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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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55. 夏が始まる

 アルシェスタは、変装を済ませて、鏡を見やる。いつもつけている薄手の手袋の上からでも、包帯は目立たない。これならば、何とかパトロンの代理を済ませられるだろう。

 ウルズ大公からは無理はしないように、と伝えられたが、怪我程度で休むほどのことでもない。

 リリーナの家に赴いて、少し話し相手をして、侍従役からドレスを手渡してもらうだけだ。式典の前には、何か不安がないかを確認するようにしている。


 クラブを出て馬車に乗り込み、馬車の中で従者役の男と簡単な打ち合わせをする。アルシェスタとウルズ大公を繋ぐこの男にも、随分と世話になっている。


「申し訳ございません、アルス様。お怪我で療養中なのに働かせてしまって」

「まぁ、仕方ないよ。引き受けたのはこっちだしね。それより、大丈夫? きっと、この盛夏の式典を終えたあたりから、下位貴族に至るまであらゆる貴族家が、リリーナ嬢の価値を認め始めると思うよ」

「学院における光の乙女の功績は素晴らしいものでしたからね。陛下から表彰されれば、手のひらを反す貴族家は多そうです」


 リリーナはしっかりと、国から保護された希少な光魔術師としての使命を果たしつつある。彼女はようやく、貴族社会へと迎え入れられる形となる。ただ、これからが大変だろう――権力争いに巻き込まれてしまうだろうから。

 それらを秘密裏に裏で監視し、不当な手を出してくる輩を排除するのが、今のウルズ大公の大きな仕事の一つであるようだ。


「ここからが、光の乙女を利用しようとする輩が本格的に動き出すことになるだろうし……リリーナ嬢の身辺は少し騒がしくなりそうだね」

「ええ。ですが、アルス様の手は煩わせませんから。大公閣下からは、アルス様には商売に集中させたいのでこれ以上の迷惑をかけるなと、仰せつかっております」

「別に気にしなくていいのに。便利に使ってくれれば、僕は満足なんだけどな」


 最近、ウルズ大公も何かと過保護だ、と思うアルスだった。あの怪我をした後、ウルズ大公からは、たくさんの見舞いの品が届いた。イルヴァンの次くらいに大量だった。

 見舞いと言えば、珍しい人物からも届いていた。それは、あの魔術競技会の日、足を震わせていた令嬢からだ。伯爵令嬢であった彼女からは、少しだけ素直でない言葉と共に、見舞いの品が届いた。手を煩わせたから、謝礼は払う、と。

 個人的には、自分の言葉で、振る舞いを見直してくれた貴族令嬢がいたことが、アルスは嬉しかったのである。


 シルファス男爵家に辿り着くと、もはや手慣れた様子で迎え入れられる。怪我をしていることを悟られないように意識して動きながら、アルスはリリーナの正面へと腰を下ろした。


「リリーナ嬢、ご機嫌麗しゅう」

「ご機嫌麗しゅう、アインハルト様。お会いできてうれしいです」

「僕もです。まずは、魔術競技会と夏季の定期考査、お疲れ様でした」

「ありがとうございます。色々とありましたが、何とか乗り越えられました。皆様の期待にも、ほんの少しではありますが、お応えできたのでは、と思っています」

「ええ。聞き及んでいます。すでに、社交界ではあなたのことが噂になっているようですね」


 今まではリリーナを爪弾きにしていた派閥も、リリーナを利用するために動いて来るだろう。純粋な彼女があの社交界でうまく立ち回れるかは心配ではあるが、しかしアルスはリリーナに対する認識を改めていた。

 彼女は守られるだけの少女ではない。自分の足で立ち、前を向いて歩ける少女だ。


 だから、助けを求められるまでは静観でいいのだと思う。あれこれと頼まれてもいないのに、手を出すのはナンセンスだ。


「私、もっと光の魔術を練習します。助けたいときに、助けたい人を助けられるように」

「ええ。きっと、皆もそれを望んでいると思います。もうすぐ盛夏の式典ですが、準備は進んでおりますか? 本日はドレスを持って来ましたが」

「いつもいつも、本当にありがとうございます。一応、マナー講師と相談をして、必要なマナーは身に着けたと思うのですが……陛下から直々に表彰されるだなんて、やっぱり少し不安はあります」


