37. 魔術師の誘い
魔術競技会への準備を進めなければならない。アルシェスタが入れて貰ったのは、イルヴァンとジェフリーの身内のチームとはいえ、一応ポーズだけは取らなくてはならない。
三人で話し合った結果、どうやらジェフリーもそれほどモチベーションは高くなさそうだったので、週に三日ほど放課後に時間をとって、ゆっくりと慣らすくらいにする、ということだった。
広大な面積を誇る王立学院では、数十か所に渡り、魔術の訓練を行なえる場所が存在する。そのうちの一か所を借りて、魔術の鍛錬をするという形だ。
もう間もなく、エントリーは締め切りとなる。そろそろ、チームが決まっていない学生に関しては、決断の時だが――。
「……申し訳ない、殿下、マギアス嬢。オレ、どうしても気になる子がいるんだよね。だから、今回の競技会はそっちの面倒見てもいい?」
通りがかった多目的ホールの端で、ベルローズ、ユーウェル、そしてオーエンの三人が向かい合っているのを見つけた。アルシェスタは思わず足を止めて、そちらを注視してしまう。
記憶にある限りでは、昨年はこの三人がチームを組み、競技会に出場し、優勝していた。強い火属性の魔術を使うとされているマギアス公爵家、そしてバランスよく魔術の鍛錬を重視する王家に加え、魔術師局のエースという布陣。
賭け事の対象だとしたら、ほぼ満場一致で優勝予想一位に選ばれる面子だった。
「ふん。お前が私の面倒を見ているつもりだったとはな。いつもお前の尻拭いをしてやっているのは誰だと思っているんだ?」
「いやぁ、それは言葉の綾ってやつですね。でも、今回だけは勘弁してくれません?」
「まぁ、いい。いい加減、お前がいるから出来レースだなんだのと下々の者が騒ぐのにも飽きてきたところだ。好きにするといい。ベルローズ、構わんな」
「……殿下の御心のままに」
「ありがとうございます。じゃあ、今回はライバルですねぇ。負けませんよ」
オーエンは相変わらずの軽い口調でへらへらと告げると、そのまま軽い足取りで立ち去って行った。ユーウェルもベルローズを連れて、別の方向へと立ち去って行った。
(……グラスティケイト卿は、あの二人と別チームなのか。気になる子……天才魔術師のグラスティケイト卿が興味を惹かれる人間って……)
思案していると、アルシェスタへと素早く歩み寄ってくる足音が聞こえて、そちらを向いた。
すると、そこには肩で小さく息をしているリリーナの姿があった。アルシェスタはそっと姿勢を正して、丁寧に頭を下げる。
「ご機嫌麗しゅう、リリーナ様」
「ご機嫌麗しゅう、アルシェスタ様。あの、今、お話しても構いませんか?」
「ええ。どうなさいました?」
あれ以来、リリーナとも定期的に交流を続けている。リリーナはウルズ大公が手配したマナー教師にレッスンを受け、少しずつマナーを学んでいるようだ。効果は如実に出ているようで、最近はリリーナの所作が少しずつ整っているように思える。
そんなリリーナは、創立記念パーティー以来、またもや学院の注目の的だ。光属性の魔術師が、魔術競技会でどれほどの成績を残せるのか。
魔術師としての矜持を張るのに必死な貴族たちは、彼女の実力が風評よりも低いことを期待しているのだろう。
リリーナの呼吸が整うのを数秒待って、彼女の言葉の続きを聞く。深呼吸をして、意を決したように眉をきりっと動かす様は、とても愛らしかった。
「アルシェスタ様。あの、魔術競技会、もしよろしければ、チームを組んでくださいませんか」
「――あ。申し訳ございません。私、実はもうチームが決まっていて、エントリーも済んでおりまして」
「ええええっ!? はあぅ……」
リリーナは目に見えてしゅんとして肩を落とした。とはいえ、ダメ元であったのか、それほどショックを受けているという風ではない。
この期限ともなると、エントリーが済んでいる学院生は多い。ギリギリまで、良いチームになるようにとエントリーを済ませない学院生もいるようだが――そういった者は意識が高いので、生半可な実力や覚悟では捕まらない。
「も、申し訳ありません、下調べ不足で……」
「いえ……発表があるまでは非公開ですものね。ごめんなさい」
「そ、そんな。私が無理を言ったのですから、お気になさらず……ど、どうしよう……」
「……チームを組んでくださる方が、いらっしゃらないのですか?」
確か、彼女には二人ほど子爵家の令嬢が友人としてついたと聞いていた。王家の臣下として代々功績をあげている子爵家の出で、リリーナとは敵対するような派閥ではない娘たちであった。
リリーナはそっと俯くと、小さく頷いた。
「はい……友人たちも、もうすでにチームは決まっているようなので。その、私、お友達が少なくって、なかなかチームに誘える人もいなくって……」
「そうでしたか……お力になりたいのはやまやまなのですが……」
「……はい。魔術の希少性を認められて、この学院に通う許可をいただいているのに、魔術競技会に出られないだなんてことになったら……」
間違いなく、貴族たちからの評価は落ちるし、せっかく回復しかけている名誉が落ちる。貴族たちから顰蹙を買うことは必至だろう。
何とか力になってあげたい気持ちはあるものの、チームの宛があるわけでもない。ベルローズとユーウェルのところの残り一枠――とも考えたが、できればベルローズの負担をこれ以上増やしてあげたくない、というのがアルシェスタの本音だった。
