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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第零部 前日譚 不良娘はいかにして過ごすか
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05. 学生と経営者、令嬢と不良の二足の草鞋

 優等生とは、何を指す言葉だろうか。

 学業成績が優秀な者だろうか。あるいは、学内の興行において率先的に動く者だろうか。それとも、役職を持って学院の治安維持に準じる者だろうか。

 どれも間違ってはいないだろう。ただ一つ言えることがあるとすれば、優等生という称号(ステイタス)は、仮面の表面に張り付けられるものであるということだ。


「キングレー嬢。すまないが、少し頼まれごとをしてくれないか」


 廊下を歩くアルシェスタを呼び止めたのは、魔術学の担当教諭だ。進級寸前のこの時期に声を掛けられるということは、進級に関わることだろうか。


「――はい。先生。わたくしに何か?」


 アルシェスタは教科書のような美しいお辞儀の後、自分よりも頭二つ分上背がある男性教諭を見上げる。上目遣いで見つめる動作をすれば、男性教諭は少しだけ見惚れるように言葉に詰まった。


(――教師が生徒にドキドキしてるんじゃないよ。まったく)


 アルシェスタの心内はそんな愚痴を訴えながら、学院内においては優等生という言葉を頂戴しているため、仮面を一ミリたりともずらさなかった。


「あ、ああ、えっと。進級試験の補習用の資料を作成したんだが、生徒の目線から意見が欲しくて」

「それを、私に?」

「ああ。今年は少し落第しそうな学生が多くてな。高位貴族の子もいる。変なやっかみはごめんなんでね、金を積まれる前に何とかしたいんだ」


 高位貴族の家に学業成績の悪い子が産まれると、親は醜聞を警戒して、それを金でもみ消そうとする。その時に金を受け取ることになる教師は、なんだかんだでそのまま相手の家との縁が切れず、子が何かをやらかすと責任を押し付けられることも多いという。

 であるからこそ、教師たちは補習には気合を入れる。そもそも落第生を出さなければ、厄介ごとには巻き込まれないからだ。

 アルシェスタは少し考えた後、教師が差し出した資料を受け取って、軽くぺらぺらとめくりながら目を通した。全部で五枚ある紙を隅々まで見つめた後で教師に資料を返し、おっとりと微笑んで告げた。


「問題ないかと。一つ意見を申し上げるとするならば、魔術理論は応用までにもう一問挟んだ方がよろしいかと思います。属性複合には、複数属性の独立運用ができていることが前提ですから」

「おお、確かにそうだ。単属性の運用から属性複合に応用するより、複数属性の独立運用を演習させた方が効率が良いな」

「とはいえ、王立学院に進学している子女は皆、二属性以上の適性があったはずですので、単属性の運用ができれば、独立運用はそれほど難しくないと思います。ですので、先生の導線は極めて自然な発想かと」

「ありがとう、キングレー嬢。君に聞いてよかった。流石は優等生だ」

「――勿体ないお言葉ですわ」


 教師は改めて礼を告げると、資料の修正のために教員室へと戻っていった。その後ろ姿を見送って、小さく息を吐き出した。


(貴族の先生って面倒くさいんだなぁ……)


 自分たちよりも一回りも二回りも年下の生徒が、しかし逆らえない身分が上の貴族という事実。指導のために下手に下に見ればやっかみが抑えきれず、落第させれば実家から苦情が来る。贅と楽に慣れた貴族の子女が怠ければ、教師の責任にされるのはあまりにも理不尽だ。

 そんな教師たちを支えているのが、成績上位の高位貴族の子女たちなのだろう。アルシェスタの家も、領地があるぶんほかの伯爵家に比べれば新興家ながらも序列が上だ。

 疲れた顔を隠すために人気のない方を向きながらため息を吐いていると、こちらに近づいて来る足音が聞こえて、アルシェスタは顔を上げた。


「シェス、お待たせ。ごめん、待った?」

「いいえ。少し先生とお話していたので、平気です」

「そっか。じゃあ、行こう」


 イルヴァンはごくごく自然にアルシェスタの手を握り、引いていく。学生とはいえ、婚約者同士で違和感なく学内で会える関係であるならば、こうして紳士が淑女の手を引く光景はよく見かけるものだ。

