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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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54. ベルローズの提案

「――そこまで。各自、ペンを置いて答案用紙の回収を待て」


 夏季の定期考査が終わった。この結果は、夏期休暇中、エントランスホールにて掲示されることになっている。

 アルシェスタは左手に包帯を巻いてぶら下げながら、利き腕とは逆の手で、かろうじてテストをやり切ったのだ。


 あの日の事件は、まだ原因等を調査中で、学院には忙しなく騎士や魔術師局の人間が出入りしている。

 魔物に立ち向かった生徒会の面々、及び有志の者らの話は、瞬く間に学院中を駆け抜けた。援軍が到着した頃には魔物は息絶えていて、騎士団の者たちは、学生だけでこの凶暴な魔物を制したことを、ひどく驚いていた。


 アルシェスタが痛々しい包帯を巻いた腕をぶら下げながら登校すると、色々な人間が気づかわしげに声を掛けて来た。

 アルシェスタは静まり返った会場から、唯一担架で運び出されて医務室へ運ばれた生徒だ。その様子を遠目に見ていた生徒がたくさんいたのだろう。

 まだうまく動かせないが、リリーナの魔術のお陰で、一週間ほどあれば包帯が取れるだろうと言われていた。目を覚ましたとき、しばらくイルヴァンからは放して貰えなかったのだが。


 定期考査が終わった後、アルシェスタは今期最後の生徒会へと顔を出す。生徒会は夏期休暇中にも何度か登校日を決め、夏が終わった秋に催す様々な学院行事の準備をすることにはなっているが、休暇前の最後の生徒会会議だ。

 とはいっても、簡単な確認事項を終えて、この間の痛ましい事件の情報共有を行なう程度だった。結局のところ、あのアイアンアルマジロの魔物化が、何を原因として起こったことか、というのは何も分からなかったのだそう。

 Mobには「臨界点」と呼ばれるものがあり、体にため込むことができる魔力の限界量を示している。それから溢れるほどの魔力を身に受けてしまうと、Mobは魔物化してしまう。

 アイアンアルマジロの臨界点は非常に高い。彼らは殻に魔力をため込む性質があるからか、臨界点も相当に高いのだ。それこそ、学生の魔力では足りないほどに。

 使役(テイム)できれば臨界点まで魔力を溜めないように制御ができるそうなのだが、何しろアイアンアルマジロは中立寄りのMobで、使役(テイム)が困難だった。

 どちらにせよ、今回の件を受けて、学院側は来年以降、この競技をどうするかをしっかりと話し合わねばならないだろう。


 皆を労った後で、ベルローズは告げた。


「此度、生徒や重鎮を守るために魔物に立ち向かった私たち生徒会四名、そしてユーウェル殿下、グラスティケイト卿、サンチェスター卿、ラヴァード王弟殿下、シルファス嬢の計九名は、盛夏の式典にて、国王陛下より表彰を受けることとなりました」


 その言葉に、生徒会の面々は驚いて目を丸くする。

 勲章まではいかずとも、春夏秋冬の式典の場で国王陛下御自ら表彰をするということは、その働きを恒久的に評価する、という言葉に等しい。

 あの場には王太子、王太子妃と王弟を含め、各貴族家当主などの重鎮が勢ぞろいしていた。学院生たちが真っ先に足止めに向かわなければ、そういった人間にも被害が及んでいたかもしれない。

 その功績を讃えて表彰する、という告知が、ユーウェルを通してベルローズの耳に届き、生徒会の皆に共有せよ、と命令を受けたそうだ。


 春夏秋冬の式典は、基本的に王都にいる貴族は参加を義務付けられており、各領地を授かる貴族たちは、任意参加となる。アルシェスタはもちろん、式典に顔を出さなければならない。


