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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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閑話:ベルローズのこれから

 主催者が知り合いでない夜会に出るのは初めてだ。ベルローズは緊張しながら、普段の夜会には着ていけないような、少しだけ少女趣味のドレスに袖を通す。王子妃として、女性からの尊敬を集めるためには、どうしても少し背伸びをした装いの方が注目を集めやすい。

 けれど今日の夜会では、そういったことを気にする必要もない。思わず一目惚れして買ってしまったものの、どこに着ていくかを悩んでいたドレスが日の目を見た。

 仮面は既製品の方が妙な勘繰りを避けられるとのことで、急遽いつも利用している商会の者を呼び、用立てて貰った。夕暮れが通り過ぎ、夜の(とばり)が降りたところで馬車に乗り込み、会場へと向かう。


 未知の世界への入り口に、思わずドキドキした。

 豪奢なホールは、城や公爵邸に比べればもちろんランクは落ちるが、センスのいい調度品に、流行の飾りつけ。料理もドリンクも一流で、確実に主催者が貴族であることが分かる。

 もともと女性にしては背の高い自分よりも背丈が高い淑女が何人かいて、ドレスのふっくらとした袖ですら隠し切れない逞しい腕が見えて、ベルローズははっとする。


(本当に何でもありなのね。すごいわ)


 何より、普段の夜会なら、行きつく暇もないほどにひっきりなしに自分の元を訪れる人の波が、今日は一切ない。純粋な気持ちでパーティーを楽しめる一方で、ベルローズは意外と自分が引っ込み思案なことを自覚した。


(あら……? 人に声を掛けるのって、こんなに難しいことだったかしら)


 いつもなら、身分や知名度、そして王子の婚約者という立場が保証してくれるゆえの、いわゆる「人気」というものが、ひっきりなしに人を集め、そしてベルローズに自信を与えてくれていた。

 しかしそれが無くなった途端、ベルローズはただの少女になってしまった。


(あ、あれ? あれ……?)


 ワルツが奏でられ、ダンスホールで人が踊り始めてもなお、ベルローズはおろおろとしてしまった。

 いつもなら、自信満々に人に声を掛け、傅かれるのが当たり前――けれどそれは、ベルローズ自身の価値ではなく、ベルローズ・マギアスという公爵家の娘であり、準王族という立場が与えてくれるものに過ぎない。

 それに気が付いてしまったベルローズは、等身大の自分を思い出すと同時に、ぶるりと肩を震わせた。


(もしも断罪を回避しても、その後も生きていかなければならないのだとしたら、私の本来の力ってこんなもの……? ま、まずいわ)


 王子という婚約者を失えば、ベルローズを侮る者も出てくるだろう。そういったとき、自力ではねのける力がなければ、食われるだけ。

 今になってそんな焦りが出てきてしまったベルローズは慌てて誰かに声を掛けようとするものの、上手くいかなくて、壁の華に成り下がってしまう。

 気晴らしで来たはずの舞踏会で、こんな醜態を晒して、この先どうやって生きて行けば――。

 悲しみに暮れるベルローズに、手を差し伸べる人物が現れたのは、その直後だった。


 見知らぬ紳士は、ベルローズが壁の華になっているのを見て声を掛けてくれたらしい。何という社交力!

 それでもどうしても意地っ張りが先行して「疲れたので休憩してました」と口から出た自分は、いよいよ社交界で生きるための訓練が身になっていることをひしひしと感じていた。

 少し芝居がかったセリフを言う紳士だったが、話がうまく、夜風に渡りながら薔薇の香りのする水を飲みながら穏やかな時間を過ごすだけで、実りのある時間になった。

 さらには、彼の言葉と、彼との小さな約束は、思った以上にベルローズの心を満たしていた。彼に背を押されて社交の輪に戻れば、いつも通り自然に人と会話ができた。


 振り返れば、あの紳士の姿はどこにもない。この舞踏会の取り決めで、素性を尋ねることは禁止なので、表の社交界で繋がることもない。

 それに寂しさを覚えつつも、ベルローズは会場を後にした。


(運命は自分の手で切り開かなければ、何も変わらない……)


 受け身では何も変わらない。環境に任せていては、良い方に、転がるとは限らない。

 ならば、ベルローズが――公爵家の娘、ベルローズ・マギアスの取るべき行動は――。


(積極的に、何かを変えに行こう。主人公(リリーナ)には悪いけど、私は私のやりたいようにさせて貰う)


