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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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49. アスレチック・レース

 控室前の騒動が終わり、競技会はいよいよ佳境となった。

 これより上は、いずれも粒ぞろいの精鋭たちによる競技となる。少なくともここまでのレベルになれば、まぐれ上がりは許されない、正真正銘の実力勝負だ。

 アルシェスタたち、Jチームの相手は、リリーナたち、Qチームである。

 ある意味で、観客席にとっては番狂わせ(ジャイアントキリング)を心待ちにする対戦カードでもあったようだ。


「それでは、競技の説明をする」


 教師たちが幾重にも詠唱を重ねると、フィールドは大きな変化を遂げる。地質に干渉する元素魔術、生み出された巨大な湖、浮かび上がる小石の島、視界を覆い隠す雑木林――。

 それは、全て選び抜かれた教師陣、そしてこの日のために雇われた魔術師たちの、技術の粋を集めたアスレチック・フィールド。


「第三戦のルールは、アスレチック・レースだ。この競技場を一周して戻ってくる。それだけの競技だ」


 それだけ、とは言えども。教師たちが準備したアスレチックの数々には、それぞれ一筋縄ではいかない魔術式が刻まれているだろう。ただの障害物競争(アスレチック)であるはずがない。

 双方ともに、会場を見渡してコースを確認する。まず、最初に抜けるべきは「雑木林」のコース。視界が悪く、中に入ってしまえば同じような景色ばかりで、左右も分からないだろう。


(単純に予測すれば、教師たちはそれを利用して、方角を錯覚させるような魔術を組み込んでいると思うが……)


 さて。教師たちは、生徒たちの予測を超えられるのか。そこは、年の功とでもいうべきか、手並みを拝見といったところだろう。

 雑木林のコースを抜けると、次に待っているのは「湖」のコースだ。飛び石の小島を渡ったり、浮かぶ丸太を伝ったり、そういった手段で、巨大な湖を乗り越え、中央の島を目指す。

 水の上で浮力のみで浮かぶそれは、人間の体重が加われば、かなり独特な動きをするだろう。少なくとも、体幹がしっかりとしていない人間にとっては、かなり厳しいアスレチックになるはずだ。


 そこを抜けると、最後に立体構造物を三つ抜けて、ゴールだ。教師たちの努力の結晶が顕現すると、彼らはどこか得意げに口元を緩めた。


 数分間の相談時間の後、競技は同時に開始される。妨害行為は禁止だが、レースという形式上、同時進行の方が場も盛り上がるだろう。

 相談の最中、わっと盛り上がる声を聞いて、アルシェスタは顔を上げた。イルヴァンと、ジェフリーも同様にだ。

 すると、遥か上方、ロイヤルシートのところに、この国の王太子、王太子妃と、王弟が姿を現したのだ。

 エルデシアン王国の現王太子は、ユーウェルの兄であるマティアス第一王子が就任している。その王太子妃には、隣国・ラヴァード王国から嫁いできたミカルーシェ王女が迎え入れられた。

 定期的に互いの王家の血を混ぜ、国交が友好的であることを示している兄弟国の象徴のような二人であった。

 王弟は、二人の付き添いだろうか。本人は授業参観のような気持ちでいるような気がしなくもない。


「すごいな。王太子殿下に王太子妃殿下、王弟殿下もお見えか」

「この競技会は毎年、来賓の方が多いですから。将来、国を守ってくれる魔術師を見出す場でもありますし」

「確か、爵位を持っている御仁とその同伴者ならば、観戦が許されるのだったか。いよいよ優勝が見えるといったこの競技から、観戦者の数はぐっと増えるということか」


 出世を目指す人間にとっては、この上ないアピールの機会だ。普段は目通りすら願えない天上人(てんじょうびと)達に、自らの実力を示す機会である。


「シェス、大丈夫か? ここまでしっかりとしたアスレチックだと思わなかった」

「はい。大丈夫です。これでも体幹は良い方だと思うので」

「まぁ、シェスはダンスもバレエも上手だから、そっちはあんまり心配してないけど……怪我はしないようにな」

「もう、過保護なんですから」


 イルヴァンの頭は、真っ先にアルシェスタの心配をする。それを見て苦笑しながら、アルシェスタはそっとイルヴァンの背を押した。

 イルヴァンが先行、アルシェスタがその後に続いて、殿(しんがり)をジェフリーが務める。

 罠があればイルヴァンが内容を確かめて、その場でアドリブで対処。

 作戦も何もない、これでは脳筋と呼ばれても仕方のない、Jチームの作戦だ。


 一方のQチームは、リリーナがやや不安な顔を見せていた。


「だ、大丈夫でしょうか。私、運動はあまり得意ではないのですが」

「大丈夫だよ。身体強化魔術を使えば、それなりにクリアできるものばかりだから。向こうは確かに運動神経がいい人たちが多いけれど、険しい環境で戦い抜いてるのは、何も騎士だけじゃない」


 オーエンはちらりとJチームの面々を覗いた後で、リリーナに色っぽく微笑みかける。レイサムも、それに同調するように頷いた。リリーナは不安そうに瞳を揺らしていたが、やがて何度か深呼吸をすると、こくりと頷き返した。


 それぞれのチームが、スタートラインに着いた。審判役の教師が白いフラッグを掲げると、それを一度下へと下ろしてから、振り上げた。

 それを合図に、両チームが一気にスタートした。この競技では、三人目がゴールラインを越した段階で勝負が決する。

 つまり、誰一人として、アスレチックをクリアせずに勝利することはできないのだ。

 毎年、ここで多くの貴族の令息令嬢たちが脱落していく。身体強化魔術を使って運動神経を強化しても、元がしっかりとしていなければ、結局体力が尽きてしまい、アスレチックを乗り越えることができなくなってしまうのである。