 イルヴァンはどちらかと言えばスキンシップが激しい方だった。手や肩、頭に触るのに違和感がなく、アルシェスタもそれを嫌がらないのは、二人の関係性があまりにも気の置けないものだと互いに自覚していることを示していた。


「ごめん、今日も騎士団の方から呼び出されて、帰りは送っていけないかもしれない」

「気にしないでください。こんなに仰々しく送迎していただかなくとも、家にくらい一人で帰れます」

「そこは別に心配してないんだけど、シェスの父さんや母さんから、シェスをくれぐれも頼むって言われてるから何となくな」


 イルヴァンの過保護は、今に始まったことではなかった。幼い頃からお転婆だったアルシェスタを守ろうとするイルヴァンの動きは、自然と過剰なほどの心配性へと向かった。


「心配性なんですから」

「だって、シェスって目を離すと何に首を突っ込むか分からないだろ。昔から危険なところにもずかずか踏み込んでいっちゃうんだもんな」

「もしかして、野山でエルデシアン・モンキーに襲われたこと、まだ怒ってます?」

「怒ってはないけど……グレイン兄さんが助けに来てくれなきゃ危なかったじゃんか」


 幼い頃、イルヴァンと共に野山で遊びまわっていたところ、山からたまたま降りて来たエルデシアン・モンキーに両手を挙げて威嚇されたことがあった。エルデシアン・モンキーは比較的温厚な種とはいえ、襲われれば無傷では済まないし、当時アルシェスタはまだ10歳だった。

 獣道を好奇心によって掻き分け、奥へ奥へと進んでいくアルシェスタを、イルヴァンは手を焼きながらも追従し、その猿と対面した瞬間、アルシェスタを連れてその場を逃げ出した。

 少し得意げに脅してやったぞと言わんばかりのエルデシアン・モンキーは、さらに脅かそうとイルヴァンたちの後をついて来たが、家の近くまで帰ったときに、外を散歩していたアルシェスタの兄でキングレー伯爵家次男のグレインがそれを発見した。躊躇いなく抜剣し、猿の喉元に剣先を当ててグレインが不気味に微笑んだ途端、エルデシアン・モンキーは尻尾を巻いて逃げていったのである。


「あの頃の私にとっては、息抜きの時間はとても貴重でしたから……少し、羽目を外しすぎてしまったんです」

「……ごめん、嫌なこと思い出させて」

「いいんです。もう済んだことですから。それに、私からお父様とお母様へのささやかな復讐は、今もこうして続いておりますので」


 アルシェスタの家庭環境にまで話が及ぶと、イルヴァンは申し訳なさそうに瞳を伏せる。幼かった兄にできることはあまりにも少なかった。幼馴染とはいえ別の家のイルヴァンにできることなどなかっただろう。

 話しているうちに、二人の秘密の場所へと辿り着く。旧校舎の裏側、誰もやってこない静かな裏庭のベンチに腰を下ろせば、アルシェスタは疲れたように息を吐き出した。


「……疲れた……」

「相変わらず、落差がすごいよシェス」

「だって。学内じゃ、一応淑女を演じなきゃいけないって決まりだからね。はぁ~あ。も、やだぁ……」


 この秘密の場所へは、今までに一度も他人がやって来たことはなかった。ゆえに、このベンチの上でだけは、アルシェスタが自然体でいることを許される場所なのである。

 アルシェスタが実は淑女や優等生を演じていることは、キングレー伯爵家の人間とサンチェスター侯爵家の人間しか知らない。あとは、それぞれ気心の知れたそれぞれの従者のみである。