 受け入れるべき運命と突っぱねるべき運命を選択できるように、根回しをする。そのために、ベルローズは動き始めた。


◆◇◆


 まず、ベルローズは生徒会への召喚の内容を考えた。原作では、二年生の役員はモブで、名前が出ていなかったので、誰なのか分からなかった。

 これからベルローズがやろうとしていることを考えると、人選はかなり慎重に行わなくてはならない。周囲にも納得させたうえで、仕事をこなしてくれる人間を選ばなければ。

 二年生から指名できる役員は二人――教師からの推薦や、成績上位者の名簿を見て、ベルローズはその名前を見つける。


(アルシェスタ・キングレー……シェス様……)


 ゲームにおける、主人公(リリーナ)の親友キャラ。愛らしい青の少女で、エルデシアン王国南東・海に面した領地を持つキングレー伯爵家の娘だ。

 全パラメータほぼカンスト近い数値を持ち、謎の人脈の広さを持って、主人公が理想の淑女になる手助けをしてくれる。シナリオにも密接にかかわり、ベルローズの企てる主人公の殺人未遂の証拠を暴き出すのは、アルシェスタの身内なのだ。ほかにもいろいろなルートの要所でかかわってくれる。

 しかし病弱ゆえに学院を休みがちで、アルシェスタが学院を休む日は発生しない特訓があり、ある程度ランダムであるため、アルシェスタが元気であるとパラメータが上がりやすい。


 だいたいそんな感じのキャラだが、しかし改めて成績表を見るとすさまじい。ベルローズも教養の分野では学年一位だが、それ以外はそうとは限らない。しかしアルシェスタは、魔術実技以外はほぼ軒並み学年一位だ。

 その魔術実技も、手を抜いているという描写があったはずだ。それを考えると、あのパラメータの数値も納得が行くというものだ。

 主人公のステータスをオールカンストまでやりこんでいたプレイヤーのモチベーションのほとんどは、アルシェスタ超えであったことは想像に難くない。


 ベルローズは少しだけ考えて、生徒会に彼女を任命することにした。彼女はただ一点、出席日数のみが問題児であったため、当初は教師から反対を受けたのだが、優等生であることに変わりはないので、許可は出た。

 もう一人は、学院の貴族子女たちを焦らせる目的で、優秀な平民であるビオを選抜する。


 ベルローズはこの世界の社交界で生きてきて、一つ思うところがあった。それは、いわゆる名無し――モブの貴族子女の意識があまりにも甘えているということだ。

 絵にかいたようなダメ貴族。自分で努力をせず、生まれ持った立場と権利に胡坐を掻いて、人を見下すのと無用な脅しをかけるのだけが一人前。

 本来なら将来の官僚を担うような人物が、親のコネ以外の何によっても就職できないような学力・社交力の低下状況。

 子の不祥事は、親が金と権力を使って解決。収賄や恐喝が横行する学院――。

 前世的な感覚かもしれないが、あまりにも不健全だ。ベルローズが学院にいるうちに、なるべくメスを入れておきたい。


(そもそも、リリーナの虐めも、ベルローズが全て主導したわけではないのよね。それなのに、断罪のシーンでは全てベルローズの仕業になっていた)


 ベルローズは、リリーナがユーウェルにかかわらない限り無害だ。つまり、本格的な攻略が始まる第二学期以降に起きる陰湿な虐めはベルローズがかかわっている可能性があるが、第一学期の虐めの責も押し付けられていた。

 つまり、この学院には、公爵家の娘にすべての責任を押し付けてもなんとも思わない、随分と危機感の薄い子女が多いということ。

 公爵家の調査能力をもってすれば、すぐにバレるのに。そして制裁を受けるのに。


「まずは、自派閥の徹底的な教育からね。腕が鳴るわ」


 自派閥の人間には、残念ながら大義名分を与えてしまう。ベルローズのためを思って、リリーナに制裁を加えたなどと勝手なことを言い出さないように、徹底的に言い含める必要がある。

 そこからの行動は早かった。自派閥の人間への教育と共に、ユーウェルと相談の上、学院の運営体制の変更を奏上してみないかという話になった。


 結論から言えば、自派閥の中にも腐った果実はたくさんあった。すでにやらかしている人間が数人――それらには、すぐに各家を訪問して再教育を申しつけた。


「あなたのところのご息女は、わたくしの意志も関係なしに、わたくしの意志だと嘘を吐いて、このわたくしの意志を語るのね。どういう教育をなさっているの?」


 公爵家の機嫌を損ねるわけにはいかない弱小の家ばかりだ。乗り込んで軽くゆさぶってみれば、当主たちは簡単にへこへこと頭を下げた。

 息女が勝手にベルローズの名前を使って何かをするようならば、今後の付き合いを考えなければならないと切り出せば、当主・夫人は慌てて再教育にかかった。息女は不満そうだったが、しかし一度茶会で彼女一人だけが分からない話題を十数分続けるだけで根をあげた。いわゆる村八分という現象は、どこの世界でも忌み嫌われるのだ。


