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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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46. ぼくたちが脳筋と呼ばれるワケ

 恙なく、一日目の行程は終了した。

 二日目に進んだのは、今年は全36チーム108名だった。貴族子女の進出率はおよそ90%、平民子女の進出率はおよそ40%といったところだろう。ここは腐っても貴族、やはり複数属性を操り、エリート同士でチームを組んでいる貴族たちの力は強い。

 下位クラスにいる平民の生徒は想い出づくりの色合いが強く、実に清々しい顔で敗退していたのを見た。彼らにとって、全力で挑むことこそ青春の一ページなのだろう。

 そもそもが貴族子女に合わせたレベルで作成された魔術競技会の課題は、どうしてもまだ平民の生徒には難関である。


「お疲れ様、アルシェスタ嬢」


 振り向けば、そこにはカップを二つ手に持っているジェフリーの姿がある。イルヴァンは率先して後片付けの手伝いに向かってしまったので、一人取り残されたアルシェスタは、どうしようかと途方に暮れていたのだが、ジェフリーが声を掛けてくれたので笑顔で応じる。

 カップを一つ受け取り、それを両手でそっと覆った。拳二つ分開けて、ジェフリーは隣へと腰かけた。


「大丈夫だろうか。君はあまり体が丈夫でないと聞いたが」

「平気です。少し、学院に来れなくなる事情になりやすいというだけですので」

「……うん。私の目から見ても、君は健康そのものだからな」

「あら」

「それ以上を聞くのは野暮というものだろう。君にとって黙っているのが花というならばそれに準じよう」


 どうやら、ジェフリーはアルシェスタの普段の振る舞いから、病弱が設定であることを見抜いたらしい。流石は隣国の王族とでもいうのか――優秀なのは事実であるらしい。

 彼は隣国からの転入で、本人の希望で中位クラスへと入った。今ならば、高位貴族の令嬢との接点を減らすためだと分かる。

 にもかかわらず、イルヴァンから聞いた話では、彼の成績は、グウェンを追い抜き、ベルローズに次ぐ学年二位であるらしい。彼の生まれ育った環境を考えれば、高い教養を得られる機会は限りなく少なかったはずだが、厳しい環境でも希少な時間を大事にして、その精神力で自身のモノとしてきたことをありありと感じ取れる。

 そんな彼は、一年間、隣にいたヴィンスでさえ気づかなかったアルシェスタの病弱演技を見事に見抜いたらしい。アルシェスタはその事実に、純粋に驚いていた。


「気を遣っていただくほど大した事情ではありませんわ。お気になさらず」

「そうか……イルは、口を開けば君の話ばかりだな。君とはそれほど長い時間を過ごしていないのに、随分と君のことを良く知った気分になっている」


 アルシェスタは、その言葉に、微かに肩を揺らした。


(僕のことをよく知った、か。貴族令嬢の側面だけ見てても、僕のことなんて10%も分からないと思うけどね)


 結局のところ、アルシェスタの本性は、紛れもなくこちらの方だ。決して、猫を幾重にも被っている令嬢の姿ではない。

 こちらの側面だけを見て、自分のことをよく知った気になられると、何となく複雑だ、と思うアルシェスタだった。


 二日目の行程は、個別にチームの能力を測っていた一日目とは違い、トーナメント形式の魔術競技対決である。実戦形式ではないものの、同じ課題に対して、どちらが早く正解に辿り着けるか、どちらが先に解決できるかといった判断によって勝敗を決める。

 負けたチームはそこで敗退となり、勝ったチームは一つ上の階層へと行ける。18チームずつで二ブロックに分かれ、各ブロックの頂点に立ったチーム同士で決戦を行なう。

 さらにその上で、頂点に立ったチーム内で最優秀選手が表彰される、という内容である。


 昨年まではユーウェル、ベルローズ、オーエンのチームが圧倒的であり、完全に出来レースのような雰囲気があった。しかし今年はオーエンがチームから抜け、そこには代わりにサロモンが入っていた。

 サロモンの婚約者は件の謹慎事件にかかわっていないが、彼女は自ら中位クラスにいるほどの変わった令嬢だ。エリス・ポラリス伯爵令嬢は、自ら傾国の美女を名乗るほどの珍・変人であるが、その美貌は確かに随一だ。ただ、あまりこういった催しには興味がないようだったので、サロモンとは別のチームを組むことになり、これ幸いとベルローズが彼を誘ったのだそうだ。

 この三人のチームは例年通り優勝候補の一つだ。そして、そこから独立したオーエンのチームも、かなり注目度が高い。オーエン、リリーナと、オーエンの後輩であり一年生のレイサムの三人のチームは、かなり魔術に特化した人材が集められている。言わずもがな、二年連続最優秀選手をとっているオーエンに加え、光の魔術を使うリリーナと、若くしてオーエンの後輩として、魔術師局の見習いとなっているレイサムの三人は、課題のクリア効率だけならば随一だ。