「これをあと二年? 冗談じゃないよ。エド兄みたいに三節で卒業資格取ればよかった」

「エドワーズ兄さんは優秀だからな……流石にシェスも、三節は厳しいんじゃないか?」

「言ってみただけだよ。まぁ、一年半あればギリ……ってとこかな」

「……俺より先に卒業するのか?」


 イルヴァンは少しだけ寂しそうにつぶやいた。アルシェスタも兄には甘い自覚があり、イルヴァンにこんな顔をされると言葉に詰まるのである。


「別に……イル兄がいなくなったらバックれてやろうかなって思ってるだけで、イル兄がいる間は学院にいるよ。婚約解消して貰えるならすぐにでもやめるけど」

「それは……困るな。なんていうか、その」

「……その?」

「シェスといる昼休みは、心が休まるんだ」


 イルヴァンの言葉と、がくりと肩を落とした態度に、アルシェスタは合点がいくことがあった。

 イルヴァン・サンチェスターは将来有望な騎士として、そして甘いマスクの貴公子として、貴族の令嬢に非常に人気がある。それはアルシェスタという婚約者がいても変わることはなく、隙あらば恋人の座に座ろうとアピールしてくる令嬢は後が絶えないらしい。

 恋愛偏差値平均以下のイルヴァンにとって、扱いの難しい高位貴族の令嬢の相手は、精神をすり減らす行為であると。流石に婚約者であるアルシェスタが傍にいて微笑んでいれば、そのような気を起こす人間は近づいてこないのだそうだ。

 イルヴァンを狙う令嬢にとっては、アルシェスタは目の上のたんこぶなのである。何しろ家格で競っても、王家の忠臣であるサンチェスター侯爵家にとっては、中立の家であることが何よりの価値となり、持参金で張り合おうとしても、面と向かってキングレー伯爵家にうちの方が裕福だと言える貴族は多くない。


「つまり僕は、令嬢避けか」

「俺は紳士避けになってない?」

「……なってるね」


 アルシェスタの方も、莫大な富と発展中の領地に目を付けられ、取り入れようと、あるいは取り入ろうとする貴族令息は後を絶えない。けれどイルヴァンという、すでに騎士として身を立てることに成功している美丈夫が傍にいるならば、欲をかかないアルシェスタは靡かない。

 総じて、似合いの二人と呼ばれることもままある。それ故に、アルシェスタがいなかった一年目の学院生活と比べれば、イルヴァンの周りはこの一年ほど、静かだったと評価できるそうだ。


「僕は売られた喧嘩は買うけど、面倒な女同士の関係に放り込まれたら流石に怒るよ」

「それはよく存じ上げております……」

「僕だってイルヴァンと同じくらい、貴族の女子って苦手なんだよ。特に、母さんに似てる頭でっかちは好かない」

「……うん」


 アルシェスタは手元でランチボックスをてきぱきと片づける。遠くから鐘の音が一度鳴る。そろそろ本校舎に戻らなければ、次の授業に遅れてしまう時間帯だ。


「でも、イル兄は女性関係の前に、成績を何とかしないとね」

「うっ!」

「流石に、中位クラスで下から数えた方がいいはちょっとね」

「おおおおうっ……」


 ダメージを受けているイルヴァンを軽く叩いて、アルシェスタはイルヴァンと共に本校舎へと戻っていった。


 学院が終わり、帰宅をすると、出かける準備を始める。(ウィッグ)を脱いで髪を解いて軽く櫛で整え、学生服を脱ぐと、化粧を落とす。胸と尻を潰す薄い下着を身に着けると、体型は限りなく平坦になる。

 アンダーを着てシャツを羽織り、ボタンを上から一つずつ丁寧に留めていく。スーツのズボンを履いてベルトをしっかりと留めて、ネクタイを締めてジャケットを羽織る。

 今日は夜遊び用の趣味の悪い白いスーツではなく、ビジネス用の落ち着いた紺色のスーツだ。髪を後ろで軽く縛って、耳に魔道具のアクセサリーをつける。

 すると、珍しい藍玉(アクアマリン)の瞳は、くすんだダークグリーンのような曖昧な色へと変貌する。瞳の色を錯覚させる装飾品はかなりの高級品であり、アルシェスタが身に着けているものの中で最も高価なものだ。見た目もピアスに近く、身に着けていて違和感がない。


 緩めの男装を済ませて、鞄に必要書類を詰めて準備をしていると、エリーゼがやってくる。彼女は眼鏡を押し上げて一礼を済ませると、アルシェスタを連れて裏口から馬車へと乗り込んだ。

