閑話:リリーナのこれから
(か……わいい……!)
自分よりやや低い背で、藍玉の瞳をまっすぐにリリーナの瞳に向け、やや上目遣いで、小首を傾げて自分を見上げる少女の姿。
リリーナは絶賛、アルシェスタの愛らしさに悶絶していた。立ち絵が動く技術で作られていたゲームでも、アルシェスタは髪を揺らしたり、微笑んだりしていたが、実際に目の前で動くのを見ると、感動もひとしおである。
親友キャラとして、アルシェスタはある程度人気だった。学院にいる日がランダムなので、パラメータを安定してカンストさせたい周回プレイヤーはたびたび「健康でいろよ!」と謎のキレ方をしているものの、ゲームの仕様的に、期日までにパラメータが足りない場合は、アルシェスタがそれを補う特訓を持って来てくれるので、だいたいのプレイヤーは彼女に恩がある。
リリーナも例に漏れず、アルシェスタという少女のことが大好きだった。何なら、目の前で動くきらきらした王子様を見たときよりも、今の方が胸がドキドキしている。
思わず抱きしめたい衝動を堪えながらも、リリーナは生身のアルシェスタを堪能していた。
呆れられているのか、哀れまれているのか、アルシェスタはいつも優雅な微笑みを浮かべているので何を考えているのか分からない。貴族の処世術とはかくも恐ろしいものか。そうは思っても、アルシェスタは絶対に裏切らないという安心感があるリリーナは、どんどんアルシェスタに依存していく。
アルシェスタと縁を結んでからというものの、アルシェスタが手を回してくれたのか、茶会の招待状が届くようになった。
これで社交のノウハウを得て、その技能を鍛えることができる。マナー講師に関してはパトロンに頼んだのに加え、放課後に下位貴族向けに開催されているサロンを勧められ、そちらにも通うようになった。
図書室で魔術の勉強にいい教本を教えて貰ったり、アルシェスタからは最新の魔術理論の論文の写しを譲って貰ったり。
アルシェスタと友人になるだけで、ぐんぐんと成長する環境が整っていく。リリーナは心から彼女に感謝していた。
◆◇◆
一方で、恋愛シミュレーションの方も、何故か順調だった。パラメータが足りないかと思っていたので、イベントが起きまくることは意外だった。
何もせずに出会ったり仲が深まったりするユーウェルは、妹の面倒をみるような気持ちでリリーナのことを気に掛ける。何となくだが、王家から正式に任務としてリリーナを見守ることを任されたのが嬉しいのかもしれない。彼は父と兄を為政者として尊敬しているので、自分も立派な王族であろうとしているからだ。
努力の秀才であるグウェンは、才能だけで王家に目を掛けられるリリーナのことが気に入らない。しかし、彼は公正な人だ。努力すれば認めてくれるし、何よりも本人が努力の尊さを知っている。必死に身に着けたマナーやダンスに及第点をつけてくれたことが嬉しかった。
サロモンは相変わらず優しい。クラスメイトに押し付けられ、課題の山を運ばされているときに手伝ってくれた。大商人の息子である彼は平民や下位貴族とも交流を持つ機会が多いためか、伯爵家以上の家特有の、下位貴族を侮る雰囲気がない。会話をしていると大らかに笑ってくれるので、話しやすい。
オーエンはユーウェルと交流をしていると自然と仲良くなる。去り際によく口説いて去っていくので、彼の女たらしを知らなければ簡単に好きになってしまいそうだ。とはいえ、彼のルートのイベントのお陰で、魔術競技会ではぼっちを回避できたのでありがたかった。
そして、イルヴァンは――なるべく、近づかないように意識をした。イルヴァンのルートもやったにはやったのだが、あまりにも罪悪感が大きくて、アルシェスタに申し訳なくて、絶対にイルヴァンのルートを進めたくないと思っているのだ。
(イルヴァンのルートを進めたら、シェス様は――)
とはいえ、すれ違ったら軽い挨拶くらいはするし、アルシェスタに伝言があるなら預かると言われる。5ルートの中で唯一ここだけが婚約者同士の関係が温厚なので、無用な手出しを絶対にしたくない。
イルヴァンとアルシェスタのカップリング――通称イルシェスは、乙女ゲームの攻略対象者とは思えないほどに人気のカップリングだ。
普段は完璧なアルシェスタが、イルヴァンにだけは少し雑になるところを見せたり、イルヴァンルート以外での、イルヴァンのアルシェスタへの溺愛っぷりが異常だったり。
何故イルヴァンを攻略対象にしたのか、とまで言われるほどだ。
成長シミュレーションの鈍行具合に比較して、何故か順調な恋愛シミュレーションに不穏な気配を感じつつも、今のリリーナの気持ち的には圧倒的に恋愛よりも成長だ。
もちろん、このゲームの攻略対象者は皆好きなので、苦しんでいるところは力になりたいと思っている。恋愛に発展せずとも、何かできることはあるはず。
