41. 光を得るのに必要なもの
訓練場の真ん中で、激しい光が瞬いた。リリーナが翳した両手から、溢れんばかりの光が迸っている。
震える足の両脇には、開きっぱなしの本が落ちている。どれも古い言葉で書かれた、古文書のごとき書物である。
リリーナが手をかざしているのは、植木鉢に埋まった、枯れた苗木だった。溢れる光は苗木を包み込み、その全身へと力が流れていく。
――のだが。
「っ。はぁ、はぁ……」
リリーナは肩で息をしながら、その場にへたり込んだ。目の前の苗木は、なおも枯れたままだ。
(どうして、うまくいかないの)
オーエンの導きによって、光属性の力を腕から放出するところまでは、何の問題もなくできるようになった。
しかし、現状では「光るだけ」だ。そこに、光属性の魔術の特性の一片もない。
焦りが、背筋を駆けあがる。一刻も早く、光の魔術を習得しなくてはならない。リリーナは、その想いで必死だった。
震える足を叱咤して、立ち上がろうとして、バランスを崩す。
「きゃっ」
しかし、その体は、倒れる寸前で、力強い腕に支えられる。リリーナは顔を赤くして、思わず叫んだ。
「オーエン様!?」
しかし、そこに立っていたのは、想像していたのとはまるで別人だった。
淡い青い髪を背へと流し、おっとりと微笑む少女を見て、リリーナは目を丸くした。
「申し訳ありません、グラスティケイト卿でなくて」
「あ、アルシェスタ様!? どうしてここに……」
転びかけた背を優しく起こしてくれたのは、リリーナよりもやや視線が下の下級生だった。
なぜ彼女がここにいるのか分からないリリーナは、あたふたとし始めてしまう。何よりも先ほど、アルシェスタに向けてオーエンの名を叫んだことが、あまりにも恥ずかしかった。
「訓練場を通りがかったら、あなたの姿が見えまして。座り込んでしまったようですから、様子を見に来てしまいました」
「そ、そうでしたか。すみません、ご心配をお掛けして……」
「光魔術の練習ですか」
語りかける声はどこまでも優しくて、リリーナは肩から力が抜けていった。ふらつく足を慮ったアルシェスタが、訓練場の端にあるベンチまでリリーナを連れて行ってくれた。転がっていた本も、重ねてまとめて運んでくれた。
「私、自分が情けないです。光の乙女なんて言われて、国からとても良くして貰っているのに……光の魔術すら、まだまともに使いこなせなくて」
「ふふ。そういえば、そうでした。あなたは、光の魔術の素質を買われて、国から保護されたのでしたね」
「えっ。アルシェスタ様、もしかして忘れていらっしゃいました……?」
「ふふ。だって、私がリリーナ様とかかわったのは、貴族社会に関する事柄ばかりでしたから。光の魔術については、あまりお話したことがありませんでしたね」
貴族社会に打ちのめされたリリーナに、助け舟を出したり。マナーが拙いリリーナに、教えてくれたり。
アルシェスタがリリーナに施してくれたのは、いつも貴族社会で生きていくための手助けだった。それに気が付いたリリーナは、そっと胸の前で手を握り締めた。
「……うん、そう。アルシェスタ様はいつだって、私の光の魔術の才能じゃなくて、男爵家の娘の私を見てくださったの」
「リリーナ様?」
「な、何でもないです。……あの。少しだけ、お話を聞いていただいても?」
リリーナが問いかければ、アルシェスタはゆっくりと頷いた。一つ年下であるはずなのに、出来の良い姉貴分を持ったような気がして、リリーナはごくごく自然に、アルシェスタには悩みを打ち明けてしまう。
光の魔術について。オーエンと彼の後輩に手伝って貰い、学院の図書室や、王国立古代図書館などから光の魔術について書かれている文献をたくさん集め、それらを紐解いて、魔術式の構築までは全く問題なく進んだのだ。
しかし、実際にやってみると、確かに光は出た。これほど発光する魔術は既存のものにはなく、オーエンは紛れもなく「光魔術だ」と告げたのだ。
ただ、光の魔術の特質は、顕現しなかったのだ。
「特質――火ならば強化と浄化、水ならば弱化と浄化。風ならば鋭利と鎮静、土ならば防護と活性……そういう、基本属性が持つ、魔術式そのものの特別な性質のことですね」
「はい。光の特質は、再生なんです」
――再生。恐らくは、土の活性の上位となる特質のことだろう。
治癒、と呼ばれる魔術がある。人の怪我に対して発動させて、細胞を活性化して、自然治癒ならば考えられない速度で傷を塞ぐ魔術だ。
リリーナの言うことには、光の魔術は、まるで時間遡行のようなレベルの治癒術が使えるという記録があるらしい。であるからこそ、活性どころではなく「再生」と呼ばれるのだという。
「オーエン様の提案で、光の特質を顕現させるために、枯れた苗木を再生してみようと、そういう話になったのですが……」
リリーナの視線の先にある、枯れた苗木は、未だに茶色くなってぼろぼろと崩れ落ちそうになっている。
再生という特質が、時間遡行レベルの秘術ならば、確かにあの苗木を元通りに再生させることもできるのだろう。
けれど、何時間練習しても、どのように力を込めても、苗木が蘇ることはない。リリーナは、焦りを感じてしまっていた。
「この身には確かに、希少な光属性の才能が眠っているのに、使いこなせないのがもどかしいです」
「そうでしたか……」
「オーエン様はゆっくりでいいと仰っていましたが、そんなわけには行きません。魔術競技会ももちろんですが、盛夏の式典があります」
