30. 因果応報
※注意※
本文には「ざまぁ」の要素が含まれています。
主題ではないため、タグには書いておりませんが、苦手な方は◆◇◆まで読んでいただければ
そのまま次話で補完します。
ベルローズが奏上した学院の運営体制の変更は、初めての公表を終えた後、直ちに各家へと通達された。
王立学院は国が運営している施設である以上、最高決定権は王家にある。王家がその方針を定めたのならば、従う以外に道はない。
努力を怠った者の名誉を犠牲に是正する。それはある意味で貴族たちにとって阿鼻叫喚の地獄でもあり、厳しい教育に耐えて来た子女を評価する正当な一手でもあった。
今回、最高議会の情報漏洩に関わったとされていた貴族家には、それぞれ出頭の要求が出ていた。
ほとんどの貴族家は、子女のやらかしたことを重く受け止め、自らの子らに出頭をするように申し付けた。
騎士団に出頭した子女に関しては、学生であること。そして、ベルローズから、予め貴族子女の自意識の欠如の奏上が行なわれていたため、異例なほどに罪は軽くなった。
まずは、二週間の自宅謹慎。これは、実質的に来週から再来週にかけて行われる、魔術競技会へのエントリーができなくなり、経歴から一つ、輝かしいイベントが消えるという十分な罰となる。魔術競技会での成績は、その後の社交界でもずっと誇れる華々しいものだからだ。
そしてもう一つが、各家での再教育。彼らが犯した罪の重さを今一度しっかりと教え込み、更生を図ること。もしも再教育の上で再度問題を起こしたなら、その時は即時退学処分とすることを宣告した。
彼らは貴族籍に残ることが許され、ベルローズに多大なる借りができた。結局のところ、巻き込まれた人間であっても、噂の出所を確認もせずに国家反逆罪に加担したのは彼らだ。貴族でいることを許されることこそ異例である。
逆恨みなどしようものならば一生針の筵だろう。各家はベルローズには二度と逆らうなと教育するはずだ。
しかし、子が子ならば親も親という家ももちろん存在した。彼らは、王族の御前で国家反逆罪を摘発されたにもかかわらず、まだもみ消しを行なおうとあがく者らだ。
それが子への愛情なのか、それともわが身可愛さからくる行動だったのかは分からないが――二日の猶予ののち、騎士団が次々に国家反逆罪の容疑で、親子ともども捕縛した。
準王族であるベルローズの宣告を無視し、罪の隠蔽に全力を尽くした者らには、王家からかなり厳しい罰が与えられた。
一つは、階級の降下。今回の事件で関わった子女の最高階級は侯爵だったが、問答無用で二階級下げられることとなったのだ。派閥の主であった家は、その派閥の中で次に力を持つ家が台頭した。
そしてもう一つは、子女の貴族籍の剥奪だ。彼らはそれぞれ、軍への士官と、教会での奉仕活動を求められ、平民籍を与えられた。
この国において、悪事に手を出して爵位を維持する法服貴族はかなり数が多いらしい。今回の一件は、それを顕著に炙り出した一件ともなったそうだ。
彼らは地位と財産の一部を剥奪され、子を平民に落とされるという、大いなる罰を与えられたことで、それぞれ代替わりをしたとも言われている。
――そして。
彼らは乗ったことのないような窮屈な馬車に詰め込まれて、辺境へと旅立っていった。一部の人間を除いて。
◆◇◆
貴族の娘は、処刑までを求められない程度の罪を犯すと太陽と月に仕える修道院にて奉仕活動を行ない、生涯をそこで過ごす。罪人として社会から放り出されたとしても、寝食の心配をせずに生きることが許されるのだ。
けれど今回、彼女らからは、貴族の立場も権利も取り上げられた。そんな中で、この特例からはみ出た者――すなわち、国家反逆罪以外の罪を犯した者は、そうはいかない。罪人の行き先は、大きく分けて二つ。
一つは、陸の監獄。こちらは、労働によって減刑が済めば出てこられる罪人たちが過ごす場所。
