44. 魔術競技会、開幕
魔術競技会は、従来は三日にも及ぶ長いイベントだった。しかし、今年は例の騒動もあり参加者も少ないことも相まって、二日での日程が急遽組まれることとなった。
初日の予選では「ミニ・ゲーム」と呼ばれる、小課題をチーム単位でこなしていくこととなる。この内容は、毎年同じものが使われるため、対策をすることができるのだ。
つまりは、一定以上の水準の能力があり、予習復習によって、過去に行なわれた課題の内容を把握していれば、問題なく突破できるものとなっているのだ。
この一日目で落とされる貴族の子女があれば、そのまま社交界で一生こき下ろされるほどの、文字通りの登竜門と言ってもいい。貴族子女たちは一日目で落ちるわけには行かないのである。
今年は、その一日目にすらたどり着けなかった者も多かったのだが。
「――そこまで! Dグループ、課題クリア!」
「Eグループ、リトライを認める。あと二回以内のリトライでクリアできない場合、敗退となる」
広い会場の四隅で、同時に行なわれる競技の数々。熱気のある歓声が響き、チームメイトは楽し気にハイタッチをする。
この魔術競技会では、生徒同士の実戦形式の課題はない。飽くまでも、この競技会の趣旨は「競技」なのである。卓越した技の競い合いとはいえど、そこには「ルール」「採点基準」といったものが明確に存在し、それにそって審判が可否を判断する。
であるからこそ、あまりにも強引な力の運用をしたり、課題の基準から逸れた方法でクリアを目指したりすると、たいていの場合、審判は微妙な顔をする。
「サンチェスター卿とラヴァード王弟殿下は何となくそんな気がしていたが……」
階下では、的当ての競技が行われていた。中央の赤い部位に、魔術で生成した弾や、物理的な質量を持つ何かを当てる競技だ。
しかし、的ごとに「魔力妨害」と呼ばれる仕組みが入っており、その魔力の淀みをうまく読み切って、それに合わせて術式を組み替えて命中させなければならない。それが一般的だった。
魔力妨害による影響は、大抵「少しベクトルが加わり、軌道が逸れる」「風が吹くように、勢いが少し減衰する」といった内容である。
であるからこそ、アルシェスタの所属するチームが取った戦法はというと――。
「いや、100減衰するなら1万の力を入れてぶん投げればいいんだろ、じゃねーんだよ」
「何だあの力の無駄遣い! おっかねぇ~」
イルヴァンは用意されていた備品の中から、投擲槍を手に取ると、それに強化魔術を掛けてぶん投げた。魔力妨害も何のその、微かな軌道阻害で変わるほどの力ではなく、楽々とそれを乗り越えて、的の中心に突き刺さる。
そしてジェフリーも同じようなものだった。彼は弓矢を手に取ると、矢を引き絞り、矢尻に魔力を込めて解き放つ。勢いが減衰してもなおまっすぐに飛ぶ矢には、これでもかというほどの魔力が込められている。
二人は、審判に苦い顔をされながらも、何とか合格をもぎ取ってハイタッチをしていた。観客たちは、あまりにも強引な方法で突破した二人を見て苦笑を浮かべている。
そして、観客たちの関心は、最後の一人に映った。青い髪を揺らして、ゆっくりと的の前に歩いていくアルシェスタは、氷の魔術でダーツの矢を生成した。
「あ、ダーツだ。なんか、キングレー嬢っぽい」
「いいよな。キングレー嬢って、意外と遊び心あるの」
「流石にキングレー嬢は、まともにやってくれそうだけど……」
脳筋と呼ばれる二人の中に放り込まれたアルシェスタに、多少同情する声があった。
しかし、アルシェスタは足を軽く開いてダーツ矢を構えると、目の前の魔力の揺らぎを見る。
(……自動照準とか追尾とか、そういうゲーム性を損なうのはNGなんだよね。僕の中で)
アルシェスタは、謎の意地を発揮していた。
彼女の頭の中を占めるのは、魔術の数式ではなく、物理学の数式だった。
減衰を計算して、偏差を導き出す。ダーツの矢は、まっすぐに飛んでいくものだが、力が足りないと放物線を描いて落ちていく。それならば、着弾地点と一致するように、角度を付けて投げればいい。
アルシェスタは、ダーツの矢を放り投げる。すると、威力減衰が入って、ダーツの矢がやや揺らぐものの、それを知っていたかのように、ダーツの矢は中央へと吸い込まれていく。
「やっぱりキングレー嬢はちゃんとやってるっぽいな」
「……いや、気のせいか? あのダーツの矢、何も付加効果がかかっていないような……」
審判の男は、顔を引きつらせて瞬きをしていた。
目の前で涼しげな顔をしている優等生の少女は、その視線に気づくと、にこりと笑って頭を下げた。
