45. 観客席の民度が悪い
第一競技の的当てが、魔力操作の基礎を確認するためのものであるとするならば、第二競技の目的は、魔力の出力を測るためのものだ。
第二競技では、Mobと呼ばれるアイアンアルマジロという生物を対象にした魔術の出力を求められる。MobとはMonster of barbarian(未開の怪物)の略称で、魔物ではないが、魔力によって生態系の変化がなされ、現在の生物学で説明が仕切れない、不思議な生物の総称として用いられる。
Mobには人間に友好的で使役ができる種と、敵対的で危険な種がおり、前者は主に友好Mob、後者は敵対Mobと呼ばれる。このMobと呼ばれる存在が、何某かの現象によって魔物に転じる可能性がある――と、言われている。
アイアンアルマジロは中立寄りだが友好Mobで非常におとなしい。火の魔術を見ると殻にこもる習性があり、一定以上の威力を持つ攻撃を殻に向けて当てなければ、もう一度顔を覗かせることはない。
第二競技は、アイアンアルマジロに顔を出させたらクリア、という話であるらしかった。アイアンアルマジロは火の魔術を見ると怖がってしまうのだが、その実殻には魔力を定期的に供給する必要性があるらしく、火以外の魔術をぶつけて殻に魔力を充填してやれば、彼らは喜んで顔を出して、お礼のように体内で生成した魔石を残して、山の中へ帰っていくのだという。
そんな彼らは、冒険者の間では「山の行商人」と呼ばれている。殻に向けて、魔力というお代を払えば、貴重な魔石を分けてくれることからそう名付けられた。
つまるところ、この競技は一見、抵抗をしない友好Mobを虐めているような何とも言えない絵面になるのだが、その実、山の行商人からうまく買い物ができるかを試すことになっている、というわけだ。
ただし、火の属性の魔術は使用禁止だ。アイアンアルマジロは火が苦手であり、火の魔術を鉄のような殻に込めると温度が上がってしまい、アイアンアルマジロは直ちに転がって姿を消してしまうだろう。
そういうわけで、火属性を得手とする生徒にとっては、やや不利な条件となる。
「はぁああああっ!」
「せぇええええっ!」
絵本の中の、亀を虐める少年たちのような構図になっているのは、何とも言えない気分になる。
しかし、今。イルヴァンとジェフリーは、込めた魔力がそのまま衝撃となって殻に伝わる魔法のハンマー――というよりは、鍛冶用の槌と言った方がやや近い――にありったけの魔力を込めて、まるで伝説の勇者の剣を打つかのような様子で、アイアンアルマジロの殻を叩いている。
「かったいなぁ……流石、アイアンアルマジロ」
「騎士たちが一番最初に折れる登竜門のようなものだな。山の行商人のお墨付き無くしては、一流の騎士を名乗れぬ」
「俺も入隊の時にやって、全然歯が立たなかったな。副長になるときにももう一回叩いた」
そんな二人が騎士団あるあるで頷き合っている間、アルシェスタは用意されていた備品の中から、面白そうなものを見つけて、拾い上げる。
この課題では、効率よくアイアンアルマジロの殻に魔力を充填するためには、魔力を殻に滲ませるような工夫が必要となる。
大抵は物理的なアプローチが取られるが、何も手段はそれだけではない。直接手を触れずとも、魔力で相手を侵す方法は存在する。
アルシェスタが得意な水属性の特質は、弱化と浄化。火属性と同じくらい、物質を侵すのに適している属性だ。
アルシェスタは片腕で持てるほどの小さな竪琴を持つと、ゆっくりとアイアンアルマジロへと近づいていく。アルシェスタを見て、休憩中のイルヴァンとジェフリーは目を丸くした。
「シェス、それは?」
「水の調べを奏でてみようかと」
「……なるほど。理に適っている。弱化の特質を持つ水の魔力を音に乗せる魔術理論は、一時期流行っていたそうだな。水の魔術師皆が、不自然に楽器を持っていたと」
アルシェスタは指先で、竪琴を奏で始める。母の淑女教育で得られたスキルの一つに、楽器演奏のスキルがあった。
ピアノ、ヴァイオリンという人気どころはもちろん、トランペット、竪琴といった楽器も、とりあえず鳴らすことはできるのである。
整然とした調べが競技場内に響き渡ると、ほかのチームを見ていた観客たちの目が、アルシェスタへと集まる。またあの脳筋チームが面白いことをしているぞ、と誰かが言う。
この頃には、ジェフリーがアルシェスタに懸想しているという噂はまことしやかに囁かれるようになっていた。しかしジェフリーは友人であるイルヴァンを想い、一歩引いたところから二人の関係を見守っているともっぱらの噂である。
アルシェスタは時折強烈なご令嬢から強烈な言葉を貰うこともあるが、もはや色恋沙汰で賊を吹っ掛けられた身であることから、怖いものなど何もなかった。殺人未遂を侵した令嬢は貴族籍を剥奪され、監獄に幽閉されたという事象があった以上、軽率にそのような真似に走る者はもういないだろう。
学内では、三人でいるのが当たり前になりつつあった。であるからこそ、この魔術競技会についても、三人がチームを組んでいることについて、疑問を呈する者は誰もいなかった。
アルシェスタが竪琴を鳴らして、調べを奏でると、アイアンアルマジロがぴくりと反応を示した。この水の調べには、微かな空腹増長効果がある。アイアンアルマジロになるべく負担を掛けないように、弱化の効果を選択した。あわよくば、早めに出てきてくれると嬉しいという気持ちを込めながら。
