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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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31. 非日常は続く

 とある昼下がり。第一騎士団の会議室。

 集団での国家反逆罪――しかも、王立学院の生徒たちによる、未曽有の犯罪に対応するため、第一騎士団は忙しそうにしている。

 そんな中、アルシェスタは会議室の椅子に座って、紅茶を飲んでいた。その隣にはイルヴァンの姿がある。


 被害者であるアルシェスタには、その後のことまですべて知る権利がある。

 そういう名目で呼び出され、イルヴァンに付き添われたアルシェスタは、ヴァレリー元侯爵息女とその周辺の顛末を聞いた。


 まず、元侯爵は禁止薬物密売、所持、無断使用に加え、第二騎士団管理局の職権乱用、そして嫡男の殺害未遂の隠蔽という貴族法違反を犯していた。その夫人も、禁止薬物の密売に関わっていた。それらを、彼は騎士団の管理局の権力者という立場を利用し、上手く隠蔽していたのだという。

 彼らに関しては余罪も多く、かなり悪質だったということで、問答無用で処刑となった。公開処刑などといったものがとうの昔に廃れたこの国では、処刑は人の目に届かぬ監獄の中で執り行われる。


 そして元侯爵息女は、アルシェスタはある程度の減刑の措置を許してもいいと思っていた。彼女もある意味で、身勝手な大人の教育に振り回された人物だったからだ。

 貴族階級殺害未遂、犯罪教唆、禁止薬物所持・無断使用、そして国家反逆罪。これらが主な罪状であったが、国家反逆罪の罪の内容としては、貴族籍から抜けることで処断が済んでいるので、それで終わりとなる。

 ただ、アルシェスタは減刑の条件として「己を省みること」を提示していた。すると、彼女は案の定、妄言によってアルシェスタの名誉棄損、虚偽申告を始めたのだという。


 そしてその周囲の取り巻きも、反省の色はなく、ただ自分たちの罪を他人に押し付け合うばかり。


 その様子を聞いたアルシェスタは、残念ながら減刑願いを取り下げるしかなかった。


 結果として、彼女らは離島の監獄へと運ばれた。死ぬまで出られない、平民の大罪人が行く場所だ。


 ヴァレリー元侯爵家は解体され、傍系も悉く検挙されて取り潰され、残ったのは毒殺されかけたヴァレリー元侯爵子息が受け継いだ、ヴァレリー男爵位のみだった。


「シェス」


 アルシェスタが小さく息を吐いたのを聞き取ったイルヴァンが、心配そうにアルシェスタの顔を覗き込む。アルシェスタは力なく微笑んで、肩を落とした。


「大丈夫です。終わったのだと、そう感じただけなので」

「そっか。よく頑張ったな、シェス。俺の知らないとこで、色々手を打ってくれてたんだろ」

「ええ。表の、騎士団内部の仕事はイルヴァンがしてくれますから。私は、イルヴァンの手の届かない位置をと」

「ありがとう。助かったよ。……彼女に関しては、色々と思うところはあるけど、心の奥にやってしまった方がいい。今回の事件に関しては、シェスは完全に被害者だ。それは事実だからな」


 イルヴァンは立ち上がり、アルシェスタを馬車へと導くと、タウンハウスへ向けてからからと車輪を回し始める。

 侯爵家を一つ、潰すという事。それは、並の労力ではない。今回の場合は、煩わしい部分を全てサンチェスター侯爵が引き受けてくれたが、本来ならばアルシェスタ一人の力で成し遂げられるものではなかった。

 とはいえ、これ以上イルヴァンに付きまとう頭の螺子(ネジ)が吹き飛んだストーカーを放置しておくのはどう考えても悪手だ。アルシェスタを突き動かしていたのは、ビオを巻き込んだ罪悪感と、イルヴァンに付きまとう悪意ある人を排除しなければという家族の情だった。


「でも、本当に良かったのか? 俺が手柄を全部貰う感じになっちゃったけど」


 今回の事は、表向きは婚約者を害されたことで、サンチェスター侯爵家が動き、その中でもイルヴァンが積極的に騎士団に働きかけたことになっている。

 実際には、トーマに捜査の橋渡しを頼んだり、侯爵家内部の内情を間者を通して調査したり、侯爵やその周囲が騎士団の動きに気づかないように工作をしたり、その辺りはアルシェスタが担当していた。

 しかし、それを表立って功績にするにはあまりにも世間の付けたアルシェスタのイメージと合わないだろう。


「全然オッケー。そもそも、僕は今、ヴァレリー元侯爵家を積極的に潰しにいったっていう情報をアインズ公爵側に知られたくないわけだからね。だったら、婚約者を殺されかけてイル兄がキレたっていう筋書きの方がありがたい」

