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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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33. スロットマシーンは高らかに鳴り響き

 裏カジノへと入ると、ブラックカードを受付に見せる。

 恭しく一礼をした受付のボーイは、後ろにいる三人の男を見ると、へらりと微笑んで告げる。


「おや。アルスさん、今日は護衛の方が多いんですね」

「まぁね。ちょっとした社会勉強だよ。カジノの中が見てみたいって言うから連れて来ちゃった。身分証明のバッヂ、くれる?」

「はい。すぐにご用意しますね」


 すっかりと顔見知りになったボーイは、下の引き出しからごそごそと何かを取り出すと、アルスの目の前に、三つのピンバッヂを置いた。黒い薔薇をあしらった高級なピンバッヂは、この裏カジノの(ゲスト)の証である。

 アルスはそれを受け取ると、それぞれへと一つずつ配る。ジェームズがそれを手慣れた様子で襟に着けるのを見て、トーマとテオドールはそれに(なら)った。


「チップは?」

「うーん……今日はとりあえず1000でいいかな」

「かしこまりました」


 ブラックカードに刻まれた魔術文字が変貌し、31000から30000になる。

 ボーイから渡されたチップの革袋をほい、とジェームズに預ければ、ジェームズはそれをしっかりと両手で持った。

 受付への挨拶もそこそこに、ホールの中へと入れば、そこには今日も賑わいを見せる、遊技場の光景が広がっていた。


「とりあえず、ここで解散でいいかな。何か困ったことあったら、声かけてよ」

「ありがとな。じゃ、こっちはこっちで動かせて貰うわ」


 緩そうな欠伸を漏らすトーマと、どこかぎこちないテオドールのコンビは、ふらふらとカジノの中へと消えていった。アルスはそれを見送ると、ジェームズを引っ張って、ルーレットテーブルへ向かう。

 すると、珍しい人物が来ていた。


「おや。フラウじゃないか。久しぶりだね」

「ああ、アルス。こんばんは。私も久しぶりに来たのだが、君に会えるとは僥倖だった」


 フラウは今日も今日とて、白銀の髪を緩く後ろへと流し、白い仮面ですっぽりと顔の上半分を覆っている。

 顔は隠せても、整った所作は、彼が高貴な人間だと隠してはくれない。

 しかし、裏カジノにおいて、意図的に身分を隠している人間の名を暴くのはマナーが悪いとされている。お忍びで遊びに来る公侯爵家の人間なんかも珍しくはなく、彼らはこうして仮面でよく顔を隠しているので、フラウが浮いているというほどではなかった。


 穏やかで気立てが良く、遊戯(ゲーム)に対しても真剣なフラウは、この裏カジノの社交の輪に馴染むのが早かった。今では、社交テーブルをマダムたちと一緒に囲んでいる姿を見かけるようになった。


「ねぇ、あそぼっか」

「アルスが相手をしてくれるのか? それは嬉しい。ぜひ」

「うん。フラウって、まだポーカーテーブルしか遊んだことないでしょ? せっかくだから、ほかの遊戯(ゲーム)も遊んでみない? お勧めはねぇ……」


 アルスはきょろきょろと辺りを見渡した後、きらりとそれが天啓のように振って来たので、フラウの袖の下あたりを軽く引いた。


「あれ! どう? 最近入ったばかりの、魔道具仕掛けのスロットマシーン! 最近誰かしら座ってるのに、今日は空いてるんだ。僕、一回ぶん回してみたかったんだ~」

「スロットマシーンか……確かに派手だな」


 あれは、エドワーズが開発した、スロットマシーン・改だ。スロットマシーンを回すのに必要な機構をできる限り自動化し、さらに魔術を応用して、出た絵柄に合わせてスロットマシーン自体が面白い挙動をするという、最新式の娯楽用魔導機械である。

 フラウも興味を持ってくれたようなので、アルスはスロットマシーンへとどしりと腰かけると、ジェームズからチップの入った革袋を受け取り、そのチップをスロットマシーンに入れて、レバーをぐいっと引いた。

 何だか愉快な音を放ちながら回るスロットマシーン。回り始めると、周囲で談笑をしていたマダムやジェントルマンたちが、アルスがスロットマシーンに座っていることを見て近づいて来る。


 絵柄が揃うと、スロットマシーンの上部、透明なガラス張りのところへと、魔術で特別な演出が催される。

 たとえば、赤い果実が揃えば、土の魔術を応用して、花がたくさん開くような景色がガラス内に生み出されるのだ。

 見て楽しい、回して楽しい、当たって楽しいの三拍子。アルスは手を叩いて喜んでいた。


「なにこれ! 天才すぎる! あっはっは!」

「いやぁ、流石はエース、見事な回しっぷりですなぁ」

「うふふ、本当。この最新式のスロットマシーン、本当に見ているだけでも面白いわ」


 和やかに緩やかに社交の輪が広がっていく。アルスは、フラウをスロットマシーンの前へと座らせると、そのままチップをスロットマシーンに入れた。


「ほら、フラウもやってみなよ」

「いや、君のチップだから……」

「細かいことは気にしないの。ほら、レバー引いて」


 アルスのぐいぐいと押す気配に逆らえずに、フラウはレバーを引いた。

 スロットが高速で回っていく。かろうじて色で絵柄がどこにあるかが分かる程度だが、かなりの高速回転で、狙った目を出すのはかなり厳しいと存じた。

 ――しかし。フラウは、研ぎ澄まされた集中力でロールを見据えると、一番左のボタンを押した。


 (セブン)が、中央のレーンで止まる。ざわり、とどよめきが走る。

 続いて、フラウが左から二つ目のボタンを押した。すると、またもや7が中央で止まる。


 まさか、と誰かがつぶやいた。フラウの集中力は、一向に切れる気配がない。

 中央のボタンを押すと、またも7が中央で止まる。ざわざわざわ、と人々が喧騒のように騒ぎ始める。ここまで来ると、カジノ内の客も、なんだなんだとこちらを向くようになる。

 右から二番目のボタンを押せば、言わずもがな7が中央で止まった。すると、スロットマシーンが激しい音を奏で始めた。


(――何とも射幸心を煽る音ッ! やっぱりエド兄は天才だ……にしても、フラウって動体視力いいんだなぁ。これ、目押しだよね?)