そしてもう一つが、離島の監獄。こちらは、労働によって減刑を願っても、二度と出てくることは許されない過酷な場所だ。
本日、そこに向けて一隻の船が旅立った。けれど、それを彼女は知りもしないのだろう。
拘置所の地下2階、じめじめとした牢は、不潔な環境下だった。罪人が牢屋を寝食を安全に確保できる場所などと勘違いし、犯罪を増長しないように、罪人を留めておく牢屋というのはある程度不潔さを保たれている。虫が這い、泥だらけの床には異臭を放つ液体が溝に詰まっていて、微かに糞尿の香りすらする。
そんな牢の中に、一人の女が手を後ろに縛られ、長かった髪をばっさりと切られて転がされていた。頬は泥で汚れ、粗末な衣服を纏わせている彼女は、数日前まで侯爵家の娘だった。
そんな彼女を冷たく見下ろしている男がいた。錆ついた鉄格子を挟んで、娘を見下ろしているのは、かつて兄と呼ばれていた者だ。
「反省の一つでもできたか?」
冷たい声が聞こえて、娘ははっと顔を上げる。すると彼女はぱっと苦悶の表情を華やかに微笑へと移ろわせて、猫なで声で告げた。
「お兄様! 私を助けに来てくださったのですね!」
「……なぜ?」
「え?」
「なぜ、私がお前を助けなければならない? お前は私に死んでほしかったのだろう?」
ヴァレリー元侯爵子息――現、ヴァレリー男爵は、腕を組んで、ちっとも表情を崩さない。
忘れもしない。生死の境を彷徨いかけて、数日は料理の味すらしなかった。もう少し食べていたら致死量だっただろう。未だに、右目の視界が霞むのだ。神経に受けた痛みは、治らない。
その毒を盛ったのは、あの日まで自分の命を狙っているとすら思わなかった妹だった。そしてその妹は今、色々な罪を犯して、無様に牢獄の中に這いつくばっている。
「あ、あれは……気の迷いでしたの! お父様ももう気にしないようにと仰っていたではありませんか」
「それはお前に向けた言葉だろう? 死にかけた私を慮ったことはあるか? 私はお前に謝罪すら受けた覚えがないが」
「だ、だってお父様が気にしなくていいって……」
「そうだな。だから俺も、父上もお前ももう気にしないことにしたよ」
ヴァレリー男爵の心は、恨みの炎に支配されていた。非常識で傲慢な妹も、その妹を猫かわいがりする父も母も、男爵にとっては敵と化した。
そんな時、一人の少女が自分の元を訪れ、蠱惑的に囁いたのだ。父母の罪を内部から告発することによって、父母と妹を斬り捨て、侯爵家のままではいられないだろうが、家を護ることはできるだろうと。
父が禁制薬品の密売に絡んでいたことを知らなかった子息は、父母と妹への復讐のために、彼らを裏切ることを決意した。
「傍系の奴らも犯罪に一枚噛んでたから、全員つるし上げてやったよ。俺はその功績を認められ、一族郎党処刑の罪から逃された。ははっ。お前らが悪いんだ。やりたい放題やって、被害者の気持ちも考えないから……」
これによって、彼は男爵という爵位にまで落とされた。傍系を次々に始末した結果、ヴァレリー侯爵家を筆頭とした派閥は解体され、かかわりのなかった数家はかろうじて、同じように男爵位にまで爵位を落とし、国への影響力を手放して見逃された。
「その上、サンチェスター侯爵家に縁談を持ち込んでた? お前は王家を敵に回したいのか?」
「何でよっ! イルヴァン様は私の運命の人なの! 私が相応しいのよ! あんな小娘じゃない!」
「ほんと、父上も母上もお前への教育なんてまともにしてないんだな。サンチェスター侯爵家に王家への敵対を促すことが、どれほど罪深いかも知らないで」
高位貴族に生まれながら、その責務を何一つとして果たさず、傲慢に権力だけを使いたい放題して、他人を害したどうしようもない元妹。
けれどヴァレリー男爵にとっては、家庭内でお姫様のように扱われ、自分よりも常に優先された元妹が、惨めに牢屋の中にぶち込まれているのを見ているだけで、溜飲が下がっていた。