そのためにはまず、人脈作りだ。そう言い聞かせて、リリーナは順調に攻略対象者との絆を育んでいた。
シナリオはおよそ、ゲームで知っている通りに進んでいく。今のところ、ゲームと違うのは、あしなが美少年がリリーナに直接会いに来て話を聞いてくれることと、アルシェスタとの出会いのタイミングがずれたこと、それと生徒会の面子が少し変わっていて、何だかすごい量の学生がしょっ引かれたくらいだ。――意外と多いな、とリリーナは首を傾げる。
知っている未来のうち、誰かが傷つくようなものは、積極的に回避していきたいし、リリーナがいることで回避できる不幸は、何とか原作のように回避に力を尽くしたいと願っている。
しかし、知っていてもどうにもならないこともある。そのうちの一つが、危険な目に遭う系のシナリオだ。
魔術競技会のとき、アイアンアルマジロの暴走が起きる。阻止できないかとも思ったが、魔術競技会の最中は、あまりにも自由に動けない。他者に伝える手段もうまく講じれなかったので、結局アイアンアルマジロの魔物化は起きてしまった。
そしてその最中、リリーナを庇って誰かが怪我をする。そうならないように立ち回ろうと思ったのだが、本人の運動神経は、一朝一夕で鍛えられるものではないし、どの時点で起きるかも定かではない。
結果的に、リリーナはそのイベントを回避できなかった。今の時点で、一番好感度が高い攻略対象者に庇われ、怪我をさせてしまう――。
――その結果、リリーナを庇ったのは、何故かアルシェスタだった。リリーナは、アルシェスタが大きなけがをした事実に泣きそうになり、原作では存在しなかったルートに、訳も分からず混乱した。
必ず、ユーウェル、グウェン、サロモン、オーエン、イルヴァンの誰かが庇うのだ。全員の好感度が一緒の場合はユーウェルが庇う。
それなのに、この現実では、アルシェスタだった。
無事にアルシェスタの手当てが済み、病院へ運ばれた夜、リリーナはやっと思考が落ち着いて、その事実について考えてみた。
もしかしたら、アルシェスタに依存しすぎて、アルシェスタルートができた――? なんて、そんなことを考える。
そういえば、同時期に発売された乙女ゲームでは、親友との友情ルートがあり、そのルートだと疑似的な逆ハーレムルートになっていた。エル花には逆ハーレムルートはないが、逆ハーレムルートを探すために、アルシェスタの好感度を上げようと躍起になっていたプレイヤーもいた気がする。
親友との友情エンドはつまり、攻略対象者も含めて皆仲良し! という結末だ。それが一番平和な気がするので、あわよくばその結末を目指したいが、いかんせん原作にないルートなので、やってみるならとにかくアルシェスタに好きを伝え続けるしかない。
夏期休暇を前にして、リリーナは小さく息を吐く。
「これから夏期休暇が終わるまで――もしくは、イルヴァンのルートが進むまで、シェス様に会えないなんて……」
夏期休暇中、アルシェスタは忙しいらしく、全く会えない。夏期休暇中はバイトをしてお金を貯め、アイテムを買ったり、攻略対象者と会って好感度を上げたりする期間だ。パラメータを上げるための特訓もできるが、少し効率が落ちるため、アイテムを買うためにバイトに全ツッパが王道と言われている。
貴族の娘がバイトなんて、と言われるかもしれないが、リリーナの実家は貧乏男爵家だ。お金はいくらでも必要だし、第二学期以降の特訓の効率を上げられるかどうかは、この期間に稼げる金額にかかっていると言っても過言ではない。
「シェス様不足で泣きそうだけど、お金は貯めたいし、バイト頑張ろう……」
これから来る未来のため、理想の淑女になるため、リリーナはとにかく、今を全力で生きる。いつかアルシェスタに「立派になりましたね」と言って貰うのが現在の目標だ。そのために、勉強も、バイトも、今できることを精いっぱいやろう。
そう思いながら、リリーナは一歩を踏み出したのである。
(そういえば、夏期休暇中は、隠しキャラとの出会いイベントがあるんだけど……この世界では、発生するのかな)
隠しキャラは、既存ルート攻略で出現するルートだ。3人全員の攻略をするためには、パッケージにいる5人の攻略が必要となる。
もちろん、この世界では周回プレイなんてできないので、普通に考えれば、隠しキャラには出会えないと、そう思う。
「一応、出会いイベントだけは起こそうとしてみよう。だって皆好きなんだもん……エル花の攻略キャラは全員好き……それに……」
ルートに入っていないことを祈るのだが、イルヴァンや隠しキャラのルートに入る場合だと、彼に会える。
「もう一人の親友キャラにも、会えるかもしれないし」
リリーナはよし、と気合を入れて、夏期休暇に臨む。一日たりとも無駄にしないように、うだるような暑さに負けないことを誓った。




