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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 夏休み篇 長期休暇は己と向き合う時間
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01. 夏休みは稼ぎ時

第一部以上にスローペースになりそうですが、少しずつ更新していきます。

 学院は夏期休暇へと突入した。大地を焼き尽くさんとするような灼熱の太陽が、ご機嫌に人々を見守る一方で、人々は太陽からのありがたい恵みに、かろうじて顔を上げて苦笑を浮かべる季節が訪れる。

 およそ一と半節に及ぶ長い夏期休暇の期間は、社交シーズンの始まりでもあり、里帰りの時期でもある。領地から出てきている子どもたちは、ほとんどが領地へと帰り、避暑のために静かな田舎で穏やかに過ごす。


 しかし、アルシェスタはもちろん、領地に帰ることはなかった。しばらく身に着ける機会はなさそうな(ウィッグ)をクローゼットの中に仕舞い、今日も商会の主として下町に下りるための準備をしていた。

 鏡に映る自分の姿を見て、アルシェスタはぱちぱちと目を瞬かせる。肩の下まで伸びた髪を見やって、指を髪の合間にそっと入れる。

 少し傷んでいるが、しかしまださらりとした感触を失くしていない髪は、随分と伸びた。イルヴァンに髪飾りを貰って、自分の髪が好きだと囁かれたあの時から、伸ばし続けていたのだが。


 いつも通りに後ろで一つに結おうとして、少し長さが気になった。男性でも長髪を洒落た結い方で流している者も多いが、何となく物足りない。

 どうしたものかと頭を悩ませるアルシェスタの脳裏に、一人の人物の顔が浮かぶ。試してみたい、と早速髪に手を伸ばしたアルシェスタだが、十数分やってみて、自力ではまだそのレベルに達していないと感じたため、いったん侍女を頼ることにした。


 薄手のシャツに身を包んだアルシェスタは、侍女のエリーラが住み込みで寝泊まりしている部屋へと向かう。

 エリーラは、仕事をしている以外の時間はたいていそこにいるからだ。ドアをノックして、反応を確かめれば、エリーラは顔を出した。


「お嬢様。どうされましたか?」

「ごめんね。今日休んでていいよって言ったのに。ちょっとお願いがあってさ」

「はい。何なりと」


 扉の隙間から覗けば、何だか机の上が散らかっているようだ。もしかしたら、何かしらの書類を片付けていた最中だったのかもしれない。アルシェスタは苦笑しつつ頭を掻いて、エリーラを見上げた。


「邪魔したかな。先に自分の作業を片付けてもいいよ」

「いえ、勉強をしていただけですので」

「勉強?」


 アルシェスタは首を傾げる。エリーラは、侍女として申し分ない人材だ。マナーもしっかりとしているし、家事も身支度も何でもこなすスーパー侍女である。

 そんな彼女が、何を勉強するというのか。じっと見上げれば、彼女はやや恥ずかしそうに瞳を逸らした。


「……お嬢様は、海辺の開拓地の領主を諦めていらっしゃらないのでしょう?」

「うん。何が何でも、あれだけは手放したくないって思ってるよ」

「でしたら、もしかしたら平民という立場になる可能性もあるということですよね」


 家に余っている爵位はない。領地の運営に携わる選択をした場合、伯爵家に籍はあるが、立場としてはほぼ平民となる。

 アルシェスタは、今は社交などがあるので、侍女を傍に置いているだけで、一人で生活をする能力がある。であるならば、平民に下った場合、エリーラはお役御免となる可能性がある。

 なるほど、とアルシェスタは一人で納得した。エリーラは、次の職場を探すための勉強をしているのか、と。

 彼女には、型破りな伯爵家の娘の面倒を見させてしまったのだから、次に良い勤め先を斡旋させるくらいはさせてほしい、とアルシェスタは願う。


 しかし、エリーラの口から出た言葉は、予想外のものだった。


「……経理の勉強をしているんです」

「経理の?」

「お姉様は、今でもお嬢様の代理を務めたりしていらっしゃるでしょう? お嬢様が平民となり、領主、あるいは社長というお立場を継続されても、秘書としての働き口があります。でも、私には侍女と護衛以上の能力は何もありません。お嬢様の領地運営の手助けにはなれません」


 おや、とアルシェスタは思わず口元が緩む。つまり、エリーラはアルシェスタが領地に戻った後も、一緒に仕事をしてくれるつもりなのかな、とそう考えたからだ。

 経理の知識が必要なのは侍女ではなく、家宰のような家の運営をする立場の人間になってくる。そのほかにも、金を動かす商会に務めて、財務などを担う場合には、その知識が必須となってくる。