 雑木林へと飛び込むと、案の定、すぐに隣のチームは見えなくなった。やはり、視覚に錯覚を起こすような魔術が仕込まれていると見える。


「"迷いの森"――得意な教師が確か一人いたか。これ、どうやって破るんだっけ」

「一般的には、音を頼りにすることが多いようです」

「音?」

「大きな音を鳴らして、響いている方角へと歩いていくと抜けられる。視覚への干渉と空間を歪めることによって成り立つ、幻術の一つですから」

「なるほど。――あ、確かに、今大きな音が聞こえたな。グラスティケイト卿たちも、同じ手を使ってるってことか」


 イルヴァンとジェフリーがどうやって大きな音を立てようかと相談し始めたところで、アルシェスタはふと、一つの論文が頭を過った。

 それは、実家にいた頃、エドワーズが読んでいた魔術理論の論文だ。何しろ、背伸びをしたいお年頃だったアルシェスタは、兄の読んでいた難しい論文を、横から覗き込んでいたのだ。そして、母からの教育のためにその内容を理解できてしまったアルシェスタは、その知識を少しだけ持っていた。


「――確か、空間歪曲に対しては、強い風の力をぶつけることで有効打を示せたかもしれません」

「風の力?」

「そんな魔術理論に関する論文が、数年前に発行されていました。一般化されていないということは、燃費が悪いか、あるいは――」

「一般的には難しいか、ということか。だが、偶然にもここには風属性の適性がある人間が三人いて、そのうちの少なくとも二人は力を持て余しているわけだが」

「やってみるか!」


 すぐにパワーで解決しようとするのを見て、やはり外からの評価は間違っていないものなのだと実感する。

 三人で横並びになって、風の魔力を集めて、歪んでいる空間へと思い切り風をぶつけた。

 すさまじい豪風が吹き荒れたかと思うと、目の前の空間の歪みは収束し、すっきりとした林道が見えて来た。

 しかし、それは同時に――。


「あははっ。Jチームはやっぱり非常識的で芸術的な解決方法を提示してくれるね。まさか、幻術そのものを吹き飛ばすだなんて」

「す、すごい……林の幻術が解けてる!」


 Qチームが進む雑木林の幻術をも破壊したことに等しかった。オーエンは爽やかに「お先にっ」と告げて駆けていく。リリーナとレイサムも、その後に同時に進んでいく。

 一方で、自慢の幻術を力技で解決されたことに、教師の一人がその場で崩れ落ちるのが見えた。すまんな、と心の中で謝りながら、アルシェスタはイルヴァンに手を引かれて、その後へと続いていく。


 Qチームに一歩遅れて湖へと到達すると、彼らはすでに飛び石の小島を渡り始めていた。とはいえ、浮力で浮いているだけの石に乗ると、左右へと揺れて立っていられなくなる。自分の体重を乗せても大丈夫な石を見極めて、それを使って確実に渡っていくのが必要となる。

 湖には弱化の魔術が掛けられており、落ちるごとに魔力と体力をじわじわと奪われていく。続行不可能と判断された場合は教師によって湖から連れ出され、その場で脱落となる。

 この第二関門が、ある意味で振るい落とされる試練の場でもある。


 オーエンは風属性の魔術の支援を受けつつ、軽やかに飛び石を探していく。レイサムも同じように、後へと続く。しかし、リリーナはかなり慎重に飛んでいた。落ちるとロスになることを分かっているからか、渡る石をゆっくりと選定し、確実に進んでいた。


「ここなら追いつけそうだ。ジェフ、行くぞ」

「アルシェスタ嬢は?」

「お構いなく。どうぞ、先にお進みください」

「大丈夫だ。水上は、シェスの遊び場だから」


 イルヴァンはそう告げると、ジェフリーを連れて先に身軽に湖を渡りだした。流石に身体能力に優れる二人は、多少覚束ない足場を選んだところで、その体幹をぶらすようなことはない。

 二人は軽々リリーナを追い越すと、そのままリリーナを気にしながら進んでいたオーエンとレイサムをも追い抜かして、すぐに中央へと接近していく。

 単純なアスレチックレースならば、あの二人に勝てる者はいないだろう。そう、会場中が確信する程度には、二人の身のこなしは見事だった。

 アルシェスタはその二人の背を見送ると、そのまま水面へと足を踏み出した。

 足元が音を立てて凍り、まるで水上を歩くように、アルシェスタはすいすいと水面を進んでいく。


「あ、シェス様、ずるい……」

「ふふ。お先に失礼いたします。リリーナ様」


 必死に飛び石を飛んでいたリリーナは、アルシェスタが水面を凍らせてショートカットしているのを見て、思わずそんな言葉をつぶやいてしまった。

 アルシェスタはまるでダンスを踊るように軽やかに、時折飛び石に飛び乗って休憩しながら、すいすいと中央の小島へと接近していく。

 「氷渡(こおりわたり)」とアルシェスタが呼んでいるこの技は、海辺で自由に活動するために身に着けた氷魔術の応用だった。

 足元を凍らせ、すぐに溶かすことによってロスをなくし、まるで水の上を歩いているかのように見えるのである。


 アルシェスタは飛び石の位置を考慮せずに、ただまっすぐに中央の浮島へと向かっていった。実質的に、イルヴァンとジェフリーが到達した時間よりも十数秒遅れた程度で、オーエンとレイサムが到達したのと同時くらいだった。


 Jチームは、Qチームよりも十数秒早く、次の競技に挑む権利を得たのである。

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