民の女生徒に囲まれて、アルシェスタはその中央で笑顔で一人一人の話に耳を傾け、勇気づけたり、アドバイスを的確に与えたりしていた。
今更ながらに、ヴィンスはアルシェスタの平民に対する面倒見の良さの片鱗を、ここで見たような気がした。
(それにしても……)
ヴィンスは婦人の手を取り、少し体がむず痒くなってしまうような、芝居がかったセリフをすらすらと口から滑らかに放つアルスの様子を見て、何かが引っ掛かるように胸を押さえていた。
(アルスさんと、以前にどこかで会ったような……)
目の前の上司の様子に既視感を覚えつつも、ヴィンスはその答えを得られなかった。やがて、アザレア工房の上役の人間も到着し、ファッションショーの責任者を務めているミランも交えて、ファッションショーの打ち合わせが始まった。
此度のファッションショーの目的は、ドレスの新たな価値観を生み出すこと。
若い女性向けのショーであり、各々のデザイナーたちが規定数の品目を出品し、それらをコンセプトに合わせて、若い女性が着飾り、ショー・ステージでウォークを行なう。
既存のドレスの常識に囚われず、平民向け・貴族向け問わず、デザイナーたちは己の思想に基づいて、自分の考える最高のドレスをデザインする。
見た目の華美さに比重を置くのか、機能性に優れたものを作るのか、あるいは特定のコンセプトに準じて、ある程度ショーでの見栄えに寄せるのか。
「貴賓席も十分な数を確保した。社交界に影響力のある知り合いが喧伝してくれるらしい。当日は、貴婦人も多く訪れるショーとなると思う」
ほぼ平民で構成される工房にとって、貴族の客を取ることは非常に難しい。アザレア工房は特に貴族とのコネクションもなく、社交界で使われるドレスなどの発注が来ることはない。平民のパーティー用の安価なドレスや、結婚式用のドレス等が主な収入で、そのほか平民の普段着なども作成している。
けれど、斬新な発想をするデザイナーたちに、細かい作業を得意とする針子たちも揃っている工房は、知名度と実績さえあれば、社交界に進出することも決して無理な夢ではない。
こういった、王都でくすぶっている工房たちに声を掛ける、あるいはすでに社交界で実績をあげている工房に、自由な表現の機会を与えることを目的に、此度のファッションショーは企画された。
これも、アルスが手掛ける「夜会を娯楽の一つのひな型にする」という仕事の一つであると言えるだろう。
「さて。こんな機会、これを逃せばいつ巡って来るか分からないよ。皆にはこれまでよりもさらにいっそう頑張って欲しい。早速だけど、ドレスを見せて貰ってもいいかな」
「はい! ……あ。アルス社長。以前に相談していた件ですが、いかがでしょうか」
「ばっちり。何とか間に合わせたよ」
アルスの言葉に安堵した従業員は、すぐに持って来ます、と告げて、工房の奥からトルソーを運んできた。
今回のショーでは、一つの工房から出せるドレスの数は最低三着、最大五着となっている。
がらがらと運ばれてきたトルソーの数は全部で十。恐らく、この中から絞って、出来のいいものをショーへと出すのだろう。
それも、最大数である五着とは限らず、しっかりと他人の目利きに応えられる珠玉の品のみを。
「わぁ……」
か細い声が聞こえて、アルスはそちらをちらりと見やる。するとそこには、目を輝かせて、ドレスを見つめるヴィンスの姿があった。アルスはヴィンスを誘って、一つ一つのドレスの出来を確かめる。
どのドレスも、細かいところまで作り込まれている逸品だ。形で主張するもの、色彩で主張するもの、コサージュで主張するもの、素材で主張するもの――。