 思ったよりも目立ってしまったな、と思いながら、会議は終わり、アルシェスタは不自由な右手で荷物をまとめていた。

 すると、ベルローズに呼び止められる。


「アルシェスタ様。ごめんなさい、少しいいかしら」

「はい。どうなさいました、会長?」

「生徒会長としての用件が一つと、個人的な用件が一つあるの。少し、時間をとっていただくことはできるかしら」

「はい。この後は特に予定もないので、今からでも」

「それはありがたいわ。どうぞ、こちらにいらして」


 ベルローズに誘われて、隣の休憩室へと移る。座り心地の良いふわふわのソファへと腰を下ろすと、重圧で沈み込む感触が心地よい。

 ベルローズが正面に座って、気づかわしげに目を向けて来る。


「傷はどうかしら。痛む?」

「ええ、少し。ですが、大丈夫です。リリーナ様の手当のお陰で、それほど深い傷にならずにすみましたから」

「良かったわ……シルファス嬢も相当に慌てていたから、また顔を見せて差し上げてね」

「はい」


 リリーナも、この一週間、心配して事あるごとにアルシェスタの元へと足を運んでいた。三年生で、いつも引っ込み思案だった彼女が、二年生の教室を訪れてまでアルシェスタを見舞ってくれたのが、何だか嬉しかった。

 彼女が毎日甲斐甲斐しく光の魔術を掛けてくれたおかげで、傷の治りが早いのかもしれない。


 ベルローズは一息を挟んでから、そっと一枚の書類を差し出した。そこにあったのは、アンケート用紙だ。そこには「学院旅行」に関する問いが並んでいた。

 学院旅行は、秋晴の節半ばから一節ほどを掛けて、現三年生と、生徒会の面々が旅行に出かける行事だ。

 王立学院の学院旅行は、いつも隣国の国境で行われていたことが多かった。理由としては近いこと、安全なこと、王都とは違い自然にあふれた豊かで穏やかな土地であること、国外に行くという貴重な経験が積めること。


「学院旅行の、行き先……ですか」

「ええ。従来なら、ここに書かれてある通りなのだけれど……実は、この行先にはいくつか問題があって」

「問題?」

「一つめは、移動時間が長すぎること。行きに七日、帰りに七日。これだけで二週間もかかってしまうの。実際に滞在できるのは残りの二週間。移動時間が長すぎて、あまり(くつろ)げない、という意見もあるの」

「そう、でしょうね。隣国との国境を超えるなら、直線距離でも七日かかる……確かに、それは由々しき事態です」

「ええ。そして、二つめは、隣国に行くというのは、平民の生徒にとっては少し難しいところがあるの。旅費の積み立ても高いし、隣国は少しだけ言葉も違うから。私たち貴族は当たり前のように隣国の言葉を教養として持っているけれど、平民はそうではないから」


 ラヴァード王国は兄弟国ということもあり、言語体系はかなり似ているが、厳密には違う。互いの貴族・王族は当たり前のように相手の国の言葉を話せるが、平民はそうではない。


「だから、私は今年は違う場所を提案しようと思っているの。……色々考えた結果、平民の生徒たちの意見も重視して、今年はキングレー伯爵領へ学院旅行に行くことを提案してみようと思って」

「我が領に、ですか?」


 わざわざ国外に行かずとも、キングレー伯爵領でなら、穏やかな時間が過ごせる。移動時間も、隣のサンチェスター領まで三日を掛けて移動した後は、伯爵領まで()()()を使えばすぐに着く。

 思いがけない提案だった。アルシェスタにとっては、この提案はまさに天からの恵みに等しい。何故ならば、アルシェスタは海辺の開拓地の良さを喧伝してくれる、そんな広告塔をまさに待機していたのだから。


「でしたら、会長。私から一つ、提案があります」

「提案?」

「実は今、キングレー伯爵領では、来年度からオープンする予定の、巨大な慰安旅行先として、海辺に巨大なリゾートを建設していますの。今年の夏には、ほとんどの施設が完成予定なのです」

「まぁ……海辺のリゾート! 素敵だわ」


 領都が歓楽街、カジノなどの娯楽施設が集約する場所ならば、海辺の開拓地は休暇を穏やかに過ごし、満喫するための慰安の地だ。まさに、学院旅行で訪れるならば、これ以上にくつろげる土地はないだろう。