「そっか……残念だけど、正直に言えば功績を立てられるのは助かるな。自分の目指しているところを考えれば」

「実際、騎士団の中までは僕も手が伸びないわけだし。そこは間違いなくイル兄の功績だからね」

「じゃあ、ありがたく貰っとく。シェス的にはこういうの、貸し一っていうんだっけ」

「あは。じゃあ貸しとこっかな~。まぁ、そんな重苦しいもんじゃないけどさ」


 アインズ公爵派閥とは、王家もかかわる理由で現在水面下で睨みあっている状態だ。

 キングレー伯爵家の意向としては穏便に済ませたい。だが、相手は序列は下の方だが公爵家だ。向こうがその気になって積極的に敵対してきたときに、備えがなくては対抗しきれない。

 だからこそ、アインズ公爵家におもねるヴァレリー侯爵派閥を潰せたことは、キングレー伯爵家にとっては僥倖と言わざるを得ない。少なくとも、数の暴力で何かをしてくるときに、手駒が一つ減ったということだ。


「ヴァレリー元侯爵家には、サンチェスター侯爵家に積極的に婚約の打診をしたって証拠も残ってる。これなら、サンチェスター侯爵家の怒りを買ったってことで、あっちも文句は言えないでしょ」

「だな。できれば、さっさと諦めて欲しいんだけど」

「それ、うちの人間はみんな思ってるよ」


 ふと、イルヴァンはアルシェスタの頬に触れて、優しく指先で撫でる。アルシェスタがきょとんとして目を瞬かせると、イルヴァンは小声でつぶやいた。


「怖くなかったか? 今回、色々やっただろ」

「平気だよ、イル兄。僕ね、今どんな気持ちかっていうと、いつかイル兄の大事な人をどうしようもないほどに傷つけそうな悪役を、日の目を見る前に舞台から下ろしたような気分だよ」

「俺の、大事な人?」

「そう。僕なら対抗できるけど、普通の貴族の娘なら、あの馬車の襲撃の時点でとんでもないことになってたかもしれない。彼女にお灸を据えない限り、永遠にイル兄のストーカーをしただろうから」


 もしも、彼女の悪意を向けられる人物が、自分以外だったなら。

 それを向けられたビオは、あんなことになってしまった。処置が早かったお陰で彼は回復し、後遺症も残らないまま、大きな医院に移され、家族の見舞いを受けている。

 家族には事前に話を通してあり、重大な犯罪に巻き込まれたこと、及び少し面会謝絶になるが、ほとぼりが冷めたら家の付近の医院に移すことを約束した。

 アインズ公爵子息も、度々見舞いに行っているそうだ。あそこのはとこ関係が良いのは、同じクラスになったので知っていた。


 第二のビオを生み出さないためにも、彼女はここで舞台から引きずり下ろしておく必要があった。

 前向きに生きて、幸せを掴み取ろうとする人たちの喜劇に、狂った犯罪者という悪役は必要ない。


「そういうわけだから、心配は無用だよ。不本意だけど、僕だって貴族の娘だ。汚いことに手を出す覚悟なんて、とっくの昔にできてるんだから」

「まったく……知らないうちに随分頼もしくなったみたいだ。王都に来てからのシェスは、本当にたくましいな」

「いつまでも子どもじゃないもん。それくらいよゆーだし」

「言動は子どもなんだよな……でも、今回のことはシェスだけの傷じゃない。汚いことも、俺も一緒に背負うからな」


 額の辺りを撫でられて、アルシェスタはそっと目を閉じる。いつまで経っても、アルシェスタはイルヴァンの妹なのだ。彼にとって、アルシェスタは、血のつながった父や母、兄や弟と何ら変わりのない存在だ。

 それが良いことなのか悪いことなのか、今日は考えるのをやめておこう。そう思いながら、アルシェスタは甘えるように、イルヴァンに身を委ねて、肩に頭を乗せて目を伏せた。


 やがて、タウンハウスへと到着すると、そこには立派な馬が二頭繋がれていた。目を瞬かせていると、ちょうどエントランスで鉢合わせた。


「ああ、シェス。お帰り」

「レイ兄。ただいま。急な訪問だね」

「そうかな。普通は、妹が殺されかけたなんて聞いたら、急いで馬を飛ばしてくると思うけれど」


 グレインは、キングレー伯爵領の騎士装束姿でそこに立っていた。凝った刺繍のジャケットに、つばの広い帽子。軽装の騎士たちは、険しい環境下でも身軽に飛び回れるように訓練を受けている。

 キングレー伯爵領は王都から遠いため、騎士団から行った連絡も、サンチェスター侯爵越しに伝えられた報告も、かなり遅れて届いたようだ。

 アルシェスタがEL-Phoneを使えばすぐに知れたはずだが、もちろんアルシェスタがそれをすることはなく。

 急ぎ馬を飛ばして王都に駆けつけてみれば、すでにすべて済んだ後。グレインはアルシェスタの肩にそっと手を置いて、じっとアルシェスタの顔を見ると、頷いた。


「何ともなさそうだね。イル、シェスのことを見ていてくれてありがとう」

「いいえ、とんでもない。私は肝心な襲撃の時、傍におれませんでしたから」

「生徒会の業務の途中だったんだろう? 仕方ないさ。けれど、エリーラは本当に優秀な護衛だね。無事でよかった」


 あの賊の強襲の時にイルヴァンが傍にいられなかったことに関しては、本当に仕方のないことだった。しかしイルヴァンはあの日以来、事あるごとに自分がいない場所でアルシェスタが危険に遭うことについて、忌避していることを延々と語る。