「その上、婚約が結ばれないと知るや否や、相手の婚約者を賊に襲わせて殺そうとした? アホか、お前は」
「あんな小娘、目障りだもの。さっさと死んでくれればこんなことには……」
「無理だな。あの人にとっちゃ、お前なんて眼中にすらない。お前はあの人の手のひらの上で踊って、ここにぶち込まれたんだ。どんな気分だ?」
「な……ッ! あの小娘が何かしたのね! やっぱり間違ってなかった! 平民に点数稼ぎをする卑しい女! 死ね! 死んでしまえっ!」
髪を振り乱して、醜く顔を歪める元妹を見て、哀れだな、と男爵は呟いた。
元妹と両親を完膚なきまでに叩き潰し、王家の意に添わぬ派閥を一つ消滅させた。そのすべてにアルシェスタが関わっているとは思わないが、何の勝算もなしに手を出していい人間ではなかったのは事実だ。
「んで? 賊に襲わせて歯もたたなかったから、今度は生徒会の平民を捕まえて脅して彼女の弱みを握ろうとして、吐かなかったから自白剤を使ったって? アホすぎて言葉が出ねぇよ」
「平民ごとき、一人死んでもどうとでもなるでしょう? むしろ私の役に立てるから光栄に思うべきよ」
「その平民が、アインズ公爵家の親戚だったとしても?」
「な……」
流石にこれくらいは知っていたか、と男爵は大きく息を吐き出した。
ヴァレリー侯爵派閥と親密な派閥、それがアインズ公爵派閥だ。ヴァレリー侯爵派閥は、一方的に美味しい蜜を吸っていると言ってもいい。絶対にアインズ公爵家には逆らうなと、父母からも口を酸っぱくして育てられてきたのだ。
「はとこにあたるアインズ公爵令息がひどくご立腹だそうだ。お前のせいで、ヴァレリー侯爵派閥はアインズ公爵派閥に見捨てられたんだよ。どうだ? 自分のやらかしたことで、家を潰した気分は」
「そ……んな、そんなことって」
「いくら現実逃避をしても、もうヴァレリー侯爵家はないぞ。お前はただの平民、そして父上と母上は離島の監獄に連れて行かれた。お前を助けてくれる人間はどこにもいないってことだ」
「ッ! お兄様は、助けてくれるんでしょう!? 私の事、見捨てたりしないんでしょう!?」
「……はっ。本当に、お前がうらやましいよ。何も考えずに、自分の好き勝手に喚き散らして、周りがそれを勝手に叶えて来たんだからな。でも、もうそれを叶えてくれる人間は誰もいない」
ヴァレリー男爵は、牢屋の外にあったドアを開いた。すると、その奥からは、騎士たちが現れる。ヴァレリー元侯爵息女の取り調べをしていた、見覚えのある騎士だ。
「これで全部自白したぞ。いいんだな?」
「ああ、ご苦労。約束通り、上には功績を伝えておく」
「よろしく頼む」
その会話を聞いたとき、ヴァレリー元侯爵息女は、兄に嵌められたことを知った。
取り調べに対し知らぬ存ぜぬを貫き通し、全ての責任をアルシェスタに押し付けようと喚いていた彼女は、自白を以て離島の監獄に連れて行かれることになっていた。
騎士たちは、ドアの向こうで今の会話を全て聞いていたのだ。ヴァレリー元侯爵息女は顔を青ざめさせた。そんな元妹に一瞥もくれずに、ヴァレリー男爵はその場を立ち去っていった。
「やっと仕事が終わるな。この女、いつもうるさかったんだよ」
「普通に考えれば、学院の才女と犯罪者の娘、どっちを信じるかなんてわかり切ったことなんだけどな。なんで信じて貰えると思ってたんだろう」
「言動が10歳前後の子どもだもんな。ろくな証拠もなしに信じて貰えるって本気で思ってたみたいだし」
「キングレー嬢の自作自演だ~だっけ? サンチェスター卿が尻に敷かれるほどの女傑だぞ。騎士団内に信じる奴なんていねぇよな」
ヴァレリー元侯爵息女は、看守たちのそんな会話を聞いて、自分が自信満々に訴えてきたことは、一つも信じられていないことに気が付く。
(あんなに興味深そうに聞いていたのに……! 面白がってたのね! 許せない……それもこれも、全部あの女のせいよ!)