「私、海辺の開拓地に関してはかなりの裁量権を持っておりまして――プレオープンとして、皆様をお招きすることもできると思うのです」

「プレオープン!」

「私としては、若い世代の皆様に、オープン前に改めてご意見を伺いたいと思っていましたの。学院旅行の目的の一つである、学びの場としての意識を忘れないという部分に対しても寄り添えると思います。無論、領都にもある程度滞在日数を取れればと思います。キングレー伯爵領内の主要都市の移動は極めて簡単ですので」

「とてもありがたいけど、よろしいの? 私としては、即決でもいいほどの申し出だわ」

「無論、父に確認を取る必要はあるかと思いますが、父も快く受け入れてくださると思います。私の方から推薦状を書きますから、父に連絡を取っていただいてもよろしくて?」

「ええ、ええ。勿論です。ふふ、今年の学院旅行がとても楽しみになったわ。ありがとう、アルシェスタ様」


 思いがけない上客を百数人得られたアルシェスタは、早速帰ったら領地に手紙を送らねば、と考える。

 学院旅行に対する用件は、これで終わったようだ。次に、ベルローズの個人的な用件だ。これに関しては、心当たりがないが――アルシェスタは姿勢を正して、ベルローズの言葉を待った。


「私、学院を卒業したら、すぐに殿下と婚姻をして、王子妃になる予定なの。アルシェスタ様は、サンチェスター卿と婚姻した後、どうなさるかお決めになっているの?」

「……え? い、いえ。希望はありますが、まだ決まってはおりません」

「でしたら、もしよろしければ……私の、侍女になってくださらない?」


 王子妃の侍女。それは、全ての貴族令嬢にとって、最高位の職に近い。多くの高位貴族の令嬢は、他家に嫁いで夫人として役目を全うするものの、そうではない人間にとっては、王宮で働く使用人を志す者も多い。その中でも、王妃、王太子妃、王子妃の専属侍女というのは、最高の待遇を持っている。

 何せ、そのまま子どもの乳母を任せられることも多い立場だ。その地位を狙っている人間など、いくらでもいるだろう。


「私が、マギアス様の侍女に?」

「ええ。あなたはとても聡明で、周りを見るのもお上手。それに、いざというときに自分で身を守れる、とても希少な人材。私、あなたが欲しいわ」


 人から必要とされるのは、本当にありがたいことだ。けれど、アルシェスタにとって、その誘いは頷くわけにはいかないものだった。

 アルシェスタの目的は、最初から変わっていない。イルヴァンとの婚約の契約内容を何とかして、キングレー伯爵領の領主の一人として、海辺の開拓地を今後も見ていきたい。

 であるからこそ、それに頷くことはできなかった。


「……申し訳ありません、マギアス様」

「ごめんなさい、急に言われても困るわよね」

「いえ……お気持ちは、たいへんうれしく思います。ですが、私はまだ、イルヴァン様と婚姻するかも分かりませんので」

「……え?」


 ベルローズの表情から、色の一切が抜け落ちた。目を瞬かせて、口をぽかんと開いている。

 何か、そんなにショックなことがあっただろうか。そう思いながら、アルシェスタは首を傾げつつ、告げた。


「少し、婚姻の契約に納得が行かない部分があり、どうするかをイルヴァン様と話し合っている最中なのです。ですので、もしかしたらこのまま婚約解消ということもあり得るかもしれませんので」

「え……えっ!? サンチェスター卿とご婚姻なさらないの!? あんなに仲睦まじいのに」

「ふふ。私とイルヴァン様は、ほとんど兄妹のようなもので、男女としての情はないのです。私にとってイルヴァン様はとても大切な御方……ですが、私では彼の一番になれないのです」


 アルシェスタが困ったように微笑むと、ベルローズは目を瞬かせて唖然としていた。

 話は終わったようだ。アルシェスタは丁寧に挨拶を述べてその場から去っていった。その背中に届かないほどの呟きが、ベルローズの口から洩れた。


「――イルシェスって結婚しないの……!?」


 それは、まるで魂の叫びのような、切実な声音だった。

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