 リリーナはしゅん、と肩を落としてしまう。彼女にとって、表彰式の場で盛大にやらかしてしまわないかが心配なのだろう。

 とはいえ、リリーナのマナーは付け焼刃くらいの期間での練習にしては、よく身についてきている。元々のみ込みが早いのだろう。こういうタイプは、仕事を覚えるのも早いタイプだ、とアルスは一人で納得する。

 アルスは侍従役に視線で合図を送る。侍従役は、丁寧に礼をして、部屋の隅に運ばれていた大きな箱を、リリーナの足元へとそっと差し出した。


「どうぞ、開けてください。今回の式典のドレス――リリーナ嬢の希望に添える分だけ、用意してみました」


 リリーナは、目を輝かせて頷き、箱を開けた。今回のドレスは、夏のデザインであり、少しだけ涼しげな見た目をしている。肩と背中が開いた薄桃色を基調としたドレスに、最近社交界で流行しているシーサーペントの腹膜を素材にした、羽衣のストールを合わせたデザインだ。

 実はこれはキングレー伯爵領の沖で取れたものでつい数節前、シーサーペントの群れが観測され、サンチェスター侯爵領からの援軍と共に討伐に乗り出したのだ。

 そのシーサーペントの腹膜は、かなりの希少素材だが、薄く透き通っていて特別な光沢があり、しかも染料で綺麗に染まる。ドレスに合わせるストールの素材として、たいへん優れている。


 エドワーズの妻である隣領の公爵令嬢が王妃に献上したところ、王妃がこれをいたく気に入り、今年の夏の社交界では流行となる予定の品だ。

 リリーナがこれを身に着けることによって、彼女は社交界でも後れを取らないんだ、ということをアピールする。それが、今回のウルズ大公の作戦だ。


 ただ一つ気になることがあるとすれば、そのストールの色の指定が、淡い青色だった、というところだ。


(――どう考えても、僕の色なんだよなぁ……)


 リリーナがドレスに合わせるストールの色に選んだのは、アルシェスタの髪色に近い色だ。リリーナは今、きらきらと不思議な光沢を放つ、薄青――むしろ、薄い水色の透明なストールを広げて、目を輝かせている。


「シェス様の色……ふふっ」

(……はぁ。本当にどうしてくれようか、このかわいい生き物を)


 リリーナはしばらくドレスを広げたり眺めたりして、これでもかというほどに賛辞を連ねていた。

 そしてやがて、箱の中に入っていた、靴を収納する箱に手を伸ばすと、それを開けた。その中を見て、リリーナは零れ落ちるくらいに目を真ん丸にして、感嘆したように息を吐いた。

 箱の中に入っていたのは、ガラス製のハイヒールだ。桃色の聖花をモチーフとした造花が絡みついていて、鮮やかな花園と無機質なガラスが合わさった不揃いのコンセプトが、作り物としての美を引き立てていた。

 これは、リリーナから「ガラスの靴が履いてみたいです」という希望があり、知り合いのところへと試作してほしいと掛け合った結果、ドレスのデザインに合わせて装飾を済ませたものが返ってきたのだ。

 リリーナの発想にも感心したが、芸術的な仕上がりとなった靴には、十分にお洒落な靴としての説得力があった。


「きれい……」

「ガラスの靴という発想はかなり斬新でしたが、友人の工房で、オーダーメイドを受けていただけて。三節ほど時間がかかりましたが、ようやく形になったみたいです」

「す、すみません、我儘を言ってしまって。でも、一度だけ履いてみたかったんです。ガラスの靴……」


 リリーナは顔を紅潮させて、うっとりとその靴に魅入っていた。履いたことはないが、その靴には強い思い入れがあるようで、リリーナはしばらくずっと、その靴を見て、嬉しそうにしていた。


