52. 震撼
表彰台に、三人の学院生が並ぶ。日はすでに傾き始め、黄昏が空を少しずつ侵し始めた頃だった。
長かったようで短かった二日間が終わり、学院生たちは日常に戻っていく。来週の定期考査が終われば、いよいよ長期の夏季休暇に入る。
ある意味で節目となるこの日、栄えある表彰台に並んでいるのはオーエン、レイサム、リリーナの三名だ。
王国が保護した光の乙女は、天才魔術師とその弟子の導きを受け、見事にその才能を示して見せた。
少なくとも、来賓たちの会話では彼女に対する好意的な反応が随分と増えていたように思う。
面白くないのは、リリーナをよく思わない令嬢たち。けれど彼女らは、あまりにも過酷な競技を前にして、二の足を踏めずにいた。
自分たちがあの場に出ていたとしても、醜態を晒しただけだろう。それを理解していたからこそ、何も言えなくなっていた。
新しく就任した学院長が表彰台へと昇り、それぞれに記念のメダルを贈る。小さな宝石が傍についているそれは、かなり希少な品だった。
魔術文字によって名前が刻まれた、世界に一つだけのメダル。オーエンはこれを三つ持っているというのだから、やはり魔術師局のエースの名に間違いはなかった。
レイサムも、魔術師局の重鎮たちに力を示すには十分な成績だ。彼の魔術師としての将来はきっと明るいだろう。
そして、リリーナには間違いなく、誤りもなく文字通りの「箔」が付いた。優れた師に導かれ、転入一年目にしてきっちりと自身の魔術師としての使命を全うしたリリーナは、宮廷魔術師、あるいは魔術師局の職員として迎え入れられるにあたって、着実に一つの大きな功績を積んだのだ。
学院長の宣言に、客席から拍手の音が次々に下りていく。
特にハプニングもなく、最優秀選手が発表され、表彰式が終わるかと思われた、その時だった。
轟音が、鳴り響く。大地が震撼する。
訓練場の中央が激しく揺らいだかと思うと、表彰台の傍の地中から、何かが飛び出してきた。
それは、一日前、この魔術競技会に参加した全員が思い切り魔術をぶつけた、一匹のMobだった。
「アイアンアルマジロ!? いや、様子が変だ!」
オーエンが叫ぶ。アイアンアルマジロは、二回りほど巨大化しており、さらには瞳が赤く輝き、理性を失っているように見えた。
瞳が赤く輝き、凶暴化したモノ――それは、魔物の特徴だった。
ワンテンポ遅れて、会場が阿鼻叫喚となる。オーエンは素早くレイサムに振り向いて、指示をした。
「レイサム。学院長を連れ、王家の皆様の護衛に就け」
「は!」
レイサムは学院長を伴い、そのまま素早く訓練場を脱出した。オーエンは、リリーナを背に庇うようにして、魔物化したアイアンアルマジロと対峙する。
その様子を席で見ていたアルシェスタたちは立ち上がる。イルヴァンは素早く口を開いた。
「俺はグラスティケイト卿と一緒に魔物を食い止める」
「私も行く。アイアンアルマジロの変異種はかなり危険な魔物だと聞いた。イルやグラスティケイト卿が魔物の対応に優れていると言っても、二人では無理だ」
「ジェフ」
「私の身の責任は私が取る。行こう、イル」
「……分かった。シェスは、皆の避難を手伝ってあげてくれ」
イルヴァンとジェフリーはそれぞれ剣を手にすると、そのまま手すりを蹴って、二階相当の高さから訓練場へと飛び降りた。アルシェスタもその後を追いたい気持ちはあったものの、生徒会の人間として、生徒の避難が最優先であることは理解ができた。
アルシェスタは視界の端で、ユーウェルとサロモン、そしてグウェンも訓練場へ降りて行ったのを見やると、生徒の避難の補助を開始した。
「皆様、落ち着いてくださいませ。押さずに、走らずに、落ち着いて。避難なさってください」
四つある出入り口に、恐怖に震える生徒たちが殺到する。アルシェスタは声を掛けて丁寧に列を捌きながら、震えて動けなくなった生徒の手を引いて入口へと案内する。
「邪魔よ。先にわたくしを通しなさい」
「きゃっ!」
そんな中、この状況になっても、揉めている生徒の輪を見つけると、アルシェスタはそちらに駆け寄った。令嬢に押し倒されて転んだ平民の少女を助け起こす。
「大丈夫ですか?」
「キングレー様……ありがとうございます」
「ちゃんと働きなさいよ、生徒会。まずは貴族の生徒の避難でしょう? どうなってるの?」