自分を一方的に苛んで、顔すら見せないあの女。
顔を見せればあの女のすべてを否定してやろうと思っていたのに、相手にすらされていない。
被害者面の加害者は、呪いの言葉を一方的に吐き溜めた。
「さて。じゃあ移送準備しますか。確か、両親とは別のとこって話だったよな」
「ああ。あ、でも学友は同じとこらしいよ。ほら、傍にいたのに止めもせずに面白がってたやつら」
「せいぜい傷を舐め合いながら過ごすことだな。その友情がいつまで続くか知らないけど」
ヴァレリー元侯爵息女は牢の鍵を開けられ、力ずくで立たされると、そのまま紳士的さの欠片もない男たちに引っ張られて、強引に歩かされる。ムキになって、声を荒げた。
「ちょっと! もっと優しくしなさいよ!」
「ああ? なんで平民如きにそんなことしなきゃいけねぇんだ。平民で、しかも犯罪者のお前に、配慮することなんて一つもねぇよ」
「平民じゃないわ! 私は侯爵令嬢よ! 今にお父様に全部……」
「お前の親父なら、きっと今頃処刑台の上だろうよ」
黙らせろ、と指示をされて、強引に猿轡を噛まされる。口の端が切れて、血が滲む。
そのまま荷物のごとく、船に投げて積まれる。手に加えて足も縛られ、口も縛られ、自由も利かない。その隣に、見覚えのある取り巻きの娘たちも次々に積まれてくる。
彼女たちは、侯爵令嬢の取り巻きをやっていた時とは比べ物にならないくらいに怯え果てている。
ヴァレリー元侯爵息女とは違い、彼女たちは猿轡も噛まされていないし、足も縛られていない。腕を後ろ手に縛られているだけだ。
やがて船は出港する。風と水の音が遠くに聞こえて、静寂がしばし続いた後、一人の娘が堰を切ったように騒ぎ立てる。
「――あんたのせいよ! あんたさえいなければ……!」
睨んだのは、元子爵家の娘だ。そして睨まれたのは、ヴァレリー元侯爵息女である。
彼女は今までの鬱憤を晴らすかのように、ヴァレリー元侯爵息女の足を強く踏みつけた。猿轡の間から、くぐもった悲鳴が上がる。
「ちょ、ちょっと……」
「だってそうでしょ!? 逆らえないのを知ってて、私たちを道連れにしたのよ!」
「そ、そうよそうよ! 私は止めたわよ、流石にまずいって!」
ヴァレリー元侯爵息女は、信じられない光景を見ていた。あれほどにへりくだってへこへこと自分に跪いていた取り巻きたちが、よりにもよって自分を諸悪の根源として恨み、怒りを向けていることに。
取り巻きがいるのならば、また行き先でもカーストを敷けばいい、と甘い考えを持っていたヴァレリー元侯爵息女は、その余裕を粉々に砕かれた。
「ほんとろくな事しないわよね。前からバカだとは思ってたけど」
「いいの? そんなこと言っちゃって」
「いいでしょ。もう父親に怯える必要なんてないんだし。こいつには何もできないんだから」
「それもそうね。あー、せいせいしたわ。どうせもう二度と帰れないなら、憂さ晴らしくらいさせて貰わなきゃやってられないわよね」
「ほんと。頭も悪いし性格もブスだしお姫様気取りでやんなっちゃう。なんでそこまで自分に自信があるのかしら」
「ね~」
「あははっ」
「は、ははははひ……」
三人の元取り巻きたちは、芋虫状態のヴァレリー元侯爵息女を見下ろして、嘲笑う。
どれだけ極限状況にあっても、人間は弱いものを虐げるのだ。
この先、離島の監獄において、この三人は敵なのだと認識したヴァレリー元侯爵息女は、ようやく現実を理解して、猿轡越しに悲鳴を上げると、そのまま意識を手放した。
波の喧騒と嘲笑が、その場に揃って渦巻いていた。