 この二チームが、主に優勝候補と呼ばれているのだが、それ以外にもコアなファンがついているチームというのは存在する。

 そのうちの一つが、アルシェスタの所属する「脳筋チーム」である。


「いけー! 脳筋チーム!」

「パワーですべてを解決してくれー!」


 大会という形式で開かれている、一種の興行である以上は、観客席というものが存在する。

 そこに座り、観戦をするものというのは、大なり小なり、エンタメ性を求めてその興行を見つめている。ゆえに、見た目的に派手・コンセプトが斬新なものに目を惹かれるのは自然な流れだ。

 オーエンの緻密な魔力操作や、ユーウェルやベルローズの堅実な課題への対処に目を取られる者は、大抵魔術への造詣が深い者だ。魔術への理解が浅い者ほど、物理でどうにかしようとしている脳筋チームへの注目度が上がっていく。


 二日目は汚れることを想定して、全員が体操着に着替えての競技となる。

 一回戦目の競技は、結界構築・結界破壊に関する競技だ。

 用意された球体に対して、チームのうちの一人が、魔術を使ってオリジナルな結界を構築する。このとき、相手を見て、相手の得意とする属性への耐性を強くしたり、結界を解くのに煩雑な手順を踏む必要があるように、魔術式をその場でアドリブ・アレンジできる柔軟性が必要だ。

 ちなみに、このルールを聞いたとき、イルヴァンとジェフリーの視線は、一斉にアルシェスタの方を向いた。――二人は、明らかにこの手の魔術構築が苦手そうだ。

 本来ならば、防護の特性を持つ土属性の魔術を使えるジェフリーの方が、強度的には強い結界を作ることができるだろう。


 であるが、こういったものは遊び心を持つアルシェスタが仕込むべきかもしれない。

 せっかくだから、色々と規格外なものを仕込もう。そう思いながら、アルシェスタは審判から球体を受け取る。


 結界を構築した後は、球体を封印箱へと入れて、相手チームと交換する。そして、審判が封印箱を一斉に開けたのを合図に、残りの二人が、全力で結界の解除を試みる。結界を全て破壊し、球体を破壊する早さを競う競技だ。

 結界を作った一人は、助言のみならば可、というルールである。


 アルシェスタは色々と考えながら、結界魔術を構築した。結界魔術は、防護の手段として、初歩で習う基本中の基本だが、応用が利きすぎるので、一周回って優れた魔術師にとっては、自身のアイデンティティを示すための強力な武器である。

 つまりは、基礎がよくできている人間ほど、強く堅牢で、複雑な結界を作ることができるのだ。


 魔術式を仕込み終わった球体を、封印箱へと入れて、蓋を閉めた。それを審判に渡すと、二チームの間を隔てていた暗幕のような結界が解かれ、審判が二つの箱を持って立っている状態となっていた。

 審判が箱を交換し、それぞれ、中央へと置いた。アルシェスタと、向こうのチームの結界術式構築担当の生徒は少し距離を取る。


「では――競技、開始!」


 審判が箱を開けると、球体がふわりと浮き上がり、それぞれが術式を展開する。イルヴァンとジェフリーは、備品からそれぞれ剣を拾い上げると、それを抜いて構えた。

 パッと見たところ、こちらのチームが壊すべき結界は、これでもかというほどに物理耐性を付与した、土属性の結界魔術だ。ここまであからさまだと、見ればすぐに分かる。

 結界の構造は一重。つまり、物理にかなりの耐性を持つ結界を、一つ抜けばクリアできる。

 ただ、問題なのは、こちらの破壊係が、基本的に物理攻撃しかできないことである。


 向こうの結界係がにやりと笑っている。これほど、分かりやすく対策ができるチームもないだろう。アルシェスタが結界の構築に回った時点で、向こうのチームの方針は決まったはずだ。

 こちらが物理で手間取っている隙に、自分たちがアルシェスタの作った結界を壊す。それが、向こうの作戦のようだ。


(……と、言うのは、うちのチームの特性が筒抜けっていう時点で読めてました。だから僕も、それを想定して結界を組んだよ)


 一方で、アルシェスタの作った結界は、まず表面に分厚い氷の層を貼った。それを見た男子生徒は、もう一人のチームメイトの女子生徒に声を掛ける。


「アマンダ、火の魔術を!」

「分かったわ! 氷くらい、溶かしてあげる!」


 氷を見た者は、まずは「溶かす」ことを考える。間違っても「かち割る」ことを考えるのは、アルシェスタのチームメイトくらいなものだろう。相手の結界解除係には、火の魔術師がいることも把握済みだ。

 であるからこそ、あの一重目の氷の結界には、トラップとトリガーが仕込んである。それはすなわち、この結界に「火属性の魔術」で攻撃した場合、である。


 氷が火であぶられ始めると、氷は赤く揺らめきを放って、少しずつ溶けていく――かと思いきや。

 突如として、氷は激しい吹雪を放ち始めた。相手の視界が、風と雪で覆われ始める。


「きゃっ!? な、なにこれ!」

「しまった、トラップだ! 解除を……」

「前が見えないわ! これでは解除ができない」

「二人とも落ち着け。時間制だ。一分あれば止むようになってる。とにかく、吹雪に耐えるんだ!」


 そう。あの氷を炎で溶かそうとすると、トラップとして仕込んだ、氷魔術の応用が発動するようになっているのだ。

 そして、暑い夏の日に、観客席に納涼をプレゼント。客席ではところどころから「涼しい~」という呑気な声が届いている。


(さて。これで一分は稼げるな。次の結界の発動までに、こっちの状況は――)