 自派閥の教育、王子妃教育、王立学院の運営体制変更に向けたデータ収集と資料作成――激務に追われたベルローズを助けてくれたのは、家族や王家の人間、そして生徒会の面々だった。

 アルシェスタのお勧めしてくれたハーブティーは、もうすでに作業のお供と化していた。生徒会の業務中でも、ベルローズの顔色を見て気を遣ってくれるアルシェスタの存在に、ベルローズは癒されていた。


(やっぱり、そうなのよね。前世では私も主人公(リリーナ)の目線だったから……私にとっても、シェス様は親友なのよ。どんなときでも裏切らずに、助けてくれる、作中誰よりも頼れるキャラクターだった)


 世界が変わったとしても、この物語を知る人間は全て、主人公(リリーナ)としてこの物語を体験したのだ。エルデシアンの花の色のプレイヤーにとって、アルシェスタは等しく「親友」なのである。

 最初は何故主人公に転生しなかったのか、と自らの運命を恨んだが、逆に言えば、大好きな作品を別の局面から見られるこのポジションはお得では? と思える程度にはメンタルが回復したようだ。

 だいぶ前向きに、この世界をベルローズとして生きていく覚悟が整ってきた。


 学院の運営体制を奏上すると同時に、国家反逆罪の大量告発。我が国ながら情けない、と思わざるを得ない。よりにもよって、ラヴァード王国の王弟が留学中に、こんな事態になるだなんて。

 とはいえ、ジェフリーが祖国にあまりいい想いを抱いていないばかりに、ラヴァード王国にはそれほど大仰には伝わらなかったようだ。こればかりは運が良かったとしか言いようがない。

 しかし、これでお膳立ては終わった。悪役令嬢として、正面からシナリオという運命と戦う準備ができた。


 自派閥の者らには、無用な手出しはさせないように教育した。今後、ベルローズの名を使って、リリーナに彼女ら自身の憂さ晴らしをさせないように徹底的に教育した。

 自派閥以外の者らには牽制を掛けた。そのうち、率先して行動を起こしそうな常識の備わっていない子女には、あと一度のペナルティで退学というところまで追い込んだ。これで下手な行動を起こせば、即座に退学だ。さすがにここまでやれば、迂闊に動けないだろう。


 これらを徹底した理由はただ一つ。リリーナを見極めるためだ。

 リリーナがこの国に必要な人間なのか。リリーナがユーウェルを選ぶ場合、ユーウェルの伴侶として相応しい人物になれるのか。

 リリーナがどんなルートを選択したとしても、ベルローズの行動は、未来は、ベルローズ自身が選択できるように。取るに足らない者らの気まぐれで、自分の未来を壊されないように、環境をまずは調えた。


 リリーナが相応しくない者なら――手を汚す覚悟はある。それは、この国に生きる貴族としての、王家の婚約者としての役目だ。それを自分で見極め、選ぶために、ベルローズは前を向く。


「さぁ、かかっていらっしゃい。これがわたくし流の、悪役令嬢よ」


 守られるだけの女なんて、ユーウェルの、王家の婚約者には相応しくないから。

 虐げられて、耐えて、攻略対象者に守られる。そんな方法でしかユーウェルを愛せないなら、さっさと手を引くのだ。

 ベルローズは目の前に広がる運命に、堂々と立ち向かうことを決めて、一歩を踏み出したのだ。


(と、それはそれとして……もしも婚約がなくなったときのために、私はもう少し処世術を身に着けるべきね。きっと新しい縁談は難しいと思うし――もしかしたら、ザリアス様が哀れんで形だけでも娶ってくださるかもしれないけれど、公爵家の足を引っ張らないように、身を立てる方法だけでも模索しておこうかしら)


 それこそ、商売とか。前世という発想力のアドバンテージがあるのだから、それを活かさない手もない。婚約解消後、領地で商売がしてみたいとでも言えば、父は反対しなさそうだ。


「商人と言えば、リリーナはもうすぐ、私の最推しと出会う時期なのね……」


 前世、主人公(リリーナ)としてこの物語に触れたベルローズの最推しキャラは、ユーウェルではなかった。

 そしてベルローズが、自分の推しと接点を持てる可能性は限りなく低い。公爵家の娘という高い身分がそうさせるのだから。

 その点だけは、リリーナがとても羨ましいと思うベルローズだった。

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