 グレインはどうやら、すぐに動けない領地の面々を代表して、単身王都へと赴いたそうだ。我が家で最も身軽なのはグレイン、それは間違いのないことである。

 どうやら父母も話を聞いた後に慌てて王都に出て来ようとしたのだが、サンチェスター侯爵からの連絡を受けて、ショックを受けてしまったらしい。

 大変なことが起きたときでさえ、アルシェスタに頼ってすら貰えない。その事実が、キングレー伯爵夫妻を襲った。


「父上は相当ショックを受けて、膝から崩れ落ちていたよ」

「……知らないよ」

「まぁ、シェスの言わんとすることは分かるけどね」

「だって……親父は僕のこと助けてくれたことなんて一度もないじゃん。母さんの虐待を訴えても笑って受け流して、一度も助けてくれたことなんてなかった」


 母からの虐待からすら救ってくれない父親が、犯罪から守ってくれるとは思えない。

 父のやり口は分かり切っている。関わりたくないから、アルシェスタの方に非があると押し付けて知らんぷりだ。母親からの虐待を訴えても、アルシェスタの教育がうまく行っていないせいだと、アルシェスタに責任を押し付ける。

 そんな人間に頼ろうとは思えない。それが、アルシェスタがこの歳までに築き上げた、父という人物像である。


「そう……シェス。着替えておいでよ。私は少し、イルと話をしたいから」

「分かった。じゃあね、イル兄」

「ああ。またな。ゆっくり休んで」


 アルシェスタは、父母の話をしたからか、若干不機嫌そうに、自室の方へと消えて行った。その後姿を見送って、グレインはイルヴァンに話しかける。


「イルはどう思う? シェスの親への不信感、ちょっとやばいところまで行ってる気がするんだけど」

「同意しますが……シェスは少し頑固なところがあるので」

「そうだね。まさか、犯罪に巻き込まれたときに、家族に相談すらしてくれないとはね」

「私の両親に対しても、私が報告するまで、そんなこと思いつきもしなかった、という様子でしたから」


 イルヴァンは困ったように眉を下げる。グレインは小さく息を吐き出して、そうして軽く手を挙げた。

 すると、別の通路から、キングレー伯爵が歩いてくる。イルヴァンは目を見開いた。


「おじさん……」

「イル。この度は、本当にありがとう。シェスを助けてくれて」

「……はい。婚約者として、幼馴染として当然のことです」

「……初めて知ったよ。娘から相談に値しないと思われることが、こんなにももどかしいことだったなんて。しかし、全ては幼いシェスの言葉に耳を傾けなかった、私の罪なのだね」


 悲痛な面持ちで肩を落とすキングレー伯爵に、イルヴァンは唇を引き結んだ。

 イルヴァンは、キングレー伯爵が決して悪人ではないことを知っている。悲しいすれ違いや、お互いの不器用さ、そしてアルシェスタの過ごした壮絶な幼少期に理解がなかった。それが巡り巡って、アルシェスタの不信感へと変わり、積もった結果が今だ。


「私たちは、どうすればいいのだろう。どうすれば、シェスと、もう一度、親子になれるのだろうか……」

「……」

「すまない、イル。ひとまず、事件の話が聞きたいから、この後一緒にサンチェスター侯爵の所に行っても構わないかな」

「はい。勿論です」

「シェスは私が見ているから、行って来てください、父上」


 グレインは、キングレー伯爵とイルヴァンを送り出した。その様子を、アルシェスタは二階の柱の陰で腕を組んで見送ってから、踵を返して自室に戻った。


 帰りの馬車の中、イルヴァンは窓の外を見つめて、考え込んでいた。


(俺の、大事な人……)


 アルシェスタは、何度かその言葉を口にする。

 いつか、イルヴァンにできるはずの「大事な人」。アルシェスタは、その人物のことを、待ち望んでいるかのような言動を時折行なう。


(俺にとって、今一番大事な人は、シェスだと思ってた)


 幼いころから一緒にいて、未来にも離れることを想像できない人。

 何に代えても守りたい、大切な家族。

 ――それでは、不足なのだろうか。アルシェスタは、イルヴァンの一番大事な人になりえないのだろうか。


(俺の一番大事な人って……なんだ?)


 何となくざわつく胸の内を、どこかに吐露することもできず、目の前で唸るキングレー伯爵の声を聞きながら、イルヴァンはそっと瞳を伏せた。


◆◇◆


 父親が来た次の日、アルスがクラブで仕事をしていると、トーマたちが訪れた。


「嬢ちゃん。頼みがあるんだが――」


 真剣な面持ちで、彼は予想外のことを告げる。


「俺たちを、嬢ちゃんの遊び場――裏カジノに、連れて行ってくれないか」


 一難去ってまた一難。非日常はどうやら、まだまだ続くらしい。アルスは肩を竦めながらも、彼の力になるために、また一歩を踏み出した。

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