 会食、商談、接待――そして大口スポンサーとの対談。今日も忙しくなりそうだ、と思いながら、アルシェスタはご機嫌そうに鼻歌を奏でていた。


 王都に着いてからというものの、アルシェスタは領地のプロデュース業の際に知り合っていた僅かな人脈を使って事業を立ち上げ、それを育てて成功に導くという行為を一年で済ませた。

 元手が多かったのもかなりアドバンテージだったが、王都ではまだなされていない領地で先行して行っていたビジネスを次々と成功させた。今では、複数の店を持つ経営主として夜の街に君臨し、その筋ではそれなりに名の通った商売人だった。

 初めは幼い容姿のアルシェスタを侮る取引先も多かったが、彼女が抱える金の種に目敏く気づいた商売人たちは、彼女に取り入ることに抵抗はなかった。


「僕が事業を興す目的は三つ。一つは、実業家としての経験を積み、人脈を広げるため。一つは、自立するために十分な私財を築き上げるため」

「どちらも、お嬢様にはすでに問題ないことかと思います。12歳の頃から、領地で裁量権を持ってお父上の仕事を手伝っていらっしゃったのでしょう?」

「うん。最初は宿泊施設だった。周囲に自然が多い、大きな温泉宿でね。だから――野外で金網を使った料理を気軽に楽しめるサービスを提供してみた」

「野外で料理、でございますか」

「鉄串に肉や野菜を刺してね、炭火で焼くんだ。ただ刺して焼くだけだから料理の知識も必要ないし、星を眺めながら焼き立ての料理が食べられる。思ったよりも好評で、炭の質を上げればさらに注文数が増えた。親父が趣味で栽培してる、他国の野菜を提供し始めたら、さらに増えた」


 それが、初めてのアルシェスタのビジネスだった。なぜか頭に浮かんだ言葉からバーベキューと名付けたそれは、今では領内の複数の宿で導入されているサービスとなっている。


「それでは、最後の一つは?」

「三つめは――僕の夢を手伝ってくれる人材発掘。将来的に伯爵領に移住して、海辺の発展地の開拓に付き合ってくれる働き手を探したくてね」

「でしたら、今経営なさっているクラブの人材などはまさに最適ですね」

「そういうこと。王都は地価が高くて、賃貸もそれなりに値が張るからね。その点、うちは土地だけは余ってるから、永住にもおすすめなんだよ。交通も良くなる予定だしね」


 先々代は、大して金のなかったキングレー家を、どうやって大富豪にのし上げたか。それは、人脈だった。より正しく言えば、信用できる働き手だった。

 雑談を繰り返しているうちに会食場へ着き、本日の業務を開始する。かなりのひな型が出来上がった今、学業に専念していてもエリーゼが裁量できるほどにはまとまったが、アルシェスタは現場に足を運ぶことをやめない。

 会食と商談を済ませ、接待のために自分が経営するクラブ・アルカンシェルへ向かえば、支援者の一人である侯爵の接待を始める。パトロンはいずれも娯楽中毒の中年が多く、アルシェスタが次々と真新しいものを与えればそれを楽しんでくれる人材だった。

 この侯爵に関しても、新しいカード遊びを教えれば、次の社交場で広める。貴族社会に娯楽を広めるためには、影響力のある人間に遊んで貰うのが一番である。


 侯爵の接待を済ませた頃には、夜の11時頃となっていた。アルシェスタが見送りを済ませてクラブに戻ってくると、従業員の一人が、VIPルームに客を通していると伝えて来た。アルシェスタは休む暇もなく、頬を軽く張ると、VIPルームへと歩を進めた。

 ノックののち、部屋に入れば、そこにはエキゾチックな異国風の男が座っていた。現国王とは異母兄弟になるこの男性は、南方にある海を越えた国から迎え入れた姫君を母に持つ。彼の同腹の妹は友好の証として南国に嫁ぎ、彼自身は兄の治世を支えるために日々奔走している。