「お言葉ですが、口より先に足を動かしてくださいませ。このような非常時に、あなた方の面倒を一から十まで見ている余裕はありません」
珍しく厳しい言葉を返したアルシェスタを、令嬢は睨みつける。
「こんな時にまで平民ごときの機嫌を窺って点数稼ぎしているような者に指図されるいわれはありませんわ」
「これが点数稼ぎに見えるようでしたら、あなたは異常です」
「何ですって!?」
令嬢が激昂した横で、アルシェスタは足を挫いた平民の少女に肩を貸すと、そのまま歩き出した。耳元ですすり泣きながらすみません、と呟く少女に「もう少し、頑張ってくださいね」と声を掛けながら、アルシェスタは令嬢を無視して歩き始める。令嬢は憤った様子で、背中へと怒鳴りつけて来た。
「ちょっと!」
「今、この場は戦場です。判断を誤れば命を落としますよ。五体満足で帰りたいならば、今は周囲と協力をし、手を差し伸べ合って生き永らえるべきです」
「……っ」
「貴族たるもの、民を守るために動くのは当然のこと。あなたは違うのですか? ノブレスオブリージュの精神はないの?」
「――民が貴族のためにその身を捧げるのは当然のことですわ!」
「残念。私とあなたは思想が違うようです。足が震えて歩けないのならば後でお連れしますから、少々お待ちくださいませ」
令嬢はぶるりと足を揺らして、かろうじて立っていた。アルシェスタはそれを見守ると、入り口の付近にいた平民の女子生徒の集団に、足を挫いた少女を託して、すぐに令嬢の元へと戻った。少しだけ息を切らしながら、アルシェスタは令嬢の手を引いて歩き始めた。
彼女は、周囲の貴族令嬢たちが、一斉に避難に動き始めたのについていけなかったのだ。足が竦んで、頭が真っ白になった。周囲の友人たちは、我が身可愛さに取り残された彼女に気づかなかった。
意識が戻ったころには、周囲には誰もいなくて、彼女はパニックになっていた。長い平民の列にイライラとして、突き飛ばしてしまった――それが、今回の顛末だ。
「……あなたは、怖くはないの?」
「怖いです」
「では、どうして」
「皆のために、戦ってくれている人がいる」
訓練場では、オーエンやイルヴァンたちが立ち回り、凶暴な魔物を相手に何とか足を止めさせている。彼らがいなければ、今頃魔物は会場中を蹂躙していただろう。怪我人どころか、死人が出ていてもおかしくはなかった。
彼らが命を賭して作っている時間を無駄にはできない。彼らは、怪我人を出さないことを望んで、あの場所に立ち、恐怖に立ち向かっている。
だから、アルシェスタは観客席で駆け回り、一人でも多くの人間を助けるのだ。
「あなたが恐怖で動けなくなるのは正常な反応です。それは、恥じる必要はありません。けれど、命を賭して戦っている人を前にして、避難時に怪我人を増やすような行動をすることは、反省するべきです」
「……」
流石に、王子や隣国の王弟といった、本来ならば真っ先に守られるべき人間たちが、自分たちを守るために体を張ろうとしているのを見て、彼女にこれ以上の抵抗の言葉はなかったようだ。
入口の付近に辿り着くと、真っ青な顔をしている一人の女子生徒が駆け寄って来た。
「アリア様! ご無事でしたか、良かった……!」
「シャーリィ……」
アルシェスタは耳の奥で、泣き声を聞いた気がして、駆け寄って来た女生徒に、令嬢をそっと預けた。
「申し訳ありませんが、彼女をお願いできますか」
「キングレー様……本当にありがとうございます。アリア様は、私が責任をもってお連れします」
「お願いします」
アルシェスタはそのまま、泣き声が聞こえる方へと駆けだした。その背中を、令嬢は茫然と見送っていた。
やがて、場内の避難が一通り完了した頃、アルシェスタは呼びかけられる。そちらを振り向けば、そこには同様に息を切らせているベルローズの姿があった。
「避難を手伝ってくださってありがとう。向こう側は完了したわ」
「こちらも、完了したかと。あとは、あの魔物を」
眼下では、警備兵たちが蹴散らされ、生徒たちが肩を上下させ、息を切らせながら対峙している姿が見えた。
アイアンアルマジロはまだまだ元気だ。恐らくは戦力が若干足りないのだろう。
「あなたも避難を――アルシェスタ様!?」
アルシェスタは、そのまま手すりへと足を掛けると、飛び降りた。それを見たベルローズは目を見開いて、慌てて階段を降りて行った。




