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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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32. 魔術競技会に向けて

 生徒総会から、一週間後。

 学院では、いよいよ魔術競技会のエントリーが始まっていた。

 チーム結成から登録までは、およそ一週間の猶予がある。その合間に、あるいはその前から事前にスカウトしていたメンバーと共に、魔術を使った様々な競技に挑む一大イベントだ。


 未来を担う魔術師たちの祭りということで、貴族の観覧客も多い。自分の実力や有能さをアピールするにあたって、学院のイベントでは最も適していると言ってもいい。

 官僚たちも、貴賓としてロイヤル・シートに座る。現王太子と王太子妃も、そのさらに上段のシートで、未来ある子どもたちの勇姿を見守る。

 平民の子女にとっては、王家の人間の目に留まる千載一遇のチャンスでもある。よって、より良い仕事を、よりよい立場をと望む者は、この競技会に力を入れる。


 そんな中、アルシェスタはというと――。


「え? 魔術競技会? ああ……まぁ、適当にやるつもりだよ。そんなに意識高くないチームに入れて貰って、適当なところで敗退する」

「シェスは一年の時もそんな感じだったか」

「うん。魔術師局に目を付けられるのとか、ごめんなんだよね。僕の場合は、珍しい属性も持ってるし」


 誰もいない校舎裏で、いつも通りイルヴァンと二人で食事を摂っていた。話題は自然と魔術競技会の方へと移る。

 イルヴァンは剣術は秀でているが、魔術は戦闘特化だ。細かい操作や緻密な魔力運用は苦手で、一か十か、というような魔術の使い方をする。

 緻密な作業を必要とする魔術競技会との相性は、残念ながら絶望的だ。イルヴァンも、いつも程々のところで敗退しているのを二度、経験している。


「闇属性、か。うちの学年には一人もいないな」

「うちの学年もだよ。もっと言えば一つ下もそう」

「じゃあ、この学院で今、闇属性を使えるのはシェスだけなのか?」

「どうだろう。僕みたいに隠してる人間もいそうだけどね」


 闇属性の魔術は、希少価値が高い。光ほどではないにしろ、その数は数千人に一人だとか。

 光属性・闇属性共に、国が崇める神々――太陽と月の神の恩寵とされるため、たいへんに神聖視されている。それは、リリーナを見れば一目瞭然ではあるのだが。


「僕みたく、就きたい職、叶えたい夢がある人間にとっては、魔術師局に目を付けられるのはめちゃくちゃ邪魔なんだよね」

「……魔術師局に気に入られるのが邪魔、か。王宮付きの魔術師を目指す生徒が聞いたら、怒り狂いそうだな」

「僕も、魔術は自衛程度にしか使えないし、実力もないのに、属性が希少ってだけで王宮に上がれって言われるのは死んでも嫌なんだよね。だから、そういう面倒なトラブルを避けるために、卒業までこの秘密を守るつもりだよ」


 イルヴァンが差し出したサンドイッチにかぶりつきながら、アルシェスタは疲れたように息を吐き出した。

 アルシェスタの魔術の腕は、世辞にも洗練されているとは言えない。どちらかと言えば、アウトローな実戦での扱いを好む、粗暴で行儀の良くないものだ。

 喧嘩には強いが、それだけである。宮廷魔術師に必要な、学問的な知識も、学院で習う範囲でしか身に着けていない。

 魔術師局とは、いわば魔術師による騎士団のようなもので、治安維持よりも研究に労力を割いている。騎士団の要請で、犯罪者の捕縛や魔物の退治に駆り出されるくらいである。

 そんな魔術師局で優れた功績を立てた者のみが、王宮付きの魔術師――すなわち、宮廷魔術師に抜擢される。騎士団から優秀な者が近衛兵や王族の親衛隊に取り立てられるのと同じような道筋だ。


「まぁ、魔術競技会なら、今年も魔術師局のエース殿が完勝じゃない?」


 魔術師局のエース、稀代の天才魔術師、オーエン・グラスティケイト。

 色男として浮名を欲しいままにする軽薄な男は、実に十二属性を操る天才魔術師であり、弱冠14歳で魔術師局の登用試験を突破したという、歴史書に名が乗るレベルの偉業を達成している。

 あんなにもへらへらとしているように見えても、その腕前は他の追随を許さないほどの優れたものなのだ。


「グラスティケイト卿はレベルが違うよ」

「ほんとね。まぁ、剣術闘技会のイルヴァンみたいなもんだよ」

「今年は危なかったけどな。ジェフが強かった」

「そういうことだよ。普通なら比較される人間なんていない。まぁ、一応優等生って設定だし、出場だけはするけどね。体が弱いって謎の設定がついちゃったから、それもちゃちゃっと利用して、長時間魔術使うと面倒になるって匂わせて、あまりモチベーション高くないチームに入れて貰おうかなって」

「優等生は設定だったのか……」


 アルシェスタはひらりと肩を竦めて、背もたれに大きく体重を乗せた。

 残念ながら、アルシェスタの外面の良さに騙されて、チームに入れてくれる人間はたくさんいるだろう。優等生の仮面は、こういったときの煩わしさを取り払ってくれるので、学院にいる間は被る予定である。


(ま、ある意味でヴァレリー嬢の指摘は正しかったんだろうなぁ)