あのチームに入れば、ユーウェルはリリーナに構い倒すだろうし、ベルローズの仕事は増えるだろう。
頭の中で、誘えそうな人員を探していると、リリーナの肩をとんとん、と叩いた手があった。
「だったら、オレとチーム組まない?」
「え?」
貴族の厳かさの欠片もない、軽薄で弾むような声が聞こえて、リリーナが振り向くと、そこにはオーエンの姿があった。
艶やかな黒の髪は、今日もつやつやと輝いて、彼の色男っぷりをあげている。ウインクを欠かさないアプローチで、世の女性は夢中になる――らしい。
アルシェスタの心は、例外なく凪いでいるのだが。
「で、ですがグラスティケイト卿は、ユーウェル殿下とマギアス様とチームを組まれるのではありませんか?」
「オーエンでいいよ。だってオレたちって、運命の赤い糸で繋がってるじゃない? 今日も綺麗だね、リリーナ」
ユーウェルに口説かれているのだから、その護衛であるオーエンとも親しいのは当たり前だったのかもしれない。
オーエン・グラスティケイトのそれは、軽薄な女たらしのその上の好奇心に思えた。少なからず、リリーナには関心があるのだろう。主の元を離れてでも、チームを組みたがったのが、彼女だったのならば。
「……よろしいのですか? わ、私、光の魔術を、まだ全然うまく使いこなせていないのですが……足を引っ張ってしまうかもしれません」
「全然。オレ、一応魔術師局のエースって呼ばれてるくらい、魔術は得意でね。魔術には自信があるんだ。ついでに、首から上にもね」
「オーエン様……そ、その。光属性の魔術は、使い勝手が違う可能性もあるのですが……もしよろしければ、魔術のご指導、いただけませんか」
「任せといてよ。オレも光の魔術には興味があったんだよね。よろしく、リリーナ。キングレー嬢は……残念、先約があるのか。君も一緒なら、なおさら楽しかったんだろうな」
オーエンはアルシェスタの方に視線を向けて、ぱちんとウインクをする。
アルシェスタは心をぶらすことなくゆっくりと微笑んで、淑女らしく丁寧な礼を返した。
「私も残念に思います。かのグラスティケイト卿に魔術をご教授いただける機会など、滅多にないでしょうから」
「君も、オーエンって呼んでくれると嬉しいんだけどな。まぁでも、横やりを入れる気はないから……頑張ってね。応援しているよ」
「ありがとうございます、グラスティケイト卿。リリーナ様のことを、よろしくお願いいたしますね」
アルシェスタは笑顔を崩すことなく、その場から立ち去った。オーエンはその後ろ姿を見て、頭の後ろをそっと掻いた。
「ありゃりゃ……思ったよりオレ、嫌われてるかなぁ……」
「オーエン様、あと一人は……」
「ああ。宛があるから安心して。うちの後輩くんでね。彼も光の魔術に興味を持っていたから、きっとリリーナに優しくしてくれると思うんだ」
オーエンはリリーナを丁寧にエスコートして、その場から姿を消した。
◆◇◆
目の前で、魔力のうねりが発生する。ガキィン、という高い金属音がこすれる音がして、アルシェスタは目から星を飛ばした。
魔術の鍛錬という名の、イルヴァンとジェフリーの剣の稽古を眺めていた。魔力を込めて打ち合われる以外は、いつも二人がしている剣の稽古だった。
(う~ん、これは脳筋)
威力は申し分ない。オブジェクトの破壊、魔獣との模擬戦闘などの競技種目なら、この二人が思い切り剣を振るだけでクリアができそうだ。
ただ、魔力の属性制御を求める競技などでは的を破壊してしまうほどの威力を出せば失格になってしまう。
一か十かではなく、二や三、六や七といった制御も必要となってくるのだ。
アルシェスタは氷の魔術でダーツの矢を生成すると、それを指先で軽く挟んで、放り投げる。三本放り投げたダーツの矢が全て中央へと刺さるのを見て、アルシェスタは小さく息を吐き出す。
(魔力制御は僕が頑張るしかないか……あと、STG課題も。まぁ、こっちの場合、僕は追尾や照準補助とかじゃなくて、完全に手で投げて制御するから……うん、僕も脳筋だなぁ)
魔術とは理論であり、奇跡を起こすために必要なのは祈りではなく数式だ。
魔力と呼ばれる力を練り上げ、それを数式に落とし込んで演算し、展開する。単純な命令を数式の中に組み込むことで、たとえば魔術が対象を追いかけるようにしたり、命中率をあげたり、威力をあげたり、飛距離を伸ばしたり――そのような付加効果を付ける。
魔術師と呼ばれる人々は、この演算速度が異常に早かったり、いくつもの付加効果を付けられる数学的才能があったり、魔力の制御が緻密にできる人材が多い。
それらを全て身体能力で補おうとする魔術師もどきのことを、人は脳筋と呼ぶ。
指先で風の軌道をなぞって、的に刺さった氷のダーツを叩き折る。パキン、と高い音が聞こえて、氷のダーツは粉々に砕け散った。
氷のダーツで遊んでいると、訓練場の中央でばたっと大きな音が聞こえて、そちらを向いた。すると、そこにはイルヴァンとジェフリーが、たっぷり打ち合った後に、肩で息をして、訓練場に座り込んでいる。
(……まぁ、楽しくやるのが何よりだし……適当に、誰かを楽しませるような演出ができればいいな)
アルシェスタは付近に置いてあったタオルを二つ手に取ると、そっと立ち上がり、訓練場の中央へと向かった。




