47. こんなはずじゃなかった
(うーん、これは予想外。イル兄もジェフリー殿下も優秀だねぇ)
当初、アルシェスタのプランでは、二日目の行程に入ってすぐに適当に脱落するはずだった。
しかしながら、一回戦、二回戦と勝ち上がってしまったのである。
(相手もたいがい頭でっかちだったからなぁ)
二回戦の相手は、三年生の侯爵令息・伯爵令息・伯爵令嬢のトリオで、曰く一学年上ではそれなりに好成績を収めている魔術師候補とのこと。特に伯爵令息は魔術師局に内定が決まっているのだとイルヴァンから聞いた。
彼らは、二回戦の競技「ゴーレムクラッシュ」に挑戦する直前、イルヴァン達を指さして、正々堂々とこう告げたのである。
『君たちの在り方は魔術師として美しくない! 僕たちが、魔術師の戦い方というのをお見せしよう!』
アルシェスタがこの言葉を聞いたとき、真っ先に思い浮かべたのはこんなことだった。
(それ、物語とかだと負ける伏線なんだけど……)
実際に、ゴーレムクラッシュという競技はなかなかに難しい競技だった。
土属性の魔術で組まれた巨大な土の人形、ゴーレムは、防衛機構と結界術式を複数持つ、高さ3m超の魔力生命体だ。
ゴーレムクラッシュは、文字通り、このゴーレムを討伐するタイムを測定し、早い方が勝利となる単純な競技だ。しかしながら、その競技性は、ルールに反してとても複雑だ。
ゴーレムにはランダムでいくつか「ウィークポイント」というものが存在しており、魔術の解析によってそれを知ることができる。ウィークポイント以外は、硬化の術式で、まともに攻撃が通らないのである。
このウィークポイントを素早く調べ、対処することによって、ゴーレムの部位破壊を試みる。
しかし、それぞれのウィークポイントには「カウンター」と呼ばれる反撃命令が付随しており、下手に攻撃を仕掛けると、手痛い反撃を食らってしまう。
生徒の安全を保証するために、衝撃には対策があるが、個人に掛けられた魔術障壁が砕けた時点でその選手は脱落となる。
つまるところ、カウンターへの対策をしなければ、ウィークポイントへ手を出すのも危険、ということだ。
先攻は相手のチームだった。彼らは抜群のチームワークで素早く解析を済ませ、一人が防衛、一人が攻撃という役割をうまく分け、その間隙を縫うように、もう一人がフォローを行なう。
観客席から文句ひとつないやり方で、彼らはゴーレムクラッシュを終えた。口だけではないということは、彼らがその背にしょって立つ自信の大きさからよくわかった。
彼らの言うことには「この課題を突破するためには、緻密な魔力分析、そしてウィークポイントに合わせた攻撃方法の選択や、カウンターに対する対処法の分担が必要になってくる。今までのように、力で押し切るなんてことはできない」ということらしい。
(ただ、ね。……脳筋って、何で脳筋って言われるかっていうと、どんな理不尽でもパワーで解決するからこその脳筋なんだよ。力こそパワー。パワーイズザベスト)
恐らくは、二人もまっすぐに叩き切ることしか考えていない。アルシェスタは備品から投げナイフを数本手に入れると、前衛二人の後ろで構えた。
「では――開始ッ!」
審判の合図とともに、イルヴァンとジェフリーは頷き合って、ぱっと散開して左右から攻め立てる。
やはり彼らの剣の冴えは段違いだ。硬質の体を相手にしても、衝撃によってある程度のダメージを通すことができる。
ゴーレムは、命令されたとおりに、腕を振り回して反撃をするが、彼らはそれを「術式を解読しての予測」ではなく「天性の反射神経」で悠々と避ける。
これこそが、通常の魔術師にはなかなかできない、剣士の二人だからこそできる戦い方である。
(右腕への攻撃に対しては、拳の振り下ろし。左腕への攻撃に対しては、二回転半のラリアット。全部決まったオーダーで動いてるね。ということは、だ)
ゴーレムは、土くれの人形。岩を寄せ集めたような姿で稼働するためには、どうしても関節というものを作り、不揃いなパーツをちぐはぐに繋ぎ合わせる必要がある。
人体の関節に比べて、ゴーレムの関節はその位置が非常に分かりやすい。
アルシェスタはナイフを軽く構えると、ジェフリーが右腕を攻撃した瞬間、腕を曲げて振り上げたゴーレムの腕の関節へと投げて差し込んだ。
関節の合間に異物が挟まったゴーレムは、急激に動きが悪くなり、腕は振り下ろせなくなった。
避けたり防いだりしなくとも、動きを止める策を講じれば、わざわざそれ以上の対処をする必要はない。観客席はざわめきを隠せなかった。
曲がった腕はラリアットの時にも戻すことができずに、片腕が伸びなくなったゴーレムは、うまくバランスが取れなくて転倒する。その隙に、曲がった足の関節にも、アルシェスタがナイフを打ち込んでやれば、ゴーレムはいよいよ起き上がれなくなった。
「シェス、ナイス!」
「はい。すみません、私がウィークポイントを探すよりも、二人が倒し切る方が早い気がします」
「分かった! 行くぞ、ジェフ!」
「ああ!」
イルヴァンとジェフリーは、無理やり転ばせたゴーレムを叩き伏せて、あっという間にクラッシュさせた。そのタイムは、相手チームよりも十秒近く早かった。
「しょ、勝者、Jチーム!」
勝利宣言が響くと、相手チームの選手たちは崩れ落ちた。
しかし、彼らは立ち上がると、イルヴァンへと歩み寄って、ひどく憤った様子で顔を赤くしながらイルヴァンを見上げた。
