48. 同じ手を通用させないためには
オーエン・リリーナ・レイサムのQチームは優勝候補筆頭だ。魔術師局の魔術師が二人いるうえ、全学院生が注目している光魔術の使い手が在籍している。
目立つ前に撤退予定だったのだが、流石にこのチームに勝てることはなさそうだ、というのが客観的な意見だった。
昼食を挟んで、競技が行われる直前。アルシェスタは控室に向かう途中、姦しい女性たちの声を聞いた。
「――だから、ご自分の立場を理解なさって? あなたはただ、グラスティケイト卿のお飾りに過ぎないの。あなたのような平凡な魔術師が、ここに立ってるだけで奇跡なのよ?」
「随分と大きな顔をして観客席に手を振っていたみたいじゃない。実力もないくせに、お恥ずかしくないのかしら」
足を止めて、嫌な予感がしてそちらをちらりと見やる。すると案の定、観客席の華と化していた高位貴族の令嬢たちが、リリーナを取り囲んで詰っている場面を見つけた。
アルシェスタが足を止めたことに気づいたのか、数歩先で、イルヴァンとジェフリーも足を止めた。
二人は、騒がしくリリーナを責め立てる声を聞いて、ああ、と察したように眉をひそめた。
「……またか。飽きないな、あの人たちも」
「クラスは違うが、残念ながらよく見る光景だな」
「リリーナ様はいつも、あのように囲まれていらっしゃるのですか?」
尋ねるまでもないことを、アルシェスタは敢えて口にした。イルヴァンとジェフリーは、重々しく頷いた。そして二人で顔を見合わせて頷き合う。
「ひとまず、間に割って入るべきだろうな。相手は伯爵家、侯爵家のご令嬢方だ。男爵家の彼女にとってはなかなか相手をするのが難しい立場だろう」
「そうだな。弱い者いじめは良くない。何よりも、彼女らがそれを口にするというのは――」
そんな相談をしている二人を横目に、アルシェスタはリリーナの様子を見て、目を見張る。
今までは、リリーナはこうやって高位貴族の令嬢たちに囲まれていると、身を竦ませて縮こまることしかできなかった。彼女の気性の穏やかさというか、少しアガリ症で大人しい性格がそうさせるのだろう。
しかし、今。リリーナの瞳は、怯えではなく、何かを決意したような強い意志を見せていたのを見て、アルシェスタは歩いていこうとする二人を止めた。
「お待ちください」
「……シェス?」
「もう少し、様子を見てみましょう。危険だと感じたら割って入ります」
ここでイルヴァンとジェフリー、そしてアルシェスタが出て行けば、流石に彼女らも旗色の悪さを認めて身を引くだろう。しかし、水面下ではこれと同様の陰湿な嫌がらせが続くに違いない。立場のある者に庇われることは、その後の二次被害を齎す可能性すらある。
リリーナがその状況から脱するには、とにかく自分の実力を示して、味方をどんどん増やす必要がある。
リリーナは顔をあげて、そして胸に手を当てて、声を微かに震わせながらも、気丈に告げた。
「お飾りではありません」
「はぁ? なんですって?」
「私は、お二方のチームメイトとして恥ずかしくないよう、この日まで努力を積み重ねてきました。確かに、私はお二方に比べれば魔術師として未熟だと思います。けれど、お二方は私のために時間を割き、魔術の何たるかをたくさん、教えてくださいました」
Qチームの競技内容を見れば、目を惹くのはオーエンとレイサムの緻密かつ大胆な魔術操作と、そしてリリーナの光魔術の珍しさ。けれどそれは、リリーナが光魔術師であるという先入観によって、まばゆい光の魔術にしか目が行かない人間がほとんどであるのが原因だ。
それは決して、リリーナには魔術の珍しさしか誇れるところがない、ということではない。
「未熟なのは理解の上ですが、それでも私はQチームの一員です。私をここまで導いてくださったお二方のためにも、私がお飾りであるなどという言葉は受け入れられません」
「……あなた、調子に乗っているようね。少し分からせて差し上げる必要があるかしら」
苛立った先頭の令嬢がぱちんと指を鳴らせば、巨大な火の玉が令嬢の周りに浮かび上がる。
かなり強力な魔術だ。リリーナ本人の適性は、確か火土光だったはずだが――あれを防ぎきれるかと問われれば少し怪しい。
割って入るべきか、と水の魔力を練り上げ始めると、いつの間にかそこにいた男に、声を掛けられた。
「――彼女を信じて、見守ってくれてありがと。あとは任せて」
まったく、足音がなかった。アルシェスタがはっとすると、すっと風が通るように横を何かが通り抜けていく。
リリーナが火の玉の餌食にならんとした、その時だった。青い光が五筋、宙を乱れ飛んで、まっすぐに火の玉を貫いた。その瞬間、火の玉は全て跡形もなく掻き消える。
オーエンが得意とする応用属性の一つに「凍」という属性がある。氷属性とは別の応用だが、氷属性のように質量を持つ物質を錬成できない代わりに、質量を持たぬ「温度」として放つ、防御がしづらい高速の一撃だ。
温度というのは立派な武器になる。オーエンの凍属性を乗せて素早く放つあの光の軌跡のような技は、触れた部位に凍傷の効果を与える、かなり強力な魔術である。
その光線によって貫かれた火の玉は全て掻き消える。侯爵令嬢が忌々し気に振り向けば、そこにはふらりと立ち、彼女らを仰ぎ見るオーエンの姿があった。
「やぁ、レディたち。おイタはいけないよ。この競技会の期間中、他の生徒に不用意に魔術を向ける行為は禁止されているだろう?」
「グ、グラスティケイト卿……」
「問題を起こしたら退学……って分かってる? 魔術って痕跡が残るから、誰がリリーナに怪我をさせたかなんて、魔術師局が調べればすぐに分かっちゃうんだよ。良かったね、未遂に終わって……もしも本当にリリーナに怪我をさせていたら、君たちはきっと退学になっていただろうから」
「……っ」
彼女らは、競技会への参加資格を持たない者――つまり、国家反逆罪に問われ、それを特例で許された立場である。
一度でも学院内・学院外問わず、他家へ危害を加える、自家に醜聞を起こすような真似をすれば、本当に退学扱いになる。
下位貴族ならばまだしも、高位貴族の身分で、この王立学院の卒業経歴がなければ、二度と社交界に立場などない。
彼女たちはようやく自分たちがしでかしたことを自覚したのか、顔を真っ青にした。
「綺麗なレディたちがこの学院から消えてしまうのは忍びない……だから、ね。観戦席に戻ろっか。君たちは、今回の魔術競技会にかかわっちゃダメって、国に言われちゃったんでしょう? だったら、この控室のエリアにもいちゃいけないんだよ?」
「そ、そんな……わ、わたくしは、ただ」
「ごめんね。ただオレは、競技会に参加してない人に、チームメイトのことを軽んじられたくないな。見ててよ、観客席で。彼女がどれほどすごいか、教えてあげるから」
オーエンはその場をすっと煙に巻くと、スマートにリリーナをエスコートしてその輪から救い出し、すれ違いざまにアルシェスタにウインクを寄越して、風のように立ち去って行った。残された令嬢たちはその場に崩れ落ち、唖然としたように目をぱちぱちと瞬かせている。
アルシェスタはオーエンに凪いだ目で微笑みを返した後、イルヴァンとジェフリーに声を掛けて、そのまま控室へと移動した。
リリーナがいつまでも守られなければ何もできない少女ではないのかもしれない、とアルシェスタは少しだけ、彼女に対する認識を改めた。