 ずずず、と体の底から湧いてくる名状しがたい幸福を感じながら、アルスは息を飲んで、最後のロールの挙動を見やる。

 きらきら、とフラウの頭上で星が舞うような演出が入る中、フラウの目は、最後のロールに釘付けになっていた。

 皆が見守るその一瞬、フラウが指を動かして、最後のロールを止めた。


「――ッ!」


 こ――これは。77777が揃った!

 誰かが、叫んだその瞬間、まるで金貨が飛び、ダイヤモンドが輝き、宮殿が組み上がるような恭しい演出がなされた後で、スロットマシーンが悲鳴のような、きらきらとした音楽を奏でて、じゃらじゃらじゃら、と溢れんばかりのチップが、スロットマシーンの内部から吐き出された。


「ちょ――このスロットの中央レーンの77777の倍率って――は!? 全チップ放出!?」

「何たる不覚……アルス、このチップ、全て持ち帰れそうか?」

「いやいや、当てたのはフラウなんだから半分持って行ってよ」

「私の手には余るぞ」


 そうは言いつつも、これ以上煩わせるわけにもいかずに、アルスは駆け寄ってきた黒服と共に、慌てて床に散らばったチップを回収した。いくらくらいになるのだろう、という無粋な勘定は止めて、チップを拾い終えたくらいに、その男は現れた。


「何だ、このチップの量は――どけっ!」


 その無作法な男は、スロットマシーンに群がる客を押しのけて、一心不乱にスロットを回し始めた。

 迷惑客だなぁ、と思いながらも、流石にこれ以上スロットを回す気になれなかったアルスは、ジェームズにチップを運んで貰い、いったんフラウと共にチップをカードに預けることにした。

 結局、遠慮するフラウを押し切って、チップは半分ずつ分け合うことになった。本当ならばもっとフラウに持って行ってほしかったのだが、フラウが譲らなかったのである。金は要らないから、と実に高貴な人間らしい言葉を告げられてしまっては、アルスもそれ以上言い募ることは許されなかった。


 カジノに来る前よりも随分とチップが増えてしまった。何となく癪だが、いつかのための資金として、ありがたく貯金させて貰おう、とアルスはそっとカードを仕舞った。

 カジノで儲けたチップは、実のところ、あまり換金する気がなかった。しかし、もしかしたらまとまった金を自力で用意せねば、一世一代のビジネスチャンスを逃すようなことがあるかもしれない。

 その時のために、アルスはこのチップを換金せずに置いておくのである。


「フラウ、目押ししたでしょ。動体視力がいい奴ってのは、規格外だねぇ」

「できるとは思わなかったんだ。だが、見えてしまったので、揃えてみたいという欲には勝てず」

「それは分かるよ。でも、目押し対策、もう少し色々考えないとダメそうだなぁ……」

「……ん? アルスは、あの魔導スロットマシーンの制作者と知り合いなのか?」


 あ、とアルスは小さく声を漏らした。あまり素性に繋がる手掛かりは残したくはないのだが、軽率に話してしまったからには、説明して口止めする方が良さそうだ、と感じたため、アルスは頷いた。


「まぁね。でも、簡単に目押し出来ちゃったら億万長者になっちゃうから。不正にならない範囲で、軽く対策はするんだよ」

「それはそうだろうな。私のデータが、何かの役に立つなら幸いだ」

「ふふ、ありがとう。まぁ、あんまり言いふらさないでもらえると嬉しいかな。――知り合いはこういう娯楽の道具を作ってるんだよ」


 アルスの願いに、フラウは何も疑わずに頷いた。

 やはりフラウは、純粋に遊戯(ゲーム)を楽しむ人間なのだ。アルスにとって、フラウは同類の遊戯(ゲーム)中毒(ジャンキー)なのだと確信した。


 チップが片付いたところで、片手で握れる程度のチップだけを持って、もう一度ホールへと戻る。

 すると、先ほどの男は、鬼気迫るといった様子でスロットを回し続けていた。代わって欲しいという周りの言葉も全て無視である。

 いまいち、紳士の矜持に欠ける御仁だなぁ、とアルスはのんきに眺めていると、社交テーブルで噂話をする紳士淑女の話が、耳に流れてくる。


「――身分を振りかざして、他人が遊ぶ機会を奪うだなんて」

「紳士の風上にもおけんな」


 どうやら、表の世界では爵位を持っている貴族らしかった。しかし、該当する人物は思いつかないが――そう思っていると、さらに噂話が耳に流れて来た。


「グラッセ子爵って、第二騎士団の?」

「騎士団の人間が、カジノで豪遊か。上司に知られたら、とんでもなさそうだな」


 その言葉に、アルスは足を止めた。


(――グラッセ子爵? グラッセ卿の父上? あれが……?)


 鬼気迫るような様子の男を眺めていても、あまりしっくりは来なかった。アルスは漠然とした違和感を抱えながら、その人物を観察していた。

 ――カジノの中央から、彼の様子を見やる、トーマとテオドールの様子には気づかなかった。

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