その中でも、アルスの目に留まったのは、三つのドレスだった。一つ目は、白に思いきや、光に当たると銀に輝く不思議な絹を使ったドレスだ。色相はその色のみのシンプルなものでありながら、腰元を強調する形や、履いている靴を美しく見せる、スカートの前側が少しだけ縦に開いているデザインは、着ている人間の素の魅力をこれでもかというほどに引き立てる。
「アルス社長、そちらの作品を気に入っていただけましたか」
「うん。シンプルでありながら、それでいて非常に洗練されたデザイン。これは多くの者に気に入られるデザインだろうね。オートクチュールでも、大量生産でも需要がありそうだし――何よりも靴が見えるというのがいいね。夜会の時の靴は凝る人も多いだろうから」
「アルス社長から以前に、ガラスの靴の相談を受けたでしょう?」
リリーナが望んだガラスの靴、それを作ってくれた工房こそ、このアザレア工房だった。
リリーナの斬新な発想を伝えてみれば、彼女らはいきいきとした表情で制作に取り組み、何とか完成までさせてみせた。
従業員の一人がガラスの靴を持って来て、そのドレスの足元へと置いた。珍しく、美しい靴がナチュラルに見えるドレスは、恐らく夜会でも一定数の需要が望めることだろう。
「ガラスの靴のように、特別な靴を美しく見せるドレスを作りたいって思って。どんな靴にも対応できるように、汎用性のある白を基調としたドレスを目指したんです。ここに、靴の色に合わせて、少し装飾の布の色を変えたりできるように」
「なるほど。シンプルなのは、ニーズに合わせて作り替えることも考えてか」
「はい。アルス社長は、店でも売れるようなデザインをぜひ、と言ってくださったので」
「いいね。もしかしたら、ショーが成功したら、この工房の主力商品になるかも」
担当したデザイナーは、声をあげて喜んだ。アルスはその様子を見て嬉しそうに微笑むと、次の気になるドレスの方へと歩いていった。
「あっ! アルス社長、こちらのドレスです! 魔術式をお願いしたく」
「ああ。これだね。分かった」
次のドレスは、ライトブルーが鮮やかに映えるデザインだ。ライトブルーとホワイトが調和するデザインだが、スカートの裾がやや短く、ワンピースのような可憐さがある。
裾には華やかなレースが縫い付けられ、黒いリボン・カチューシャがトルソーの天辺にくくり付けられている。
従業員は胸元についていた石を取り外すと、それをアルスへと手渡した。アルスは石を受け取ると、指を二本、そっと石の表面に当てる。
「社長、何をされるんですか?」
「このドレスはね、魔道具を組み入れたデザインなんだよ」
「魔道具を? ドレスに、ですか?」
「考えられなかったわけじゃないけど、今回のはかなり斬新なアイデアだったんだ。だから僕も、新しい属性の習得に少しばかり努力をさせて貰ったんだよ」
「新しい属性……? 確か、アルスさんの属性は、水、氷、風……でしたよね」
そういえば、ヴィンスには自分の力のことを明かしていない、とアルスは気が付いた。片手を離して、指先でぱちんと音を鳴らせば、アルスの上には、蠢く漆黒の、炎のような不定形が浮かび上がる。それを見て、ヴィンスは目を丸くした。
「これって――」
「その三つに加えて、僕の属性は闇、影――そして幻影」
「闇属性って、かなり希少属性じゃ」
「そうだよ。だから内緒なんだよ。面倒なのに目を付けられるのは嫌だからね」
今回、アルスが習得した新たな属性は、闇の、そして水の派生である幻影属性だ。幻影は、真実を覆い隠し、視覚的・あるいは聴覚的な錯覚を引き起こすための応用属性で、その用途はかなり多岐にわたる。
アルスは魔道具に付ける魔石に、幻影魔術を刻み終えると、それを従業員へと返した。従業員は、再び魔石を、ドレスへと取り付ける。
「これで、ライトの色を変えると――ほら」
「うわ」
「す、すごい……」
そこには幻影魔術によって、鮮やかに変貌したドレスの姿があった。