「つまり、エリーラは学院卒業後も、僕についてきてくれるってことなのかな」

「ご迷惑でなければ」

「迷惑なんかじゃないよ。エリーラはかわいいね」


 アルシェスタはそっとエリーラを抱きしめる。思ったよりも慕われているようで、嬉しさが滲み出てしまう。エリーラは穏やかな笑みを浮かべつつ、しかし少しだけ顔を赤くしている。きっと、今までも空いている時間に少しずつ、勉強をしてきていたのだろう。姉に習いながら、商会の一員として働けるように。


「君とエリーゼっていう希少な人材を得られたことは僕にとって幸福だったね。ふふ、王都に出てきて本当に良かった」

「お嬢様……」

「何か分からないことがあれば気軽に聞いてくれていいからね。一緒に頑張ろう」

「はい」


 そうなってくると、またエリーラにも実務を任せられるものがあれば、任せてみてもいいかもしれない。頭を回しつつ、エリーラが用件を促してきたので、アルシェスタは伝えることにした。

 エリーラの部屋に入って椅子に座り、髪を結う紐を渡して、考えている髪型にして貰う。器用な手先で丁寧に髪を結っていくエリーラの様子を鏡越しに覗いていると、あっという間に出来上がった。

 後ろで緩い三つ編みにするスタイルは、行きつけの裏カジノの支配人が好む髪型だ。思ったよりも中性的な少年のようになって、アルシェスタはとても満足していた。


「ありがとう、エリーラ。今度、結い方を教えて」

「はい。お似合いです、お嬢様」

「ありがとう。かわいいよね、この三つ編み」


 エリーラに礼を言って、アルシェスタは三つ編みを揺らしながら、うきうきでジェームズを伴って、街へと降りていくことにした。


◆◇◆


 馬車の車輪を転がして、向かう先はACEの拠点だ。昼間に馬車を好きなだけ回して、仕事ができるなんて最高だ。

 アルスはそんなことを考えながら、上機嫌に鼻歌を奏でていた。


 拠点に入ると、次々に立ち上がった商会員が挨拶をする。アルスは片手を軽く上げてそれに返していく。

 会議室に入れば、資料を机の上に設置していた彼の姿があった。


「おはよう、ヴィンス」

「あ。アルスさん。あ、えっと、社長。おはようございます」

「今日から本格的に参画だね。よろしく」

「よろしくお願いします」


 ヴィンス・グラッセは、夏季休暇中、ACEの従業員として働くことになった。本人としては、そのままACEに就職したいようだ。

 この夏の働きを見て待遇を決めると言えば、彼は張り切って仕事に励むと宣言してくれた。


 ヴィンスは、どうやら学院の退学を考えているらしい。特待生である彼だが、学院に通うための費用は何も学費だけではない。貴族の子息として学院に通うためには、そのほかにも何かと費用が掛かるのだ。

 ただ、この夏の働き次第で、商会の重要なポストを任せられそうなら、アルスは支援をすることも考えている。ヴィンスならばあと半年あれば卒業できるだろう。王立学院の卒業歴は、何かとあった方が都合がいい。


 その話は、青海の節に入ってからすればいいだろう。そう思いながら、アルスは上座に腰を下ろした。


 やがて役員たちが次々に会議室にやって来て、何となくふわっと決まっているそれぞれの定位置についていく。全員が揃ったのを確認すると、エリーゼが会議室の扉を閉め、アルスの傍までやって来て、隣へと腰かける。


「さて、諸君。夏が来たぞ。稼ぎ時だ」


 夏は、このうだるような暑さからか、現実逃避や心の慰労を求める人員が多く、全体的に売り上げが増えて景気が良くなる。

 娯楽施設の経営者にとっては、一番の稼ぎ時の季節だ。多くの商会が、ある程度まとまった休みを従業員に与える季節であるのも関係しているかもしれない。

 残念ながら、この商会は、稼ぎ時の夏には規定以上の休みはあげられない。その代わりに、冬に長めの休暇があるのが、ACEの特徴である。


「各々が自身の管理する部門に求められる需要を理解し、しっかりと客に向き合うこと。今年は色々と新しいプロジェクトも増えてるので、忙しくはなると思うけど、うちの商会は今、すごく注目を受けてる。この夏の売り上げは、昨年の倍以上は軽く上がると思うよ」


 昨年は準備の期間という意味合いが大きく、名を売ることに必死だった。けれど今年は、ある程度の固定客を抱えた状態で、多くの新規客を抱え込むためのキャンペーンの企画や、新たな商業施設のオープンなどを企画し、万全の状態。

 この暑さに頭をやられ、少し財布の紐が緩くなり、心の余裕がなくなった客たちに、極上を味わわせて娯楽に浸らせる。

 それが、今年のACEの戦略である。


「さて。おさらいなんだけど、今年はエルデシアン麻雀っていうちょっと大きめのプロジェクトが進んでる。プレオープンパーティーは一週間後、三日に渡って行なうよ。招待状はあと少し余ってるけど、配れる知り合いは何人か残ってるから、全部配りきる」