盛夏の式典とは、四つある季節の節目として開かれる、王宮である由緒ある式典のことだ。太陽が光、月が闇と結びついているように、ほかの基本属性の四つは季節と結びついている。
春は土、夏は水、秋は火、冬は風というふうに。大地に恵みをもたらす四つの力を、豊かな四季を持つ広大な領土を持つエルデシアンでは大切にしている。
キングレー伯爵領は、常夏とまではいかないが温暖な気候で、冬になっても少し涼しい程度だが、夏はかなり暑い。王都に出てきた当時、四季に合わせて色々な風景の変化を見られたことも、アルシェスタの心を大いに躍らせた。
「国王陛下からは、式典で光属性の魔術を披露してほしいと頼まれているんです。私も、こんなに貴重な経験をさせていただいているので、期待にはお答えしたくて。でも――」
リリーナは自分の手を見つめて、悲し気に瞳を揺らした。
うまくいかないジレンマ。理想と現実のギャップに、リリーナは苦しんでいた。
アルシェスタはそんなリリーナの様子を横目で見て、問いかけた。
「リリーナ様は、確か市井にて光属性の魔術を使っているところを目撃されて、保護されたのでしたね」
「は、はい。そうなんです」
「その時は、どうやって魔術を使われたのですか?」
リリーナは、あの日のことを回想する。
父と共に外食に出た帰り、貴族の馬車が、一人の少年を轢いた。少年は運よく馬には蹴られなかったが、跳ね飛ばされて石畳に頭を打ち、だらだらと血を流していた。
けれど貴族の馬車はそんなことなど目にもくれず、さっさと立ち去って行った。強い怒りを覚えつつも、リリーナは少年に駆け寄って、そして声を掛けた。
『しっかり。しっかりして、君! ど、どうしよう……このままじゃ……』
少年は呻いていて、意識が朦朧としているようだった。リリーナの腕が、べっとりと血で汚れる。
医療に知識のない自分でも、この出血量はまずい気がする。そう思ったリリーナは、周囲に医者を呼ぶように呼び掛けると、少年に声を掛け続けた。
その時だった。リリーナの手から光が迸り、少年の怪我がみるみるうちに塞がっていったのだ。
奇跡だ、と誰かが叫んだ。少年は朦朧としていた意識もはっきりしてきて、お礼を言って、母親に抱きしめられていた。
「身勝手な貴族のせいで傷ついた男の子を、放っておけなかったんです」
「……そうでしたか」
アルシェスタは、先ほどオーエンから聞いた話を思い出す。魔術には、感情が影響を及ぼすという話である。
「その時、リリーナ様は何を思っていらっしゃいましたか?」
「え?」
「少年を助けたいと願ったときの、気持ちです」
どうしてそのようなことを問いかけるのか、と疑問には思ったが、リリーナは従順に思考を遡った。
あの時は、必死だった。少年を助けてほしい――助けたい。その一心で、無我夢中だった。
「何としても、彼を助けなければ、って」
「……なるほど。そうでしたか。では……」
アルシェスタはおもむろに、鞄を開けると、その中から、裁縫用の針を一本とりだした。
いったい何を――と思うと、アルシェスタは、何の躊躇いもなく、自分の指に、突き刺したのだ。白い指から、ぷくっと赤い血球が盛り上がって、リリーナは目を見開いた。
「アルシェスタ様、何を!?」
リリーナは無我夢中で腕を差し出して、光の魔術を使った。
優しくて綺麗な友人が、傷つくことが耐えられない。その想いで、一心に魔術を使い続けた。
すると――アルシェスタの傷口は光り輝き、みるみるうちに塞がっていく。光が止んだ頃には、アルシェスタの指は、元通りの細く、白い指になっていて、そこには傷跡の一切がなかった。
「わ、たし……今、なんで……?」
「……ふふ。リリーナ様、今、何を考えていました?」
「え!? えっと、アルシェスタ様のために、傷を治さなくては、と」
あれほど練習したのに、顕現しなかった光属性の再生という特質。
それは、愛する友人のためならば、何の躊躇いもなく目の前に現実として現れた。リリーナは信じられない想いで、自らの手を見つめた。
「光の魔術は、もしかしたら、本人の感情に大きく左右される性質があるのかもしれませんね」
「本人の……感情……!」
「その様子では、覚えがあるみたいですね」
アルシェスタは針を鞄に仕舞いながら、リリーナを見上げた。そして、針を躊躇いなく自分に刺した淑女は、何の憂いもなく微笑む。自分の肌を傷つけることを躊躇う令嬢が多い中で、アルシェスタの動きはまさに予想不可能だった。
けれど、謝罪も感謝もできないまま、アルシェスタが立ち上がったのを見て、リリーナはどもる。
「同じような感情を持って、あの苗木を蘇らせてみませんか」
自傷したことなどまるで意にも介さないアルシェスタの様子に戸惑いを覚えながらも、リリーナは自分の力を試してみたくて仕方がなくなってしまった。アルシェスタに促されて苗木の前に立つと、手をかざして集中する。
(どうか、蘇って。あなたを、もう一度――咲かせたい)
すると、光に包まれた苗木は、まるで生きているかのように若葉を踊らせる。光が止んだ頃、それは崩れかけてぼろぼろになっていた苗木ではなく、若々しい青葉を付けた、生命力に溢れる一本の苗木となっていた。
あれほどまでに悩んでいたというのに、気の持ちようひとつで、こうまで変わるとは。リリーナは思わずアルシェスタに抱き着き、その嬉しさを目一杯で表現してみせた。