 アルシェスタがイルヴァンとジェフリーに目を移せば、二人は全力で魔力を込めた剣で球体を打っ叩いていた。まさしく脳筋、その言葉が相応しい振る舞いである。

 目を凝らしてみてみれば、着実に強度は削れている。ここまでの物理耐性付与があるにもかかわらず、信じられない速度で耐久値が削れているようにさえ思う。


 金属音が擦れる音が響いて、アルシェスタは向こうのチームへと視線を戻す。すると、一分が経って吹雪が止んだ向こうのフィールドは、まさしく雪まみれになっていた。夏の太陽が、それをじわじわと溶かしていく。


「やっと止んだか……随分足を止められたが、これで……」

「待って。まだ結界が残ってるわ」

「多重結界か……流石はキングレー嬢だな。でも、一つ一つ対処していけば」


 アルシェスタは、向こうのチームの結界構築係と視線が合い、にこりと微笑んだ。

 二重目の結界には隠蔽の魔術が仕込んである。破壊してみるまで、何が起こるか分からない。先ほどの吹雪の件もあって、結界破壊係の二人は慎重だ。


「さっきみたいに、特定の属性がトリガーになってるのかしら」

「分からない。ただ、さっきは氷という見た目に惑わされて、まんまと罠にはまったからな。今回は慎重に行こう」

「とはいっても、隠蔽の魔術のせいで何も見えないわ」

「仕方ない……できるだけ強い攻撃をぶつけてみよう」


 警戒心を与えて手出しを躊躇わせるのも、立派な時間稼ぎの一つだ。

 男の方が、力を込めて、風の魔術を叩きつけると、球体の結界は崩れ、次のトラップが発動する。

 すさまじい豪風が吹き荒れ、結界破壊係の二人を押し戻していく。足元は雪のせいでかなり悪い。なかなかその場で踏ん張れない。

 アルシェスタの作った結界は、一つ一つはかなり脆く作ってある。軽く叩けば崩れる。しかし、それが崩れた瞬間に発動するトラップこそ本命である。


「す、滑る……前に進めないっ」

「くそ、風が強すぎる……っ」

「これも時間制限がある! 向こうはうちの結界に対する有効な破壊手段を持ってない! 落ち着いて対処するんだ!」


 吹雪も、豪風も、着実に相手の体力を奪っていく。風が止んだ頃、二人は肩で息をしていて、満身創痍だった。

 アルシェスタが施した結界術は、三重結界だ。つまり、残る結界はあと一つ。けれど、お膳立ては全て整った。


(すべてが伏線。結界とは守るための術――つまり、相手を無力化すれば、それでいい)


 アルシェスタは、懐からコインを取り出して、軽く指先で弾いた。相手が最後の結界の破壊を試みようとしたその時、相手側に異変が起きた。

 二人はその場に跪いてしまったのだ。二つの脆い結界を壊しただけとは思えぬほどの疲労を覚えていた。


「何だ、力が抜け……くっそ! 立てない……」

「吹雪も、風もきつすぎたけど、これは……」

「……これは……やられた! この雪が解けた水、かなり強い弱化の魔術がかかってる!」


 一段階目で、弱化の特質を持つ水の魔力をありったけ使って吹雪を作り、それをフィールド中にまき散らした。二段階目で、吹雪と合わせて豪風で体力を奪い、積もっていた雪を全て溶かした。

 そして三段階目で、魔法耐性を限界まで高めた結界を施し、仕込んでいたトラップによって、相手に強烈な弱化作用(デバフ)を与える。


 過去、結界の強度をあげるのに注力する魔術師たちは多かったが、相手を弱体化させる方向性に舵を切る魔術師は少なかった。安定性に欠けるからだ。

 妨害系のトラップは、どうしても相手の警戒を招き、発動前に解除されれば効力を発揮しない。

 しかし、氷を見た相手は、火で溶かせばいいという先入観の元、見事にアルシェスタのトラップにハマったのだ。

 このときのために、一日目からずっと氷属性の魔術を使い続けた甲斐があったというものだ。


 そして、これだけの時間があれば、二人にとっては「超強烈な物理耐性を持つ結界」を破壊することなど造作もないことだ。

 二人が剣を振り下ろすと、結界は粉々に砕け、そのまま刃が球体を切り裂いた。


「そこまで! 勝者、Jチーム!」


 審判の宣言に、観客席がわっと盛り上がる。物理耐性を極限まで高めた結界を、結局物理のみで壊してしまったので――このチームが脳筋と呼ばれる所以を、遺憾なく発揮して、勝利を手にした。

 あまりにも清々しい「物理防御を100持つ相手に200の力で殴り続ける」を実行したイルヴァン・ジェフリーの両名は、主に平民の男たちに大いに歓声を受けていた。

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