 黒い髪、浅黒い肌、金色の瞳はすべてが艶めかしく、親世代であるにもかかわらず、アルシェスタの父に比べて遥かに若々しく思える。


「大公閣下、ご機嫌麗しゅう」

「やあ、アルス。ご機嫌麗しゅう。ここ数か月ほど空けていたが、加減はいかがだっただろうか」

「問題ございません。経営はすべて順調で、ここ最近貴族の社交場には新しいゲームが三つほど増えたそうです。恐れながら、パトロンの皆さまに少しばかりご紹介いたしました」

「それはいい。私も今度の社交場で遊べるかな。楽しみだね」


 ベルザンディ伯爵――もとい、ザリアス・ウルズ大公は、艶やかな笑みを浮かべて、アルスに着席を勧めた。彼の斜め前の一人掛けのソファに座って、その正面に従業員によってドリンクが置かれる。


「それで、来期の目玉はどんなものだろうか。君の発表する娯楽はいつも刺激的で大好きなんだ。今回も楽しみにしているんだよ」

「光栄です。来期ですが――少々、大きな娯楽の導入を計画しています」

「ほほう。大きな娯楽とは、具体的には?」

「専用の設備が必要な娯楽を。卓と道具――ちょうど、ビリヤードのような」

「確かに、ビリヤードは専用の台と遊ぶための道具が必要だね。それだと、どこでも遊べるわけではないので、少し広めるのが難しいように思うが」

「ええ。ですので、今回の計画では、街の大通りの近くに店を開き、誰でも入れるような設計を試みようと思っています」


 専用の設備が必要な娯楽というのは、店に足を運ばなければ遊べないものなので価値が上がる。逆に言えば、裕福な層しか遊べないような娯楽になりがちだ。しかしその入り口を緩和し、長い目で見て利益を得たい、というのがアルスの今回の計画だった。


「実はもうすでに領地の方にいる知り合いの遊戯中毒(ゲームジャンキー)に先行して遊んでいただき、これは国で流行らせるべき、という心強い言葉をいただいております。ですので、まずは私の裏カジノの知り合いたちを集めて、プレオープンパーティを開こうかと。目途としては、第一段階は初夏のころに」

「楽しみだね。ただ、その時期だと社交シーズンだなぁ。早く遊びたいのに、少し忙しいかもしれない」

「ええ。こちらのクラブでも遊べるように手配しておくので、卓を囲みたい相手と共にぜひ、いらっしゃってください。その頃までには、遊び方もしっかりとマニュアル化しておきますので」

「それは楽しみだ。嬉しいな」


 ウルズ大公は、子どものような無邪気な微笑を浮かべて告げる。悪戯の計画を話すように、娯楽を広める企画を話すアルスとの時間は、常に裏社会に目を向け、汚れ仕事を請け負って国の治安を守っている王弟にとっても癒しの時間だったのである。

 それからしばらく近況報告をしていると、ウルズ大公は思い出したように告げる。


「ああ、そうそう。もうすぐ王立学院は新学期だよね。実は、大公家(うち)で西国の王弟を預かることになってね」

「ラヴァード王国の?」

「ああ。ちょうど一年の留学になる。学年はアルスの一つ上。だから、三年生だね」

「そうですか……また騒がしくなりそうですね」

「あはは。今の二年生は、とんでもないからね。何せ第二王子殿下に宰相閣下の息子、魔術師局のエースや大商人の息子、第三騎士団の副長に筆頭公爵家の令嬢などなど……並ぶだけで味が濃いよね」

「そちらに、さらに隣国の王弟殿下の追加ですか。本当に、静かな学院生活は程遠いように思えます」


 将来の官僚を担う世代は偏ると言われている。王家の懐妊を聞くと、それぞれが家で子作りに励むからとされている。将来の王家の側近、官僚職、そして何よりも伴侶。それらを担う人材を、ぜひ我が家からと願う貴族の家からは、同い年に自然と子どもが集まることとなる。

 とはいえ、キングレー伯爵家はあまりそれに沿わないのだが。であるからこそ、いわゆる黄金世代の一つ下の学年ではあるわけなのだ。


「今日はありがとう、アルス。また何かあったら頼るかもしれない。その時はよろしくね」

「はい。では、お気をつけて」


 国の暗部を担う若々しい大公は、夜闇の中へと消えていった。新学期から始まる波乱の予感を、アルスの胸に確かに残して。

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