(……脳筋三人チームか……キングレー嬢は確かに魔術が得意なイメージはなかったが……)
とはいえ、要件は満たしている。この課題の要件は「魔力を込めた、あるいは魔力で作り出した何かを、的の中心に正確に当てること」である。
魔術師として認められない気持ちと、しかし要件はきっちり満たしているので合格にしなければならない審判の責務の間で揺れ動く。
アルシェスタはその様子を見て、首を傾げた。足りなかっただろうか、と思い、もう三本ほどダーツの矢を生成すると、それを次々に的へと放り投げた。すると、的の中央に次々と刺さっていく。
歓声が上がり、拍手音が漏れる。思わず、という様子で、手を叩いてしまったようだ。
「……キ、キングレー嬢、課題クリアです。申し訳ない、驚いてしまって宣言が遅れました」
「ありがとうございます」
アルシェスタは優雅に礼をすると、イルヴァンとジェフリーの方へと歩いていった。
毎年、このような形で、学院側から提示された課題への回答を、魔術を使ってうまく切り抜けるのではなく、技術や知識によって別のアプローチから解決する生徒が増えている。
魔術師たちからすれば複雑な気分ではあるようだが、魔術師として仕事をしていけるレベルの人材は圧倒的に少なく、民の多くは、このように魔術で足りない部分をほかの方法で補っている。
これはこれで、魔術競技会のあるべき形ではないか、というのが学院上層部の結論であり、特にルールへの変更はない。
「シェス、お疲れ」
「やはり何度見ても見事だ。あのダーツの腕は」
「ありがとうございます。イルヴァンも、ジェフリー殿下も、たいへん力強い一投でございました」
イルヴァンもジェフリーも、魔術は苦手だが魔力量だけは有り余っている。魔術を極めた祖先たちの良血を継ぐ貴族は、一般的に魔力量が多くなりやすい。
それを考えれば、アルシェスタはやや少ない。ただ、氷魔術の応用は、キングレー伯爵家がこの国に基礎を持ち込んだことから生まれたものであるようなので、キングレー伯爵家は水属性に秀でた魔術師が多く、氷への応用も上手いとされている。
であるからこそ、アルシェスタも学院で使う魔術は、ほとんどが氷の魔術だ。
血筋によっても、得手不得手というのはある。たとえば――。
「うおっ! やっぱりマギアス嬢の火属性魔術はすげぇや。出力がちげぇ……」
「殿下の雷属性魔術もな。殿下は雷魔術を展開しながら、風と地の魔術も同時に展開するから、どんな並列運用だって思うわ」
ベルローズのマギアス公爵家は強い火の魔術を持つ家系で、一撃必殺と言わんばかりの高出力の魔術が得意だ。対して、ユーウェル、つまり王家の魔術は、風の派生である雷魔術を中心に、バランスよく複数の属性を同時運用する魔術理論が特徴的だ。
イルヴァンが得意なのも、雷の魔術だ。サンチェスター侯爵家は、代々強い風の魔術師の家系である。
そして今年は、何よりも――そう思うと、カッと白い光が瞬き、衆目がそちらへと向く。そこには、指先から純白の稲妻を走らせ、凛と立つリリーナの姿があった。
「――光雷」
誰かが、つぶやいた。それは、光属性の派生である聖なる雷の技。書籍の伝承レベルでしか存在しない、未知の魔術だ。
特質が再生である光の派生だが、応用属性は元の特質を保たないことも多い。アルシェスタの場合、影の魔術は闇の魔術の特質を持っていないのと同じことだ。
複数の的を、青い光で見事に打ち抜き切ったオーエンの直後に、伝説レベルの魔術で的の中央を焼いたリリーナが出てきたことで、歓声はどよめきに変わる。
リリーナ・シルファスは、胸を張りながら、しっかりと衆目を集めて立っていた。
彼女の魔術師としての才能に疑問を持っていた者らが、皆口を閉じる。
たとえ、頭で認めないと思考に鍵を掛けていたとしても、目の前で放たれたそれは、自分の頭の中にある魔術理論では説明ができない魔術なのだ。
野次すら飛ばなくなった競技場では、誰かが息を呑む音が何度か響いた。
やがて、元の活気を取り戻したのは、謹慎となって観戦に徹していた令嬢たちだった。彼女たちはくすくすと冷笑を浮かべて、その様子を嘲る。
「思ったよりも大したことないのね」
「ちょっと光ったくらいじゃない。大袈裟な」
「国が大手を振って保護するというのだから、オーエン様ほどの魔術師だと思っていたのに」
けれどその声は、リリーナに届くことはなかった。
それほどまでに、同じ土俵に立てている人間とそうでない人間との差というのは、残酷なほどに一線を画していた。