「み、認めないぞ、こんなの! 課題の意図から反している!」
「そ、そうよそうよ! この課題は、ウィークポイントの分析やそれに対応する魔術式を素早く組み上げる美しさを競うものであって……」
そのような言葉に対して、イルヴァンとジェフリーは少し困った様子で顔を見合わせた。
確かに、芸術点を競うのならばそれらが必要な要素だろう。ただ、今回の魔術競技会は、飽くまでも魔術の応用を用いて、課題を素早くクリアすることが求められる。
「確かに、俺たちのやり方は魔術師たちからすれば少し邪道かもしれないが、あなたたちのやり方では、実際の戦場で戦うときにあまりにも非効率だ」
「な……っ」
「まずは相手の動きを止める方法を考える。強力な攻撃手段や防衛手段を持つ敵は、体勢を崩させることによって利を得られることが多い。あなたたちのやり方だと、戦場で対抗策を練れないものからどんどん脱落していく。俺たちのやり方なら、対抗策を持てないものでも討伐に参加でき、結果的に効率も安全性も上がる」
イルヴァンは、魔物を狩るプロとしての顔をしていた。彼の頭の中に常にあるのは、どうやって部下を生かしつつ、安全に、かつ迅速に魔物を狩るか。
平和な学院の庭で、魔術を使って芸術的だとか効率的だとか、そういった議論を交わしている生徒とは少し違う視点で話をするのだ。
しかし、彼らがこの先、魔術師として身を立てるのならば、多かれ少なかれ、実地で魔術を振るい、脅威を退けるような経験も必要となるだろう。
そうなれば、今のような、見栄えばかりを重視したやり方は一切通用しない。イルヴァンが言っているのは、そういうことであるようだ。
その様子を見ていたジェフリーが、さらに付け加えて説明する。
「それに、此度の課題の要件は素早くゴーレムを倒す、という呈示以外になかったはずだが。芸術点を付けるというのは、どこの要項からの引用だろうか」
「……そ、それは……」
「私たちは課題の意図から逸したつもりはない。イルは常に私とアルシェスタ嬢を気にしながら前に出てゴーレムの討伐に全力を尽くした。アルシェスタ嬢は、前に出るイルや私に相手の攻撃が当たらぬよう、最低限の労力で相手の行動を潰した。魔術競技会とは、魔術の強さや美しさを競う場ではなく、魔術をいかにうまく使って課題をクリアするかを競う場であると思っていた。違うのか」
観客席の誰かが「脳筋なのに弁も立つ……」と呟いた。実のところ、学院側から示された魔術競技会の開催理念には、確かにその条文があったことを、記憶力のいい者ならば直ちに思い出すことができた。
彼らの言っている「魔術の強さや美しさ云々」という話は飽くまで独自解釈であり、個人の美学だ。個人が掲げ、それに準じて競技を行なうならば尊ばれるものだろうが、他人に押し付けると、途端に厄介なクレームと化す類のものである。
流石に旗色が悪い、あるいは自分たちの言っていることが見当違いだと気づいたのか、彼らは縮こまって大人しくなった。
その様子を見守っていた、審判役の教師が咳ばらいをすると、頷いて答える。
「学院側としては、Jチームの主張を全面的に肯定する。此度の競技会の目的は、飽くまでも学院で培った魔術の腕、そしてそれに拘らないあらゆる閃きを用いて、迅速に課題を解決する能力を競うものである。すべての課題解決に魔術を使う必要性はないし、魔術の腕のみを単純に評価することはない。どれほど強い力を持っていても、適した使い方をできなければ意味がないのだ」
ただ、と彼は縮こまった学生の肩に手を置いて、諭すように告げる。
「確かに、君たちのチームは、彼らのチームよりも魔術の腕が上だっただろう。だが、君たちはそれに驕り、課題解決の効率化に頭を回さなかった。敗因はそれだけだ。サンチェスター卿の言う通り、学院を出てからは、その場その場で求められた効率的・安全な方法で課題を解決する必要がある。此度の催しは、それらを促すことによって、生徒の自立を図るものだ」
教師としても、魔術を主軸とせず、個々の能力によって、問題解決を素早く図るJチームの在り方は異端だと感じているのだろう。実際に、これがチームのカラーだと認識されるまでは、教師からは微妙な顔をされることが多かった。
けれど、外野が「脳筋」と騒ぎ立てるのとは裏腹に、イルヴァンとジェフリーはいたって真面目にやっているのだ。魔術が苦手な彼らなりに、魔力の運用を全力で行なって対処している。教師たちもそれを理解し始めたからこそ、このチームを見守っているのである。
「此度の課題は、どちらが早くゴーレムを破壊できるか。その要件に則れば、彼らは君たちのチームよりも十秒早いという結果を出している。これを覆すことはない」
「……はい」
「いい勉強代だと思うべきだ。君たちは二度とは同じ失敗はしないだろう。これほどに悔しいと思っているのなら」
教師の促しによって、彼らはとぼとぼと控室の方へと帰っていった。
イルヴァンとジェフリーは嬉しそうに微笑み合っているが、しかしアルシェスタとしては気が気ではなかった。
適当なところで敗退するはずだったのに――どこまで勝ち進んでいってしまうのだろうか。
そんな憂鬱を抱えたところで、イルヴァンが声を上げたのが聞こえて、アルシェスタは顔を上げた。
「次の試合、グラスティケイト卿のとことだ」
よりにもよって一番目立つであろうチームとかち合い、やり合うことになってしまったことについて、アルシェスタは心の中でぐったりと項垂れるのであった。