この音を聞いている観客席の有象無象も、きっと昼前で腹が空いているだろう。今日の売店や食堂の売り上げに寄与できそうだ、とアルシェスタはそんなことを考えながら、調べを奏で終わった。
すると、イルヴァンとジェフリーが叩き続けていた効果か、アイアンアルマジロは顔をひょこっと出したのである。小動物を思わせる体のパーツは、巨大な亀のような、高さが3m近くある体躯からは想像できないほどにマスコット的で愛らしい。
アイアンアルマジロはころころとアルシェスタの前へと転がってくると、青く輝く魔石を差し出した。
「購入契約、成立ですね」
アルシェスタはその魔石を受け取ると、大切に抱える。アイアンアルマジロは、ややおなかが空いたような様子で、のそのそと干し草の方へと歩いていくと、前にちょこんと座ってもしゃもしゃと草を頬張り始めた。
アルシェスタはその背中に小さく手を振ると、イルヴァン・ジェフリーと共に、審判に魔石を手渡した。
魔石は魔道具の材料となるものだが、Mobの体内で生成されたものは希少価値が高い。鉱山から取れるものよりもやや良質だ。
審判はずしりと質量のある青い魔石を手に取ると、頷いて「課題、クリア!」と告げる。こうして、第二競技は無事突破となったのである。
もちろん、この課題にも、アルシェスタが示したような攻略法が事前に想定されている。魔道具の持ち込みは禁止されているものの、課題に使えるような備品は存在するので、あとはそれでパズルをするだけなのである。
なお、二人は躊躇いなくハンマーを握ったが。
この後は、昼休憩を挟んで、あと三つの競技を済ませれば、日程が終了となる。
一度控室に戻って、昼食を摂りに行こう、と二人と相談しながら客席に上がると、そこでは騒ぎが起きていた。
「――いい加減にしてくれないか。みっともない」
「何ですって? わたくしが、いつみっともないことをいたしましたの?」
「出られないなら大人しくしていてくれ」
「まぁ、偉そうに。あなたがたの方から持ち掛けて来た婚約の癖をして」
「とっくに立場は逆転してるだろ。どっかの誰かが国家反逆罪なんてものの容疑を掛けられたお陰で」
令嬢が、音を立てて立ち上がり、令息を見下ろして睨みつける。
どうやら、平民たちで構成されたチームや、気に入らない下位貴族の令嬢が入っているチームが出てきたとき、この客席に固まって座っている令息・令嬢たちが、大声で詰るような声を漏らしているのを見て、それに苦言を呈している令息・令嬢たちが対峙しているようだ。
「マギアス様が余計なことをしなければ……!」
「そういう他人のせいにしてるような腐った性根があるから、他人の言うことを鵜呑みにすんだろ」
「何ですって!」
「本当のことだろ! いい加減にしろよ! お前がみっともないことをすればうちにだって迷惑なんだ! いい加減に婚約者としての自覚を持ってくれよ」
あわや大乱闘が発生しようという空気感である。あまりにも治安が悪い観客席に、アルシェスタは思わずイルヴァンの袖の下側をぎゅっと掴んでしまった。
早く離れようよ、と促すつもりで。しかし、イルヴァンはどうやら、アルシェスタが怖がってしまったように取ったのだろう。大丈夫、と小さく呟いて、そっと肩を抱いた。
イルヴァンにとって、アルシェスタは小さくて震えているかわいい妹なのだ。幼い頃から、何度もそのような姿のアルシェスタを守って来た。
「静まりなさいな」
その喧騒を裂くようにして、一人の令嬢の声が響き渡った。するとそこには、上座に君臨して、静かに階下を見下ろしている、アインズ公爵令嬢――システィナの姿があった。
その令嬢たちは、システィナの派閥だったのだろう。鶴の一声とでも言わんばかりに静まり返ったその場で、システィナは凛と背筋を伸ばして、美しい姿勢で座りながら、その瞳は階下から一切離されなかった。
「今、わたくしのオーエン様の晴れ舞台なの。喧嘩ならよそでやってくださる?」
「も、申し訳ございませんでした、システィナ様……」
「それと、あなた。さっきからわたくしのオーエン様のチームのご活躍のときに、ちょっと声が大きくてよ。あなたが傍にいたらオーエン様のご活躍に集中できないから、別の席に移ってくださる?」
「……っ!」
令嬢たちが冷たい視線や心無い言葉を向けていたのは、オーエンではなく、オーエンのチームメイトのリリーナに対してだ。
しかし、それはオーエンの活躍の場に水を差すということでもある。そんな簡単なことに気づかず、今までにリリーナへの罵詈雑言によってオーエンの活躍の場が乱されていたことに苛立っていたシスティナにも気が付かなかった。
リリーナを悪し様に罵っていた令嬢たちが、さっと顔を青くする。
「もういいわ。あなたたちがいると、楽しんで観戦できないから、皆それぞれ婚約者とでも観戦していなさい」
「……も、申し訳、ありませんでした、システィナ様……御前失礼いたしますわ……」
「一つ言っておくけれど、わたくしたちは一度間違いを犯した身なの。同じ土俵に立って正々堂々戦わなければ、誰にも届かなくてよ。わたくしたちの言葉には、もう何の信憑性もないのだから」
システィナはさっと扇子を閉じると、そのまま従者に連れられて、客席を後にしていった。
取り残された派閥の令嬢たちは、みるみるうちに婚約者たちに助けを求めるが、それに対する婚約者の反応は三者三葉といったところだ。
謹慎が明けた後も、態度を改め、自己を見つめなおせぬ者からドロップアウトしていく。
少し考えなしの直情的な派閥の主が口にした一つの言葉が、その真実を確かなものとしていった。