 計画の第一段階は影響力がある人(インフルエンサー)たちにプレオープンパーティーで遊んで貰うところから。彼らは常に新しく面白い娯楽に飢えている。この麻雀という遊戯(ゲーム)には、彼らを十分に満足させるポテンシャルがある。

 大切なのは、ルールを理解させ、面白さを気づかせること。そのために、従業員にはマニュアルを徹底し、説明・進行と遊戯(ゲーム)の補助をするディーラーを多めに立てて、短い時間でも効率的に遊べるように手配した。

 結局のところ、遊戯(ゲーム)というのはルールが分からなければ面白さが伝わらない。麻雀は、その点が少し難しいところだ。

 ただ、複雑なルールには、それだけやり込みの要素がある。一度ルールを覚えてしまえば、同じ相手とでも何度でも遊べるほどの中毒性がある。


「これに関しては僕が主導するよ。皆の力を借りることになると思うからよろしくね」


 はい、と皆が声を揃えて返事をする。このプロジェクトだけは、アルスが進めなければならない。貴族のコネも平民の物量も、全てを利用した大勝負だ。ほかの人には任せられない。言い出しっぺなのだから。


「じゃあ、次にトムが担当している、婦人向けの接待クラブについて」

「はい。先月からプレオープンをはじめ、今は何とか盛況です。接待する者たちが婦人方から"ホスト様"と呼ばれることから、ホストクラブと名付けました」

「ホストクラブ。いいね。分かりやすくてシンプルだ」

「貴族の夫人を相手にするレベルの接客を仕込んだ、見目麗しい若い青年が、婦人の話し相手をしながら、フロアを盛り上げる、王都に未だかつてない新たなクラブの様式です。日に日に口コミで広がっており、新規客もかなり多く、会員数もどんどん増えています」


 アルスのパトロンの暇を持て余している未亡人を講師に迎え、見目麗しい青年たちに徹底的に接客を仕込み、彼らをホストとして、客人をもてなす新しいクラブ。

 今、クラブでの接待員は女性が中心だが、それをあえて男性にし、クラブの客層に女性客を据えるという大胆な企画だ。

 これも転ぶかもしれないという不安はあったのだが、パトロンの女性が社交界で大変に顔が広かったらしく、裕福な家の婦人や、若くして収入を多く得ている女性たちが、疲れを癒しに、見目麗しい青年との触れ合いを求めてやってくる。

 貴族の既婚夫人を相手にすると拗れることもあるので、絶対に相手に手を出さないこと、とホスト達には教育している。少なくとも、貴族社会の火種とならないように、パトロンの未亡人に徹底的に教育して貰った。


「需要が増え、フロアが回り始め無くなっているので、人材の確保に動いています。即戦力が捕まればありがたいですが、なかなか」

「貴婦人を相手にできる教養を持つ人間なんて、貴族の男子くらいしかいないからね。だからといって、貴族の男子を雇うっていうのも現実的じゃない」

「はい。今はそちらが一番の問題点です。働いている子たちが今はやる気に漲っているので何とかもっている形ですが、労働形態を維持するためにも、早々に人材の確保が必要です。すでに面接を済ませた人員は、マナーを身に着け始めています」


 今のところ、トムに任せておいて問題なさそうだ、とアルスは考える。人員不足は常にどこの施設でも付きまとう問題だ。人材を斡旋してくれる施設でもあればいいのだが、今度事業主の卵たちが集まる夜会に参加する機会があれば話してみようかと思う。


「ありがとう。じゃあ、次。ミランの主導するファッションショーについて」

「はい。社長の支援していらっしゃるアザレア工房との提携で、青海の節の頭にファッションショーを執り行うことになりました。アザレア工房は社交界への進出を目標としており、それを支援し、また服飾による娯楽を流行らせるため、試験的に興行を執り行います」

「アザレア工房のほかにも、たくさんの服飾店に参加してもらうことになったね。中には服飾学校の学生さんも、高い壁を乗り越えて応募を通してる。王都一番の芸術ホールを押さえられたからね。ド派手にやりたいね」

「はい。モデルの人選も完了し、依頼を出しております。あとは各店との打ち合わせを綿密にし、出展する服の最終調整が済めば、後はイベントを成功させるだけです」


 大きなプロジェクトとしてはこの三つだが、それ以外にも既存の店の売り上げも落とさないように努力する必要がある。誰一人としてサボっている暇はない。

 アルスの号令で、全員が手を天井につきあげ、雄たけびを上げた。夏の戦いが、今始まる。

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