 盛夏の式典の当日、アルシェスタはイルヴァンから贈られたドレスに身を包み、自らも海蛇龍(シーサーペント)の羽衣のストールを羽織って、式典会場へと向かった。

 アルシェスタのストールの色は、イルヴァンの瞳であるロイヤル・インディゴの色をしていて、深い深海の色を思わせるような、表面の光沢が美しいドレスに合わせれば神秘性が増した。

 ちらちらと、こちらを見る瞳が目に入る。アルシェスタの髪には、イルヴァンから貰った髪飾りが輝いていた。


「シェス、腕は大丈夫?」

「ええ。ですが、申し訳ありません。ダンスは一曲だけになりそうです」

「仕方ないよ。踊らなくてもいいくらいだ」

「表彰されたのに、それは難しいです。ですからイルヴァン、今日のエスコートは優しくお願いしますね」

「ど、努力します……シェス、今日のシェスは何て言うか、ちょっと大人っぽいね」


 イルヴァンのドレスの趣味はいい。あまりイメージはないのだが、おしゃれ好きな母のクローゼットの中を見て育ったからか、服飾に関するセンスは非常に良かった。

 贈られるドレスは(ことごと)くアルシェスタによく似合い、着ることに抵抗を感じるようなものを贈られることは一度もなかった。

 そんなイルヴァンが、今回は珍しく、淡い系の色ではなく、落ち着いた深い色のドレスを送って来たのだ。それに合わせて、メイクや髪結いも大人っぽくしてみれば、いつもと少し雰囲気が変わったようだ。

 何となくイルヴァンがどぎまぎとしているように見えて、アルシェスタは面白くなってしまう。


「見惚れちゃいました?」

「えっ? ……うん」

「まぁ。冗談でしたのに。ありがとうございます、イルヴァン」


 心なしか本当に顔が赤くて、どれだけ女性に免疫がないんだ、とアルシェスタは内心息を吐き出す。式典が始まるまでの間、ずっとそわそわとしているイルヴァンを宥めながら、宮廷音楽家たちがファンファーレを奏でるのを合図に、式典は幕を開けた。


 あの日、共に背を預け合って戦った学友たちと共に、壇上へと並び、表彰を受け取った。アルシェスタも国王としっかりと顔を合わせたのは、夜会デビューの時以来なので、やはり背が少しだけ伸びてしまう。王妃は海蛇龍(シーサーペント)の羽衣のストールを纏って、満足そうに微笑んでいる。

 賞状と、表彰の証としてのピンバッチを受け取り、それを丁寧に仕舞い込む。そして、イルヴァンと共にダンスを踊って、テーブルへと着いた。例にもよって、途中で合流したジェフリーも一緒だ。


 そんな会場の中で、アルシェスタは、リリーナが多くの人に囲まれてどぎまぎとしているのを見やる。

 これから先、彼女は見えない悪意に襲われることもあるだろう。けれど貴族社会で生きていくためには、それを見分ける目を養う必要がある。

 彼女がこのスタートラインに立つまで、アルシェスタは表で裏で、色々と支えた。時に姿を変えたり、時に紙面で支え、時に彼女の手を握って、時に彼女を背に隠して。

 それらが全て無駄ではなかったと――戸惑いつつも、貴族社会の中で背を伸ばして立つ彼女を見やって、アルシェスタはほっと息を吐き出した。


(……もしも困ったら、いつだって助けに行くよ。だから、頑張れ。リリーナ)


 出会いと始まりの春が終わり、夏が始まっていく。まだ波乱の学院生活は、始まったばかりだった。

これで第一章第一部は終了となります。

恋愛要素が少し家出気味のようです。第二章が始まる頃には戻ってくる予定です。前半はハイファンタジーの要素の方が少し多いかもしれないです。

もう少し本筋に辿り着くのには時間がかかるかもしれませんが、お待ちいただければ幸いです。


第一章第二部は夏休み編です。少し書き溜めがしたいので、更新に間が空くかもしれません。

もしかしたら閑話に何か書くかもしれません(未定)。

数ある小説から拙作を読んでくださる方に感謝申し上げます。


ねるこ

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