 アルシェスタの外面を偽りだと言い切った彼女。

 恐らく、深くは考えていないのだろうが、それは大正解である。


「なぁ、シェス。だったら、俺とジェフと組まないか?」

「イル兄と王弟殿下と? ジェフリー殿下は何て?」

「ジェフも大体俺と同じらしい」


 ああ、とアルシェスタはすべてを察した。

 剣術を中心に修める者は、どうしても実戦での応用を念頭に考える。

 一方で、魔術の運用もそちらにかなり寄って行くので、どうしても偏ってしまう。さらに、剣術を学ぶ分、魔術を学ぶ時間が削られるということでもあるので、練度が落ちる。


「つまり、僕もイル兄もジェフリー殿下も、魔術に関しては脳筋なんだね」

「そういうことだな。だから、たぶんいい感じのところで落ちる」

「オッケー、乗った。まぁ、ジェフリー殿下からのお願いの件もあるしね」


 あれ以来、ジェフリーとは、時折昼食をともにしたり、放課後にサロンでおしゃべりをしたりしている。

 もちろん、間にはイルヴァンを置くことが前提だ。イルヴァンからすれば、幼馴染と親友と、楽しい時間を過ごしているだけ。

 ジェフリーとも色々と言葉を交わした結果、彼の気質は限りなくイルヴァンに近い、と感じた。であるからこそ、二人は意気投合したのだろうが。


「良かった。じゃあ、俺とジェフとシェスで、参加登録しておくな」

「よろしく。イル兄は火風で、僕が水風……ジェフリー殿下は?」

「確か、地水火だって聞いた」

「基本三属性持ち……才能の塊だね」


 貴族の子女は平均二属性持ち。稀に三属性がおり、さらに歴史書レベルで四属性(オールマイティ)がいる。

 なお、オーエンはその四属性(オールマイティ)である。基本属性が四属性に加え、応用属性が八属性。それが、彼の才能のすべてだった。


 かくして、魔術競技会に向かい、イルヴァンとジェフリーと共に、準備を進めることとなった。


◆◇◆


 夜になれば、アルシェスタはアルスへと名と姿を変え、下町へと降りる。

 今日は夜遊びスタイルなので、念入りに男装を終えて、ジェームズを伴って、クラブへと向かった。

 するとそこには、指示したドレスコードに正装した、トーマとテオドールの姿があった。


「やぁ、トーマさんにテオドールさん。よく似合ってるね」

「なんてぇか、こんな正装、滅多にしねぇからむずむずするなぁ」

「そういうアルスさんは……どこからどう見ても、いいとこの坊ちゃんですね」


 趣味の悪い白スーツは、アルスの勝負服のようなものだ。白という色は清潔感と高級感を併せ持ち、何かと高貴さを感じさせてくれる。

 これによって、面倒な客とのやり取りをいくつか省略できる。手を出すなら覚悟してかかって来いと、そう全身で伝えることができるのだ。


「さて……あのね。裏カジノは確かに国の施設だけど、表向きはそうじゃないように運営されてる。そんなとこに、第一騎士団の二人を連れてくのは結構リスキーなことでね。だからこの先は、お願いなんだけど……裏カジノでやるのは、飽くまで情報収集。もめ事は起こさないようにしてほしいってこと」

「ああ、分かってる。俺たちもそのつもりだよ」

「うん。じゃあ、そんな感じで、よろしく」

「ちなみに、裏カジノってのは、どうやって入るんだい?」


 アルスは懐から、一枚の高級感に溢れるカードを取り出した。金縁がきらりと輝き、魔術文字で31000と刻まれている。


「これが会員カード。年会費として、決して安くないお金を払って発行するんだ。一応、とあるバーで合言葉を言って手に入れるものなんだけど……僕の持ってるこのカードは、ブラックカードっていう最高級の会員カードだから、僕が身元を保証できる人間なら、同伴させられるんだ」

「へぇ。嬢ちゃんは、最上位の上客って訳かい」

「まぁ、そういうことだね。だから、護衛も連れ放題ってわけ」


 ちらりとジェームズを見れば、へらりと笑われる。ジェームズとトーマは顔見知りらしいが、しかしそこまで親しいわけではなかったのか、簡単な挨拶を交わした後は、あまり話すこともないようだ。

 部署が違うのだろう。ジェームズは確か、密輸や非合法の売人を取り締まる二課に所属していたはずだ。ただ、退職の原因が職場の人間関係であったようなので、今も付き合っている人物はほとんどいないようだ。


「だからね。僕が連れてくことになるから、面倒事は起こさないでねってお願い。支配人は僕に甘いけど、お小言は長いんだ。だから、僕が叱られないように頑張って貰って」

「分かった。迷惑はかけねぇよ。そいじゃ、出発しようや」

「はーい。じゃあ、行こうか。いざ、裏カジノへ」


 第一騎士団のとある調査のため、裏カジノへの手引きをすることとなったアルスは、しかし騎士団の任務を邪魔するつもりもない。二人がアルスを巻き込むことを望まないのならば、アルスはいつも通り、楽しくカジノで遊ぶだけだ。

 馬車に乗り込み、いつもの宿へと向かう。欲望の渦巻く美しい地下世界へ、彼らを誘う案内人の役目を負った。

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